閑話 シボラの娘達の栄光と没落と復権
歴史は勝者によって作られる。
だからと言って、敗者の嘆きが全て歴史の闇に消える事はない。
故に語ろう。
敗者の嘆きを。怨嗟を。歴史を。
オークラム統合王国は、古代魔術文明の崩壊時にその文明圏が辺境からの脅威に脅かされ、オークラム王国の元に成立した統合王国である。
その為に、地方の諸侯の力が強く、穀倉地帯を抱えて南方蛮族と接している南部諸侯の力は一歩抜きん出ていた。
その力関係に変化が生じたのは、世界樹の加護が呪いに変質しだした時まで遡る。
国内全てに穀物を送っていた南部諸侯はその穀物を国内全てに送ることができなくなり、西方新大陸に植民地を築きつつあった西部諸侯が新たな穀物供給源として無視できなくなっていたのである。
このライバル出現に南部諸侯の旗頭であるシボラ辺境伯家は座視できる訳もなく、西部諸侯の旗頭であるベルタ公家と激しく争うことになった。
それは、間の悪いことに、王室の王位継承争いと絡んでしまい、統合王国全土を巻き込んだ内戦の可能性まで一気に緊張が高まることに成った。
当時の王太子ダミアンは諸侯の力を削ぐ為に中央集権を主張して諸侯から疎まれており、諸侯は傀儡としてパイロン王子の擁立を狙っていた。
南部諸侯がダミアン王太子を押したのは、ダミアン王太子の中央集権を進める代わりに他の諸侯を粛清してもらう意図があったからに他ならない。
この時点でダミアン王子と南部諸侯は諸侯の多くを敵に回したが、本来ならばそれを跳ね除けるだけの力があったのである。
世界樹の呪いによる不作の常態化がこの計画の全てを破綻に追い込んだ。
シボラ辺境伯はこの状況を兵ではなく閨閥によって解決することを目指した。
正確には、世界樹の呪いによる不作によって兵を起こす事を断念したと言ってもいいだろう。
当時の世界樹の花嫁であるロベリア・シボラとその補佐をする花嫁女官長ゼラニウム・シボラの二人を送り込み、王太子ダミアンに嫁がせることを狙ったのである。
だが、新大陸から入る穀物で余裕があった先代ベルタ公はそれを使って諸侯の切り崩しを図る。
慢性的な人口過剰を抱えていた北部諸侯アンセンシア大公妃は、西部諸侯からの穀物供給の約束によって西部諸侯につく事を約束。
極東大帝国との交易と東方騎馬民族の介入に追われていた東部諸侯タリルカンド辺境伯家は、局外中立を望んだのである。
諸侯の指示を失った世界樹の花嫁は孤立する。
何よりも、世界樹の呪いを解くことができずにその存在理由を問われていたのである。
こうして、孤立した南部諸侯に対して西部諸侯は真綿で首を絞めるようにじわじわ追い込んでゆく。
西方新大陸から入る穀物によって価格決定権を失い、不作とのダブルパンチで南部穀倉地帯では農民の逃亡が続出。
それがさらなる収穫低下に追い込まれてゆく。
そんな状況下で南部諸侯にとって都合が悪い醜聞が暴かれる。
花嫁女官長ゼラニウムと花嫁侍従長モーフィアス、王太子ダミアンの恋の三角関係である。
花嫁女官長ゼラニウムと花嫁侍従長モーフィアスは相思相愛の仲だったが、ロベリアと勘違いしたダミアン王子がゼラニウムに求愛しそれをモーフィアスが跳ね除けるという一幕は王都の話題を一気にさらい、ゼラニウムの花嫁女官長辞任という形で幕を閉じる。
南部諸侯の実務を仕切っていたゼラニウムの失脚は南部諸侯の政治影響力低下に繋がり、ダミアン王太子を守る壁が無くなったことを意味していた。
王室法院にダミアン王太子の廃太子が上程された時、法院はこれを拒否する事でダミアン王太子への義理を通したが、ダミアン王太子はこれに激怒。
近衛騎士団を動員して法院の永久解散を狙うという最悪の手を打ってしまったのである。
この流れを先代ベルタ公は読んでいた。いや、誘導していた。
王宮『花宮殿』にて近衛騎士団が動員された時、王室法院の周囲は完全武装した法院衛視隊が警護についており、王都東西南北を警備する王都方位騎士団も次々と法院支持を宣言する。
この時点で、南部諸侯ですらダミアン王太子を見限ったのである。
パイロン王子は『花宮殿』を脱出して法院に篭もり、王室法院にて二回目の廃太子が可決した時に勝負がついた。
ダミアン王子は花宮殿の自室にて自害。
パイロン王子が立太子として法院で認められると、即座にダミアン王子派の粛清が始まる。
もちろんその狙いは南部諸侯だった。
シボラ辺境伯は病死という名の自害。
辺境伯位は剥奪されて伯爵に落とされ、南部諸侯の関係者の多くが粛清。
世界樹の花嫁だった事からロベリアはからくも粛清から逃れたが幽閉され、パイロン王太子の即位後に北部諸侯からグロリアーナ王妃を迎えた事でその命脈は完全に絶たれた。
こうして、西部諸侯の主導の元北部諸侯の支持と東部諸侯の中立によってパイロン三世の治世が始まることになる。
