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昨日宰相今日JK明日悪役令嬢  作者: 二日市とふろう (旧名:北部九州在住)
断片の物語を紡ごう 【挿入話・外伝】

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東方騎馬民族討伐戦 その6

 ゲームでは味わえない感覚の一つが匂いだ。

 乾いた鉄の匂い。

 よくそう表現される乾いた血の匂いが私の鼻にいやでも入ってくる。

 その匂いになれてしまった私は苦笑するしかかない。


「どうなさいました?

 お嬢様」


 私の苦笑に気付いたアルフレッドが尋ねるが、曖昧に笑ったまま私は返事を返さない。

 マーヤム族本隊の一部を撃破した事で、戦場跡には死体漁りが集まっていた。

 東方騎馬民族は遊牧民な為に財産を持って移動している。

 こうして、死体を漁ることで一財産築けるのだ。


「追い返しますか?

 こいつら」


 ケインが死体漁りを見てこっちに尋ねるが、私は首を横に振る。

 ここまで出向いたのはマーヤム族本隊の索敵である。

 空中ユニットが上空から調べて本隊の位置はおおよそ把握している。

 おそらく、明後日には敵本隊がこっちにやってくるだろう。

 タリルカンド辺境伯には伝令を飛ばしているので後詰は間に合うだろうが、アリオス王子の来援は微妙なところだった。


「いいわ。

 彼等とて生きているのだから、稼ぎは大事よ。

 こっちの邪魔をしないならば、ほうっておきなさいな」


 多分、この死体漁りの中にマーヤム族の間者だけでなく、南方魔族の間者も潜んでいる。


「オークラム統合王国侮りがたし」


と伝えてもらわないといけないからだ。

 情報は得たので馬を翻してウティナに帰る事にするが、死体漁りは私達をちらりと見ただけで、黙々と死体を漁っていた。



「このたびは勝利おめでとうございます。

 これは、ささやかですが防衛の資金に使っていたたげればと」


 交易都市ウティナの商人代表が皆を代表して金貨が入った袋を私に差し出す。

 おそらく、ウティナ伯にも同じものが渡されているはずである。

 街を守ってもらった上に、大量の奴隷売却で潤った事もあって、ウティナの商人たちの顔はほくほくである。

 実際にこの献上金のほとんどを奴隷商人達が出しているらしい。

 遠慮なく受け取ることにしたのたが。


「お気になさらず。

 民の為に働くのは世界樹の花嫁になろうとする者の責務ですわ」


 お嬢様スマイルで商人達を追い返す。

 ウティナ伯は勝利に浮かれて祝宴を開くと言って来たが丁重にお断りしている。

 本隊の一部を撃破しただけで、本隊の撃破ではなかったからなのだが、目の前の勝利を喜ぶ事に水をさすつもりもなかったからだ。


「で、世界樹の花嫁にお願いしたい事があるのですが……」


 来た。

 まだ世界樹の花嫁『候補生』なのだが、ごますりながらの商人トークである。

 裏が無い訳が無い。

 世界樹は花嫁の仕事の一つに、この手の調停がある。

 花嫁請願という伝家の宝刀があるので、利権を得ようと思ったらいくらでも極められるのだ。

 まぁ、オークラム統合王国崩壊時これがえらく問題になったのだが、今はごたごたでこっちの足を引っ張られたくないのが優先である。


「何でしょうか?」


「マーヤム族を撃破した後の奴隷売却なのですが、我らに一任できたらと思いまして」


 取らぬ狸の皮算用ここに極まれり。

 私の魔法を知っていたらそれも分からない訳ではないのだが。


「困りましたねぇ。

 お任せしても良いのですが、全部吹き飛ばそうと思っていた所なので」


「ですから、奴隷を多く取れるような勝利をお願いしたく」


 目を閉じて、笑顔の仮面をかぶり直す。

 こいつら、戦を何だと思っている。

 多分こう返事をするのだろう。


「商売ですが何か?」


と。

 なお、オークラム統合王国が崩壊した後にも彼ら奴隷商人は生き残った。

