東方騎馬民族討伐戦 その4
メリアスに戻ってアリオス王子との面会を求めたら、現在王都に滞在しているという。
という訳で、王都に飛んでアリオス王子に面会を求めるために現在王宮の待合室にて待機中。
「おや。
息子の客人と聞いたが、そなたか?」
声がしたと思って振り向いたら、国王陛下が一人で部屋に入ってきた。
立ち上がって、臣下の礼をとる。
「エルスフィアを一時的に預かる者で世界樹の花嫁候補、エリー・ヘインワーズ太守代行と申します。陛下」
国王バイロン三世。
護衛の近衛騎士やお付の侍女も居ないあたり、お忍びでここに来たみたいだ。
彼は人の良さそうな笑みを浮かべたまま私に話しかける。
「硬くなるな。
息子の妃になるかもしれぬそなたをただ見に来ただけなのでな」
こっちが華姫出身というのは分かっているはずなのだが、それを踏まえて妃に迎えるかもなんて発言は、普通危なくてできない。
周囲を警戒するが、まだ、護衛が入ってくる様子もないみたいだ。
「お戯れを。
まだまだ未熟な者ゆえ、殿下の気をひけずに苦労している次第で」
この人に実権はないと言われている。
現在の統合王国の政務は法院が肩代わりしているからだ。
その結果、諸侯の力が強くなり過ぎて、我がヘインワーズ家は粛清されたのだが。
しかし、この人は立場からミティアの事は知っているはずなのだが、そのあたりはどうなのだろうか?
「その殿下というのはアリオスかな?
カルロスかな?」
時が凍る。
息が止まる。
ぽちだけでなく周囲を確認して誰も居ないのを確かめる。
なんという危ない質問を投げてくるんだ!この人は!!
「……」
こういう時は愛想笑いを作って答えない。
答えることそのものが間違いである質問というのは確かに存在するのだ。
陛下は何を考えている?
そして、陛下は何ができる?
「こんな所におりましたか。陛下」
助け舟は不意に現れた。
周囲警戒をしていたのにそれを悟らせずに部屋に入ってきたのは大賢者モーフィアス。
彼の姿を見て陛下は楽しそうに微笑む。
「すまないな。我が友よ。
少しお主が肩入れしている世界樹の花嫁候補を見てみたくなってな」
「陛下もお人が悪い。
護衛の者が青ざめていましたぞ」
互いに敬意を払いつつも、深い所まで手を入れられる関係。
それが、国王バイロン三世と大賢者モーフィアスの仲なのだろう。
それを見せつけてくれる、いや、見せられたという事か。
多分、この一幕はそれが狙いなのだろう。
陛下の狙いか、モーフィアスの狙いなのか知らないが。
「悪かった。悪かった。
近衛には私から一言入れておくさ。
さて、戦戯盤の時間か。
今日は負けぬぞ」
戦戯盤というのは、私のいた世界で言う所の将棋というかチェスというかそういうものである。
王が王らしくない口調で大賢者を煽ると大賢者も負けじと煽り返す。
「それはそれがしに勝ってからおっしゃってくださいませ。
連勝記録がどれほど続いているかご存知で?」
「知らぬ。
百を超えてから数えることすらやめたからな。
では。失礼させてもらう。
エリー・ヘインワーズ。
この国の為に尽くしてくれることを期待してるよ」
その言葉を私に投げかけて、国王陛下は大賢者モーフィアスを連れて部屋から出てゆく。
私は陛下が部屋を出るまで臣下の礼をとってその姿を見送った。
「すまない。
遅くなった」
「いえ。
おかまいなく。
殿下」
アリオス王子が部屋に入ってくるまで、テーブルに置かれたお茶がぬるくなる程度の時間を要した。
いつもならば余裕かつ超然と王子様をやっているのに、その顔には疲労の色が浮かぶ。
「何か厄介事でも?」
「君にも関わりがある事だから話しておこう。
マーヤム族討伐の援軍の件だが、法院で揉めている」
実はうっすらと感づいていた事だったりする。
このマーヤム族討伐は『世界樹の花嫁』のイベント外イベントとして処理されていた。
