今は無き王国の記憶 その二
鉱山都市ポトリ到着。
この町の現状を一言で言うならば、良くて混乱、悪くて無秩序だった。
「領主館に泊まるのは避けるわよ」
「どうしてなんですか?」
馬車が狭い街路を通るために速度がえらく遅くなる。
そんな馬車の中での私の言葉にミティアが首を傾げた。
「領主に手篭めにされると、誰も助けてくれないからよ」
こういう事態が実際にあるからまたたちが悪い。
領主が領地内の全てを決める弊害はこういう形で出るのだ。
事実、やってきた世界樹の花嫁候補生をこういう形で手篭めにしたケースというのはかなりあり、その解決に領主はコネと金でもみ消していた。
世界樹の花嫁は王妃や有力諸侯婦人の御用達というブランドがあるから、こういう時にはそのブランドが逆に働く良い例である。
「けど、この混雑で宿屋なんて借りれるんですか?」
ミティアの質問に私は笑って言ってのける。
せっかくだから、彼女には社会勉強をしてもらうことにしよう。
「覚えておきなさい。
世の中、お金とコネってとても大事なんだから」
「いらっしゃいませ。
ヘインワーズお嬢様」
ポトリの街の大通りで一番大きな屋敷に馬車を止める。
それに合わせて従業員達が並んで出迎え、冒険者達をはじめとした通行人たちに何事という視線を集められるがこれも狙いの一つ。
馬車の扉が開けられ、私が、次にミティアが出て優雅に一礼。
「このような時に、お邪魔して申し訳ございません。
前もって言ったように離れをお借りしたいのですが?」
「どうぞ。どうぞ。
商隊向けの宿舎でよろしければ。
このような有様で、丁度空いているのですよ」
こちらの挨拶に礼を返したのはこの屋敷の主人で、この町一番の商家の主でもある。
ヘインワーズ家は商家出身の成り上がり貴族だから商人たちに顔が利く。
シドに走ってもらって、商家の部屋を押さえてもらったのである。
これは領主対策も兼ねており、どの領主も金を借りているであろう領地一番の商人相手に無理強いはできないとの読みもある。
なお、領主と商人が結託してハメるという事もあるので注意は必要だったり。
「よろしければこれを。
奥様にでも差し上げてくださいませ」
「こ、これは……!」
商家の主人が目の色を変えたのは、向こうで買って来た宝石のネックレスである。
アマラが目の色を変えたので使えると持ってきたのだった。
なお、全部売り払って今回の旅費にする予定。
遠目に見ていた冒険者達も眼の色を変えるがこれも仕掛けの一つ。
金を持っている連中に対して馬鹿以外は利用しようと企むからだ。
まぁ、奪うという馬鹿どもがかなり多いのもこの世界の特徴というかなんというか。
「すばらしい品ですね。
これを何処で?」
「さぁ?
義父の贈り物ですので私には分かりかねますわ。
今回の旅費にといくつか持ってきていますけど」
商家の主人の目の色が変わる。
この町で商いをしている以上、宝石を取引しない訳が無い。
その宝石類が出ない状況で、私というカモが目の色を変える宝石類を持ってきた訳だ。
全部買い取るのは確定済。
転売で益が出るか損が出るかまでは知らないが、宝石類なんて貴族層相手の商売で物が渡せない『信用』を切り売りしないだけでもうけものと考えているだろう。
「よろしければ、その品々を我々が引き取りたいのですが」
ほらきた。
私のやり取りをぽかんとしてみているミティアに見せ付けるように、優雅かつ妖艶に微笑んでその申し出を受けることにした。
「ええ。
この町一番の商家ですから、色々期待していますわ」
この手の商家というのは、商隊の出入りを管理するために屋敷が大きく作られている。
馬車移動が主体で、馬小屋から倉庫まで入れると大きくなるのは当たり前。
これに治安の悪い昨今だから護衛もいれて隊列を組むので大人数になりやすく、その護衛用の宿まで手配する為だ。
また、空き部屋は従業員の居住区や倉庫としても活用しており、盗賊から金や商品を守るために領主館なみに防御を固めている事が多い。
で、今回はそんな一角を丸々借りきっていた。
「こんなに部屋をまとめて良く借り切れましたね?」
「あまり良い兆候じゃないのよね。これは」
アンジェリカの言葉に私は渋い顔で返す。
鉱山都市ポトリはその鉱山から採れる宝石を王都に売り、その売却益で食料等の生活物資を買ってこの地に運びこむことで成り立っている。
また、ドワーフ族が採掘に関与している縁から他の金属加工も産業として発展しており、鉱石を持ち込んで加工したものを各地に売っている。
王都貴族層への宝石売買は、高位魔術師を雇って転移ゲートを開けて王都に宝石を届ければいい。
で、各地から買い込んだ食料等は商隊の馬車で運び込まれるのだが、その商隊向けの部屋が空いているのは、荷を降ろした商隊がそそくさと去っている為だ。
「鉱山の閉鎖とドワーフ族のボイコットが響いてきてますね」
今のポトリは経済という血の循環が止まっている状態だが、未発見遺跡という可能性で無理な借金をしているもの。
いずれ破綻するのが目に見えているので、介入の口実を作りに私達を派遣した訳だ。
「で、お嬢様のその衣装は?」
「自重したわよ。
私なりにね」
アンジェリカの愚痴を聞き流す私の今の衣装は魔術師風。