 南部穀倉地帯を支配した魔族大公サイモンはこの奴隷商人と結託して南部を富ませ、彼の死後に開放したエリオスも彼らの力と金の前に黙認せざるを得なかったのである。

 彼らが弱体化したのは数度の反乱未遂を起こして粛清されたからで、その反乱未遂の旗頭が私だったりする。

 罪もあるが功績もあるのが彼ら奴隷商人だ。

 そして、不作傾向が続くこの国において南部物流を支配する彼らを無視することはできない。


「努力はしましょう。

 ですが、その為には寡兵を何とかしなければなりませぬ。

 その協力はしていただけるのでしょうね?」


 要するに、『要求するなら、誠意をみせろ』という婉曲的言い回しである。

 彼ら奴隷商人は人間を大量に扱う商売柄、私兵団を多く抱えている。

 それを差し出せと言っているのだ。

 私の要求に商人たちは渋い顔をする。

 そりゃそうだ。

 私兵団は商人たちにとっての力の源泉なのだから。

 こっちも、マーヤム族と戦う以上は組織的行動が取れる連中というのは貴重なのだ。

 そこで、切り札を出す。


「現在、東部諸侯軍は城塞都市サイアに待機しています。

 彼らが南部に入ってくる大義が必要なのですが、アリオス殿下が既に動いておられます。

 私に要求するよりも、功績を持ってアリオス殿下とお話したほうがよろしいのではと。

 もちろん、東部諸侯軍の補佐として皆様の功績は五枚葉従軍章にかけて報告させていただきますわ」


 私の言葉に顔色が変わる街の代表達。

 世界樹の花嫁候補生よりもっと強力な利権の種の存在を提示した瞬間、彼らの頭の中で一斉に算盤が弾かれているのだろう。


 で、彼らにどとめをさすことにする。

 アンジェリカに目線で合図をすると、何ものっていない盆を持ってくる。

 その盆に彼らが持ってきた金袋を乗せてにっこりとそれを突き返した。


「これはお願いになるのですが、この街の防衛の為に傭兵を雇いたいと思っています。

 集めていただけるでしょうか?」


 結果、マーヤム族降伏兵と私兵団を中心にした三千近い傭兵を確保することに成功したのである。




「ケイン、アンジェリカ、アルフレッド。

 仕掛けてくるわよ」


 ウティナ伯とそのとりまきが去ったあとで、私はこっそりと集めた三人にそれをばらす。

 三人のうち、傭兵上がりのケインは感づいていたらしく、不適な笑みを浮かべる。


「アサシンですか?」


 東方騎馬民族が雇っている間者組織で、その別名は『魔術師殺し』である。

 戦略兵器である魔術師を潰す方法はいくつかあるが、一つは魔術師に魔術師をぶつけること。

 極まった魔術師といえども、威力が乗算される儀式魔法ならば低レベルの魔術師をかき集めればなんとか対抗できるからだ。

 マーヤム族本隊はいまだ数万の兵がおり、魔術師――向こうでは呪い師と呼ばれている――は千人ぐらいはいるだろうと踏んでいる。

 もう一つがこのアサシンによる暗殺である。

 戦場で討ち取るより戦場外で殺す方がリスクは少ないからだ。


「多分、降伏した連中の中に紛れ込んでいるわよ」

「それを知っていたらならば、ウティナ伯に教えなくてよかったので?」


 ケインの質問に私は自虐的な笑みで返す。

 人の欲、特に勝利の後に何も言っても無駄だろうからだ。

 『勝って兜の緒を締めよ』とはよく言ったものである。


「聞くと思う?

 何人いるかわからないアサシンの為に、三千人近い奴隷を諦めろって?」


 私の質問に三人がそろって首を横に振る。

 状況認識が確認できた所で、対策を口にする。


「私の寝室はアンジェリカにお願いするわ。

 外はアルフレッドが立っていて。

 ケインは選抜した警備隊を編成して、事が起こったら対処して」


「タリルカンド騎士団についてはどうなさるつもりで?」


 アンジェリカの質問に私は手を振って答えた。

 とあるブラコンちっぱいの顔を思い浮かべて。


「大丈夫よ。

 あっちはね」




「火が!

 領主館に火がついたぞ!!」


「出会え!

 領主様が殺されたぞ!!」


「曲者が!

