メリアス魔術学園武術大会 その2
「準備はいいかしら?
サイモン?」
「いつでもどうぞ。
お嬢様」
満員の闘技場。
その中央にて相対するアリオス王子とグラモール卿、そしてその二人から私を守るように剣を構えるサイモンを見て、私はただため息をついたのである。
「サイモン。
おもいっきりやりなさい。
全部サポートしてあげるわ!」
「かしこまりました。
お嬢様」
その言葉を残してサイモンがグラモール卿に斬りかかるがグラモール卿が弾く。
上空でも怪獣大決闘が始まろうとしていた。
「ぽち!
殺さない程度に遊んであげなさい!!」
「殺さない程度ですか。
この国でも上から数えた方が早い飛竜なんですけどね」
アリオス王子の苦笑を私は聞かなかった事にする。
闘技場ではサイモンとグラモール卿が剣戟を交わし、上空ではぽちと飛竜二匹が怪獣大決戦中である。
観客が盛り上がることこの上ない。
もちろん、魔術師や僧侶が待機して大事故がないようにしているからのこの御前対決である。
こうして、姫である私はアリオス王子と対峙する。
戦況を見ると、地上戦はグラモール卿有利で進み、上空ではぽちが飛竜二匹を追い回している。
このままではぽちが降りてくる前に、グラモール卿がサイモンを潰してしまうだろう。
だからこそ、サイモンに支援をかける必要があった。
「マジックミサイル!」
「マジックシールド!」
私が放ったマジックミサイルをアリオス王子が放ったマジックシールドで防がれる。
こいつは牽制。
本命はこっち。
「フィジカルエンチャント!」
「カウンタースペル!!」
何この完璧超人。
何でもできる王子様だと思っていたが、敵に回るとこれ以上なくうっとうしい。
カウンタースペルなんて、初心者魔術師ならば最初のマジックミサイルで放っていただろうに。
これでこの王子剣もグラモール卿とやりあえる腕なんだから、グラモール卿の方に加勢にこられたらこっちが詰む。
「魔術の腕もお見事で。
これでこの国も安泰ですわね。
マジックミサイル!」
「師匠が良かったので。
散々意地悪されましたよ。
マジックミサイル!」
放った十数発のマジックミサイルは、アリオス王子が放ったマジックミサイルでそのほとんどが迎撃される。
残った三発のミサイルは、アリオス王子の剣によって叩き落された。
そうしている間にも、サイモンとグラモール卿の剣戟はサイモンがはっきりと守勢に変わっていた。
状況を変えるのならば、ここでしかない。
「ファイヤーボール!」
「カウンタースペル!!」
サイモンもろとも吹き飛ばすつもりだったグラモール卿へのファイヤーボールはアリオス王子のカウンタースペルによって防がれる。
だが、それは囮。
今回は絡め手で行く。
「フィジカルエンチャント!」
「え?
しまった!」
アリオス王子の声をよそに、私は自分にフィジカルエンチャントをかけてサイモンの加勢に行く。
グラモール卿は超一流の剣士だから、平均程度の私の加勢は十分にあしらえるが、一流剣士であるサイモンはその隙を逃す訳がなかった。
私の手を掴んで一気に後退する。
私がいた所にはグラモール卿の剣が。
私が本来想定していた立ち居地にはアリオス王子の剣が空振りしていた。
沸き立つ観衆。
拍手に歓声が鳴り止まない。
頬を汗が垂れるが、それを拭く気分にもならない。
あのサイモンも汗びっしょりで、アリオス王子やグラモール卿も汗が浮かんでいる。
「仕切り直しですか」
私の隣でサイモンが剣を構える。
まだ慇懃無礼の仮面をつけていられるのだから、それなりに余裕はあるのだろう。
「オークラム統合王国一の剣士とやりあった感想は?」
「戦場でなかった事を喜びたいですな。
殿下の魔法は、私と同じく大賢者モーフィアス様直伝。
いやがらせにかけてはお嬢様より勝っているかもしれませんな」
なるほど。
あのいやらしい魔法は大賢者直伝か。
という事は、サイモンとアリオス王子は同門対決という訳だ。
ならば、手は無い訳ではない。
「殿下の相手。
お願いできるかしら?」
「かしこまりました。
お嬢様。
御武運を」
サイモンが後衛に下がり、私が前に出る。
世界樹の杖を構えて、己の体にエンチャントの魔法をかけながらグラモール卿に優雅に一礼する。
「このような場所ですが、踊っていただけませんか?」
「あいにく、ダンスは苦手でね。
王子様を紹介しようか」
「つれない人ですわね。
世の女性に嫌われますわよ」
「あいにく、女性に困ったことはなくてね」
わざとらしく掛け合いを楽しみながら、間合いを詰めてゆく。
いつもならばこれで少し脱いだり見せたりして視線を誘導するのだが、さすがにこのような場所でストリップまがいな事はできない訳で。
ならば、奇襲しかないだろう。
「行きます!」
杖を構えて私からグラモール卿に仕掛ける。
それをグラモール卿はなんなくいなそうとして、剣を……
「グラモール!」
さすが超一流剣士。
こちらの腕一本ぶった切られるコースの剣の軌道を逸らしやがった。
まさか向こうはこったが腕一本は安いと割り切って突っ込んできているなんて考えてなかったのだろう。
その隙を私は逃すつもりはなかった。
「ファイヤーボール!!」
「しまった!」
私の放ったファイヤーボールは上空に上がり、花火のように連続して炸裂する。
その中心にはぽちから逃れていた飛竜二匹が居た。
