35 街道巡回と見張り台再建 その一
「軍団長閣下に敬礼!」
エルスフィア騎士団駐屯地に、今回の出陣に参加する将兵が整列し私に敬礼を向けていた。
畜生。
本来ならばここで完全登山姿で登場して受けを取ろうと思ったのだが、ドレス姿でアンジェリカを睨むもバックパックを背負ったメイドは気にすらしやしない。
今回の参加人員はエルスフィア騎士団から二隊とタリルカンド騎士団から一隊のおよそ1000人。
かなり大規模な軍事行動である。
その為、本陣にあたる私の周囲もケインと従士二人の下に、メリアスで冒険者を10人ほど雇って転移ゲートで送り込んでいる。
アルフレッドはケインにくっつけて学ばせる予定。
これも向こうから買ってきた砂糖と塩と胡椒のおかげである。
ビニールはこちらで回収した上でメリアスで売りさばいたら面白いぐらいの金貨に化ける。
今回雇った冒険者も結構お高い金を払って5人パーティ二組雇って、二人の従士の指揮下におかせている。
これにアンジェリカが率いるメイド10人がくっついてくる訳だ。
「エリオス卿。
今回はよろしくお願いします」
「こちらこそ。
騎士としての初陣ですが、エリー殿に負けないようにがんばる所存」
エリオスは今回の出兵に際して騎士に昇格し、この騎兵隊を率いてここまでやってきた。
マリエルという天才的騎兵指揮官の補佐があるとはいえ、落伍者もなくこうして隊をエルスフィアに連れて来た事で彼の才能が平凡ではない事が分かる。
「今回、こちらに来る際に見張り台に偵察を派遣しておきました。
最近まで、誰かが拠点として使っていた跡があります」
タリルカンド側の副官として参加していたマリエルが表情を変える事無く淡々と話す。
このあたりの公私の分け方はさすがと言ったあたり。
しかし、軽装鎧が実に良く似合う。ぺたん的な意味で。
「……何か?」
「いえ。
盗賊にしろ、東方騎馬民族にしろ、街道沿いの見張り台に本拠を置くほど馬鹿じゃないわ。
おそらく、街道から外れた見張り台が本命でしょうね」
よこしまな視線で見ていた事を気づかせぬように私は、エルスフィア騎士団長に合図を送って、街道周辺の見張り台が書かれた地図を広げる。
街道沿いに点在する見張り台は五つ。
そこから一日ほど外れて東の草原地帯に立てられた見張り台が三つ。
これらの見張り台は井戸があって、狼煙を上げる事で東方騎馬民族の襲来を知らせる必要がある為に城壁で囲われている砦みたいなものだ。
既に街道沿いの見張り台に駐屯する部隊は出発して、長い隊列を南に伸ばしているだろう。
「街道沿いの見張り台にこちらの兵が全部入るのは五日後。
そこからの巡回が再開するのが一週間後という所でしょうか。
外れた見張り台を叩く為の物資集積地はここ。
そこを私の本陣にします」
タリルカンドとエルスフィアの街道の中間にある見張り台を指で指して私は言葉を続ける。
周りの顔を見ると、今の所は問題はなさそうだ。
「目的は見張り台の再建であって、盗賊および東方騎馬民族の討伐は二の次です。
彼らが見張り台を放棄して逃げ出している場合は、放置して見張り台の確保に専念してください」
「少し消極的ではないでしょうか?」
マリエルがこちらの消極姿勢に疑問をぶつけるが、私はそれにぶっちゃける事で返した。
「正直、こちらの士気と錬度に不安があります。
更に、見張り台駐屯という事で、兵達の多くは徒歩です。
盗賊ならばともかく、全員騎兵みたいな東方騎馬民族相手だったら追いかけて逆襲されるなんて事もありえます」
私の言葉に騎士団長が恐縮する。
信頼はするが信用はできないと言っているのだが、それで怒り狂わないのはこの出陣の費用が私持ちだからに他ならない。
砂糖・塩・胡椒の代金はすべてこの出兵の物資に消えたのである。
それぐらい軍事行動というのは金がかかる。
アリオス王子がペナルティ代わりに私の富を削るにはうってつけなのだろう。
私がヘインワーズ家から一切支援を受けていないとしったら目を丸くしそうだが。
「それで、我らは何をすればよろしいのか?」
