14 相良絵梨の日常 その三
「君は何故ここに呼び出されたか理解しているかね?」
進路指導教諭の実に偉そうな詰問に、淡々と私は答えを返す。
「まったくわかりませんがどうしてでしょうか?」
そこそこ長い説教を要約するならば、私のタロットの事がばれたという事だ。
この学校はアルバイト禁止ではないが、風俗関係の仕事は当然NGな訳で。
占いなんてのも風俗に括られているからこその呼び出しである。
占い師の地位は社会的に見たらそんなものなのだ。
「君はこういういかがわしい仕事をしているという自覚はあるのかね?」
上から視線の進路指導のお説教だが、その偏見については私も否定しないので確認の質問を取る。
私も魔術師。
どう見られているかぐらいは知っているし、『武器なき預言者は滅びる』という言葉も知っているのでその武器を手放した覚えはない。
「先生。
ひとつ確認したいのですが、今回の一件について理事会に確認はとったのでしょうか?
私のこの職業についてですが、入学時において理事会の審査を受けて承認を頂いていますが」
まさか小娘から理事会という言葉が出てくるとは思っていなかったのだろう進路指導は一瞬鼻白むが、かえって怒気を強めて私を叱りつける。
あ、これは理事会承認を知らないと見た。
そういえば、この先生は今年来たばかりであまり評判は良くないんだよなぁ。
「そんなものは必要ない!
大体なんだね!
ルールや規則を守らねばならぬ委員長という地位についている人間が、そのルールを守らないことに対して私は怒っているんだよ!」
「失礼ですが、ルールは順守しております。
だからこそ、入学時に理事会審査を受けて承認を頂いていると言っているではないですか。
その上でお尋ねしますが、先生がおっしゃる守るべきルールとは何か私に教えていただけないでしょうか?」
「私は、一般常識についての話をしているんだ!!」
顔を真っ赤にして怒る進路指導教諭を淡々と眺めながら私はこの茶番の落としどころを探る。
占い師は人を占う時にその人間をいやでも観察する。
表情や仕草はもちろん、文字や語意すらにも人の意識というのは溢れている。
それを見つけ出して占いと結び付けるのが占い師の仕事である。
という事は、感情というわかりやすい情報を得る事も当然得意とする訳で、一連の問答は私があえて進路指導教諭を怒らせたという訳。
感情というのは落差によってコントロールできる。
怒れば怒るほど冷水をかけて消しやすいのだ。
「なるほど。
先生のいう事は至極ごもっともです。
その上で私に何をお求めになるのかお聞かせ願えないでしょうか?」
あえて誘い水を向けると進路指導教諭は己がうさぎを嬲るライオンである事を思い出したらしく、その下劣な欲望をむき出しにする。
「気まっているだろう!
自らの行いを反省し、そのようないかがわしい仕事を辞めると言えば私も考えない事はない」
こういう時に人が出す下劣な欲望というのは二つある。
ひとつは肉体的、要するに体をというやつで、もう一つは精神的、己の持つ権力を用いて下位をいたぶるというパターン。
教師は生徒を指導するという上下関係を作ってしまう職業上、後者の欲望を持つ人間が多い。
優等生でもあった私という叩きやすい獲物が見つかったから叩いてみたというのが本音だろう。
窓ガラスに張り付いているぽちが凄く不機嫌なのだが気づいてないのだろうなぁ。この人。
ぽちに待てをしたまま、欲望も見極めた上で水をぶっかけますか。
「たしかに。
先生のおっしゃる事には一理あります。
ですが、私はこの職業によって学費および生活費をまかなっているので、その代替手段は提示していただけるので?」
進路指導教諭が鼻白んでいるのを尻目にスマホを操作して、私の銀行の口座を画面に写す。
そこに振り込まれている金額は六桁が当たり前で、合計金額は八桁後半に達していた事実は進路指導教諭の想定外だったらしい。
「な、なんだね!
この金額は!!!」
「だから、言いましたよね。
入学時に理事会の承認を受けていると。
このいかがわしい仕事をしていて、これだけ稼いでおりますが何か?」
まぁ、はったりなのだが。
師事したてでの私が客もとれる訳もなく、実際に客を取り出してのはこっちに帰ってからだったりする。
んじゃ、この八桁の数字はなによという事なのだが、姉弟子様の占いの手伝いのおこぼれである。
私の逆らえない人間のひとりであり、この業界の頂点に君臨して女帝の名を欲しいままにしている凄腕占い師の報酬となると百万単位がスタートとなる。
それで予約待ちまで出ているというのだから、この業界の金銭感覚はおかしい。本気で。
その手伝いで少しもらっているのだが、おかげで通帳に金が貯まる貯まる。
「で、この仕事を辞める場合はクライアントに対する説明をしなければならないのですが、先生の名前を出してよろしいので?」
はっきりと進路指導教諭の顔色が変わる。
気づいたらしい。
理事会レベルで承認を受けているものを一般常識を持って潰した場合、当然その一般常識を持ち出したやつがいるという事を。
そして、それは理事会に泥をぬるという事も。
だから、この人は最悪の選択をした。
「君では話にならん!
保護者の方を呼びなさい!!」
この人、自分の手で死刑執行書にサインしたの気づいていないんだろうなぁ。
私の電話から数十分後、外車で校門に乗り付けた派手な衣装を来た女性は、私を見るなり威厳を持って命令をくだしたのだった。
「理事長と私を呼びつけた馬鹿を呼びなさい!」
五分後、平謝りの理事長が汗をかきながら、進路指導教諭の左遷が決定された。
目の前で懲罰解雇にしなかったのは、私への風当たりを考えての事である。
『タロットガール』より流用。
長くなったので分割し、残りは明日の昼に投稿する予定。