こんがり丸焼けになったが命は助かっているだろう。
だが、これで飛竜は戦闘不能になりぽちがフリーになる。
先が見えたことでグラモール卿が私を潰しにかかるが、それを予想していた私は己を巻き込む形でファイヤーボールをぶっ放した。
髪が焦げ、肉が焼けるが、ヒールで回復できるレベルの負傷だ。問題ない。
そして、決定的なチャンスを逃したグラモール卿の前にぽちが落ちてきた。
「まいった。
降参だよ」
両手をあげてアリオス王子が負けを認め、この勝負は私とサイモンの勝利として記録されることになった。
「君も無茶なことをするね」
試合終了後。
控室に向かう廊下でアリオス王子に声をかけられる。
既に焦げた髪や焼けた肌は魔法で回復済。
便利な事この上ない。
ついでに言うと腕を飛ばされても、高位回復魔法ならばくっつけるどころか生やす事も可能だ。
魔法さまさまである。
なお、ファイヤーボールで服や装備はいい感じでこげている。
こちらの方は流石に魔法では治らないので修理確定である。
「あら、あれぐらいは戦場での嗜みですわ」
「……場なれしていたと思っていたが、やはり実戦経験がありましたか」
「五枚葉従軍章持ちに何を今更」
私の返事にグラモール卿がつっこみを入れ、サイモンがそれに茶々を入れる。
試合だからこそ、終わればおしまいでこうして水に流すのだ。
因縁とか政治とかはまた別の話である。
「で、何かあった時に私を殺せる算段は立ちましたか?」
「正直なにも。
極まった魔術師を殺せるのは魔術師しか無理だ。
このまま君が人を辞めても違和感がないよ」
最大級の警戒をこめた賛辞に私も苦笑するしかない。
ここで勝って警戒させるデメリットよりも、勝ってその上でミティアに負けるという出来レースを続行して自分を高く売るメリットの方が大きいからだ。
そういう意味では、十二分に目的を達成できたと言えよう。
「でも、君もめずらしく失敗をするというのが分かったのは収穫だったよ」
ん?
私、何か失敗をしただろうか?
私が首をかしげると、アリオス王子とグラモール卿が苦笑する。
「じゃあご武運を」
「いい勝負だった。
では」
アリオス王子とグラモール卿がいい笑顔で去ってゆく。
あれは危険を察して逃げ出すタイプの顔だった。
ここでサイモンがネタバラシをしてくれる。
「お忘れですか?
ミティア嬢との対戦でエレナ様が応援に来られていた事を」
あ!!!!!
やばい。
私が勝ったのだから、当然アリオス王子と戦うのはエレナお姉さまは知っていた訳で。
いくら戦場の習いとはいえ、腕を飛ばすつもりで突っ込んだり髪や肌が焼けるような自爆攻撃を間近で見ていたという訳で。
「サイモン。
お姉さまに戦場の習いって通用すると思う?」
「鏡に映るような自分と同じ姿の方が、腕を飛ばされたり髪や肌を焼く姿を見て、何も感じないとお思いで?」
サイモンの答えがそっけない。
こいつ、自分が私に外されているのを知って全責任を私に押し付けて逃げるつもりだ。
私も逃げよう。
そう思った矢先にアルフレッドの姿を見つける。
「アルフレッド!
いいところに来た……わ」
私の言葉が止まったのは、アルフレッドの後ろにエレナお姉さまの姿を見つけたからに他ならない。
そして、アルフレッドの顔もエレナお姉さまと同じぐらいに厳しい。
あ。
これダメなパターンだ。
「サイモン。
上手くごまかして頂戴」
「別に構いませんが」
その言葉を耳に残して私は脱兎の如くこの場から逃げ出すことにした。
だが、私は忘れていたのだ。
エレナお姉さまやアルフレッドが怒っているという状況ならば、もう一人激怒しているだろう人物のことを。
「ど ち ら に い か れ る の で す か ?
エ リ ー お じ ょ う さ ま」
ひぃぃぃぃぃぃぃっ!
怖い!
その顔は怖いから。アンジェリカ。
というか、メイド服なんだから、全盛期の冒険者みたいな殺気は出さない方がいいと思う。言っても無駄だから言わないけど。
がっしりと掴んだ手に力が込められて痛いのですが。
「その姿でお出かけになる訳にはいきません。
お嬢様にはぜひお着替えをしていただかねば」
やばい。
これ着替えと称してのお説教コースである。
味方は、私の味方はいないの?
そして、私は確実に信頼できる守護竜たるぽちの存在を思い出す。
今ここで守護竜の力を開放して、私が逃れる時間を作れれば……
「ぽち様。
あちらの控室にお肉を用意してございます」
「きゅー♪」
しょせん、トカゲはトカゲだった。
がっしりと反対側の手がエレナお姉さまによって掴まれる。
なお、アンジェリカもエレナお姉さまもむっちゃ笑顔である。
「エリー。
戦勝おめでとう。
この腕が飛んだり、肌や髪が焦げてないみたいでおねーさん嬉しいわ」
「あ。
あはは。
ありがとうございます。エレナお姉さま。
できれば、その手を放していただけると嬉しいのですが」
「あら。だめよ。
いろいろと話したいことがあるんだから。ね」
なるほど。
私が激怒している時はこんな顔なんだなーと納得しながら、私はエレナお姉さまの笑顔の死刑宣告を聞いたのだった。
なお、着替えという処刑時間の間、アンジェリカに叱られ、エレナお姉さまに泣かれ、アルフレッドに心配されるという容赦無い集中砲火にガチ土下座をしたのは私の黒歴史として封印する事になった。