メリアス魔術学園武術大会 その3
メリアス魔術学園の武術大会はそれそのものがお祭りであり、お祭りである以上色々な見世物が出てくるのはある意味当然である。
メインイベントである私とアリオス王子の『姫と騎士』対決は終わったので、残り時間はアルフレッドを連れてデートなんて最初は考えていたのだ。
「あー。
疲れた」
「お嬢様」
「反省していますって。
ほらほら!」
アルフレッドのジト目にあわてて手をふる私。
何が辛いって、身内からガチ泣きされるのが本当に辛い。
だって、それは心配の裏返しだから。
今までは尊敬してくれたり崇拝してくれた人は居たが、心配してくれた人は本当に少なかったのだから。
それが有り難いと同時にその重みに少しだけ戸惑っていたりする。
「とりあえず折角のお祭りなんだから楽しみましょう。
色々な出店や見世物もやってきているのよ」
とはいえ、折角のデートチャンスである。
逃すつもりはないのでこうやって出歩いてデートを堪能することにするあたり、私もまだ乙女心は持っていたらしい。
そんな訳でデートを楽しもうと思っていたのだが、厄介事を見つけてしまった。
ヘルティニウス司祭が騎士風情の男達に連れられてゆくのが見えたからだ。
明らかに自発的でないのは、どこかで見たような騎士風情の男達が剣に手をかけていたからだろうか。
「アルフレッド。
アリオス殿下かグラモール卿を呼んできてちょうだいな」
「その話はお断りしたはずです」
姿隠しの呪文を唱えてこっそりと覗くと、鬼畜眼鏡ことヘルティニウス司祭がその鬼畜ぶりを発揮していた所だった。
最も、騎士風情の男達も負けてはいない。
「何故ですか?
交易都市ウティナの伯爵位では不満とおっしゃるのか!?」
「この体は女神に捧げた身。
世俗の事に関わるつもりはありません」
どこかで見たような顔だなと思ったが、先の東方騎馬民族討伐戦で決戦場になった交易都市ウティナの騎士だったか。
そういえばウティナ伯は東方騎馬民族のアサシンに殺されて、爵位がまだ空いていたままだった。
血族を後継に据えるのを諦めて、他所から養子という形で持って来る事にしたのだろうか?
「分家筋とはいえ、司祭にもウティナの血が流れている。
そして、アリオス殿下だけでなく、エリー様とミティア様への覚えもめでたい。
これは、ウティナの未来がかかっているのです」
なんとなく見えてきた。
ウティナの街は南部諸侯が押すカルロス王子からアリオス王子へ寝返るつもりなのだ。
そうなると、がちがちに血脈で縛られている現ウティナ伯家から反対が出る。
で、早急に現ウティナ伯家の息のかからない後継者を探す必要が出て、それがヘルティニウス司祭だったと。
という事は、この陰謀の糸を引いているのはウティナ騎士団団長あたりかな。
私の力もアリオス王子の力も見て、南部諸侯が当てにならない事も目の当たりにしたからなあ。彼は。
「とにかくお引取りを。
これ以上の問答は正式に報告せざるを得なくなります」
メリアス魔術学園にも、この手の介入をさける為に自治が与えられている。
ある種の引き抜きに近いこの行為は、法院に上げられる政治問題なのだ。
「そちらがその気ならば、こちらも手は……」
「手は、何と言うつもりなのかな?
諸卿よ」
その声に騎士風の男達の言葉が止まる。
アルフレッドが連れてきた人物は、アリオス王子でもグラモール卿でも無かったが、私が望んでいた役割をちゃんとと果たしてくれたらしい。
「セドリック殿下……」
「今はただの近衛騎士としてさ。
だからこそ、そこから先の言葉には気をつけてくれたまえ。
せっかくのお祭りだ。
生臭い話はおしまいにしようじゃないか」
騎士風の男達はセドリック殿下の言葉にすごすごと退散せざるを得なくなる。
で、彼らが去った後に私が隠れている場所に声をかけた。
「出てきてよろしいですよ。
エリー様」
「様づけはやめて頂けないでしょうか?