私の言葉が途切れたのを見てエリオスが口を挟んだ。
目を見ると、お手並み拝見という色が写ってやがる。
なるほど。あのアリオス王子と親戚なだけある訳だ。
「兵を分散させても意味がありません。
まずは私の本陣に部隊を集めて、敵を見つけたら一気に叩きます。
ですが、その足は貴重なので、街道から外れた三つの見張り台に物見を派遣してくれないでしょうか?」
「心得た。
マリエル」
エリオスがマリエルの名前を呼ぶとマリエルがその先を口にする。
「既に四騎一組で三組の物見を作り、それぞれの見張り台に送り込んでおります。
物見後は街道沿いの見張り台にて待機して報告を送ることになっています」
とりあえずの問題はなさそうだ。
私は全員の顔をゆっくりと見て、その言葉を口にした。
「それじゃあ、はじめましょう」
戦闘というのは長くて数時間。
その戦闘をする為の移動は数日かかる。
「お嬢様は馬にも乗れるのですね」
「こっちの出身でね。
乗れないとやってられないのよ」
アルフレッドの言葉に私は馬上から返事をする。
私もアルフも同じく馬上だ。
ケインやアンジェリカも馬だったりするが、エルスフィア騎士団参加将兵のほとんどが徒歩だったりする。
その為、全員騎兵のタリルカンド騎士団は先に見張り台の確保をお願いしてもらっている。
澄み渡る青い空。
どこまでも広がる草原。
そういえば、最初に飛ばされた時もそんな景色だった気がする。
視線を将兵に戻すと、見張り台再建と駐屯のための物資を積んだ馬車の隊列を守るように兵を歩かせている。
私達はその馬車の後の最後尾に位置して、落伍者を出さないように見張っていたりする。
「お嬢様。
また落伍者です」
「とりあえずこっちの馬車に乗せなさい。
もう少ししたらまとめて回復魔法をかけます」
ケインの声に私がげんなりした声で指示を出す。
近代に入るまで、移動によって一割近い兵が落伍する事があたりまえだったのだ。
で、そいつらがそのまま盗賊にはや変わりなんてよくあるので、こうして最後尾で目を光らせる必要があるのだった。
もちろん、先頭で戦闘なんて発生したら指揮がとれない欠点があるが、今回はタリルカンド騎士団に丸投げしている。
「アンジェリカ。
今までの落伍者の数は何人?」
「あれを乗せてちょうど三十人ですね。
朝から歩き通しですし、そろそろ休憩が必要かと」
街道における見張り台は大体狼煙が見える位置に設置する。
その為、時間にして半日ぐらいで見張り台が置かれている。
太陽はちょうど真ん中あたり。
最初の見張り台まで半分という所か。
「分かったわ。
近く休憩ができる場所で少し休憩します。
食事と飲水を許可するのでがんばるのよ」
私の声を聞いた周囲の兵から歓声があがる。
昔は木を植えられて、木陰で休めたらしいが今は根すらない。
この道も踏み固められて周りの大地よりへこんでいる程度のものだ。
「お嬢様。
お食事ですが……」
「いいわよ。
これがあるから」
背負っているアンジェリカのバックパックから取り出したのは、携帯式固形食糧。
袋を破って、半分に折ったものをアンジェリカの口に入れ、残りを自分の口に入れる。
「……おいしいですね」
「でしょ♪」
向こうでは朝の忙しい時やダイエット代わりに食べていたものだが、本来の使い方はこんな感じなのだろう。
半分に折ったものをアルフレッドにも渡す。
「どうぞ」
「ありがとうございます。
お嬢様」
残りの半分をぽちの口に入れて、ケインには水筒の冷えた水を入れたコップを渡す。
一気に飲んだケインが感嘆の声をあげる。
「信じられませんな。
こんなにもきんきんに水が冷えているなんて」
「こつは氷魔法でね。
小さな氷をこの中に入れるの。
ほら。まだ融けてない」
こんな感じでわいわい騒ぎながら、これもまたピクニックみたいだなとなんとなく思った。
だって、こんなに空は青いし、緑の草原は大地の向こうまで広がっているのだから。
この日は何事も無く最初の見張り台に到着し、そこで夜を明かす事になる。




