31 華姫の宝石選び
舞踏会において暗黙にルールがある。
たとえば、主役以上のドレスを着てはならないとか。
「エリー様。
制服でいいらしいですけど、何を着ていくのですか?」
そんなルールをよりにもよって主賓が分かっていない場合、私はどんな顔をすればいいのだろう?
更に、それをライバルに尋ねる神経も尋ねたいのだが、ここでそれを聞く勇気は私には無い。
久しぶりの登校でこれである。
ちらりとアマラに視線を向けるが、アマラはあきらめた様子で首を横に振った。
つまり、私の居ない間もこんな感じだったと。
お気楽と言うか、そのまままっすぐ生きてくれと願いたくなるというか。
「せっかくの歓迎会ですのよ。
ドレスぐらい着ていかないと」
「けど……
私、ドレス持っていませんし……」
お約束のイベントである。
で、ドレスを持って来れないミティアに対して悪役令嬢が意地悪をする訳だ。
してもいいのだが、サイモンの件もある。
少しばかり手助けをしてやるか。
「私のお古で良かったらあげるけどいる?」
周囲の空気がぴりぴりするが、ミティア本人がまったく気付いていないのが困る。
気付けよ。この空気を。
私とあんたのどちらにつけばいいか他の生徒達は必死に探っているのだから。
「はい!
放課後お邪魔しますね!!」
ちらりとアリオス王子の方を見るが、やれやれと肩をすくめただけだった。
おい。マッチメイカーの王子様よぉ。
ちゃんとブックを作っているんだよなぁ。
「凄い数のドレスですね!」
「こちらの方でサイズを測りますので」
メイドのアンジェリカに連れられてミティアは私の部屋の衣装室に。
残ったのは私とアマラとぽちのみ。
アンジェリカが入れてくれたお茶を楽しみながらアマラが苦笑する。
「あれ、多分天性よね」
「あれが仮面だったら、私もびっくりよ」
そして二人同時にため息をつく。
アマラは私がエルスフィアに行っている間も学校に行ってもらって、情報収集に当たってもらっていた。
けど、探らなくても分かるような気がする。
「何人か取り込もうとしたけど、あれは無理ね。
あの笑顔を見ると己の醜さを嫌でも見せ付けられるわ」
一般庶民の家で育てられながら、天真爛漫に生きてきたミティアのまぶしさが教室内の生徒達に良い変化を与えるだろう。
主人公補正とも言うが。
だからこそ、開発陣の悪意が恐ろしい。
「けどさ、あれ男を知ったら魔性の女に化けるわよ」
「あー。
それはありえそう」
隠しルートだが、ここにサイモンルートの入り口がある。
私の時と同じく歌で魅了されてそのままやっちゃうパターンなのだが、こうなると手がつけられない。
サイモンルートだと王国そっちのけで快楽コースで、一番世界樹の花嫁の適正が高いのにそれを使う事無くミティアが去ってしまうからだ。
私は宝石箱を空けて、適当にアイテムを見繕う。
ぽちが宝石箱の中に入ってごそごそしているとドラゴンだなぁとなんとなく思ったり。
「うわぁ。
さすがヘインワーズのお嬢様」
「安いものしかないけどね。
よかったら要る?」
「いいの!?」
はったりついでに私が居た世界の宝石店で買ったお安い宝石たちである。
価格は数万-十数万程度なのだが、あっちの装飾技術の凄さをアマラの反応が物語っている。
宝石箱の中から装飾があまりないけど、石が大きいものを私は適当に摘む。
「これがこっちで買った物。
対魔レジストはどれだったかしら?」
サイモンの誘惑に対してそのレジストができる装飾用アミュレットを手に取る。
ロザリオをあしらった銀のネックレスに対魔付与の魔法をかけてゆく。
「しかし、そんな事までできてこっちなのよね。あんた」
ぽちが咥えていた宝石を手に取りながらアマラがぼやく。
それを言ったらアマラもそうなのだが、基本高級娼婦というのはその臭いを男には悟らせないが、その手の女には確実に分かるという不思議な傾向がある。
このあたり化粧でごまかそうが、衣服でごまかそうが分かってしまう女の勘恐るべし。
過去を詮索するのはご法度だけど、親しくなるために身バレを軽くしておこう。
「タリルカンドの奴隷市場出身よ」
「!?
あんた、華姫!!」
はっきりとアマラの顔色が変わった。
交易路の要衝タリルカンドの奴隷市場というと、手に入らぬ者はいないといわれるほどの多種多様の奴隷が手に入る。
同時に、ここ出身の奴隷娼婦はその優秀さから統合王国内でブランドが確立していた。
私が娼婦だった時、統合王国無くなっていたのだけど。
「こっちでもブランド確立してるんだ」
「何言っているのよ!
王家、諸侯、豪商の側室の常連じゃない!!
