今は無き王国の記憶 その三
『金槌と金床亭』で軽い食事をとった後、私達はミティア達と合流して鉱山地区に足を伸ばす。
居るわ居るわ。
一攫千金を夢見た冒険者たちが。
鉱山そのものが閉まっていると女将は言っていたが、鉱山というのは大規模施設の集合体であり、その施設警備にボイコット中のドワーフ族の鉱夫が見張りをしていた。
明らかにこちらに対して敵視の視線を向けているので、ちょっと情報収集をしてみよう。
「すいません。
これ、全部鉱山に勝手に入る冒険者達ですか?」
目が明らかに『お前らも入るんだろうが!』と訴えているが、そこはさり気なく彼の手に銀貨を握らせることで口を開かせる。
それでも、こっちの敵視の視線はまったく消えていないのだが。
「ああ。
馬鹿な連中さ。
坑道維持の魔法が切れかかっているのに、一攫千金を夢見てどんどん入ってゆく。
何人が生きて返ってくることやら」
「なんですって!?」
私の悲鳴に皆が追随できないのに、ドワーフ族の鉱夫がほぅと顔を変える。
私の悲鳴がその意味を理解していると気づいたからだ。
「それが分かるならば、突っ込むなんて止めることだな」
「するわけ無いじゃない!
ちなみに、最期に坑道維持の魔法がかかったのは?」
「もう一週間ぐらい前かな?
無数にある坑道全てに一斉にかけるのは無理だから、危なそうな所はかけていたが、そろそろ切れる頃合いだ。
帰ってこない連中、ガーディアンに本当にやられたのやら……」
「エリー様。
つまり何言っているんです?」
うん。
こういう所で分からない事を口にして教えを請うのは良いことだ。ミティアよ。
ただ、交渉中にそれを晒すのは悪手だから気をつけるように。
「坑道維持の魔法ってのはね、文字どおり坑道の安全を確保する魔法なのよ。
気楽に私達はダンジョンに潜っているけど、地下ってモンスター以上に危険がいっぱいなのよ」
そこで迷宮探索で先頭に立つシドとアマラも参加する。
二人は真っ先にそれを味わいかねないから顔も真剣だ。
「たとえば、あまりに深い所に潜る時、空気が無くなって息ができなくなったり」
「いきなり天井が崩れることもあるな。
あとは、ガスや水が溜まってそれが坑道に溢れたり」
興味津々で聞いているミティアを見ながら、ちょっと周囲を見ると。あった。
せっかくだからこれも教えておくか。
「ミティア見て。
この施設鳥かごが多くない?
これは、鳥かごの中に鳥をいれて鉱夫達が潜ってゆくの。
何か危険な変化があったら、その鳥が鳴くのを止めるから、それで危険が分かると」
「お。
そっちの姉ちゃんは博識じゃねーか。
その杖は魔術師か。
ならば納得だな」
うまい具合にミティアをダシにドワーフ族の鉱夫が警戒心を解く。
こういう逸話を知っていて、むやみに坑道に突っ込まないと判断したらしい。
口調からも警戒が消える。
「悪いことは言わないから、潜るのはやめときな。
正直、どれだけの人間が潜って、帰ってきているのかわかりゃしない」
ん?
今、すごくやばい発言が飛び出てきたぞ。
「待って。
聞きたくないけど、死体で帰ってきたやつって居る?」
恐る恐る尋ねた私の質問に、ドワーフ族の鉱夫はただ静かに首を横に振る。
最悪の状況に私は空を見上げてぼやく。
「ダンジョン・ハザードが始まっているじゃない……」
「何です?
その、『ダンジョン・ハザード』って?」
黄昏れたい私に代わってミティアの質問に答えたのはキルディス卿だった。
なお、彼も私と同じく顔が真っ青になっていたり。
「この国には多くの迷宮や遺跡がある。
そこにモンスターが巣を作るのだが、そうやって巣を作ったモンスターが周囲の町や村を襲い出す事を指す。
ダンジョン・ハザードにも二種類あって、ゴブリン等の魔物が巣を作って襲う場合はまだ対処がしやすい。
巣のモンスターを掃討すればいいからな。
問題は、今、ここで起こっている後者だが、ダンジョンに取り残された死体がゾンビ・スケルトン・ゴースト等になって、他の迷宮探索中の冒険者を襲い出すケース。
何がやっかいかというと、ゾンビが増えかねない」
ミイラ取りがミイラになるというやつだ。
こっちの言葉では、死体漁りが死体になるという感じだろうか。
そんな事を考えながら、キルディス卿の言葉を私が引き継いだ。
「で、これだけの冒険者が潜って死体が出てこない。
中でどれだけのゾンビ・スケルトン・ゴーストになっているかを、考えるだけで頭が痛いわ。
ここの領主は何をやっているのよ。まったく」
私のおかんむりな口調にドワーフ族の鉱夫が自虐の笑みを浮かべる。
この笑みで、ここの領主の力量が分かってしまったが、彼の言葉を聞いて頭が痛くなってくる。
「パーティの準備に忙しいだとさ。
何しろ、ここに世界樹の花嫁候補生がやってくるらしいからな」
「ようこそいらっしゃい……」
領主館入り口で出迎えたポトリ伯の言葉を私は容赦なく遮る。
玄関前での挨拶での非礼なんて問題外なんだが、それぐらいしないと彼はこの事態が理解できていないだろう。
「失態ですわね。伯爵」
「っ!?」
まさか最初の挨拶をすっ飛ばして糾弾が来るとは思っていなかったらしく、ポトリ伯の顔が引きつる。
ポトリ伯は20代後半のイケメンで、この町では有名なプレイボーイらしい。
雰囲気は、都会の駅前でナンパしているホストという感じだろうか。
「法院は事態を重く見ており、王室も状況について憂慮しております」
「っ!
