21 主人公の名前は 0320加筆
『世界樹の花嫁』のオープニングは、主人公が魔術学園に向けて駆けてゆく所から始まっていた。
ただ一人メリアスの街を駆ける事で、プレイヤーにその世界を伝える事が目的だったのだろう。
一生懸命世界樹を駆けた彼女は魔術学園の校門にたどり着く。
そこで、私と初対面をするのだ。
「ごきげんよう。
見かけない顔ですわね」
こっちも一週間前に着たばかりだが、そこは悪役令嬢。
扇子を持って口元を隠してお嬢様スタイルでじっと校門の影で待っていた努力を褒めてほしい。
なお、アルフレッドとアマラは付き合わせるのも悪いので教室内にて待機。
「は、はじめまして!
わたし、今日からこの学園に通うミティアと言います!
よろしくお願いします!!」
金髪のまぶしい元気そうな子。
ウェイブのかかった髪が揺れるがこれ朝大変そうな気がする。
スタイルは大きすぎず小さすぎず、背も私と同じぐらい。
話すことで周囲に元気を振りまく人気者。
そして、その魅力によって統合王国を崩壊に導いた魔性の女。
どれが彼女の本性なのだろうか?
優雅に貴族の礼をもってミティアに挨拶をする。
「私の名前はエリー・ヘインワーズ。
シボラの街の君主に連なる者の娘で世界樹の花嫁候補よ。
あなたと同じくね」
私の挨拶にミティアはきょとんとする。
これ、宣戦布告って分かっていない顔だな。
「ふふ。
これから二年間ぐらい、貴方と私は世界樹の花嫁の座をめぐって色々争う事になるって言うの。
少しは驚いたり、敵意を見せたり……何見ているのよ?」
視線があきらかに私ではなく私の上のぽちに行っている。
しまった。
ぽちのやついつものくせで垂れドラゴン状態で私の上に。
うわぁ……しまらない……
「そ、それ、かわいいですね……」
めっちゃ気を使われたぁぁぁぁぁ!!!
やめて!
そんな所で気を使わないで。
「ごほん。
まぁ、よろしくね」
顔が赤いのが分かるし、上にいる垂れドラゴンがかわいいと言われてぽちがドヤ顔なのも分かる。
お膳立て台無しである。
ミティアが耐え切れずに笑うが、その笑顔がなんか楽しくて私もつられて笑ってしまう。
これが主人公補正というものか。
「はい!
よろしくお願いします。
エリーさん!!」
ミティアと分かれてそのまま校舎裏へ。
この位置は隠れて校門を見るのに最適な場所だったりする。
なお、垂れドラゴンのぽちはそのまま頭に乗っている。
「覗き見なんて趣味が悪いですわ」
「いやすまない。
こんな茶番を見せられるとは思っていなかったものだから目から涙が」
いるだろうなと思って声をかけたが、案の定笑いをかみ殺した声でアリオス王子が姿を現す。
もちろんグラモール卿つきで。
とりあえず、笑い涙をふいたハンカチを隠せよ。王子。
「君を守っているのだろうから文句は言えないのだろう。
が、同じ学び舎で学ぶ者の忠告として聞いて欲しい。
そのドラゴンには、時と場合を教えるべきだと思う」
「あら、時と場合と空気を読まないからトカゲなんですのよ。
これ」
軽い茶番の応酬のあと、アリオス殿下が真顔に戻る。
つまり、ぽちですらごまかせない空気の時間という訳だ。
淡々としたアリオス王子の声が、既に彼がこっち側の人間であると伝えている。
「ヘインワーズ侯が王室に内々だが引退を示唆してきた。
執政官を辞する所まで追い込まれていたが、嫡男に伯爵位とシボラの街の相続のみを求め、残りの領地はエレナ嬢に相続させる。
戦う前から実質的な無条件降伏だよ。
何をしたんだい?」
さすがヘインワーズ侯。
この時点での無条件降伏は生存戦略ならば悪くは無い。
世界樹の花嫁争いに裏から影響力を使うつもりは無いと宣言したようなものだからだ。
ヘインワーズの後ろ盾は無くなるが、私の足を引っ張らないあたりがすばらしい。
私が何かしくじってもその責任は捨て駒である私止まりで、ヘインワーズ家まで届かない。
何もしなくていいと要求を突っぱねたが、それを逆手に取って保身に走るあたり、彼もまた只者ではない。
「何も。
ただ、ヘインワーズ侯は私に全額賭けたという事でしょう?」
わたしがとぼけると、アリオス殿下は薄く笑った。
美形の王子様がそういう笑みを浮かべると、悪巧みをしているのだろうが絵になるなぁ。
対象が私でないならば惚れる所なのに。
「で、私は君と彼女どちらに肩入れすべきなんだい?」
「それを私の前で言いますか?普通?」
「君だからだよ」
私とアリオス殿下が同時に吹き出す。
誰かに見られていたら、王子との密会みたいな噂話が花を咲かせるのだろう。
かわってやるよ。
だから、この会話を聞きやがれ。
「ヘルティニウス司祭から報告があった。
大賢者モーフィアスが管理する遺跡に賊が入り、大賢者が配置したガーティアンに撃退されたと。
賊は全員死亡。
捕らえて衛視に引き渡した連中もいつの間にか毒を飲んだらしい。
背後関係を洗おうとしたヘインワーズ侯は引退を示唆した事でこの件は片付けられた」
