19 親睦会
人材は集めたが方針を徹底させないと烏合の衆である。
という訳で、一日を使ってかき集めた人材達に今後の方針を伝える為の内輪のパーティを開く事にした。
参加者はケインにアンジェリカ、姉弟子様と雇ったアマラとアルフレッドである。
「という訳でこれからよろしくね。
かんぱーい」
さすがに酒は避けたが向こうから持ち込んだ粉末ジュースが大活躍。
保存や戦場使用に気づいてケインやアンジェリカが渋い顔をしているのは見なかったことにしよう。
「で、エリーの目的の再確認だけど、世界樹の花嫁を目指すでいいの?」
魔術学園制服姿であるアマラの質問に私はぶっちゃけた。
早々のネタばらしだが仕方ない。
「一応はね。
ただ、私じゃなくても世界樹の花嫁に誰かがついてくれる事が目的なのよ」
「?」
首をかしげるアマラだがある意味当然だろう。
ここからはこちらの世界の人間が知らないというか失伝した事なのだから。
「世界樹の花嫁って王国の大臣職だし、そっちを目指すと言っているというか意図的に言っていたからね。
私が目指すのは本当の世界樹の花嫁。
ようするにこの樹の巫女の事よ」
大臣職を目指すという形で分かりやすい餌をばら撒いておいたのだ。
食いついてくれないと困るというものである。
「大賢者モーフィアス様に頼んでいるのだけど、近く世界樹についての調査報告が王宮に提出されるわ。
そこにはこう書かれているはずよ。
『世界樹の花嫁は乙女ではその力を出す事はできない』と」
私と姉弟子様以外はさすがに驚愕の顔に変わる。
近年の世界樹の花嫁は後宮に入るコースの一つとして確立されている。
そこに激震を与える事になるからだ。
「まぁ、ぶっちゃけると世界樹の花嫁って、毎夜毎夜男をとっかえひっかえしている人間でないとなれないのよ。
近年の不作はそれが原因でもあるわ」
「証拠は?」
信じられないという顔でケインが質問を投げかける。
それに対して、私は取り寄せた歴代の花嫁と収穫高の書類を提示した。
「ここ数年の収穫高減少のデータと儀式を執り行った世界樹の花嫁の名前。
彼女達の全てが後宮に入るか有力貴族の元に嫁いでいるわ。
断定はできないけど、何だかの関係は見て取れるんじゃない?」
「……じゃあ、俺の故郷は、貴族達の都合によって滅ぼされたって言うのか?」
アルフレッドの静かな怒りに私は少しだけたじろぐ。
故郷滅亡の原因が天災でなく人災であると知ったら怒りを持つなというのが無理だろう。
そんなアルフレッドに声をかけたのは姉弟子様だった。
「勘違いしないで。
人の運命を変えるのもまた人。
貴方がここにいるのもまた、貴族様の都合でしょ?」
あ。
押し黙った。
理解はしたが、納得できないという所か。
姉弟子様フォローありがとう。
「ついでだからぶっちゃけますか。
ヘインワーズ家について王家が粛清を示唆した事と、私だけなら助ける旨を既にヘインワーズ侯には伝えています」
更なる衝撃が一同に吹き抜ける。
ヘインワーズ家粛清なんてケインやアンジェリカですら知らなかったのだろう。
驚愕の顔が隠せていない。
「お、お嬢様。
それは本当ですか!」
「アリオス殿下からのお言葉です。
今頃ヘインワーズ侯も動いていると思うけど、世界樹の花嫁選定が終った後で何だかの罪をもらって潰されるでしょう」
今度はケインが激昂した。
真面目な人間が切れると怖いというのは本当で、怒りで顔が真っ赤になっている。
「何故ですか?
成り上がりとはいえ、いえ、だからこそ我らは王家に対して忠勤をつくしてきたのですぞ!