 一体何人居るんだ!!」


 その火の深夜に領主館に火がつけられ、その混乱の中であっさりと領主であるウティナ伯が殺害される。

 更に、軍を率いる私やエリオスがいる陣幕に迫ろうとしたアサシン達は自ら罠にとびこんだ。


「灯りよ!」


 私が唱えた魔術の灯が闇に隠れていたアサシンを浮かび上がらせる。

 数は数人。


「ガウ!」


 ぽちが吠えて敵の存在を知らせる。

 いくら夜のアサシンが優秀でも、ドラゴンをごまかす事はできない。

 

「アサシンよ!

 同士討ちをしないようにね!」


 明かりを赤々と灯し、夜の影に隠れていたアサシンの姿を浮かび上がらせる。


「ばれては仕方ない!

 敵大将の首をとれ!!」


 隠密行動が基本の為にその人数はそんなに多くは無い。

 敵とて待ち伏せているとは計算外だっただろう。


「ぐぁぁぁぁ!!」


「ド、ドラゴン!!

 何でこんなところに……」


 この手のゲームにおいて、システム的に見落とされているのがドラゴンなどの魔獣系ユニットの大きさだ。

 遅いわ、魔法に弱いわと評価がいまいちだが、こいつらが盾として前衛に居る場合、おそろしくユニットが硬くなる。

 おまけに私みたいな魔術師が支援につくと、簡単にはやられない。


「ええい!

 女だ!

 女魔術師を狙え!」


「了解!!」


「お嬢様危ない!」


 私に向けて放たれた投げナイフはアルフレッドの盾によって防がれる。

 それを見て私は落ち着かなくなる心を何とか静める。


「即効性の毒が塗られているわ!

 気をつけて!!」


 解毒魔法は習得しているからたいした事無いが、連続で食らうとまずい。

 さっさと勝負を決めてしまおう。

 私は杖を持って呪文を一気に唱える。


「パラライズ!!!」 


 次々に敵のアサシンが麻痺で動けなくなる。

 動けるアサシン達が逃げようとして背後に回り込んだ馬上のエリオスとショートボウを構えるマリエルに動きを止めた。


「降伏しなさい。

 悪いようにはしないわ」


「……わかった。

 私はどうなっても構わないが、配下の者は手をかけないでほしい」


「約束します。

 拘束しなさい!」


 アサシンを捕縛するのを横にエリオスが厳しい顔でこっちにやってくる。

 後の王になるだけにその才気はこの頃から磨かれていたのだろう。


「ウティナ伯を見殺しにしましたね?」


「その根拠は?」


 厳しい顔のエリオスにつられて隣のマリエルは殺気を放っているのだが、こっちは笑顔である。

 マリエルは、エリオスが側にいる場合、エリオスを守る為以外に剣を抜かないからだ。


「交易都市ウティナは南部諸侯の都市。

 東部諸侯軍への救援を素早く呼べるとは限らない。

 ですが、緊急時に領主がその責務を担えない場合、上級文官および領主騎士団長のどちらかが領主に代わりその責務を代行できる」


 エリオスは私の銀時計の鎖を眺める。

 この銀時計によって私はエルスフィア太守代行という地位についているのだから。

 ウティナ伯が亡くなって、今頃はどっちが領主代行につくか揉めている所だろう。

 それはそのままウティナ伯の子供が領地継承をする際に、筆頭家臣の地位を決めるからだ。

 で、そういう時に中立的立場で、中央にパイプがあって、代行の仕事ができるがこの地に留まらないことが確定している実に都合の良い人材が居るわけだ。

 私のことだが。

 ウティナ伯の家族や親戚は私に丸投げするだろう。

 これで、ウティナ防衛は私の思い通りにできる。

 エリオスに一枚の紙を突きつける。

 先ほど商人たちから買ったマーヤム族降伏兵である。


「降伏したマーヤム族騎兵はお預けします。

 お使いください」


「裏切らない保証は?」


 声を押し殺してエリオスが尋ねる。

 彼も分かっていたからだ。

 ウティナ防衛の為に、私ができることをしたと。


「ギアスでもかけましょうか?」


 私の返事に無言で引き返すことで、不満と了承をエリオスとマリエルは表現した。

 そんな二人に私はかける声もなく、見送る事しかできなかった。

外伝チックにハメを外して書いているから、楽しいがどんどん長くなる罠。

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