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昨日宰相今日JK明日悪役令嬢  作者: 二日市とふろう (旧名:北部九州在住)
断片の物語を紡ごう 【挿入話・外伝】
130/135

メリアス魔術学園武術大会 その4

 武術大会は先に私が出た『姫と騎士』のペア戦の他に個人戦もある。

 というか、そっちの方がメインで、この成績によっては諸侯からスカウトが来るので皆真剣である。

 で、その決勝を私は貴族席にてエレナお姉さまの隣で観戦する事になったのである。


「これより決勝戦を始めます!

 グラモール卿!

 前に!」


 審判の声にグラモール卿が出て、観客から歓声が轟く。

 次期ベルタ公という背景もあるので、彼の寵愛を願う女性も多い。


「キルディス卿!

 前に!」


 先の対戦で一気に名を上げたのがキルディス卿。

 一躍時の人であるが、彼がベルタ公の庶子に当たるのを知っているのは限られた人間しか居ない。

 そして、その限られた人間の中に私とエレナお姉さまは入っている。


「ねぇ。

 エリー。

 彼は勝てるのかしら?」


 エレナお姉さまの言う彼とはキルディス卿なのだろう。

 まんざら悪くない感情らしいと思いながら、私はエレナお姉さまの為に解説してあげる。


「難しいですね。

 剣というのは、ぶっちゃけると『斬る』『突く』『叩く』の事をする為の武器です。

 で、斬ると突くは防具に邪魔されて致命傷を与えるには経験が必要です」


 実は、これを教えてくれたのはアルフレッドだったりする。

 その彼は私の後ろに控えて私達よりも真剣にこの対戦を見ていた。


「始め!」


 開始と同時にグラモール卿とキルディス卿が斬りあう。

 その剣戟が観客を沸きただせた。


「短期決戦。

 それで、叩ききれなければ負けるでしょうね」


 最初の一当てで私はキルディス卿の敗北を悟る。

 優れた器量で型どおりに斬ろうとしていたからだ。

 キルディス卿以上の経験を持っているグラモール卿はこれを受け流す。

 グラモール卿は、キルディス卿の疲れを待つつもりらしい。


「キルディスさま!

 がんばって!!」


 エレナお姉さまの声援を横で聞きながら私の内心は複雑な事この上なかった。

 なぜならば、ゲーム内において悪役令嬢だったエレナお姉さまと最も相性が悪かったのがキルディス卿だったからだ。

 立場が変われば、こうも感情が変わるものなのだろう。

 それはキルディス卿やグラモール卿も同じだ。

 王室擁護によるコネと新大陸交易での富が力の源泉である西部諸侯で、個人の武力というのはさして重要ではない。

 彼らが正義の騎士として振舞った結果、王位継承争いでカルロス王子に先手を許してしまった。


「ままならないものね」

「エリー。

 何か言った?」

「なんでもないです。

 そろそろ動きますよ」


 この手の一対一の対戦は詰め将棋に似ている。

 相手の手を封じた上でこちらの手で一気に寄せるのだ。

 そして、その寄せの段階でグラモール卿が動いた。


「!」

「どうした。

 お前の剣はこんなものなのか?」

「……っ!」


 防戦一方だったグラモール卿のカウンター。

 それで態勢を崩されたキルディス卿をグラモール卿は一気に攻める。


「最初にグラモール卿が受けに回ったのは、キルディス卿の疲れを狙ったのとキルディス卿にパターンをはめるためでした」

「パターン?」


 私の説明にアルフレッドの方が食いつく。

 エレナお姉さまは私の説明なんて聞いていないぐらい試合を見入っている。


「攻撃を受けることでキルディス卿にリズムを作らせたの。

 無意識のうちにね。

 気づいてた?

 受けでキルディス卿の剣にリズムを与えていたのよ。

 で、それを崩したから、キルディス卿に隙ができた。

 この隙を逃すグラモール卿じゃ無いわよ」


 グラモール卿は竜騎士だ。

 という事は魔法が使えるのにそれを使っていない。

 ハンデの積もりなのか、使うまでも無いのか分からないがそのあたりからもこの二人の技量が分かってしまう。

 そして、寄せからの詰みまでが最速だった。

 崩したキルディス卿の剣を押してさらにバランスを失わせ、胴体狙いの斬りを狙いキルディス卿がそれを受けざるを得ないようにして彼の剣を弾き飛ばしたのである。

 甲高い金属音と共に、キルディス卿の剣が地面に落ちた時、観客の歓声は最高潮になる。


「勝者!

