33 エリーとマリエルの最初の殺し合い
パトリで暮らし始めた私たちは結局、己の持つ才で生計を立てるしかなかった。
つまり、アルフたち男衆は傭兵として各地を転戦し、私達女は娼婦として近隣から客をとるという。
城に残された財宝を大切に使いながら周辺の村々と何とか折り合いをつけ、溶け込もうとした時あれはやってきた。
こちらに向かう街道を騎兵が向かってくる。
兵は百数十だろうか。
このあたりの山賊にしてはえらく装備が良い。
掲げられた旗を見ると、タリルカンド家。
先の東部騎馬民族の猛攻で滅んだ家だが、どうしてあんなに士気が維持できているのだろう?
そこで夢から覚め、むくりと起き上がった。
今のは多分予知夢だ。
「ねぇ。
ちょっと起きてちょうだいな。
今日はお代いらないから早く城から出ていってくれないかな」
私は裸の男を起こす。
アルフは傭兵を率いて近隣の村の護衛の仕事についてる。
だから、この城に戦力はほとんど居ない。
「どうしたんだ。いったい。
まあ、何か見えたんだろうが」
近くの村の村長の息子に急いで服を着せる。
備え付けていた緊急用の紐を引っ張って、あわててタロットカードを手にガウンを羽織って彼を地下の隠し通路に案内する。
「タリルカンドの旗が見えたけど、このあたりにそんな連中居たかしら?」
私の呟きに村長の息子はぽんと手を叩いた。
どうやら心当たりがあるらしい。
「それは末弟エリオス様の隊だな。
こっちに盗賊討伐に出ていて難を逃れたとか。
盗賊討伐そのものは成功に終わったらしいが、今や彼らは宿無しだからなぁ」
懐かしい名前を聞いた。
『ザ・ロード・オブ・キング』の物語が始まったのだろう。
あられもない女たちに急き立てられて、客として入っていた男たちが隠し通路に集められる。
「申し訳ないが、今日からしばらく店じまいよ。
客には迷惑かけられないから、お代は全額お返しします。
こちらの通路でお逃げくださいませ」
慌てて男たちが隠し通路の中に消えていったのに対して、村長の息子はいまだ留まったまま。
はやく行ってと急き立てようとしたら、彼の口が開いた。
「よかったら、エリーも一緒に来ないか?」
そう言ってくれる好意は凄く嬉しかった。
だが、私は首を横に振った。
「ここの全員村に入れるのは無理でしょ。
ならば、守らないと。
私たちの家なんだから」
不作が続く昨今、百人単位で人が増えてやっていける村はまずない。
私達が何とかやっていけるのは、財宝よりもアルフ達傭兵という力と私達女の身体という地域貢献によって、食料を各地の村から少しずつ分けてもらっているというのが大きい。
だからこそ、この砦が無くなると私達は野垂れ死にするしか無くなる。
移動するには私達はもう増えすぎていた。
「生きてくれよ。
生きて村まで辿りついたならば、なんとかしてやるから」
そう言って彼も隠し通路の中に消える。
それを見送って、隠し通路の扉を閉じる。
「みんな準備をして!
弓が使える娘は弓を持って!
使えない娘は槍を持って城壁に立ってて!
門は絶対に開けない事!!」
「「はい!姉さん!!」」
娘達の返事に思わず苦笑する。
気づけは私は姉さんとして皆を率いるようになっていた。
占いのせい?
それとも学があったせい?
華姫として高値で売られたせい?
どれも違うな。
「あねさん!
きました!!
騎馬隊を先頭にやってきます!!!」
違うな。
たしかアルフが言ったんだっけ。
えっと……
「エリーが人を惹きつける理由?
簡単さ。
俺に言ったじゃないか。
人が嫌う事を率先してしろ。
何か志願をするのならば、一番最初に手をあげろ。
エリーがそれを実践しているから皆がついてゆくんだろ」
そうだった。
己がしている事をアルフに言ったのか。
苦笑しながら、私はぽちを肩に乗せる。
「何者かしら?
ここはこんな身なりの女の住処でね。
ご利用ならば、まずは鎧を脱いでいただけないかしら」
城門の上でガウン姿のまま私は隊列に向かって語りかける。
さっと確認して攻城兵器のたぐいは存在しない。
「我らはタリルカンド騎士団に属している者だ。
故郷が東方騎馬民族に蹂躙され、その再興の為の拠点を探している。
この城を我らに明け渡してもらいたい」
兜の中から聞こえる声は女のものだった。
女騎士か。
「なれば、私達はどこに行けばよいと言うので?
