29 図書館勉強会
学園の授業というのは、私がこちらの世界の人間でないこともあって結構新鮮である。
その為、できる限り授業に出て多くのものを吸収したいと思っていたり。
異世界歴が長いはずなのだが、戦火で教育が断絶し断片しか伝わってなかったり、間違った教えが広がったりと色々な新発見がある。
それは実は帰ってからも同じだったりする。
私が優等生を演じていたのは決して演技ではなく、学ぶことが楽しかったからだった。
「だから、文字を覚えるより言葉を覚えた方が早いのよ。
3000語程度暗記できたら、最低限意思疎通はできるから」
「はい。
お嬢様」
さて、最も効率的な勉強は何かと問うならば、私は迷わず「人に教えること」と答えたい。
丸暗記で教えても、相手から質問が来て答えられないようでは意味が無い。
教えるためには、教えることを理解しなければならないのだ。
という訳で、放課後の学園図書館で行われているアルフレッドへの補習は私の補習にもなっていたり。
私の場合、主席魔術師なんてしていたのに知識を応用で片付けてしまった結果、基礎が欠落しているなんて欠点があるからなおさらである。
なお、図書館での自習扱いなので、魔術学園制服ではなくお嬢様系のドレスを着用していたり。
化粧まではしないが、うっすらと香水をつけておくのが乙女のたしなみ。
「ほら。
手を動かす。
書き取りは回数が勝負。
書き終わったら、お茶にしましょう」
こっちの世界ではその書く道具が恐ろしく高い。
だが、高度消費社会出身である私にとって、鉛筆とノートはこづかいで買える物だったりする。
なお、消しゴムを与えないのは、間違いを残しておくためだったり。
それを理解しているからこそ、アルフレッドは間違えても軽く舌打ちをして隣に同じ文字を書く。
彼は学者になりたかったという。
家庭の事情で冒険者から傭兵へと結局進んだが、今の彼は学ぶ事が楽しくて仕方ないらしい。
失敗に舌打ちしながらも書き取りそのものは楽しそうに続けているのだから。
そんな彼を見るのが、私も楽しい。
「……」
「ん?何?」
「……なんでもない」
で、そんな私達を横目でちらちら見ているのが、ここを根城にしているゼファン。
最初はアルフレッドの書き取りに呆れていたが、私がノートと鉛筆を出すとその機能性にほれ込んでチラ見するようになった。
今ではそれをしながらもアルフレッドの学ぶ姿勢を評価しているらしく、その視線が私の教え方にまでいっていたり。
「書きながらでいいから聞いておきなさい。
今日の授業の簡単なまとめをしてあげるわ。
今日の授業は『魔法と魔術師』よ」
メリアス魔術学園の授業のレベルは高い。
元々が国を担う人材育成と貴族達の教育の場として設定されているからだ。
そんな中に何も知らないアルフレッドがついていけるように、私が簡単な要約をしてあげる。
100点の解答を80点で理解した私の要約で、60点の解答が取れるようにとやっているが、今のアルフレッドが答えられるのは30点レベルという所か。
基礎教育の欠落はこんな感じで理解力を落とす。
「魔法そのものはこの世界の人間ならば誰でも使えるわ。
体にある魔力を遣うか、魔力が付与されたアイテムを使用するかだけどね。
じゃあ、魔術師と呼ばれる連中は何を持って魔術師と呼ばれるのか?」
アルフレッドの真向かいに座って軽く指を振る。
この時体も軽く揺らして髪と胸も揺らすのがポイント。
なお、このアピールの為にわざわざポチは机の上で丸まってもらう根回し済み。
ぽちがずり落ちてコントになんてなったらたまらないからだ。
「この国における魔術師というのは、基本的には宮廷魔術師を指すわ。
つまり、君主の助言者として振る舞い、国や領地の為に魔法を行使する。
この学園をはじめとした魔術学園はその為に作られたし、彼らを使いこなす為にも貴族側も魔法知識が求められる訳。
ここまではいい?