世界樹の杖を持ち、魔術師のローブで身を覆えば魔術師にしか見えない。
なお、このローブを剥ぐと、お嬢様風のドレスが出てくるあたりがアンジェリカとの死闘の妥協線だったり。
「私達が来た時点で法院は介入の口実を手に入れたわ。
だから、お仕事は半分おしまい。
けど、もう半分の遺跡がらみは潜っている冒険者に聞くのが一番でしょう?」
と言うわけで、冒険者パーティもどきの結成である。
こっちは私、ケイン、アルフレッド、アンジェリカ、アマラの五人パーティ。
ミティア側は、シド、キルディス卿、ゼファン、ヘルティニウス司祭の五人パーティである。
「よろしくお願いします!」
ミティアがどう見てもおのぼり初心者冒険者にしか見えない。
で、周りをチートキャラで固めているから、ミティア側が貴族のぼんぼんのお遊びに見えるというおまけつき。
「じゃあ、それぞれ裏口から出て情報収集ね。
遺跡の情報よりガーディアンの情報。
特にガーディアンの行動範囲については、最重要で聞いて頂戴」
「貴方は何か掴んでいるのか?」
キルディス卿が鋭い視線でこっちを睨む。
それを笑顔で受け流すが、ある程度はばらしてあげよう。
「古代魔術文明の魔術師達の話はどれぐらいご存知で?」
「古の魔術師達は不死を極め、それによって肉体を捨て不死の王と化した。
それゆえに後継者が不要となり、師弟間で争い、滅んでいったと文献にはある」
魔術がらみの事なのでゼファンが口を挟む。
それに私が付け加えてゆく。
「彼らの不死には種類があるわ。
不死の王と呼ばれた魔術師達は肉体を捨てたけど、体はあった方が色々と都合がいい。
で、その体によって分類がされているわ。
魂の記憶を引き継ぐ形で生を繰り返す『転生者』。
吸血鬼みたいな化け物に成り果てた『不死者』。
今回の化け物はそのどれとも違う、一番たちが悪くて最悪のやつよ」
ゼファンが初耳だという顔をするが、これは設定資料の話だからなぁ。
けど、言っておかないと本気で命がやばいのだ。
「魂とその器を分けて生にしがみつくのは『転生者』に近いわ。
けど、転生者は子供や母親の胎内時に何もできないという致命的欠点があるの。
で、一人の魔術師はこの解決策を考えた」
いつの間にか皆が聞き入っている。
とはいえ、話がのっているので私の口も回る回る。
占い師は必然的に会話スキルが上がる。
占い師はこういう語り部の系列を引いているからだろう。
「自分そっくりの人形を創って、その中に魂を移してしまえばいい。
これが、『人形師』と呼ばれる魔術師達で、古代魔術王国末期に頂点を極めた化け物たちよ。
で、ゼファン君に質問。
自分そっくりの人形が複数あって、その全てに自分の魂を入れたとしたらどうなると思う?」
「……っ!!
まさか、ガーディアンがっ!!!」
何を言わんとしたのか分かったゼファンが顔を真っ青にする。
優秀な生徒でこっちも説明が楽である。
「その魔術師の名は消えたけど、称号は今でも残っているわ。
『ドールマスター』。
今回発見した遺跡の持ち主よ」
なお、このシナリオのタイトルは、『ドールマスターの人形工房』と言う。
ガチシナリオだからこそ、ゲーム製作陣がやりたかったことの鱗片が伺えよう。
「いらっしゃい♪
五人様かしら?
空いているテーブルに適当に座ってちょうだいな」
冒険者の宿『金槌と金床亭』の女将はドワーフ族出身で小柄でぽっちゃりとした愛嬌のある人だった。
これで、ハンマー振り下ろす鉱山労働者経験や、冒険者で前衛やっていたなんて経歴を持っていたりするこの街の名物女将という情報は設定資料から。
「とりあえず、何か軽い食べ物頂戴。
私達、さっきこの街に来たばかりなのよ」
私が銀貨一枚を女将に向かって投げると、女将はその銀貨を掴んで水の入った木のジョッキをテーブルに置いてゆく。
小柄故に挙動がいちいち可愛いのだが、手をだすと痛い目に会うという情報もフレーバーテキストからなり。
「じゃあ、あんたらも遺跡探索狙い?
やめときな。
今週だけで五組戻ってこなかったのよ。あっこ」
商売柄笑顔の仮面を被り続けるが、女将の声は痛々しい。
冒険者パーティが迷宮で全滅した場合、部屋においてあった道具は宿の取り分となるのだが、その儲けで喜ぶ冒険者の宿の主人はあまり居ない。
しかし、この宿だけで五組全滅か。
他の宿も合わせたら二十数組の全滅情報が集まりそうな気がする。
「未発見遺跡に突っ込むからよ。
私らは危ない橋は渡らずに、坑道の警備でもするつもり。
実入りがいいって聞いたけど?」
あえて間違った情報で女将の信用を図る。
女将もそれを知っているのだろうが、誠意で回答するあたりこの店はいい店らしい。
「遺跡のガーディアンが坑道まで出張ってて、鉱山そのものが閉まっているわよ。
命あっての物種なんだから、坑山関係の仕事はしない方がいいわ。
まあ、だからこそ警備がいないと馬鹿どもが勝手に潜って消えているんだけどね」
鉱山閉鎖で警備なし。
状況は思った以上に悪い。
こんなことを私が考えていると、坑道を使ったきのこと野菜のサラダをテーブルに置いて女将があっさりと私に向かって一言。
「心配する人が大勢いるんだろうから冒険者のまね事はほどほどにしな。
お・嬢・さ・ま♪」
ばれてーら。




