18 姉弟子クエスト 役所登録編
両替商が帰ると、私たちのテーブルの上には姉弟子様のギルドカードと金貨の詰まった袋が一つ。
無造作に置かれているように見えるがケインががん見してるし、袋をおもちゃにとぽちがじゃれついている。
これで奪いに来る盗賊は馬鹿か勇者のどちらかしかいないだろう。
「という訳で、冒険者レベル20おめでとうございます。水樹姉様」
「……なんだろう。
ちっともうれしくないんだけど」
求める量が莫大だったので、買取納品の建前すらすっ飛ばしてのレベル20である。
これで、最低限プロとしての信用は作られた訳だ。
で、ここまでが前段階。
信用はでっちあげられたが、どんな信用なのかが分からないのだ。
「という訳で、これをどうぞ」
冒険者ギルドが発行している占い師の職業章を手渡す。
これは登録時に申請するともらえるものである。
表向きはこれでレベル20の占い師冒険者である。
「ふーん。
納得はしたけど、釈然としないわね」
言ったとおり悪さをする輩は何処にでもいる訳で、さらなる信用を積まないとメリアス魔術学園の講師に押し込めない。
で、次はその更なる信用をでっちあげる必要があった。
「さてと、次は役所に……っ!」
「あ、お嬢様じゃねーか。
こんな所で何やってんだ?」
あの時もらった骨の兜にカビを落としたレザーアーマー、石の斧に石の槍で蛮族に見えなくも無いが、これらの装備のおかげで初心者冒険者より一歩先に出ているのは間違いがない。
そんな事より何でここにいるアルフレッドって、ここ冒険者ギルドじゃねーか!
申請とかで顔を合わす可能性は十分あった訳で。
やばい。
姉弟子様の目が笑ってやがる。
「あ、いやね。
私の姉弟子様がこちらに滞在するから、その申請を……」
「絵梨。
この人よ」
お願いだから衆人環視で指差さないで。
周りの視線がアルフレッドに集まっているじゃねーか。
アルフレッドも姉弟子様の指先に目を丸くしているし。
「あ、あのね。
姉弟子様って占い師でね。
私がメリアス魔術学園に滞在する間、教室内での護衛を探していたのよ。
で、相談したら、占いの結果あなたが選ばれたと」
ざわめく冒険者達。
そりゃそうだろう。
メリアス魔術学園は貴族をはじめとした上流階級が行く学校で、こんな冒険者達の手の届く場所ではない。
それを占いで決めたといえば当たり前だが嫉妬の視線がアルフレッドに向かう訳で。
即座に空気を察した私は、手をパンと叩いた。
「他にも理由はあります!
この中で、先の私の依頼を受けた者は?」
こういう時は会話の主導権を握る事が大事。
はっきりと大きな声で、会話を誘導してゆく。
何人かが手をあげるこれで少しは説得力が増す。
腰に手を当てて言葉に力をこめる。
「迷宮探索のとき、彼は初心者なのに再度の突入に志願しました。
それが最も大きな理由」
一旦口を閉じて、嫉妬心とあわよくば代わりたいと考えている冒険者を睨んで、質問をなげつけた。
精悍な顔つきはそこそこ修羅場をくぐった証で十分大人びている彼にとっても簡単かつ、絶対的な質問を。
「あなたは見ると信頼できる冒険者らしいけど、メリアス魔術学園に『生徒』で入れるの?」
「へ?生徒?」
その男の間抜け声にギルド内に大爆笑が広がる。
この場はどうやら切り抜ける事ができそうだ。
「そう。生徒。
だからこそ、初心者だけど勇気がある若者を探していたの。
私の名前はエリー・ヘインワーズ。
シボラの街の君主に連なる者の娘で世界樹の花嫁候補よ。
つまり……」
それ以上は言わなくても分かるでしょう?