つまり、ヘインワーズ侯が背後関係を洗わないといけない連中が黒幕って事じゃないですか。やだー。
狙いは私の召喚陣か。
神殿関係者から漏れたな。
襲撃に怯えて引退を示唆したなんて噂が立ったら少し動きにくくなるから、軽めの報復はこちらからしておくか。
「こちらもヘルティニウス司祭からですが、神殿喜捨に法院が目をつけていると。
あの子にそれを教えてよろしいので?」
ミティアは何も知らないから調べようとする。
そして、調べたら否応無く黒いものが出るそれをお膳立てしていいのかという私の提案にアリオス王子が真顔で考える。
王権強化に親族とはいえ背後の封建諸侯が邪魔なのは王子も分かっている。
取引はWIN-WINが鉄則である。
「勝負なんだから、君が教えるのはなしだよ」
「私もそこまでお人よしじゃありませんよ。
それはヘルティニウス司祭にお譲りします」
「彼か。
じゃあ、しょうがないな」
妥協成立。
こちらから手を差し出さない代わりに、ヘルティニウス司祭の動きを阻害しない事でミティアの行動を邪魔しないという取引に私もアリオス王子もにっこり。
この王子様、本当に有能だ。
だからこそ、彼が消えるのは惜しい。
警告だけはしておくか。
「賊がらみですが、馬鹿が御身に迫る事があるやもしれませぬ。
ご注意を」
私の警告にグラモール卿から殺気が飛ぶが、王子の手が制した。
このタイミングで私を含めたヘインワーズ家が王子にしかける理由がないというのを理解しているからだろう。
そして、ヘインワーズ家に罪をなすりつける事を目的とした封建諸侯による王子排除まで多分感づいている。
「担ぐとしたら誰なのだろうね?」
「そこまで深い闇に私を誘うのはやめて頂きたいものです。
これでも慈愛に満ちた世界樹の花嫁を目指しているのですよ」
私の前の二人はきょとんとして大爆笑をしやがった。
冗談と受け取られたらしい。
失礼な。
可能性として、私は第三王子カルロスと近衛騎士サイモンの関与を疑っている。
このあたりはデザイナーズノートに書かれなかった部分なだけにどういう経緯で彼が消えたのかが分からない。
「で、世界樹の花嫁のご感想は?
殿下」
笑いが収まったあたりで私が誘い水を向ける。
王子はそれに微笑で答えた。
「君を含めてずいぶん個性的だよ。
私と共に歩んでくれるのならば、これほど心強いものではないのだろうけどね」
「あら、私もですか?」
「当たり前じゃないか。
個性的で、可愛いよ。
何より有能だ」
きっと彼は王たる者として育てられて完成したのだろう。
それを人に戻してしまったのは、ミティアという少女の愛だ。
人としてそれは正しい。
だからこそ、政治的大失策である事すら理解しつくして彼はミティアの手を取って新大陸に逃れた。
その決断を政治家として罵倒したくもあるが、人としては罵倒できないし、そこまで人を辞めたくはない。
「そうだ。
上級文官と世界樹の花嫁候補の権限で辺境に城を築きたいと思います。
ご許可を」
話も終わり、別れ際にふと思いついて私はアリオス王子に開発許可を求める。
統合王国辺境部は防衛の観点と経済的事情(まったく美味しくない土地)で王家直轄領になっている事が多い。
私の話から外れた提案に王子が少し警戒の色を含めて返事を返した。
「別に構わないがどうしてだい?」
「趣味みたいなものですよ。
心を癒す花畑みたいなもので」
今朝の夢のせいだろう。
調べたが、この時点であそこに城はできていなかった。
ならば、私が作るのも悪くはない。
卵が先か鶏が先か知らないが。
「大きな花畑だね。
場所は?」
「後で地図を持ってきますが、東部と北部の境の山あたりで。
交易路からも外れた辺鄙な場所ですが、自然が豊かで気に入ったのですよ。
森で雉を獲って、同じく森から採れるキノコと山菜のスープに入れると美味しくて」
アリオス王子とグラモール卿の顔が警戒から興味深そうに変わる。
しまった。
貴婦人が料理スキルを持っている訳がなかったか。
「料理ができるんだ?」
「ええ。
私は一族でも傍流ですから、ミティアと同じく庶民生活は長かったのですよ」
グラモール卿。
露骨に胸の銀時計の鎖と大勲位世界樹章と五枚葉従軍章をガン見しないでください。
庶民なんです。
成りあがったけど。
「そこなら問題はないだろう。
王室には私から声をかけておこう」
「ありがとうございます」
アリオス王子はそれ以上の追求はせずに私の提案を承認してくれた。
私の思い出の場所。
私が幸せだった場所を私が作るなんて少しおかしくて笑みがこぼれてしまう。
あの時のものを思い出して、できる限りそろえておこう。
もしかして、流浪の果てに来るかもしれない私の為に。
「で、城の名前は決めているのかい?」
アリオス王子の質問に私は笑顔でその幸せだった場所の名前を告げる。
後で、故郷と言う意味の異国の言葉だと知ったその場所の名前を。
「ええ。パトリと」
3/20 設定変更に伴う加筆




