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2 侯爵家の事情、統合王国の事情、私の事情 0320加筆

 私は、この世界の荒れた姿しか知らない。


「ここね」

「はい。お嬢様」


 私は、この王国の再生する姿しか知らない。


「大きいわね。

 世界樹」

「きゅ?」

「山よりも高く、冬は雪が積もり春まで解けませんから」


 私は、この世界樹の朽ち落ちた所しか知らない。


「大きな町ね」

「王都に次ぐ都市ですから。

 エルフをはじめとした多種族もいるので常に賑やかですよ」


 私はこの都を廃墟としてしか知らない。

 だからこそ、熟れた果実のように絢爛豪華な世界樹の麓の都市メリアスの魔術学園に着いた時、その華麗さとその後の没落を知っているだけに何も言葉が出なかった。


「お手を」

「結構です。

 躾けられたけど、育ちは悪い方なのでエクター卿」

「ならば私の事も気楽にケインと呼んで下さい。

 エリー様」


 護衛騎士という名の監視役であるケインを従えて、私はメリアス魔術学園の門をくぐる。

 まあ、その前にゲームでは書かれなかったどろどろな権力闘争があったのだが。



「お前がエリーか?」


 冷徹なる野心家と評判のヘインワーズ侯はドS系イケメンだった。

 おそらく年は30前後だろうか、野心の為か体からでるオーラというか気魄が凄い。

 何でこいつと大賢者モーフィアスがつるんでいたかというと、世界樹の花嫁を異世界から召喚するためのスポンサーが彼だったらしい。

 召喚儀式の後、遺跡近くの建物での会見である。


「どうした?

 じっと俺を見て」


「いえ。

 色々と思う事がありますが、それを言うのはやめておきます」


「宰相閣下。

 彼女は我らの後に生まれし巫女。

 我らの末路を知っている者ですぞ」


 大賢者モーフィアスがよけいな事を言って、ヘインワーズ侯の視線が更にきつくなる。

 あえて何も語らなかったら、ヘインワーズ侯が皮肉めいたため息を漏らした。


「どうせ次の法院で降ろされる身だ。

 その名前で呼んでくれるな。

 で、この様子だと俺の野望は失敗した訳だ」

「成功の確率はそれほど高くもなかったでしょうに」


 うわぁ。

 こちらの微妙な態度で己の野望の失敗を悟りやがった。

 これだからイケメンチートってのは。

 しかも失敗の可能性高いのに野心剥き出しで博打していたとは、それに付き合うというか金を出させた大賢者モーフィアスもいい性格してやがる。


「で、俺の野望の果ては結果としてどうなった?

 言え」


「それを私が言う義理があるとでも?」


 こっちも伊達に陰謀渦巻く宮廷に長く身を置いた身だ。

 これぐらいのイケメンの脅迫に屈するほど私は軽くはない。


「確かにないが、お前は俺の娘になるのだからな。

 娘の事を知るつもりもない親はいないと思うぞ。

 幸い、容姿も娘と似ているからな」


「特に、世界樹の花嫁になる娘ならばですか?」


 ゲームにおけるヘインワーズ侯は商人出身の新興貴族で、この世界樹の花嫁に娘を送り込む事で穀物相場の支配を目論んでいたらしい。

 数代前からの成り上がりで、彼の代で宰相である執政官の地位について権勢を大きく伸ばしたのだが、そこから先は王家や諸侯に阻まれて執政官の地位を降りざるを得なかったという乙女ゲーにあるまじき権力闘争が背景としてある。

 そのため、主人公への意地悪は露骨に政争が絡み、ヘインワーズ侯の娘よりその取り巻きからの容赦ない攻撃が主人公を襲うという実に陰湿ないじめの集中砲火を最後まで浴びる事になるのだが、その末路も政争がらみだからしゃれでなくえぐい。

 ヘインワーズ侯の反乱と処刑によって取り巻き達も巻き込まれて、領地没収、御家断絶、爵位剥奪、財産没収の上追放と完膚なきまでに一掃される事になる。

 これがその後の統合王国崩壊の引き金になるのだから、世の中ってのは分からない。

 ゲーム開始前だから、まだ宰相閣下な訳で、失脚も決まっていると。

 そりゃ、逆転の手を娘に賭けたくもなる。


「で、本来居るはずの娘さんはどちらへ?」


 私の質問に、ヘインワーズ侯の顔が苦虫を潰したように渋くなる。

 触れたくないのだろうが、そもそも、本来の登場人物であるヘインワーズ侯の娘エレナが居ないがためにこんなとりかへばやが起こっている訳で。


「縁談が決まった。

 ベルタ公の次男とな」


 ベルタ公。

 封建貴族だけでなく王家の血を引く諸侯の取りまとめ役で、ヘインワーズ侯のライバルでもある。

 現在は、この国の議会である王室法院の議長を務める要職にあり、王からの信任も厚い。

 『世界樹の花嫁』における、主人公側の支援を行う貴族なのだが、普通の町娘である主人公がこの古参貴族から支援を得られたのは、主人公がお約束の王家のお姫様であるからに他ならない。