その最初の人事は、花嫁侍従長モーフィアスへの大賢者の称号授与だった。
それによって人々は噂する。
大賢者モーフィアスは、恋人であるゼラニウムを売ったのだと。
わざとダミアン王子に間違った情報を与えて、ゼラニウムの方にダミアン王子を向かわせたのだと。
南部諸侯の粛清と窮乏からゼラニウムは花姫にまで身を落とすが、ついにモーフィアスは彼女を助けることはなかったという。
パイロン三世の治世は、諸侯の傀儡として何もせずに世界樹の呪いが国を蝕んでゆくがままの治世である。
この過程で穀物供給で財を成した西部諸侯だけでなく、大商人をはじめとした法院貴族という新しい層の台頭が始まる。
その筆頭がヘインワーズ家だった。
一方、南部の窮乏は粛清と懲罰では済まないぐらい悪化してしまっており、人身売買で南方魔族領に領民を輸出するのを代替わりした現ベルタ公が知った時には南部の崩壊と怨嗟は王国離反を考えるまでになっていたのである。
南部諸侯への手打ちとして、幽閉されていたロベリアが側室として王室に入り、カルロス王子を生む。
次に、花姫に落ちたゼラニウム(一人娘エレナを産んだ後失踪)とヘインワーズ伯を婚姻させて侯爵として新たな南部諸侯の旗頭にし、南部の復興を任せることにした。
西部からの穀物供給と南部人身売買は物流網の発展と商人の台頭を促し、ヘインワーズ侯の執政官就任にまで繋がることになる。
だが、南部諸侯は、ロベリア夫人は復讐を忘れては居なかった。
ヘインワーズ侯が力をつけると、彼を背後にして西部諸侯と対立したのである。
そして、担がれた新興勢力たるヘインワーズ侯と諸侯の代表であるベルタ公が対立するのも時間の問題だった。
ヘインワーズ侯は商人出身ゆえに、金によって傭兵を集めて騎士団を作り自前の武力としていたから、かつての南部諸侯みたいに窮乏したからと言って兵を使わないという選択肢はなかった。
それを理解していたからこそ、ロベリア夫人はヘインワーズ侯を煽り、復讐しようとしたのである。
彼女の背後に、後の魔族大公で警護の騎士としてついていた法院衛視隊所属騎士であるサイモン・カーシーが居た。
世界樹の花嫁争いにてヘインワーズ侯の娘であるエレナ・ヘインワーズが敗北した時、ヘインワーズ侯に残されていたのは武装蜂起しか残っていなかった。
だが、それを読んでいたアリオス王子によってヘインワーズ家は粛清され、東方騎馬民族撃退によってタリルカンド辺境伯の戦死で影響力を失った東部諸侯と共に王室の中央集権は推進するかと思われた。
アリオス王子が歴史の闇に消えるという不可解な出来事でカルロス王子とセドリック王子の王位後継争いが勃発するまでは。
既に南方魔族と手を組んだ南部諸侯の初動の速さでセドリック王子を粛清したカルロス王子は即位後にこれまでの恨みをこめて、近衛騎士団と西部諸侯と北部諸侯に復讐を開始する。
それは、自らを守る盾を自分で破壊する事に気づかなかったのが彼の不幸となる。
権力闘争に敗れた西武諸侯が新大陸に逃れ、北部諸侯が粛清を恐れて北部に篭った結果、食糧不足が各地で発生し、北部諸侯が撃退していた北方蛮族が南下を開始。
この撃退に使えるのは東部諸侯しかおらず、それは東方騎馬民族に側面を晒すことを意味していた。
北方蛮族と東方騎馬民族の挟撃に東部諸侯は耐え切れずにすり潰されると、もはや彼らから身を守る兵力は存在せず、愛妾によって殺されたカルロス王の後に誰も王位に立たず、オークラム統合王国は崩壊を迎えるのである。
オークラム統合王国崩壊時、南部諸侯は自然に南方魔族領に組み込まれた。
ロベリア夫人もゼラニウムと同じく歴史の闇に消えるが、サイモンが魔族大公として南部諸侯を統治できたのはロベリア夫人の愛人だったという過去であり、俗話としてサイモンのハーレムの中にロベリア夫人が居たという話もある。
ゼラニウムとロベリア。
シボラの娘達は全てを与えられてこの国を背負う定めを受けながら、全てを失って歴史の闇に消えた。
だが、闇に消えた血脈がまた現れてこの国を復興させたのもこの血の定めなのかもしれない。
ダミアン殿下の忘れ形見であるエリオス陛下によってこの国が復興したように。
エリオス陛下の覇業を支えた宰相は、ヘインワーズの、ゼラニウム・シボラの娘だったのである。
花姫に落ちたゼラニウムの娘は同じ華姫として交易都市エルスフィア近郊の砦パトリにて春を売って生活し、魔術師としてオークラム復興軍に参加。
多大な武勲と内政の功を持って側室として王室に入り、華姫太守や華姫宰相として親しまれて名の復旧を果たす。
かの娘が世に出てきたのが、世界樹が枯れ果てた後と言うのだから歴史は面白い。
--オークラム統合王国復興記 閑話より抜粋--