22 護衛騎士と剣術授業
「今日からここで学ばせていただくことになりますミティアと申します。
どうかよろしくお願いします」
「シボラの街の君主に連なる者の娘で世界樹の花嫁候補エリー・ヘインワーズよ。
よろしくね」
教室内での正式自己紹介をもって、この世界樹の花嫁というゲームは始まる。
教室内における生徒たちが私達をどう見ているかというと、皆首を傾げていると言ったところだろうか。
そりゃそうだ。
どこからどう見ても、ミティアはごく普通の娘。
何で彼女をベルタ公は影から推すのか分からないからだ。
そして、そんな生徒たちの視線がちらちらとアリオス王子に向かっているのが面白い。
彼の意思によって態度を決めようという所なのだろう。
それをアリオス王子はしっかりと分かっていた。
「これから皆と共に学びあってゆく仲だ。
二人ともよろしく」
アリオス王子の中立宣言によって、生徒達に動揺が広がるのが分かる。
そんな波乱含みの中で私達のメリアス魔術学園での生活は始まった。
戦場に出た人間と出ない人間の違いは何かと言うと、間合いの取り方にある。
己の武器を選択し、その武器に最適の間合いをいつも心がける事で、不測の事態に対処するという訳だ。
という訳で、間合いなんて意識していない私は確定的に初心者なのである。
証明終わり。
「まてや。
そこの五枚葉従軍章持ち」
授業が始まる前に私がアルフレッドに語っていた背後から、案の定シドが突っ込む。
貴重な突っ込み役なのでできるだけ仲良くしたいものだ。
「何よ?
嘘は言っていないわよ」
「ああ。
嘘は言っていないが、だからこそたちが悪いんだろうが。
おまえが張り付かせているとかげについて何か言ってみろや。おい」
「あら?
ぽちはマスコットよ。
ねー」
「きゅ♪」
メリアス魔術学園は上流階級に連なる人間およびそれに仕える人間を作る為に、学ぼうと思えばかなりいろいろな事が学ぶ事ができる。
で、今は剣術の授業である。
私達女子も参加になっているのは、襲われる危険もあるから最低限の身の守り方を学ぶという理由がひとつ。
もう一つは、教室内に入れない護衛騎士たちとの交流の場としてである。
残った最後の攻略キャラ。
ミティアの護衛騎士キルディス卿のお披露目の場所だったのである。
「あれほど勝手に出るなと……」
「ご、ごめんなさいっ!」
で、そのキルディス卿は一人で魔術学園に行ってしまったミティアに説教中。
彼はベルタ公からつけられた護衛騎士なので、王子と同じくおよそすべてのからくりを知ってここに来ている。
だから、ミティアを説教中にもかかわらず、こっちで馬鹿話をしている私から意識を離していない。
ヘインワーズ侯の全面降伏については話がいっているだろうから、何を企んでいると疑心暗鬼でいっぱいなのだろう。
かわいそうに。
キルディス卿の正式名称は、
ベルタ騎士団に属しミティア・マリーゴールドの盾にして剣 キルディス・ブロイズ 騎士
となる。
高い背に藍色の髪を短くしているがそろえている訳ではなく、体つきはしっかりとしており、背は攻略メンバーの中で一番高い。
相手の視線を遮る為に前髪は少し伸ばしているのがおしゃれと言った所か。
彼自身は、兵士から騎士に抜擢された重装歩兵で、ゲームの戦闘においては主人公を守る盾役として大活躍する。
その抜擢されたことからもわかるように、ベルタ公から絶大な信頼を得ており、それゆえに彼がミティアと駆け落ちした場合ベルタ公取り潰しにまで話が発展する。
なお、ゲーム内におけるユーザーからのあだ名は『苦労騎士』だったり。
話がそれた。
「エリーお嬢様はすごい人なんですね」
ちっ。
こっちが意識を飛ばしている間に、シドがアルフレッドに何か吹き込んだな。
まあいいけど。
「何を言ったのよ?」
「さっきの話の補足さ。
あんたの代わりに、そのとかげがキルディスの視線に気づいて睨んでいた事とか」
私の間合いがらみのからくりがこれである。
実質的にぽちが全周囲の警戒をしているから私は意識を払っていなかったりする。
何か言おうとして授業開始の鐘が鳴る。
という訳で、剣術の授業に参加しようとしてとんとんと肩をたたかれるといい笑顔をした王子様一言。
「知ってるかい?
この学園内で一番高い従軍章を持っているのは君なんだよ。
だから、君も教える側ね」
どうしてこうなった!?
