28 置いていった過去との再会
「私に客?
誰?」
エルスフィア滞在三日目。
起きたばかりの寝ぼけ眼の私は、メイドのアンジェリカからの報告に顔をしかめる。
エルスフィア太守代行は罰ゲームというかペナルティみたいなもので厄介事という認識なのだが、それに絡んでくるなよと心の中で悪態をつく。
そんな内心を知らないアンジェリカは、来客予定者の名前を口にしたのだった。
「はい。
タリルカンド辺境伯がお会いになりたいと、先触れの使者を。
到着は、昼ごろになるそうです」
タリルカンド辺境伯。
このあたりで一番大きな封建諸侯であり、私にとっては忘れる事のできない名前でもあった。
なぜならば、『ロード・オブ・ザ・キング』における主人公がこのタリルカンド家なのだから。
オークラム統合王国が崩壊し、乱世となったタリルカンド辺境伯は北からの蛮族侵入と盗賊団撃退を狙う為に、エルスフィアに兵を進める所から物語は始まる。
なお、エルスフィアの南に伸びる街道の終点がタリルカンドであり、東への交易路の要衝として昔も今も栄えている街だ。
「会わないわけにはいかないわね。
準備をしてちょうだい」
「そういうと思って既に準備を始めています」
このあたりアンジェリカは有能だと感じてしまう。
私の監視も兼ねているから無能はつけないかと頭を軽く振って、私はベッドから起き上がった。
先触れを出すという事は複数の護衛をつけているという事で、それにあわせてこちらも見栄えを良くしないといけない。
エルスフィア騎士団長に準備を命じ、フリエ女男爵と法院衛視隊にも参加を求める。
はったりも大事でこのあたり仲良くしましょうと手を握りながら足を踏む、封建諸侯と王家直轄領太守の関係が分かってもらえれると嬉しい。
「タリルカンドの使者隊を確認!
数はおよそ300!」
隊規模を挨拶に送り込むとかさすが封建諸侯。
こっちは前太守引継ぎからまだ全体の把握すら終っていないというのに、機先を制された形になってしまう。
街道管理がらみで何か言われたら譲歩せざるを得ない失点に歯噛みしながらも、ドレスを着て相手を待ち受ける。
タリルカンドの使者隊はそれから一時間もせずにエルスフィアに到着した。
ぎりぎりこちらの準備が間に合ったのは、向こうがこっちの手の内を読んだからに他ならない。
「やりますねぇ。あっち。
全員騎馬と来ましたか」
騎士礼装ケインが騎士らしくない口笛を吹いてアンジェリカに睨まれる。
とはいえ、アンジェリカとアルフレッドも三百騎の騎兵の隊列に度肝を抜かれているのだが。
東方騎馬民族とガチで戦う必要から、東方辺境の諸侯は多かれ少なかれ騎馬隊を組織しているが、その騎馬隊の多くは元東方騎馬民族だったりする。
一方、私と同じくドレス姿の姉弟子様がぽちをのけて私の耳元で囁く。
「これ、あっちのヤの字と同じ?」
「そうですよ。
今、えばっている王侯も元は山賊のなれの果て」
このあたり即座に本質を見ぬけるから姉弟子様は凄いのだ。
同時に、この訪問が政治的だけでなく、貴族的見栄まで含んだ厄介事になるだろうと悟っておでこに手を当てて嘆きたくなる。
見事にその予感は的中した。
「タリルカンド街の君主の息子の一人でタリルカンド騎士団に属する者、エリオス・タリルカンド従士と申します。
父、シャリオ・タリルカンド辺境伯の書状を持ってまいりました」
「エルスフィアを一時的に預かる者で世界樹の花嫁候補、エリー・ヘインワーズ太守代行です。
どうぞよしなに」
挨拶の後、笑顔の仮面を張り付かせながら私は世界に呪いを吐き捨てたくなる事をぐっと堪える。
過去に戻っているから、この人がいるのは当たり前だよなぁ。
エリオス・タリルカンド。
『ロード・オブ・ザ・キング』の主人公で再興したオークラム統合王国の王座に座ったお方。
辺境伯というのは、辺境にて異民族対策を任せられた為に、広大な領地と大きな権限が与えられるので、任せられる人間は有力家門から選ばれるのが常である。
で、反乱等を起こさせない為に王家はそこに定期的に血を入れることで彼らを有力な封建諸侯に仕立てあげた経緯を持つ。
だが、この方についてはそれで収まらない因縁があったりするから困る訳で。
実は彼の本当の父親は、世界樹の花嫁の主人公であるミティアと同じ国王の兄だったりするのだ。
そこに嫁いでいたのが、タリルカンド辺境伯のいとこ。
国王の兄が不可解な形で歴史に消えた結果、彼女はタリルカンドに戻ってきたのだが、その時にはこの方をお腹に宿していたという訳だ。
タリルカンド辺境伯はそのやばさに気づき、彼女を側室として迎える事でこの方をタリルカンド家門にしたてあげたという訳。