 かくして、意地悪をしていたヘインワーズ侯派は主人公の正体暴露によって、王室侮辱罪に問われ、そこから一発逆転を狙ったヘインワーズ侯の反乱という形に流れてゆくのだ。

 で、王家の忠臣としてベルタ公が宮廷を差配するのだが、それに世界樹の花嫁がそばにいればまだ良かった。

 しかし、自由恋愛の結果ついに世界樹の花嫁は現れないという最悪の結末を迎える。

 徐々に深刻化する不作と急騰する穀物相場に貴族だけでは対処できず、ヘインワーズ侯粛清の結果、新興貴族や商人層がそっぽを向き、国民の怨嗟が王室に降り注いで……後はまた語る事にしよう。

 話がそれたが、エレナとベルタ公次男の婚姻だが、狙いは明確に世界樹の花嫁阻止以外にない。

 

「そんなに嫌なら、お止めになればよろしいのに?」

「臣下の争いを憂慮した陛下のご意向だ。

 無碍にする訳にはいかぬ。

 婚姻の持参金としてかなり裕福な領地をベルタ公は出しているしな」


 貴族と新興貴族の違いは土地を持っているかどうかである。

 土地収入によって生活し自前の軍事力を持つのが古くからの貴族で、彼らの事をこの国では封建諸侯と言う。

 投資など商業によって爵位や領地を買い、その経済力で傭兵や冒険者を活用するのが新興貴族と覚えておけばいい。

 ヘインワーズ侯みたいに成り上がって爵位や領地を買い、立法府である王室法院に強力な発言権がある貴族を法院貴族という。

 領地つきの婚姻というのは、領地を持っていない法院貴族が諸侯として振舞えるという意味でもあるのだ。

 少し話をそらすが、『世界樹の花嫁』は乙女ゲーらしく攻略キャラに王子様達がいる。

 ヘインワーズ侯の狙いは娘が世界樹の花嫁になった上で王子に見初められて、その王子が王となった時に后となってその子供が王家を継ぐというある種オーソドックスなものだった。

 もちろん、うまくいかない事もあるので、その時は世界樹の花嫁の方に的を絞って次の策を練るつもりだったのだろうが、ベルタ公に先手を打たれたという所だろう。


「それで、代わりの人間を急遽引っ張ってきたと?」


 頭が痛くなるのをぐっと堪える。

 まさか、そんな理由でまたこの世界に呼ばれようとは。


「来たという事は、お前はヘインワーズの縁者なのだろう。

 何しろ成り上がりだから、どこにどんな血が隠れているか分からないからな」


 実に楽しそうに笑うヘインワーズ侯。

 せっかくだ。

 ゲーム内の偉人に一つ訪ねてみよう。


「何故王位を?