『ザ・ロード・オブ・キング』が先にできていたので、その帳尻合わせというのもあるのだろうが、アリオス王子が動けなかった理由が現実では多分あったのだろう。
その理由をアリオス王子の口から聞かされた時、私は何度も味わった人の業の深さに笑みを浮かべることしかできない。
「南部諸侯が私の援軍を嫌がっているんだ。
代わりにカルロスを南部に送り出してくれるならば、援軍なしでマーヤム族を潰してみせると」
南部諸侯にそんな力は無いはすである。
にも関わらず、そんな大言壮語が吐けるというのは、必ず理由がある。
そして、その理由に私は心当たりがあった。
「殿下。
おそらく、南部諸侯は魔族の力を持って東方騎馬民族に当たるのでは?」
殿下が薄く冷徹に嗤う。
きっと、私も同じ顔をしている自信がある。
「南部諸侯は近年の不作と先の王位継承争いでの敗退で力を失っており、そこを魔族につけこまれたか」
「カルロス王子を南部にというのは、南部諸侯の誰かに嫁がせるつもりなのでしょうが、そのお嬢様がはたして人なのか疑問ですね」
要するに、私達は魔族の有力者と南部諸侯が既に婚姻等で縁戚になりつつあるのを語っているのだった。
まずい。
非常にまずい。
サイモンの暗躍は知っていたが、なし崩し的に南部諸侯が魔族側に走りつつあるのが致命的にまずい。
サイモンが東方騎馬民族と共倒れをするまで南部諸侯領は奪還できなかったが、このような下地があったので諸侯から民衆まで南部の民が魔族を受け入れていたというのがある。
そういうフラグはさっさと折ってしまうに限る。
「カルロス王子の南部行きは阻止してください」
私の提案にアリオス王子が力なく首を横にふる。
私が提案する前に、それを考えていたに違いない。
「南部諸侯は動けないぞ。
近衛騎士団も北部の一件から全力出撃は不可能だ」
なるほど。
このあたりがアリオス王子の才能でもあるし、限界でもあるのか。
ここで博打なんて打たないし、打つ必要もない。
東部諸侯が打撃を受けたら、その分王権の侵食ができるとまで考えているのだろう。
「失礼ですが、殿下の御身さえお越しくだされば、この戦負けませぬ。
南部諸侯がそっぽを向いても、勝利を殿下に捧げましょう」
アリオス王子の即位に対して、実績が必要だった。
そして、マーヤム族討伐は十二分にその実績に役立つだろう。
「タリルカンド辺境伯に恩を売れと。
売っただけのものは回収できるのかな?」
鋭い。
南部諸侯ではなく、タリルカンド辺境伯と名指ししやがった。
彼の中央集権スタイルから考えれば、地域の旗頭でかつ諸侯のとりまとめ役であるタリルカンド辺境伯は最大の障害でもあるのだ。
だが、アリオス王子が歴史の闇に消えて、タリルカンド辺境伯が戦死したオークラム統合王国はその身を守る盾を失って崩壊したのを知っている。
それは避けないといけない。
「諸侯の弱体化は、王権の強化に必要です。
裏返せば、今回のような出兵にも出張らないと諸侯が見限ることを意味します」
まずは表向きの理由から。
アリオス王子はそれに異論は挟まない。
私はそのまま裏の理由を口にする。
「そして、南部諸侯を弱体化させたまま東部諸侯も弱めると、統合王国を守る盾がなくなります。
新大陸に逃げられる西部諸侯と人口増から常に蛮族が出る北部諸侯にそれを期待できますか?」
ここで切り札を出す。
知っているかどうかは賭けだが、説得力を増す一言を。
「それでも王権の邪魔になるというのでしたらこれ以上は申しませぬ。
ですが、それを曲げても、今回だけは助ける価値があると私は思っています。
西部諸侯の穀物輸送船団が大嵐で全滅した今回だけは」
「!?
それは本当なのか?」
勝った。
アリオス王子にすらまだ情報が届いていない。
西部諸侯は倉庫に貯めていた穀物を吐き出して、必死に価格を維持していた。
何でか?