セドリック殿下」
「ああ。
助けて頂いて感謝します」
姿を現したら、私が呼んだ事を悟ってヘルティニウス司祭が私にお礼を言うる
まぁ、この事態を招いたのは私なのでなんて言える訳も無く、ただ苦笑してごまかす事にした。
「南部諸侯も追い詰められていますね。
ウティナの寝返りを阻止できませんか」
セドリック王子の言葉に、ちらりと毒が籠る。
足掻くのを諦めた第二王子の体験なのか、それとも近衛騎士として足る生活を送っているからこその実感なのかは分からない。
それは置いておいて、私はセドリック殿下に尋ねる。
「助けていただいたのは有り難いのですが、殿下は何故こちらに?」
「ああ。
せっかくのお祭りなので、女性を誘ってと思いましてね。
で、近衛騎士を探していた彼に出会ったと」
「なるほど。
逢瀬の最中でしたか。
これは失礼を」
私が頭を下げた時にその逢瀬相手の女性が声をかけてくる。
その声に私は聞き覚えがあった。
「お探しましたよ。騎士様。
……あら。
ごきげんよう。エリー様」
「ごきげんよう。アマラ」
なんだろう。
この気まずさは。
セドリックがアマラの客だというのは知っているが、同伴出勤OKまで関係を進めているとは思っていなかったからびっくりである。
当のアマラは、セドリック王子の前という事もあってすまし顔である。
「騎士様。
お祭りが終わってしまいますわ。
早く案内してくださいませ」
「という訳だ。
失礼するよ」
アマラに引っ張られてセドリック王子がこの場を去ってゆく。
アマラの夢と、彼女とシドの関係も知っているだけに私の胸中は複雑である。
「エリー様。
困ったような、当惑しているような、そんな顔をしていますよ」
ヘルティニウス司祭が私の顔を見て胸中を察してくれる。
このあたりはまだアルフレッドにはできないので、アルフレッドはおろおろするばかりだったりするのだが。
「まあね。
一応友人なのよ。
彼女は」
「助けてくれたお礼という訳ではないですが、よければ話してみませんか?
これでも私は司祭もやっているので」
助けるつもりが助けられる。
それもまた人生と思った。
「娼婦の恋ですか。
また生々しい話題ですな」
アマラの話を聞いたヘルティニウス司祭の最初の一言がこれである。
アルフレッドはドン引きである。
そんな彼の恋愛観が初々しいのが嬉しい。
もっとも、私自身が娼婦の恋を経験しているので問題点も理解していた。
「商売柄、他の男の上で腰をふる娼婦にとって恋人との関係って体以外の繋がりが大事なのよ。
アマラの人生だから口出すつもりはないけれど、彼女がセドリック殿下の華姫になるのならば、メリアスから離れないといけなくなるわ」
「それはシド君ともはなれる事を意味していると」
ヘルティニウス司祭がお茶を入れたカップを差し出し、それを受け取って飲む。
鬼畜眼鏡と言われながらもこういう地味な所の優しさがヘルティニウス司祭の萌えポイントだったりする。
多くの人の人生相談を聞きながら、彼らの好みに合わせてお茶を入れるヘルティニウス司祭に「喫茶店の主人でもすればいいのに」とゲーム内で突っ込んだのはシドだったりする。
話がそれた。
「本人たちが納得しているのならば別なんでしょうけどね」
「永遠の関係なんてものはありませんよ。
始まりがあれば、終わりはいつか来るものなのです」
ごく当たり前の言葉だが、ヘルティニウス司祭が言うと重みがある。
それは、こうやって相談を聞いて数多くの始まりと終わりを聞き続けたからだろう。
所詮他人事と割り切るのも一つなのだが、私自身アマラをかつての私と重ねて見ているフシがある。
『世界樹の花嫁』にはアマラは存在していない。
だからこそ、攻略キャラであるシドはある種孤立する形になって、そこに主人公であるミティアが出会う形になった。
けど、私は知ってしまった。
シドとアマラの関係を。
「それは分かっているわよ。
せめて幸せにその終わりを迎えられたらと友人として祈らずにはいられないって訳。
アマラに言わないでよね」
そう言って、アルフレッドをちらりと見る。
