25 エルスフィア太守代行
オークラム統合王国東部辺境と北部辺境の中間に位置する王家直轄都市エルスフィアは人口三万ほどの周辺で大きな街の一つである。
東方との街道筋からは外れるが、北部山地を源に流れる川による河川交通が発達して木材を王都に運ぶ事で栄えた。
また、辺境部防衛拠点の要衝として辺境騎士団の一つである、エルスフィア騎士団の駐屯地でもあった。
その辺境騎士団が急遽現れた竜に対して完全武装で城壁にずらりと並ぶ中、ぽちの背に乗った私は彼らの前にドレス姿ではったりをかましたのだった。
「シボラの街の君主に連なる者の娘で世界樹の花嫁候補、エリー・ヘインワーズ。
王家の要請によってエルスフィア太守代行の任を受けてこの地に参りました。
取次ぎをお願いしたい」
「しっかし気持ちよかったわねー。
ぽち。
また乗せて頂戴ね」
「きゅー」
ムチムチライダースーツ姿の姉弟子様の胸に抱かれて逃げ出そうとするぽちを見捨てて、私達はエルスフィア太守執務室に入る。
私も実は空の上では同じ格好だったのだが、はったりをかますために急遽着替えたという経緯がある。
メリアスからエルスフィアまで歩くとかなりの時間がかかるが、そこはぽちという偉大な乗り物がある訳で。
メリアスから馬車で少し離れたら全盛期のぽちに戻ってもらって、馬車を抱えてもらい一気にエルスフィアへ。
帰りは私がテレポートゲートを作ってメリアスと繋げる予定。
「ぅ……」
「おぇ……」
「気分が……眩暈が……」
ほちに捕まれた馬車で運ばれたケインとアンジェリカとアルフレッドは、見事なまでに酔って執務室の長椅子に転がっていた。
今度酔い止めの薬を持ってこよう。
まてよ。状態異常だから回復魔法が使えるかもしれないなんて考えていたら、ノックの後に完全武装の軽装騎士が一人入ってくる。
華奢な体つきで小柄だが、その黒目は相手を真っ直ぐに見抜き眉は強気にひかれて、黒髪は後で三つ編みで束ねられていた。
職業章を見るとペガサスナイト。
空中騎兵か。
「城門での無礼失礼しました。
私は法院に席を許されエルスフィアを一時的に預かる者、フリエ・ハドレッド太守代行と申します。
太守引退から今までエルスフィアの一切を任されていました。
手続きを行いたいので、王家の書状と銀時計の提示をお願いします」
女騎士か。
おそらく、エルスフィア前太守を引退に追い込んだ法院衛視隊の一人だろう。
王家と利害が対立する事がある封建諸侯の牙城である王室法院は、それゆえに封建諸侯間対立の解決と王家介入を避けるための自前の兵力を統合王国成立初期に作る必要に駆られたのである。
それが法院衛視隊であり。実質的な統合王国の警察組織としてその名を轟かせている。
なお、その名前が轟いているのはもちろん悪名で、秘密警察の側面を持っているからに他ならない。
ついでにいうと、『世界樹の花嫁』では私がやっている悪役令嬢とその取り巻きを拘束する役割を与えられており、その後に発生したヘインワーズ侯の反乱は近衛騎士団主導で鎮圧が行われた。
ヘインワーズおよび、法院貴族排除において王家と封建諸侯ががっちりと手を握っていた証拠がこんな所にも出ている。
「いいわ。
紋章院あたりはいろいろ大変だったみたいだけど、これ問題ないのかしら?」
私がイヤミを言いながら銀時計と王家の書状をフリエに渡す。
魔法認証があるから本物である事は分かるが、それが作られた記録が無い代物である。
この手の記録管理をしている紋章院は修羅場になっていた事だろう。
フリエが確認魔法を紡ぎ、それが本物である事を確認する。
ぽちをかわいがりしている色物衣装の姉弟子様に乗り物酔いで横になっている連れ三人がいるというのに、その間顔色ひとつ変えやしない。
「確認しました。
統合王国の盟約に従い、エルスフィアを一時的に預かる者の称号を貴方に預けます。
今より私の名前は、法院に席を許され法院衛視隊に属する者、フリエ・ハドレッド女男爵です。
法院から次の指示があるまでは貴方を補佐するようにと言われております」
称号の交換を魔法による制約で縛る事で、その就任が認められる。
片手をあげて制約の言葉をフリエが紡ぎ、私がそれに続く。
「承りました。
今より私の名前は、エルスフィアを一時的に預かる者で世界樹の花嫁候補、エリー・ヘインワーズ太守代行です」
爵位持ちか。この女騎士。