何も無ければ彼は三男坊として歴史に名を残す事無く終わっただろう。
「……どうなさいましたか?」
「いえ。
何でもありませんわ。
書状を確認させていただきます」
エリオスが考え込んでいた私に気づいて、私が慌てて取り繕う。
短く切られた赤髪は実は染められていて、髪の根元を見るとアリオス王子と同じ金色。
体つきはしっかりしており、馬に乗っている為無駄な筋肉もなくバランスが取れている。
水色の瞳に知性的な顔から現れる顔つきはアリオス王子とよく似ている。
太守執務室で書状を受け取った私は読みながら、思いが過去に戻るのを止められない。
ゲームスタート時、未曾有の東方騎馬民族の進入に追われていたタリルカンド辺境伯は万一を避ける為に、エリオスをエルスフィアに逃がしたのだった。
そしてその万一は実現し、タリルカンドは陥落。
タリルカンド辺境伯家は辛うじて逃れた妹のマリエル以外は全員命を落とし、エリオスがタリルカンド辺境伯家再興の為に立ち上がるという貴種流離譚の流れで物語はスタートするのだった。
「……確認しました。
返書を用意しますので、しばしお待ちを」
「こちらの方へ」
アンジェリカが彼を隣の貴賓室に案内し、入れ替わりに別の扉から、姉弟子様が入ってくる。
太守代行つき占い師として紹介しているから、フェイスベールとヴェールをつけているが本職だから様になっている。
「で、向こうの用件は何だって?」
姉弟子様の言葉に、私は書状を書く手を止めて嘆いた。
ついでに後頭部に両手を当てて椅子にもたれかかる。
「エルスフィアとタリルカンドの街道に設置してある見張り台に盗賊団がいるそうです。
共同討伐と見張り台管理の移管の提案でした」
見張り台の管理はこちらの管轄である。
それを共同討伐の上で管理を移管したら、既成事実としてその見張り台あたりまでタリルカンドの領土になってしまう。
向こうもあわよくばという感じだろうが、エルスフィアまで抑えないと見張り台管理は手間だけがかかってしまう。
近所のご挨拶からすれば随分穏健なものだろう。
「こっちの巡回再開と共同討伐の受諾。
見張り台管理はこっちが責任を持つと返事をする予定です。
向こうからすれば、お手並み拝見と言ったところでしょうか」
椅子にもたれかかった頭を持ち上げて、私は羽ペンで返事をしたためる。
だから、視線にちらと入った姉弟子様のいやな笑みに気づくのが遅れてしまう。
「で、あの子あんたのあれなの?」
あ。文字間違えた。
斜線で修正してと。
音消しの魔法だけでなく結界まで張って、ここには誰もこさせないようにしたあとで、私は姉弟子様の質問に答えた。
「……ええ。
アルフレッドが戦死してから、あの方が心の支えでした」
返事を書いていた手が止まる。
うれしいはずなのだが、ぽちがハンカチを差し出しているのでやっと私が泣いている事に気づいた。
「どの顔あわせてあの人の顔を見ればいいんでしょうね。
あの人の手を振りほどいたのは私なのに。
あの人より、故郷やアルフをとった私はあの人に何を言えばいいんでしょうね」
「何も言わなきゃいいじゃない」
ああ。
忘れていた。
私は魔術師。
姉弟子様は占い師だ。
誰かに縛られてはいけない。
それは縛られた誰かに占いを歪められてしまうから。
人を愛してはいけない。
その人の未来が見えて、その未来に介入しない事を誓えるならば。
それをやってのけているからこそ、姉弟子様は占い師で、それができなかった私は魔術師になってしまったのだと今はっきりと痛感した。
そんな私を、この人はこの人なりに慰めてくれているその暖かさが私にはうれしかった。
「ずるい人ですね。
水樹姉さまは」
ぽちからハンカチをとって涙をぬぐう。
顔が元に戻るまで時間がかかるが仕方ない。
そんな私の頭を、姉弟子様は優しく撫でてくれる。
「あら、女はずるいぐらいがちょうどいいの。
そのずるさを許容してくれるのが、いい男ってもの。
弄んで上げなさいな。
いい男にしてあげたうえで」
この人がいて良かった。
私は今ほどこの人のありがたさを感じずにはいられなかった。
私の泣き笑いと返書に時間がかかり、それを不審がられたエリオスに言い訳するのに少し苦労したが、向こうからの小手調べはこうして終わった。
「どうしたんですか。
エリーお嬢様?」
エリオス率いるタリルカンドの使者が帰った後、私はアルフレッドに呼び止められた。
涙も消えているし泣いて心の整理もついた私は、とびきりの笑顔でアルフレッドに向けて笑ってみせる。
「なんでもないわ」
12/09 設定変更に伴う加筆修正