過去からのやり直しとはいえ、アルフレッドは私の知っているアルフレッドではない。
かつての私とアルフレッドの関係によく似ているのが、アマラとシドの関係だった。
だからこそ、私とアルフレッドのような終わりを迎えてほしくないのだ。
「でしたら、口止め料ぐらいもらっても良さそうですね」
こういう時のヘルティニウス司祭は冗談を言っているのだが、その笑顔だけはやめてほしいと思う。
アルフレッドがドン引きする鬼畜眼鏡だから。
その笑顔。
私が歌う。
この世界が女神に捧げた歌を。
「讃えよ
崇めよ
我らが女神を
艶やかな永遠の輝きが
女神の手から離れた時
作られた世界の全ては
女神の愛を受けた永遠の子供となる
ああ
愛しき女神よ
その髪にこの花を飾り給え
貴方の子供達が捧げた貴方への愛をこめた花を
讃えよ
我らの世界を
愛しき女神を
崇めよ
我らが女神を
世界樹の花と共に」
ヘルティニウス司祭が出してきた口止め料というのが、学園女神神殿での女神讃歌を歌うことだった。
聴衆の前で歌うというのは華姫時代にやっていたから慣れているし、この歌も士気高揚の為に陣中でよく歌ったものだ。
観客にミティアが居る。
隣りにいるのはキルディス卿か。
セドリック王子とアマラも居る。
お前らのためにこれやっているって知らないんだろうなぁ。
歌に音が奏でられる。
見ると大賢者モーフィアスが月琴を奏でていた。
さすが大賢者。
こんな所にも芸があるのか。
たしか、ヘルティニウス司祭が月琴をすると言っていたのだが何で変わったのだろう?
この歌は女神に捧げる歌であり、女神との別れを意味する歌でもある。
だから、物悲しくも切ない月琴で歌う事が作法になっている。
戦場で歌った時は弟子に月琴を押し付けて、文句を言いながらも練習していたな。あいつ。
少しだけ過去を思い出して笑顔を作り二番を歌う。
女神に捧げる歌だ。
笑顔が相応しいだろう。
「讃えよ
崇めよ
我らが女神を
全てを与えた女神の名を
世界の全てから謳われるのならば
女神の名は永遠の讃歌として
我らの歴史を永遠に彩り続ける
ああ
優しき女神よ
その髪にこの花を飾り給え
貴方の子供達は貴方の名を花に込めて歌い続けよう
讃えよ
我らの世界を
愛しき女神を
崇めよ
我らが女神を
世界樹の花と共に」
歌い終わると同時に万雷の拍手と歓声が耳に入る。
ミティアは感動で泣いているみたいだからそっとしておこう。
「伴奏に感謝を。
大賢者モーフィアス殿。
見事な月琴でした」
「なんの。
久しぶりに良き歌を聞かせてもらった。
これはその御礼じゃ。
昔、師匠に月琴を押し付けられてな。
それから気づけばこうして奏でておる」
大賢者モーフィアスが軽く月琴を鳴らす。
その音の後、セドリック王子とアマラが会話に加わる。
「実は、私の月琴の師なのです」
「だったら、私もエリーみたいに歌ってあげましょうか」
「それは夜に私しかいない時に」
ナチュラルにいちゃつくな。
嫉妬するから。
商売とはいえ女は女優である。
それに騙されるのも男の甲斐性とも言うが。
「ありがとうございます。
大成功のおかげで、寄付も良い感じに集まっています。
メリアスの孤児院に寄付するので、彼らにもささやかながらお祝いができるでしょう」
ヘルティニウス司祭がほくほく顔で私と握手する。
こういう感じだからこの人は人気が高いのだ。
ならば、それに応えてあげよう。
「そこまで聞いて、何もしない訳にはいかないでしょう?
ヘインワーズの名前で寄付するから、お祝いの足しにしてちょうだい」
「それは私も参加しよう。
兄上に働きかけて、エリー様と同じ額を出しておくよ」
寄付というのは政治的に使われると途端にうさん臭くなるので、こうやって横ならびに出すのが望ましい。
私の名前でなくヘインワーズ名義なのは、ミティアが寄付を出せないから私の庶民向け買収と勘ぐられたくないからに他ならない。
「どうだった?
アルフレッド。
私の歌声は?」
「とても綺麗でした。
それだけしか言えない俺ですけど、本当にそう思いました。
お嬢様」
ただ一言のアルフレッドの賛辞。
それだけなのに、その一言がものすごく嬉しかった。