あえて言葉に出さないことで、ヘインワーズ侯とベルタ公の確執は知れ渡っている。
ベテラン勢を中心に私達からの視線を逸らした。
情勢はやや不利という所か。
改めて私はアルフレッドに向き直る。
「もちろん、貴方には断ってもかまわない。
この空気を見て分かるとおり、状況は若干不利という所。
それでもいいというのならば……」
私は手袋を外して手をアルフレッドの前に差し出す。
おちつけ。
心臓がばくばくするし、嫌な汗が吹き出ようとするのを必死にこらえる。
お願い。
どうか、私の手をとってください。
「……女の子が助けてと言ってくれているのに、その手を振りほどくのは冒険者失格だろう」
アルフレッドの手が私の手を握る。
暖かい、もう握る事はないと思っていた暖かさに感情が溢れ出しそうになるのを私は必死にこらえて、お嬢様の仮面をかぶり続けた。
「よろしくね。
こまかな契約は後で取り決めるけど、これは前払い金。
期限は私が卒業するまで」
「アルフレッド・カラカル。
よろしく。
エリーお嬢様」
テーブルの袋から金貨を一枚摘んで、アルフレッドの手の上に乗せる。
明らかに周囲の冒険者の顔色が変わるので、アピールも忘れない。
「私は世界樹の花嫁を目指すわ!
その為には地下の大迷宮を攻略する必要があるので、それに向けての志願者を募集します!
この若者みたいに、富と名誉が欲しい者はヘインワーズの門を叩きなさい!!」
手を離すのが惜しいが、振りほどいて手袋をはめる。
ついていたケインに育成を頼むのも忘れない。
「ケイン。
彼の教育お願い。
りっぱな冒険者にしてあげて?」
「騎士ではないので?」
ケインの冗談に思わず笑ってしまう。
これはばれたな。
一目ぼれで押し通そう。
「私ともども没落したら意味が無いわよ。
失敗しても必ず生きて帰れるようにしてあげて。
自己犠牲なんてもっての他だから」
乙女ゲーどおりに没落するならばしても構わない。
けど、これだけは、アルフレッドに自己犠牲を決意させる事だけは絶対にしたくはない。
これは私のエゴだ。
何か生暖かい視線を感じると思ったら姉弟子様だった。
顔がにやにや笑ってやがるし。
けど、最初の勧誘が成功したのも姉弟子様のお導きだから文句は言うまい。
私達一行はアルフレッドを連れて役所に向かう。
まだ、姉弟子様の経歴詐称の途中だからだ。
冒険者ギルドが発行する占い師では信用が足りない。
ここで役所に出向いて、役所発行の職業章を入手する為だ。
「へぇ。
村を飛び出して冒険者になったと」
「ああ。
俺の居た村は東部開拓地の辺境で、東方騎馬民族の襲撃に耐え切れなくなって村ごと逃げ出したんだ。
それで両親とも死に別れて一人ここに流れついたという訳。
こっちはまだ食えるだけましだけど、各地の開拓村は不作が続いて俺の村と似た状況になっているみたいだな」
姉弟子様が雑談にかこつけてアルフレッドの情報を集めている。
この時期に辺境開拓村が離散するケースが頻発しているのは初耳だったりする。
デザイナーズノートには不作による収穫量の低下とは書いていたが、それにともなう実害までは書かれていなかったのだ。
まあ、言われて納得する理由ではあるのだが。
「到着。
ちょっと待ってて。
手続き片付けてくるから」
役所においては銀時計が猛威を振るう。
役所発行の職業章は審査が必要で、貴族およびそれに類する者の推薦が必要になる。
そこでこの銀時計――上級文官資格――である。
推薦者は私こと、エリー・へインワーズ。
「それじゃあ、これお願いしますね」
にっこりと微笑めば、出来上がるのに一時間もかからなかった。
職業章をもらってきて戻るとそこには……
「で、初体験は?」
「いや、まぁその……」
「童貞ならば筆下ろしにいい子紹介するけど?」
「それは、その時にありがたく……」
なにナチュラルにセクハラしてやがりますか。姉弟子様。
表面上にこやかに戻ると、ぽちが避けた。
「姉弟子様。
な・に・を・い・っ・て・い・らっ・しゃ・る・の・で?」
「女買わせようと思って。
金持ったはいいけど、装備に使わずに破滅するって結構あるでしょ?」
いけしゃーしゃーと言ってのける姉弟子様。
言わんとする事はわかるが、それを目の前で言うんじゃねぇ!
けど、私の怒りも姉弟子様の一言でとどめを刺された。
「いざ好きな子とする時に、勃たなかったり暴発するってあれまずくない?」
「……」
「……」
「……」
横で聞いていたケインがぽんと手をアルフレッドの肩に置く。
顔は経験があるのかえらく悟りきってやがる。
「今度いいお店教えてやるから」
「……はい」
あれ?
私の味方はどこ?