何ゆえに王家は我らをお潰しになられるのか!」
「そこに原因があるわよ」
「え!?俺?」
姉弟子様の指した指の先にはアルフレッド。
不意に指差されたアルフレッドだけでなく、怒っていたケインですら怒りを忘れて姉弟子様の指先を見つめるのみ。
その指先はアルフレッドの赤髪を指差していた。
「アルフレッド。
あなたの両親に東方騎馬民族の血は混じっていない?」
「ああ。
開拓村だったから、混じっているが何か?」
不機嫌さを隠さないアルフレッドをおいて姉弟子様は淡々と言葉を紡ぐ。
感情をコントロールして、その場の話題を掌握するのは占い師の必須スキル。
「ずっと疑問に思っていたのよ。
ヘインワーズ家は粛清されるだけの罪を犯したのかって。
まあ、身代が大きくなったから見せしめというのもあるでしょうけど、見せしめにする以上、へインワーズに続く者がいるという事。
その続く者達って誰?」
「それは、商人達でしょう。
へインワーズも元は商人の出です」
私の即答に姉弟子様はうんうんと首を縦に振る。
このあたりの話は私も聞かされていないから何を言い出すのか不安なのだが。
「オークラム統合王国は、オークラム王国と近隣諸侯による統合によって作られた国。
つまり、封建諸侯の力が強いのよ。
で、王家はこの力を削ぎたいと思っている。
ここまでは、よく使われる話ね」
気づいてみたら姉弟子様の言葉に皆が引き込まれている。
あ、ぽちは一匹我関せずで肉をかじっているが。
「ここに周辺蛮族というファクターが入ってくる。
外に敵を作るのは内部結束の常套手段ね。
そんな蛮族との交易で富を得たのがへインワーズをはじめとした商人達。
ここまでも問題ないでしょ」
一同うんうんと首を縦に振る。
私も実はその解釈だったというのは内緒。
「これでもヘインワーズを潰して商人達を脅すのは十分だけど、商人達が萎縮して商業活動が萎縮するデメリットがある。
けどね、商業活動を萎縮させるのが目的だとしたら?」
姉弟子様はこう言って、一冊の本を広げる。
私にしか分からない日本語で書かれた『ザ・ロード・オブ・キング』のマップタイトルは『大長城跡地防衛線』。
「あ!
あああああ!!!!
ああああああああああああああああああ!!!!!」
JKにあるまじき叫び声をあげながら、はっきりと私の中で繋がった。
何故ヘインワーズを潰そうとしたのか?
商人達を萎縮させてもなお問題がないと言い切る理由を。
「これなに?」
「私は見たことがないのですが……」
「俺も読めない字だな。こいつ」
「……」
アルフレッドはケインとアンジェリカをつけて早急に文字の読み書きを叩き込ませよう。
話がそれた。
「『インフレ』と『デフレ』」
「大当たり」
私の言葉に姉弟子様が微笑む。
インフレとデフレというのは色々難しい言葉で解釈や説明などをしたら、日が暮れてしまう。
よって簡単な意味をこの言葉につけたい。
『インフレ』とは、『今、富を持っている人が損をする政策』。
『デフレ』とは、『今、富を持っている人が得をする政策』。
今、富を持っている連中は封建貴族だ。
そんな彼らを相手にしていた商人達がいる訳で、彼らの事を御用商人という。
そこに成りあがった商人達が法院貴族として権力闘争をはじめようとしている訳で、その最大の成り上がり者がヘインワーズな訳だ。
商人と一くくりにしたから間違えた。
商人の中にも、派閥や立場があるという事を失念していたのだ。
御用商人連中はこの成り上がりを叩き潰したい訳で、その資金源を潰す政策を後に提出する。
それが大長城。
北・東・南の全周を城壁によって囲む大防衛線の構築で、王国崩壊時にそのほとんどは未完成のままに終るが、この跡地に逃げ込んだ一派が王国復興の旗を掲げる。
『ザ・ロード・オブ・キング』序盤最大の山場である。
それはさておき。
この粛清劇をたくらんだ御用商人達は新興商人層の徹底的な弾圧を決意し、その富の源泉である辺境交易まで手を出そうとした。
街道管理による異民族制限と建設費用の新興商人への押し付けは、流通によってかろうじて持ちこたえていた食料供給が完全に崩壊し、あとは何度も言った御家争いで王国は崩壊に向かう訳だ。
「調べてみるといいわよ。
統合王国成立時の封建諸侯のほとんどに王家の血が入れられて大公や公爵になっている。
そして、新大陸交易の利権は全部御用商人が抑えているはずよ」
アンジェリカとケインが神妙に頷くが、私には姉弟子様が間違っていないという確信があった。
船を運用するのは桁違いの費用がかかる。
その為、沈没したら破産なんてリスクを避ける為に、王家等の旗の庇護下に入る事が多い。
つまり、私の敵は王家御用商人という訳だ。
また、そんな彼らとはスタートが簡単な街道交易で成りあがった新興商人と利害関係が対立する傾向がある。
「世の中金じゃない」
「そんなものよ。
絵梨も大人になったじゃない」
私のはき捨てた呟きを姉弟子様が拾って微笑みかける。
ついでなので気になった事をたずねて見る事にした。
「けど、こっちの事いつ調べたんです?」
「調べてないわよ」
「へ?」
でっち上げにしては説得力がある言葉だったのだがと言おうとして、姉弟子様がそれはもういい笑顔で言ってくださりました。
私を含めた全員(ぽちまで)がその笑顔にドン引きした後、姉弟子様は言い切りやがりました。
「だって、向こうでも似たような事いっぱいあったんだから♪」
世の中は金である。
とても悲しい事に。
意味は違うけど、ノリは大企業VSベンチャー。
ヘインワーズは昭和ベンチャー企業あたりをイメージ。
11/27 設定変更に伴い加筆修正




