東方騎馬民族討伐戦 その7
ウティナ伯死亡後、案の定中で揉めたウティナの一族及び騎士団長とウティナの上級文官の連名で、ウティナ防衛の指揮を預かることに同意してもらった。
その後即座に城塞都市サイアに駐屯しているタリルカンド辺境伯に後詰を依頼する。
ペガサスナイトやグリフォンライダー等の空中ユニットは翌日には来る。
本隊増援も3日もすれば来る。
問題は、その3日の間、マーヤム族を抑えることができるか?
全てはそこにかかっている。
「ほぅ。
これが、商人達の私兵団ですか」
ケインが含んだ目で彼らを見る。
アンジェリカやアルフレッドも同じような顔をしている。
なお、今の私はお嬢様ドレス姿。
銀時計の鎖はぶら下げているが、ここの連中はそれに気づかない。
何のために集められたか分からない彼らは私というお嬢様の気まぐれとしか見えないだろう。
整列していた兵達の中に人間でない者が大量に混じっていたからである。
ゴブリンやオーク等の後ろにゴーレムやスケルトンウォーリアーの姿も見える。
「命令を聞くようにギアスの魔法をかけられているのでしょう。
それならば、自己解呪されかねない人間よりも使い勝手がいいわよ」
南部諸侯の特徴であるモンスターや魔族の使用は商人達率いる私兵団が最初と言われている。
そして、これらが戦力化されるまでそう時間はかからなかった。
上位魔族を相手にすると、ギアスが解除される恐れがあるが、それ以上に諸侯間の争いに裏切らない彼等は重要な兵士だったのである。
そのあたりも南部諸侯が魔族に蹂躙されるきっかけだったりするのだがひとまずおいておこう。
「私兵団は全て私が管理します。
私兵団の魔術師は魔術隊として、攻撃魔術を撃ってもらうのでそのつもりで」
集まった私兵団に容赦ない一言を言い放つ。
こういうのは、最初が大事である。
「横暴な!」
「何も知らぬ小娘の言いなりになれる訳がないだろう!」
「何様のつもりで言っている!!」
うん。
出で来る不満の声。
腹に抱えこまれるよりよっぽど健全である。
その一つ一つを潰してゆくことにしよう。
「ぽち」
「がう!」
私の肩にいたぽちが元に戻り、まずモンスターや魔族達が屈した。
ぽちを見てまだ人間の方はがんばっているが、そのぶん折れると元に戻らない。
ポケットから、五枚葉従軍章を取り出して胸に着ける。
さすが私兵連中。
五枚葉従軍章には反応して黙り込む。
とはいえ、指揮官としては納得するが魔術師として納得できるかという所だろう。
じゃあ、それも崩してしまいましょう。
「アルフレッド。
杖を」
「はい。お嬢様。
ここに」
魔術師の中から羨望のため息が出る。
街が買える最高級マジックアイテムの一つである世界樹の杖が彼らの目の前に現れたからに他ならない。
これで、なんとなく私の身分は察してくれたと思うので、最後の一つを身につけるとしよう。
「アンジェリカ。
ネックレスを」
「かしこまりました。
お嬢様」
大勲位世界樹章のネックレスの証である、世界樹の樹液を固めた深緑琥珀が日の光を浴びて輝く。
やっと、魔術師の一人が私の正体に気づく。
「その装備。
ヘインワーズ侯の世界樹の花嫁候補生か!」
「あら、今まで気づかなかったの?
私の名声もまだまだね」
実に楽しそうに笑うふりをする。
声を出した魔術師だけでなく、モンスターまで含めて私から一歩下がりやがった。
失礼な。
「どんな噂がとびかっているか知らないけど、何か文句はあるかしら?
今ならば何を言っても許すわ。
異議ある者は名乗り出なさい!!」
しーん。
誰も一言も発しなかったので、満面の笑みで皆に一礼する。
「私、負けるの大嫌いだから、絶対に勝って見せるわ。
よろしくね♪」
元気いっぱいでぶりっこ決めたら、更に一歩皆下がりやがった。
失礼な。
「お嬢様も負けるのは嫌なんですね」
ちょっとほっとしたような笑みを浮かべてこっちにこっそりとつげるアンジェリカ。
まあ、負ける前に妥協したり、戦わない手をとり続けていたから私の決意が意外だったのかもしれない。
「私が負けるの大嫌いな理由、教えてあげましょうか?」
天真爛漫、花も恥らう乙女の笑みでその理由を教えてあげた。
「散々負け続けたからよ」
ついにアンジェリカやケインやアルフレッドまで一歩引きやがった。
本当に失礼な。
次はエリオスたちにまかせるマーヤム族の捕虜達へ謁見する。
彼らの目には明確な敵意と何をするか分からない恐怖がありありと浮かんでいる。
まずは彼らの敵意を解くことから始めることにした。
「武運無く虜囚となったマーヤム族の諸君!