お断りします」
「言うと思った。
我ら相手に、戦うというのか?」
タリルカンド騎士団はかつてオークラム統合王国東部最強の名を欲しいままにした最精鋭部隊の一つだった。
それが故郷滅亡にも負けず、士気も錬度も高い。
主人公のエリオスの人望だろう。
戦えばまずこっちが負ける。
覚えたばかりの落下制御の呪文をかけて城門の上から身を投げる。
ローブが広がって私の裸が丸見えになるが、それも計算のうち。
「貴様魔術師か。
何でこんな所で身を落としている?」
「あいにくモグリでして。
お相手願いましょう。
私が勝てば、お引取り願いたい。
私が負けるならば、この城すべて差し上げましょう」
周囲から悲鳴と歓声があがる。
騎士団の連中は勝った気で居るし、娘たちは負けた時を考えたのだろう。
こちらの計算どおりだ。
「何か服を着るがいい。
丸裸の女を討ったとあれば、功績どころか恥にすらならぬ」
「ご安心を。
こちらが勝ちますので」
先頭の女騎士が馬から下りてレイピアを抜く。
まずは相手を馬から下ろした。
次はあのレイピアを避けねばならぬ。
タロットカードを構えて、私は運命を紡いだ。
「言うたな。
タリルカンドの街の君主の娘の一人でタリルカンド騎士団に属する者、マリエル・タリルカンド騎士。
参る!」
レイピアを抜いて、その突きを私に向けて放つ。
それは予測できた事。
「!?
何処に消えた!?」
『隠者』のカードによって姿が消える。
ガウンがレイピアに貫かれるが、そこには私は居ない。
「ちょっと痛いけど、我慢してよね!
お嬢様!!!」
「きゃっ!
このトカゲ火を……しまった!!!」
姿を見せた時には私は既に女騎士の前。
『力』のカードで身体機能をバンプした上で、しゃがんで勢いをつけた私のアッパーカットコースの突き手は女騎士を宙に浮かせる事に成功した。
魔法はイメージである。
そのイメージにタロットをはめる事で、なんとか実用化の所までこきづけたのだった。
もちろん反動もあり、使った札の逆位置の意味が私に付与される。
『露出』に『弱体化』は確定。
今日一日は裸生活だろう。
「くっ……私の負けだ」
「騎士道を守る方で安心しました。
ご無礼を謝罪いたします」
砦の上から聞こえる娘たちの歓声と、兵士達のざわめきが心地良い。
このままではまたやってくるのだろうから、彼女に未来を教える事で未来を誘導しよう。
彼女の手を取って起き上がる時に耳元で囁く。
「北の要衝、ファルタークで兵を集めていますわ。
何かを成すのならば、それに相応しい武功を。
エルスフィアからかつては王都まで船が通っておりました。
船を手に入れて王都跡から北にあがる事をお勧めしますわ」
「……貴様ただの娼婦ではないな」
「……たしかに安い女ではありませんわ。
そこから先はお代をいただきましょう」
立ち上がった女騎士が手を振ると兵士達が帰ってゆく。
それを見て砦の娘達が歓声をあげる。
「名前を聞かせていただこう」
最後まで残った女騎士が馬に乗り、私は穴の開いたガウンを羽織る。
悔しそうな顔を隠そうともしないが、こっちははったりが成功したのでばれないうちにさっさと帰れと心の中で祈っていたりするのだが。
タリルカンド最後の華姫の称号は、彼女にも私にも意味が無いだろうから言わないでおこう。
「エリー。
ただの娼婦ですわ」
「その名、覚えておこう。
さらばだ」
「へー。
絵梨とマリエルの間にそんな関係があったんだ」
「そうなんですよ。
水樹姉様。
で、その後帰ってきたアルフがエリオス陛下と傭兵契約交わしちゃって、そりゃ顔合わせるがつらかったのなんの。
あの時の居心地の悪さから印象最悪でしたし、よく路線対立でガチの殺し合いに発展する事もしばしば……」
「ちなみに、一番最悪の殺し合いって何だったの?」
「私が後宮に入った後、マリエル王妃の子供達が皆お乳の出ない私の胸を吸って……」
「お乳出ないけど、お子様達に胸を吸われてごめんね♪」
「よし。
表出ろ」
史上最低の理由による王妃兼近衛騎士団団長と側室兼宰相兼宮廷主席魔術師のガチ死合は、周囲の必死の説得と国王陛下の夜の説教によって歴史の闇に葬られる事になった。