 成り上がりとはいえ、領地を買った貴方ならば野心さえ見せなければ封建諸侯として迎えられたでしょうに」


 以前から聞きたかったことだ。

 ぽっと出の成り上がりと違って、宰相までつとめたヘインワーズ家は彼の代で破産した貴族の領地を買い、封建諸侯と同じ土地持ち貴族になっている。

 代替わりして数代もすれば、封建諸侯として振舞えただろう。

 彼の野心、統合王国王座の地位をどうして目指すのかを知りたかったのだが、その質問に彼は嬉々として答える。


「決まっているだろう。

 そこが頂点だからだ。

 行商人からはじまった、ヘインワーズ家が300年もの長きに渡ってこの大陸を統治していた統合王国の頂点に立つ。

 散々身分のみで馬鹿にしてきた諸侯の馬鹿どもを見返すのに、これ以上の理由があるとでも?」


 うわぁ。

 それ、めっちゃ分かる。

 なまじ体裁を整えたから、かえって差異がはっきりと出たのだろう。

 で、宰相職を降ろされたならば恨みもある訳で。

 私も立場的に法院貴族や商人側だったから、復興後生き残った貴族と折り合いが悪かったのだ。

 元の世界に帰るという名目で宰相職を辞したのもそのあたりが絡み、復興して力を戻してきた諸侯に王宮側が配慮したという側面があったり。


「野心の根源については納得しました。

 けど、縁も縁もない私を分家筋という形にして養女にするって思い切った事をしますね」


「何、それは新興貴族の良い所でな。

 女遊びは派手で商売女も囲って血も入っているし、三代も遡れば、誰も分からぬ」


 私は堂々とため息をつかざるを得ない。

 それ、後に同じ事言った人間が居ますよ。私だけど。


「エリー。

 エリー・ヘインワーズ。

 それがこちらでの私の名前です」


「何だ。

 本当に俺の末裔か!」


「まさか。

 あなたのやり口にあまりに似ていたので、名前を押し付けられたのですよ」


 私がげんなりとした顔で吐露するとヘインワーズ侯も面白そうに笑う。 

 けど、大賢者モーフィアスはこの会話で私が隠したかった事を容赦なく突いてくる。


「称号は?」


「……お答えしたくありません」


 名前の前に称号というものをつけ、称号の後に爵位がくるのが正式な自己紹介となる。

 具体例として、私のこちらでの正式な自己紹介を出そう。


 オークラム統合王国宰相にして主席宮廷魔術師かつ神竜を従えし者 エリー・ヘインワーズ 侯爵


 ほとんど早口言葉である。

 こんな称号を持つ羽目になったのもただの庶民(というか異世界人)が多大な功績をあげちゃったものだから、復興後の貴族達のいやがらせをさける為に戦乱前に滅んだヘインワーズ侯爵家の庶子という形で経歴をでっちあげたからだった。

 だから、ヘインワーズ家の家紋である『秤に乗る金貨と剣』は私の紋章でもあったりする。

 案外、そのあたりで召喚に引っかかった可能性もなきにしもあらず……


「さてと、本題に入ろう。

 お前が世界樹の花嫁を目指す代償に俺は何をすればいい?」


 このあたりの切り込みはやり手だと感じずには居られない。

 こちらが話を聞くという事が条件次第で受けてもいいとシグナルを送っていると感づいているからだ。


「今のところは何もしなくて結構。

 むしろ大人しくしていてください。

 取り巻きも不要です」


 というか、勝手に取り巻きが動いたら詰む。

 そんな事を口には出さずに、大賢者モーフィアスの方を向く。

 彼に頼まないといけない事の方が大きい。


「送還用のゲート管理をお願いします。

 私にも向こうの生活があるので、同意の上での召還ならば魔力も少なくてすむはず。

 向こうに帰る。

 これが私の最低要件です」


「わしへの弟子入りは要求せんのか?」


 大賢者モーフィアスの問いかけに私は笑って答えた。


「だって、私が行くのは世界樹の花嫁を排出する学校ですよ。

 そこから学ばなくて、何を学べと言うので?」


 ついでだから、魔力が枯渇した世界樹の杖の修理もお願いしておこう。

 手っ取り早く直すのには世界樹の枝が必要で、世界樹が枯れた『ザ・ロード・オブ・キング』では修理にえらく時間がかかったのだ。

 大賢者モーフィアスは私の杖を受け取って、笑って承諾したのだった。



「こちらが中央校舎。

 教室や職員室はこの中央校舎にあります。

 右手が貴族用寮で、左手が庶民寮になります。

 エリー様には貴族寮に入ってもらう事になります」


 貴族たるもの、自分でできる事を人にさせる事で仕事を与えているとも取れる。

 特権は義務の裏返しという訳だ。忘れている人はとても多いけど。


「従者として、私を含めた護衛が三人。

 生活面ではメイドが10人つきますが、彼女たちも護衛訓練済です。

 後で顔合わせの機会を作りますので」


 個人的には庶民寮に入って気楽な学生生活を送りたいのだが仕方ない。

 彼らはヘインワーズ侯からの監視者であると同時に、彼の意向に沿っている限りは信頼できる味方という訳だ。

 露骨に政治が絡む権力闘争において絶対という言葉は無いが、信じないと何も始まらないのが政治のやっかいな所でもある。


「!」

「下がって。

 何者だ!」


 背中に乗っていたぽちが警戒し、それに気づいたケインが私を庇う形で前に出る。

 出てきたのは、ゲーム一のイケメン王子様。


「驚かせてしまったね。すまない。

 噂の姫君をご尊顔を拝見したくて、こうして忍んでいたという訳だ。

 許してくれないかな」


 彼の背後の悪友にそそのかされたというのが真相なのだが、さっと自ら前に出る自己犠牲精神とその紳士ぶりに多くの乙女を虜にした顔が私に微笑みかける。

 オークラム統合王国第一王子アリオス。

 『世界樹の花嫁』にて主人公と恋に落ちて駆け落ちをした結果、オークラム王室に御家争いを引き起こした元凶を前にして私は愛想笑いを浮かべる事しかできなかった。

11/11少し加筆

11/27設定変更に伴い加筆修正

2/20 設定変更に伴い加筆修正

3/20 設定変更に伴い加筆修正

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