諸君らを捕虜にしたのは私よ!
それを踏まえた上で、取引をもちかけるわ」
彼らと交渉するこつは誠実であれ。
嘘を彼等は何よりも嫌う。
「ただ一戦、諸君らの力を私に貸してもらいたい。
それで、私は諸君を解放するわ」
露骨に不信な目が私に集中する。
もちろん狙ったものだ。
「もちろん、ギアスもかけない。
私は勇猛なる騎馬民族であるマーヤム族の約束を信じるわ」
私はケインに目配せして捕虜の縄を解く。
まだ半信半疑の彼らの前に、手に握った金貨を地面に落とす。
チャリーンとした音が妙に広範囲に響きながら、彼らに誘惑を囁く。
「もちろん、取引である以上こうして報酬を払いましょう。
同族を討つのがいやならば、この場から逃げるがいい。
追いはしないわ」
脳筋というか、何かあったら武力で解決が東方騎馬民族のデフォである。
だからこそ、明確に力関係を見せ付けた上での交渉で誠意を出せば彼等は断ることができない。
それは彼らの誇りが許さないからだ。
「どうする?
一敗地にまみれた貴方達に私が勝利の栄誉を与えましょう!
負けたまま去ってもらっても結構。
私の勝利を信じないならば、戦場でそれを見せるのみ」
百人程度が離脱したが、残りは残ることを選んだ。
当然だろう。
彼等は、私の魔法を食らっているのだから。
一部始終を黙って見ていた、エリオスとマリエルの方を振り向いて笑顔を作る。
「あとはお任せしますわ。
タリルカンド騎士団の精鋭とは比べられませんが、十分に使えると思いますわ」
「感謝しよう。
手馴れているが、その手管は何処から学んだものですか?」
疑念たっぷりのエリオスの言葉に私は笑顔のまま茶化す。
ここまで疑心が深まれば、タリルカンド辺境伯が婚姻を進めてもエリオスが拒否するだろう。
「乙女の秘密ですわ」
「来ました!
東の方角からマーヤム族!!
ものすごい数です!!」
マーヤム族本隊がこっちにやってきたのは、二日後の事である。
空中ユニットの偵察から敵の動向は掴んでおり、こっちに迫っているのは二・三万。
残りは、城塞都市サイアに駐屯しているタリルカンド辺境伯率いる東部諸侯軍を警戒しているらしい。
各個撃破の格好のチャンスである。
兵はこちらの方が少ない以上、何処で迎撃するかが焦点となる。
騎兵が主体で数は多いが城壁を越える攻城兵器は少ない。
だからこそ、城壁を守って耐え切れたら勝ちである。
ここを知っているウティナ騎士団と私兵団に城壁守備を任せ、私が連れてきた兵は総予備として待機。
エリオスとマリエル率いるタリルカンド騎士団は決戦戦力だから温存。
城門から眺めると、無数の騎兵達がこっちに向かって来るのは圧巻ですらある。
ちらりとアルフレッドを見ると震えている。
怯えているわけではないだろう。
「武者震い?
彼等は故郷の仇だったけ?」
緊張を解きほぐすために、アルフレッドの方を見ずに話しかける。
ぽちを元の姿に戻らせて、攻撃の一番激しい東門で唸り声をあげているのが下から見える。
「ええ。
ですが、仇という意識より初陣という感じが強くて」
幾分緊張がほぐれた声でアルフレッドが返事をする。
後に傭兵将軍と呼ばれる後の英雄ですら、最初はこんなにも緊張していたのだ。
そして、彼を英雄にしない為に、私は彼を戦場から遠ざける。
「私の側にいて頂戴。
向こうは矢を撃ってくるから、それを防いで欲しいの」
「分かりました。お嬢様。
お嬢様に傷一つつけさせませんよ」
その声が、私の過去を呼び覚ます。
あの王都での戦闘を。
(安心しな。エリー。
お前が守る王宮まで通しはしないさ)
「嘘つき」
「?
お嬢様。何か言いましたか?」
自然と出た呟きに軽く首を振って答える。
まだ、双方射程圏内ではない。
「なんでもないわ」
音が。
戦争の音が轟く。
懐かしい音が私に過去を思い出させる。
「弓隊構えっ!」
「魔術師対弓呪文用意!」
「空中騎兵は後方撹乱に回れ!」
「住民の避難完了!」
私はただ己の持つ世界樹の杖を掲げる。
さあ。
戦争を始めよう。
いつものように、なれた手つきで静かに世界樹の杖を振り下ろす。
交易都市ウティナ防衛戦は、守備隊の城壁からの弓矢によって幕を開けた。