 グラモール卿!!」


 惜しいと思った。

 そして哀れに思った。

 キルディス卿もグラモール卿も名を残す騎士だろう。

 だが、彼らはその剣を戦場で発揮してはいけない地位にいやでも就く事になるのだから。


「いかがですか?

 婚約者殿は」


 私は興奮冷めやらぬエレナお姉さまに話を振る。

 エレナお姉さまは、私の方を見て嬉しそうに微笑んだ。


「悪くは無いわ。

 あの剣で私を守ってくれる未来ってのはね」


「この後の後夜祭のパーティ。

 招待状を送っておきますね」


 次期ヘインワーズ侯爵にキルディス卿はなってもらわないといけない。

 その為には、ミティアとの関係を整理する必要がある。

 それで動くのは悪役令嬢という私の役目なのだろう。




「おじゃまするわよ」

「あ、エリー様」


 キルディス卿の控室に声をかけて入る。

 私に返事をしたのはミティアだ。

 キルディス卿は私とついてきているアルフレッドをじろりと睨むのみ。

 声も出せないぐらい疲れているのか、声も出せないぐらい悔しいのか。


「今の私はメッセンジャー何だけどね。

 キルディス卿。

 あなたに後夜祭の招待状を持ってきました」


「断る。

 今の俺はミティアへの護衛の任務がある」


 こういう物言いは騎士としては惚れる要素なんだけど、貴族としては失格なんだよなぁ。

 本人は騎士でいたいというか、騎士に憧れているというか。

 そういえば、キルディス卿が憧れたのは兄のグラモール卿だったな。


「せめて相手の名前を聞いてから返事をするべきだと思うけれど?

 差し出し主の相手はエレナ・ヘインワーズ。

 貴方の婚約者ですよ」


 顔が乙女色になるミティア。

 まあ、この手のロマンスは世の女子は大好きなのだ。

 ミティアをよそにキルディス卿が返事を返す。


「断る。

 ミティアの警護が俺の仕事だ」


 いや。

 分かるんだよ。

 設定資料集読んでいるから。

 ベルタ公庶子として育てられて、騎士に抜擢された最初の任務がこのミティアの護衛だ。

 だからこそ、それに自分が憧れている忠義を重ねているからその物言い。ゲームだったらキュンとくるんだよ。

 主人公だから。


「いや、断られても困るんですけど。

 次期ヘインワーズ侯爵」


「っ!?」


 あ。

 これは情報がいってないな。

 多分、上で止まって本人に届いていない。

 出来レースで負けるなんてミティアに言える訳もなく、キルディス卿はこの性格だから隠せるとも思えない。

 情報を止めたのは正しいとは思うけど、こういう時に齟齬が出る。

 仕方ない。

 徹底的に悪役として振る舞いますか。


「貴方をヘインワーズ侯は高く買っているんですよ。

 己の後継者たる一人娘を嫁がせたい程に」


「どうだか。

 俺が外れたらミティアが一人になるじゃないか。

 その手には乗らん」


 そうだよなぁ。

 そうとらえるよなぁ。

 私でも彼の立場ならばそう考える。


「わかりました。

 返事はそれでよろしいですね」


 私が招待状を仕舞おうとするとミティアがそれを止めた。


「キルディスさん。

 断るならば、本人にちゃんと言わないとダメですよ」


 この辺りの感性は鋭いというか、正しいというか。

 正論故にキルディス卿も言葉に詰まる。


「行ってください。

 私はエリー様と一緒に待っていますから」


 はい?

 その言葉を反芻する前にミティアが笑顔で畳み掛けた。


「エリー様がここで私を闇討ちするような卑怯な方ではないのは分かっていますから」


 あれ?

 私、もしかしてミティアにやり込められてる???




「ミティアさんて、いい性格していますよね」


 キルディス卿を待つ間、近くの出店でおしゃべり会。

 後ろに控えているアルフレッドの困惑が私の心境をも表していた。

 いや、本当になんでこうなったのかわからないのですが?


「そうでもないですよ。

 私も色々苦労しているんですから。

 みんなと仲良くしたいから、こうしてお話ができるのは嬉しいんですよ」


 まてや。世界樹の花嫁候補生。

 政治的に動いて。

 派閥を考えて。

 こっちのツッコミが追いつかないさらなる暴言はこの後飛び出てきた。


「ちなみに、エリー様とアルフレッドさんの関係ってどうなんですか?」


「ぶっっっっっっ!!!」

「お、お嬢様っ!!

 ハンカチを……」


 な、何を言っているのだ、この主人公は!!!!!