手は止めないように」
「は、はい」
慌てて書き出すアルフレッドの姿を見て私は笑みをこぼす。
なお、ゼファンが何か言いたそうな顔をしているが無視無視。
「私の姉弟子様の専攻である占い師をはじめ、薬を使う薬師や呪い師、学者や女神神殿の司祭等、魔法やそれに類する知識の総合的な職業を総称して魔術師は作られている。
だから、宮廷魔術師といえども得意不得意がある訳」
ゼファンのこめかみがぴくぴくしているが無視無視。
このあたりは暴論に近いからだが、何も知らないアルフレッドに細かい成り立ちなんて必要もあるまい。
「魔術師を名乗る場合、必然的に統合王国もしくは諸侯の裏づけがつくわ。
その為、魔術師は必然的に政治権力と密着する事になる。
だからこそ、王家や諸侯は魔術師の連帯を恐れた。
魔術師にギルドみたいなものが無いのはそれが理由よ」
このあたり設定資料集からの受け売りだったりする。
こういう知識の応用で私はこの世界を乗り切ってきた。
あまり偉そうにいえないのは内緒。
なお、古代魔術文明が栄えた当時、魔術師は権力者であったが結局滅んで権力者の座から叩き落された。
その理由は簡単なもので、後継者育成にしくじったからだ。
この世界その気になれば不老不死は結構簡単にできる。
事実、『ロード・オブ・キング』では、人間辞めて魔術を極めたネクロマンサーやリッチ、昼間のデメリットを代償に強大な魔力を誇るヴァンパイヤ等のクラスがあったりする。
で、そのあたりに来ると後継者の育成が不要になるし、後継者が先代を倒す事が頻発。
なまじ力があったがゆえの魔術師達の同士討ちの結果、古代魔術文明は崩壊を迎え、生き残った魔術師達は隠者として世に隠れるようになった。
「古代魔術文明の崩壊後に周囲の異民族が乱入して戦乱の時代を迎えるわ。
この戦乱期に古代魔術文明の遺産の保護とその再興を掲げた異民族同盟がオークラム統合王国の元になるのよ。
それを主導していたのは、諸侯や自治都市に雇われた魔術師達。
彼らは偉大な先達から切り離された結果、自分達だけでは力を維持する事は難しいと痛感していた。
だから、オークラム統合王国が設立した時、各魔術師達が知識や遺産を持ち合わせてその維持発展をする場所を作った。
それが魔術学園」
魔術師達が徹底的に権力から排された場所に居るのはこんな理由がある。
現権力者である諸侯とて魔法が使える者もいるが、魔術師を名乗れるほどの化け物ではないし化け物を飼いたくもない。
アルフレッドが書き取りの手を止めて私に質問をする。
疑問があるならたずねるというのは学ぶ姿勢の第一歩。実にいい。
「という事は、魔術学園がギルドみたいな組織と考えていいのですか?」
「少し違うんだな。これが。
オークラム統合王国の国政において、魔術系で内閣に入っているのは世界樹の花嫁と女神神殿の大司祭のみ。
宮廷魔術師というのはあくまで、君主の側近扱いで直接的権力を握っているわけじゃない。
魔術学園だって、王国や諸侯へ魔術師を輩出しているのに間接的にしか権力への影響力を行使できない。
ギルドみたいな直接的な影響力がないのよ」
「それももうすぐ変わる事になる。
我が師匠が懸命に奔走していたからな」
ついに黙っていられなくなったゼファンが口を出してくる。
で、それが大賢者モーフィアス失脚の引き金になった所がまだ分かっていないのが甘い。
「横からの口出しについては気にしないけど、大賢者モーフィアスがどう奔走したのかアルフレッドに分かるように説明よろしく」
「……む」
勢いよく口を開こうとして、私の出した注文で詰まるゼファン。
知らない人間に物事を分かりやすく伝えるというのは思った以上に難しいのだ。
「俺達魔術師が統合王国や諸侯で働く場合、下級書記からのスタートとなる。
女神神殿の場合、司祭には下級文官が与えられるのに対して、魔術師側には不満があったからこれの改善を求めていたのだ」
「けど、諸侯の側近たる魔術師にもなろうお方が下級書記すらとれないのが問題な訳で」
「その書記のスタートである下級書記が文官の推薦によって行われているのが問題なのだ」
ゼファンの言いたい事はわからない訳ではない。
要するに、魔術師が出世を目指す場合、官僚である文官に媚びへつらう必要があるからだ。
対して女神神殿は司祭には下級文官資格が付与されている。
アルフレッドがゼファンに対して答えを口にする。
「つまり、出世するならば魔術師より女神神殿の方が楽?」
「そういう事だ。
それを改善しようとお師匠様は奔走なさっていたのだ」
で、失脚したと。
ゼファン君気づいてる?