どうせ、遺跡は冒険者達が探索し尽くすのだろう。
こっちはそれを待って、その上がりを取ればいいだけじゃないか!!」
代替わりしたばかりらしいが、見事なまでの馬鹿ぼんである。
先代夫婦が残っていたらこんな事態にはなっていなかったのだろうに。
流行病で、両方とも時を置かずに亡くなったのが彼の不幸だろう。
その後、先代への忠誠と能力のある家臣をリストラしたのは自業自得だが。
「鉱山の停止については?」
「ドワーフ族がごねているだけだろう!
君たちが来たという事は、遺跡を近衛騎士団管轄にするつもりだろうから、近く再開させるさ」
こっちが媚を売らないのがどうも気に入らないらしい。
そんな舌戦をミティアがハラハラして見ていたり。
「確認ですが、ダンジョン・ハザードの報告は上がっていますよね?」
「……何だそれは?
そんなものは俺は知らんぞ?」
あかん。
ドワーフ族のボイコットからダンジョン・ハザードまで考えが繋がらないだけでなく、その報告が届いていないという事は彼の取り巻きも彼と同じく無能だという事だ。
事、ここに至って、私はこの事態の解決にポトリ伯をはじめとした現地領主勢力を完全に無視する事を決めた。
「結構です。
私達は街の商家に滞在しますので、何かあったらご連絡を。
失礼」
ミティアの手を取って馬車に乗ってUターン。
呆然と馬車を見送って、癇癪を炸裂させる彼の姿がちらっと見えるが、こっちはそれどころではない。
あの手のタイプは自分の思い通りにならないと、気が済まないタイプだ。
「宿に戻ったら、私飛ぶわよ」
「空をですか?」
首をかしげるミティアになんとなく癒やされてしまった。
なんか複雑な気分。
転移ゲートの使用にはルールがある。
その仕組みについては完全に解明されておらず、何かあったら困るというのが理由である。
行った所にしか作れず、魔術陣をつくらないといけないし、維持コストもバカにならないが、それによる物流の利益を総取りできるメリットが全てを上回る。
魔術師が極めると王侯以上の生活が送れる理由はこのあたりにもある。
ポトリから転移魔法でメリアスに戻ると、その脚でアリオス王子に報告。
アリオス王子が私共々頭を抱えたのは言うまでもない。
「で、どうします?」
色々な意味を含めて私は尋ねる。
それを分かってアリオス王子は解決できる所からの解決策を口にする。
「遺跡については近衛騎士団の管轄だ。
既にポトリ周辺に人を配置しているから問題はない。
で、ダンジョン・ハザードですが、お願いできますか?」
「坑道の中に入れませんよ。怖くて。
出てくる奴を潰すのならば、なんとかなりますが、手に負えなくなるのは時間の問題ですね」
まだ冒険者の死体によって増産されているだろうアンデッドが外に出てきていないのは、それ以上にお宝目当ての冒険者達が潜っているからだ。
だが、遺跡のガーディアンが坑道に出没しだした報告が上がっている以上、そのバランスが崩れかねないし崩れたら目も当てられない。
そして、この手の仕事で一番大事な現地領主勢力が絵に描いたような無能である。
「で、伯爵については?」
「その身分は法院でないと裁けません。
法院衛視隊の介入は難しいですね」
「エルスフィアで私の監視をさせているフリエ女男爵を使っても?」
「彼女の仕事を害さない限りは」
封建諸侯は中央の介入を極端に嫌う傾向がある。
遺跡の管理のために派遣されるだろう近衛騎士は王室と繋がっているからだ。
だが、諸侯として処分を出すのならば、王室法院で裁かないといけない。
そんな関係から、諸侯と近衛騎士団と法院衛視隊の仲は良い訳がなかった。
つまり、現行犯でポトリ伯をひっかけないといけない訳だ。
「ただい……なにこれ?」
エルスフィアからフリエ女男爵を引っ張ってきてポトリに帰ってきた私の目に入ってきたのは、信じたくない光景だった。
商家の屋敷をポトリ伯の兵がずらりと囲んでいるのだから。
戻ってきた事を知ったアルフレッドが事の顛末を私に教えてくれたが、その斜め下ぶりにもう何を言っていいのか分からない。
「あの後ポトリ伯がここにやってきて、お二人へのパーティへの招待をしていたのですが、キルディス卿が拒絶。
頭にきたらしい伯爵が兵を連れて再度招待をという所で、お嬢様が帰ってきた次第で」
なお、フリエ女男爵は私と違ってこの馬鹿騒ぎを一言で切って捨てていた。
「よくある事ですよ。
これぐらい」
と。