王立法院に席を許されって事は、騎士より上に成り上がったと言っている。
コネにせよ政治力にせよ油断ならない人間なのは間違いなさそうだ。
ついでだから、このあたりの階級にも少し触れておこう。
軍の階級は、兵士、従者、従士、騎士と四つの階級に分けられる。
で、指揮を執るのが騎士で、だからこそ騎士団はその指揮を取る連中の集合体という意味を持つ。
たとえば、騎士団の一般的定員は10『騎』未満なのだが、これは騎士の数である。
その騎士には2-3人の従士がつき、その下に2-3人程度の従者がつき、従者の下に30人程度の兵士がつく。
だから、騎士を名乗れる人間はその下に300人近い人間を指揮する事が求められる。
ここまでが軍人で、ここから上は法院の推薦によって法院に席を許されて男爵位を得る貴族となる訳だ。
一方、文官は上級・中級・下級の文官と上級・中級・下級の書記の六階級が設定されているが双方とも出世すると法院に席を許されて男爵位が与えられる貴族となる。
貴族となると政治軍事双方に関与できる政軍統合の制度をとっているが、文官系が都市統治経験から力を持って法院貴族として勢力を拡大するのに対して、軍人系はそのあたりが遅れているので部屋貴族や屋敷貴族止まりも多く、諸侯に取りこまれる事も多い。
さて、彼女は諸侯の犬か法院貴族になれる逸材か。
どちらにしろ、彼女がここでの私のお目付け役という訳だ。
維持費が莫大な空中騎兵が持てるのは少なく、統合王国正規軍で部隊運用ができるのは近衛騎士団か法院衛視隊ぐらいしかない。
で、法院衛視隊はその性質から空中騎兵を伝令として使い、必然的に空中騎兵は情報畑を歩む事になる。
その為、現場から一線を退いた際に爵位を得て今の地位に得たと考えるならば、彼女は統合王国スパイマスターの一人。
彼女がいる限り、エルスフィアで私が何かしても王国側に知られる事を覚悟しておかねばならない。
「こちらが、エルスフィアの現状をまとめた書類となります」
フリエ女男爵から書類を受け取り、現状を確認。
事前情報では汚職のやり過ぎで反乱寸前まで追い込まれたとあるが、書類だとエルスフィア騎士団をはじめ、役人たちの給料の遅延まで発生していた。
近年の不作傾向はエルスフィアにも波及しており、物価の上昇が主要交易路から外れたこの地への商隊を遠ざけて関所税収入を低下させ、その穴埋めに関所税を上げるという悪循環。
おまけに、騎士団への給料遅延がそのまま周辺の治安悪化に繋がって、さらに収入を低下させる。
で、財政赤字の拡大に今までの生活維持をしていたらそりゃ破綻する訳で。
おまけに、地元商人に多額の賄賂を要求しこれに引っかかったという訳だ。
これはエルスフィアだけでなく、辺境部各地で同時多発的に発生している事なのだろう。
ならば、解決できる所から解決しよう。
私は旅行鞄をあけて、メリアスで換金した金貨の袋をフリエに渡す。
「騎士団および役人の給料遅延を解消します。
関所税は三割削減。
太守代行権限で恩赦を出して、重犯罪人以外を釈放します。
騎士団には街中および周辺の巡回を指示。
商人たちには賄賂ではなく借り入れを行う事で、運営資金を確保。
何か質問は?」
「いえ。
さすが世界樹の花嫁候補に相応しい見識をお持ちと感心する次第で」
この手の内政ものは要するに金が最大の問題になる。
で、それが片付くならばおよそ道は開けるものだったりする。
アリオス王子はこちらの財力――ヘインワーズ家も含めて――を削りにかかったからこの程度の問題は想定していた。
頼めばヘインワーズ侯からの支援も引き出せるが、引退という全面降伏を前にして支援を引き出すとどんな因縁がつけられるか分からない。
無理をする必要はない。
初動で最大の問題を片付ければ、街という生き物は己の力で再建できるものなのだ。
エルスフィア騎士団の騎士定員は四騎で、その動員兵力はおよそ1200程度。
これを早急に掌握するする必要があるが、給料遅配の解消で最低限の忠誠は買えただろう。
そんな事を考えていたら、フリエが私を思考の海から引き戻した。
「所で、お連れの方はそのままにしてよろしいので?」
「あ!」
「……」
「……」
「……」
文句すら言えないほど疲弊した三人に私が慌てて回復魔法をかけたのは言うまでもない。
12/09 設定変更に伴う加筆修正