 こっちのツッコミ前にミティアは首を少し傾けて一言。


「クラスのみんなが言っていましたよ。

 エリー様とアルフレッドさんはいい関係だって」


「ミティア。

 その言った人間の名前を言いなさい。

 しゅくせ……」


「お嬢様!!」


 アルフレッドの叫びに我に返る。

 危ない危ない。

 心の声が漏れていた。

 そんな事をまったく気にしない、我らが主人公は私達を見て一言。


「応援しますね♪」


 よし。

 一度こいつをぶん殴ろう。




「お姉さま。

 キルディス卿はいかがでしたか?」


 後夜祭の後、合流したエレナお姉さまに感想を聞いてみたら、エレナお姉さまは楽しそうに笑った。


「お断りされましたわ」


「そうですか」


 もちろん、普通の恋愛だったらこれでおしまいなのだが、政略結婚でありお家の興亡はこの婚姻にありという一戦である。

 私もエレナお姉さまも引くつもりはまったくない。


「のんびりと攻略することにしますわ。

 ミティアさんでしたっけ?

 彼女が世界樹の花嫁になるまでにもっといい女になってね」


 そう笑うエレナお姉さまを見て、幸せになってほしいとなんとなく思った。

 たとえ、ゲーム内で悪役令嬢として悪逆非道を行って歴史に消えていった人だとしても、こんなに綺麗に微笑む人が悪い人には思えなかったから。

 そういう悪逆非道は私が全部背負ってあげるから、幸せになってほしいと女神にこっそりと祈った。


「はい。これ」


 心のなかで女神に祈りを捧げていた私に、エレナお姉さまが蜜蝋で封じられた書類を手渡す。

 なるほど。

 エレナお姉さまがここにやってきた理由の一つがこれか。


「なんです?

 これ?」


「お父様は大賢者からの手紙って言っていたわよ」


 世界樹の呪いの調査報告書か。

 近年の不作傾向が世界樹の呪いによるもので、その解消にはビッチが世界樹の花嫁にならないといけないという超特大の爆弾。

 下手な人間には預けられないわな。これ。

 その手紙を私は大事に仕舞うのを見て、エレナお姉さまがぽんと手を叩く。


「あ。

 帰る前に忘れていたわ。

 実はね、エリーと二人で見たい場所があるのよ」


 ん?

 もう祭りも終わって見るものなんてないと思ったが、エレナお姉さまに引っ張られて図書館の資料室に連れて行かれる。

 その奥には、歴代の世界樹の花嫁や、花嫁女官長や侍従長の肖像画が並んでいた。


「私のお母様は王位継承争いで敗れて、その記録を抹消されたわ。

 お父様が働きかけて、やっとお母様の肖像画を飾る許可がもらえたのよ」


 なるほど。

 ついてきたアルフレッドに持たせたのはそれだったか。

 先の王位継承争いは南部諸侯没落の引き金であり、エレナお姉さまの母君であるゼラニウム・シボラは花嫁女官長として南部諸侯側に立って失脚する事になった。

 零落し華姫にまで身を落とした彼女を拾い上げたのがヘインワーズ侯爵である。


「ちなみにね。

 その時の世界樹の花嫁がロベリア夫人だったりするのよ。

 ロベリア夫人は側室として王室に入ったから名誉はある程度回復しているけどね。

 お母様は何故か許されなくって、お父様が引退するからってやっと肖像画だけを置かせてもらえるようになったのよ」


「……」


 何で負けたと言いたくなる南部諸侯の必勝体制。

 王妃候補の世界樹の花嫁と、その花嫁を補佐する花嫁女官長をシボラ伯家の姉妹が押さえていた。

 これで負けたのだから、そりゃ南部諸侯はガタガタになる訳だ。

 ゼラニウムが許されなかったのも、花嫁女官長という暗闘の現場指揮官だった事が響いているのだろう。

 それでも、記憶から消される前に辛うじてその姿を残すことを望んだのはヘインワーズ侯の愛ゆえか。

 資料室の壁に不自然に開いた空間がある。

 ここがエレナお姉さまの母である花嫁女官長ゼラニウム・シボラの肖像があった場所なのだろう。


「当時の肖像は既に無かったから、お父様が思い出しながら画家に頼んだそうよ。

 何度も何度も書き直した渾身一品なんだから。

 エリーにも見てもらいたかったの」


 そういってアルフレッドに肖像画を飾らせる。

 その姿を見忘れる訳が無かった。

 その姿が若かりし頃だとしても、その面影を忘れるはずがなかった。




「こんにちは。小さな妖精さん。

 帰る家を忘れたのかしら?」




 肖像画に映っているゼラニウム・シボラは、そんな事を言いそうな笑みを浮かべて私を穏やかに眺めていた。

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