決まっている。
この世界樹の花嫁の為に。
全てはミティアの勝利のために。
アリオス王子がある種の身内であまりにも近いがゆえに、漏らせなかった本当の極秘情報だったのだ。
そして、この情報が諸侯のバランスにどれだけの影響を与えるか、アリオス王子が分からない訳がない。
「ヘインワーズ商会からの極秘情報です。
ヘルティニウス司祭が必死に阻止を企む神殿喜捨課税問題の発端はたぶんここです」
法院の勢力図が激変する。
これを南部諸侯というかサイモンは確実に掴んでいる。
その上で東部諸侯が力を失ったら、統合王国の崩壊は避けられない。
「わかった。
私自身が出る。
だが、出るには理由が必要なんだ」
苦悩の色を隠さずに、アリオス王子が天井を見上げる。
統合王国の危機に颯爽とアリオス王子が単騎出陣する。
それは格好の英雄譚だが、同時に『諸侯は何をやっていた?』と民衆から罵られる事を意味する。
王権の強化が目的とはいえ、全諸侯を敵に回すほどアリオス王子とて馬鹿ではない。
「策があります」
だからこそ悪役が必要である。
そして私は悪役令嬢である。
設定に感謝しよう。
アリオス王子の視線が私に注がれる。
「ミティアを使いましょう。
彼女を女神神殿に送り込むんです」
女神神殿は統合王国南部に位置している。
また、宗教勢力の為に独自武力を有しており、南部諸侯としてもおいそれに手を出せない。
ゲームにも女神神殿に行くイベントは存在している。
それを使って、ミティアを南部に行かせる。
そのお供として、アリオス王子がつくのは別に問題はない。
そして、その道中で、東方騎馬民族と交戦しても何も問題はない。
全ては世界樹の花嫁候補生ミティアの実績となる。
「それでは、君の功績が無くなってしまうぞ」
それは序盤から中盤にかけて、東部諸侯とともに現場で奮戦していた私の功績が目減りすることを意味する。
けど、そんな自分の功績よりも今は、未来のフラグを折ることの方が大事だ。
「構いません。
お忘れですか?
私は既にエルスフィアをいただいているのですよ」
少しだけ、アリオス王子が躊躇するが、まっすぐに私を見据える。
そして、嘲笑ではない笑みを浮かべる。
「すまない」
同じように笑みを浮かべて、私はアリオス王子に返事を返した。
「どういたしまして」
そこから、メリアスに飛んで女神神殿がらみなのでヘルティニウス司祭を巻き込んで、ミティアの南部にある女神神殿に行かせる根回しを頼む。
で、とんぼ帰りでタリルカンド辺境伯にアリオス王子出馬の報告を告げる。
「アリオス王子が出向くか」
タリルカンド辺境伯の声に若干の疑問の色が残る。
エリオスの件があるから、中央政局に絡まないというのもあるし、アリオス王子が中央集権志向であるのも気づいているのだろう。
私の声もその疑念を払拭するために使われる。
「あくまで、世界樹の花嫁候補生ミティアさんの女神神殿への訪問のついでとなります。
近衛騎士団をはじめとした王室直轄戦力を伴わない出陣であることはご容赦を。
連れてくる戦力は女神神殿の神殿騎士団が主体となり、アリオス王子の出馬で日和見をしている南部諸侯を動かせたらという所でしょう。
決戦は結局、この場にいる戦力でするしかありませぬ」
どんなに急いでも、アリオス王子の来援は十日はかかる。
つまり、それまではなんとしても決戦を回避しないといけない。
同時に、その間はマーヤム族の略奪し放題という事を意味している。
こっちの二万に対して、マーヤム族はまだ数万の兵を維持している。
なんらかの手は必要だった。
「そうなると、どこかに籠城するか」
地図を見て、タリルカンド辺境伯が呟く。
躊躇う南部諸侯とてこのあたりは東部諸侯との境目だから、こちらに何らかの便宜を図ってくれる事が多いのだ。
タリルカンド辺境伯が頭を下げて、それを断れる諸侯はこのあたりには居ない。
そして、籠城した上でマーヤム族に流言を流すのだ。
『東部諸侯軍は食料補給の為にこの都市に滞在している』
という、彼らにとっては垂涎の情報を。
そして、アリオス王子が援軍を連れて後詰を行うまで、その都市にて籠城をする必要があった。
「ならば、ここがよろしいかと」
私が地図の一点を指さす。
『ザ・ロード・オブ・キング』のマップでもあり、私が実際に指揮を採って東方騎馬民族を撃退した場所である。
東部の草原地帯と南部の湿原地帯の端に位置し、このあたりの交通の要衝でもあるその街の名前はウティナと言った。
Q 15話目処じゃなかったの?
A もうちょっとだけ続くんじゃ