君の発言、女神神殿の既得権益を盛大に侵しているって事を。
改革は既得権益を打破することで成功する訳がない。
既得権益をすり替えることで成功するのだ。
なお、ついでだが世界樹の花嫁は、トップが花嫁という女性の為出世も女性が強かったりするのでここでは外しておく。
「じゃあ、ゼファン君に質問。
にも関わらず、どうして貴方は魔術師を目指す訳?
女神神殿に鞍替えも可能だし、ヘルティニウス司祭に話せば協力してくれると思うけど?」
私の質問にゼファンは苦々しく、かつ誇りを持って理由を口にする。
それは、自分の未来と才能を信用しているからこそ。
「女神神殿の場合、現世権力と密着しすぎて魔法そのものの管理が疎かになってしまう。
もともとの管轄だった世界樹の花嫁を独立された彼らに魔法研究の維持・管理を行う力も必要もない。
魔術師だけなんだ!
古代魔術文明の遺産を維持管理運営し、古代魔術文明を復興させうる力を持つことができるのが!!」
そこでゼファンは拳を握りしめて薄暗い天井を見上げる。
本に陽の光は禁物だが、魔法による明かりでこの部屋は満たされている。
「古代魔術文明が機能していれば、俺の村は飢饉と病魔で滅ぶ事はなかった……」
「……」
あ。
アルフレッドにとってもこの話は地雷だったか。
近年の世界樹の花嫁による不作傾向は、いろいろな所にその歪みを作っている。
世界樹の加護がまっとうに機能していたならば、ゼファンもアルフレッドもこの場所にはいなかっただろう。
「もしかして、お前もか?」
「この時代、どこも似たようなものです。
もっとも、俺の村は騎馬民族の襲撃に耐え切れずでしたが」
気づいたら、同じ傷を持つ者同士いつのまにか仲良くなっていた。
ゼファンは天才だが孤独なキャラだ。
才能から周囲が劣っているように見え、どうしても自分の過去が傷として周囲と壁を作るから攻略がけっこうめんどかったり。
だからこそ、天真爛漫で平気で壁に突っ込んでくるミティアに惹かれたとも言う。
敵に回したい訳じゃないし、中立ならば御の字と思っていたがいい関係が作れるかもしれない。
しかし、後付けだとしても、ゼファンを始めとしたチート攻略キャラのほとんどが歴史の中に消えるのだから世界というのは不思議だ。
時代や世界が彼らに味方しなかったと言えばそれまでなのだが。
男同士の友情が結ばれつつある中、邪魔をするのも無粋なので、私は机のぽちを抱きかかえて部屋をこっそりと出てゆく。
あれ?
私当て馬?
「まあ、いいか」
「何が『まあ、いいか』なのよっ!
絵梨」
「っ!!」
しまった。
姉弟子様が嫌な笑みを浮かべて私に抱きついていらっしやる。
姉弟子様に害意がないし、こっちもそれがいやじゃないからポチの警戒もスルーだし。
「いやま、えっと、いろいろありまして」
「ずいぶん教え方になれているのね。
姉弟子として誇らしいわ」
「努力の賜物です」
まあ、宮廷主席魔術師やってましたからなんてこの場で言える訳も無く。
ゼファンみたいな生意気な弟子の扱いにはなれていますのでなんて更にいえる訳も無く。
姉弟子様は私のことを知っているけど、それをこの場で漏らすのはまずいのだ。
壁に耳あり障子に目あり、異世界に魔法あり。
物語に主人公ありっと。
「あれ?
エリー様にミズキ先生。
図書館で何やっているんですか?」
現れたのはキルディス卿を連れたミティア。
本を持っている所を見れば、彼女も勉強のためにという所か。
やばいことは口走っていない。よかった。
「これ見て、何をしていると思う?」
「……」
「……」
自分で言って何だが、現在の私は姉弟子様に抱きつかれて可愛がられ中。
ミティアは顔を赤めてぽんと手を叩く。
「お、お幸せに!」
まてやこら。
なお、この誤解は地味に周囲に広がって、解くのに結構時間がかかった。
2/24 投稿挿入話 色々足りない所の補強目的。
3/7 ナンバー修正