さて、この場にいる講師陣だが私にアリオス王子にグラモール卿の生徒側、キルディス卿にケインの護衛騎士数人。
よその護衛騎士は私の五枚葉従軍章に目を丸くしているし。
で、この中で一番の技量があるグラモール卿がまず間合いの話を始めていた。
「まず剣を持つ上で意識してほしいのは己の体を知る事だ。
たとえば、身長はそのまま剣を持つ場合有利不利がはっきりと出るので、自分の身長を知る事から始めてほしい」
当たり前の話だが剣は手で持つ訳で、剣の長さ+手の長さがそのまま基本リーチとなる。
グラモール卿の話は間合いのさらに前である自分のリーチ把握からはじめていた。
このあたり分かりやすいなぁ。
という訳で、皆模造剣をもって自分のリーチを知る所から始めている。
「うわ。
剣が重たぁい……」
ためしに持ってみた風を装った学生服姿のアマラがぶりっこをしてシドから白い目で見られている。
盗賊ギルド所属の高級娼婦がそのあたりを仕込まれていない訳がない訳で。
けど、そのぶりっこは私もやろう。
「うわ。
剣が重たぁい……」
全員から白い目で見られましたよ。
何この差別。
「皆、剣を持ったと思うが、重さも大事なので忘れないように。
当たり前だが、重たい物を振り回すのは疲れる訳で、軽ければ折れる可能性もある。
そのあたりはおいおい己にあった武器というのが見つかってゆくはずだ。
とりあえず、人に当たらないようにして剣を振ってみろ」
アルフレッドを眺めていると、ケインの指導の元剣を選んでいるのが見える。
駆け出し冒険者にとって、この授業は大いに役に立ってほしいと心の中で願っていたら、とんでもない会話が聞こえてきた。
「何を選べか?
その場にある武器で戦うしかないだろう?
あと、俺は軽装で戦うから鎧の事は聞いてくれるな」
さすが傭兵あがりというか。
まあ、冒険者にはケインみたいな剣の方がいいかと割り切る事にする。
眺めていたら茶番に飽きたのかアマラがこっちにやってくる。
「ところでエリー。
あんたの得物って何よ?」
「基本杖なんだけど、剣限定ならばショートソードかな。
あんたは?」
「私は投げナイフ。
シドより上手いのよ」
乙女の会話じゃないよな。これ。
けど、こっからさらに乙女の会話じゃないので注意。
扇で口元を隠してのひそひそ話なのだが。
「で、ここの面子で勝てないのは誰?」
「あのグラモールは私とシドでも無理。
向こうの護衛騎士も戦いたくないわね。
あんたの所の護衛騎士は手数が読めないから戦いたくない。
あとは、なんとかハメればいけるかな」
何か仕掛けても対処は可能か。
キルディス卿は抜擢されただけあって、冒険で鍛え続ければ後半になると戦闘系技能が開花し、グラモール卿と試合をして勝ち近衛騎士団に抜擢されるが、ミティアの為に断るなんてイベントも発生する。
だが、今の段階ではまだ対処ができるか。
んでは、少し手出しをしたらやばい脅しを入れておきますか。
「アルフレッド。
体を動かすから、よかったら手伝って頂戴」
「え?
俺でいいんですか?」
不意に呼ばれたアルフレッド以上に、周囲の視線が私に突き刺さる。
五枚葉従軍章の価値を見定めようというあたりだろうか。
「お嬢様何も持っていないけどいいんですか?」
「大丈夫。
かかってらっしゃいな。
いつでもいいわよ」
アルフレッドが剣を構える。
かつて戦場で彼が構えた型はここでも同じ。
だからこそ、その癖を私は何度も見てきた。
「右足から踏み出す」
私の一言に踏み出そうとしたアルフレッドが驚愕の顔を晒す。
それにあわせて私は一歩前に進む。
「構えなおして、上段から振りかかる」
さらに一歩。
読まれている事に心が完全に平常心を失っている。
だから、そこにさらにつけ込む。
「で、近づかれたから一歩下がる」
下がろうとしたアルフレッドが完全に固まる。
それを見逃す私ではない。
体を前に傾けて、一気に間合いを詰める。
アルフレッドが剣を振り上げた時、私は彼の体を抱きしめた。
学生服越しに私の胸を押し付けるのも忘れない。
「はい。
チェックメイト。
戦場では平常心は大事よ。
覚えておく事ね」
役得である。
彼を抱きしめた時、彼の体の温かさが、彼の汗とにおいが私を過去と言う名の未来に追いやろうとするのをぐっと我慢する。
もう一度恋をはじめよう。
姉弟子様の言葉ではないが、今の私は恋する乙女としていろいろがんばるつもりなのだ。
あざとさももちろん、ぶりっこももちろんましましである。
アルフレッドから離れて戻ると、皆が一斉に拍手で出迎える。
音頭をとったのはあの王子か。
「お見事と言った所ですか」
「たいした事ありませんわ。
私、少し未来が見えるので」
私の言葉に王子の秀麗な顔が少し崩れた。
きれいに整えられた眉がぴくりと動いたのは私は見逃さない。
「占いをたしなんでおりまして、ある程度の未来は見えるようになりました。
もっとも、足がどちらから出るかとか、どう次は動くか程度の事ですけど」
従軍章持ちは一斉にわたしの言葉の意味を察して顔を引き締めている。
何かやらかしたら、その前にぽちのブレスを食らうぞという私の言下の脅迫はちゃんと伝わったらしい。
さてと、我がライバル殿は……
「これ、こうやって振ればいいのかな?」
こっちに意識がいっているキルディス卿相手に、ショートソードの模造剣を疑問顔で振っていたそうな。
お約束だなぁ。
12/09 設定変更に伴う加筆修正