こっちでトップとるって言ってのけるだけの事はあるわねー」
ああ。
統合王国無くなって、宿場町の一番として売られた私は高値のはずだったのだが、昔はそれ以上の価値があった訳だ。
名前のとおり王侯貴族権力者の飾り物として若さの代償に子供の生めぬ体にされるが、そのあたり神殿の治療魔法で治してもついに子供はできなかった訳で。
なんかやるせない顔になったのを見て、アマラが気を使う。
「触れたらまずい過去だった?」
「いいわよ。
振ったのはこっちだし。
アマラは華姫じゃないの?」
「いいえ。
華姫になりたかった娘」
ぽちが遊んでいた宝石つきイヤリングを耳につけながら鏡を眺める。
ぽちはドラゴンらしくお宝の選定勘はかなりあったりする。
実際、アマラはぽちが差し出したものを全部持って帰ることになるのだが、ひとまずおいておこう。
こちらが過去を明かしたから、アマラも明かすつもりらしい。
こうやって、友人はその繋がりを深めてゆく訳だ。
「この道に行くのは決められていたけどね。
元華姫にしこまれたおかげで、ここまでくる事ができた。
それもあるから、その名前には憧れがあるなぁ」
せっかくだからとアマラのつけたイヤリングにも対魔付与の魔法をかけて私がぼやく。
過去になったからだろう。
あの地獄すら妙に懐かしく感じる。
同時に、打算の頭はアマラ経由で私の経歴『ヘインワーズ侯は華姫を買ってきて対抗馬に仕立て上げた』という情報が広がる事を期待している。
叩けるネタを差し出す事でヘインワーズ侯引退の理由の補強と私自身の保身を図るためだ。
タリルカンド辺境伯が接触してきた時点で、今度は私の身柄をめぐるゲームが始まるので、これに対する手でもある。
友情に打算をこめて笑顔で会話する。
ああ。
女の友情よりはかないものの名前は政治なり。
「わかんないなぁ。
華姫でヘインワーズのお嬢様ならば、よりどりみどりじゃない。
何であの坊やに入れ込むの?」
「わかる?」
「わからいでか」
その言いぐさに私が笑い、アマラもつられて笑う。
適当に宝石つきのアクセサリーを弄びながら、適当にそのあたりをごまかした。
このあたりは私もアマラも打算なしだ。
女の心は手のひらのごとく表と裏が入れ替わる。
「何ででしょうね。
見た瞬間、この人って思った。
じっくり落とすんだから、邪魔したら駄目よ」
恋する乙女の顔で私が言うとアマラが引きやがった。
よろしい。
ならば反撃だ。
「あんたこそ、どうやってシドとあの関係築けたのよ。
きりきり吐きなさいな」
「そりゃ、長期戦でシドに合う女に変わっていったんだから。
あんたの恋路に口を出すほど野暮じゃないけど、彼、貴方につりあうの?
世界樹の花嫁候補でエルスフィア太守代行様」
「つりあうわよ」
それだけは確信が持てるから、にっこりと微笑んで言い切った。
あの人が英雄になった一部始終を知っているから。
そして、あの人を英雄にしたくない私の醜い打算をアマラに隠す為に。
「エリー様。アマラさん。
どうですか?
似合いますか?」
ドレス姿のミティアが入ってきて、私たちの前でくるくると回る。
ふと小犬が自分の尻尾をくるくる追っかける姿を幻視するがそれを首を横に振る事で追い出した。
「うん。似合うにあう。
んじゃ、これつけてみようか」
「えっ!
そんな高そうなもの……」
ミティアの拒否をアマラがふさぐ。
ナイスフォロー。
「いいって。
ヘインワーズのお嬢様には安いものだそうよ。
というか、あんたがもらわないと私がいただけないの」
アマラがしっかりとミティアを抑えて、ミティアの首にアミュレットをかけてあげる。
元気いっぱいのミティアの顔がここではじめて曇った。
「ここまで良くしてくれて、本当にいいのですか?
クラスのみんなはエリー様とはライバルだからあまり仲良くするなって」
おお。
ちゃんと情報はいっていたか。よきかなよきかな。
それでも私を頼るというか、私に絡むのは彼女の善性なのだろう。
だからこそ、それがまぶしくうらやましい。
「これぐらいで仲良くなる訳ないでしょ。
世界樹の花嫁は貴方を押しのけて私がなるつもりです。
ですが、それは修行の成果によって。
舞踏会で足を引っ張るような事をして自分を落としたくはありません」
にっこりとミティアに笑顔で語りかける。
ここで少し茶目っ気を出した笑みを見せるのがポイント。
「ぶっちゃけるとね、貴方のドレスが決まらないと私たちのドレスが決まらないの」
「……あははっ!
ありがとうこざいます。エリー様。
エリー様って凄く優しい人ですね」
「……」(うわ。なにこのちょろイン)
「……」(どうしよう……いろいろと罪悪感が……)
目で語った私とアマラをどうして責められようか。
で、ここでミティアが上目遣いで恥ずかしそうにお願いをする。
「あのぉ……
お願いがあるのですが、私ダンスを踊った事がなくって……」
毒食えばそれまで。
私とアマラはため息をついて残りの時間、ついでとばかりにダンスと舞踏会の作法をミティアに叩き込む事になった。
あれ?
泥舟補修にノクターン用設定までぶちこむこの話の明日はどっちだ?




