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第4会 少年と少女は出会う~encounter~

 4月も残すところ後数日となった。

 春の寒さもほとんど消え、暖かな日差しが地面に降り注いでいた。

 桐也が高校三年生に進級してからもうすぐ一か月が過ぎようとしている。それと同時に桐也の受験勉強がスタートしようとしていた。

 しようとするはずだった…

 そんな桐也は今現在狭い教室で必死にペンを滑らせていた。

 案の定、世界史のテストは追試だった。

 それどころか、英語の小テストがあったことをすっかり忘れていた桐也はめでたくダブルパンチを食らう羽目になったわけである。頭の中では受験勉強をスタートさせたつもりだったが、授業の小テストの追試などでスタートラインから一歩も動けずにいた。

 桐也のクラスの人は皆、うらやましいほど頭が良く小テストなんかで引っかかる生徒はほとんどいない。

 桐也も決して悪い方ではないが、集中力のなさが災いして、ちょっとした小テストにかなり追試を食らっていた。

 ところで、前述の通り、今まで小テストで追試を食らうのはほとんど桐也だけだったが、今回は桐也の隣で同じくペンを走らせている女子生徒が同席していた。

 桐也は問題を解くのを一時中断し、隣の女子生徒を見た。

 その生徒は、学年三位の超優等生。

 そして、学園四大美女と呼ばれる美少女の一人、姫宮由利香。

 クラスの中でもかなり高めの花であり、桐也を含む男子生徒にとって彼女は近づきがたい存在になっていた。しかし、それでも勇気を出して告白しにいった男子は何人もいたが、言うまでもなく全員撃沈だった。

 桐也も彼女とはあまり話したことがない。唯一話したといえば、去年の文化祭のクラスの出し物について話したぐらいだろうか。だだし、その時には桐也と彼女の他に数名の男女が同席していた会議の場であり、実際に二人きりで話したことは一回もなかった。

 当の本人は桐也に目もくれず黙々と問題に取り組んでいた。

 しかし、次の瞬間、彼女は唐突に桐也の方を向いた。桐也は反射的に目をそらしたが、それでも一秒くらいは目が合ってしまった。

 プリントの問題に向かいながらも桐也の額からは冷や汗が出ていた。カンニングをしたわけではないが、彼女のことを見つめていたのは事実であり、恐らくバレているだろう。

 普通の高校生活を送りたい桐也にとって、「美少女をいやらしい目で見つめている変態少年」というレッテルを貼られて残りの高校生活を送るのだけは避けたかった。

 そう思いながら脳内で対抗策を考えている桐也の目の前に紙切れが飛んできた。

 今現在、教室にいるのが二人+先生の時点で誰から飛んで来た紙切れなのか明白だった。

 桐也は教卓にいる先生を見た。どうやら他の学年の小テストの丸つけに忙しいらしく、こちらに全く目を向けていなかった。カンニングし放題だと思ったが今はどうでもよかった。

 紙の上でペンを走らせるふりをしながら、もう片方の手で紙切れを開く。


『すぐに帰りなさい。』

「…え?」


 思わず口に出てしまった。しまったと思い教卓に目を向けたが、先生は相変わらず赤ペンを走らせていた。ひとまずほっとして改めて紙切れに目を向ける。

 紙切れにはきれいな字で一言だけ書いてあった。

 桐也は隣の彼女を見る。

 姫宮はきれいな姿勢でペンを滑らせている。

 すぐに帰れ?そんなこといきなり言われてもどう返していいかわからない。確かに早く家に帰りたいのだが今は追試中だ。姫宮に帰れと言われたので帰りますと言えば頭に拳が降ってくるかもしれない。

 とりあえず紙切れの空いているスペースに『帰りたいけど追試中だから無理だよ』と書いて静かに隣の机に投げた。彼女は一瞬だけ投げられた紙切れに目を向けると、ペンを滑らせたままさりげなく紙切れを回収し机の下で開いた。

 姫宮は紙切れを見てため息をすると、突然立ち上がった。彼女の行動を横目で見ていた桐也はびっくりして視線をテストの紙に戻した。彼女を怒らせてしまったのだろうかという不安が桐也の頭を過る。

 彼女は無表情で教卓へと向かっていく。何を考えているか分からないその表情に桐也は若干恐怖を覚えた。


「終わりました先生。」

「おーごくろう。」


 素っ気ない返事はこの先生の特徴の一つだった。


「あ、それで…榊原君が具合悪そうにしているみたいなんですが…」

(は?)


 彼女の突然の言動に桐也は困惑した。


「本当か榊原。具合悪いなら今日はやめとくか?」

「え…と」


 桐也は返事ができない。

 厳しい容姿に反してやたら優しいのがこの先生のもう一つの特徴なのである。だからこそ、優しいからこそ仮病を使って帰るのは些か背徳感があった。


「どうなんだ?」


 どう返事すべきか分からなかった桐也はこのような状況を引き起こした張本人に助けを求めた。目を向けた先の姫香は「合わせなさい」と言ってるかのよう桐也を見つめていた。分からないがそんな感じがした。


「すいません。昨日から風気味で…」


 姫宮の意向に従うことにした。わざわざこんな状況を作り出したのだから何かしらの事情があるのだろうと思ったからだ。


「そうかじゃあ今日は帰っていいぞ。しっかり治してこいよ。」


 先生はそれだけ言うとプリントを整頓し、鞄に入れ教室から出ていった。厳しい顔つきをしていながら根はなかなか軽い先生である。

 先生がいなくなり二人きりになった教室。

 これが恋愛ゲームならかなりロマンチックな展開なのだろう。しかし、そんな展開はお互いに無縁のものだった。


「さて、これであなたは帰れるわよ。」


 先生が教室から出て行ってから若干間が空いたあと姫宮が口を開いた。


「帰れるようにしたわよ。」

「…なんでそんなに帰らせたいんだよ。」

「あなたのためよ。」


 なぜ、何のために自分を帰らせたいのか。桐也には彼女の考えがさっぱり分からなかった。

 しかし、姫宮に邪魔者扱いされているのは彼女の自分を見つめる目で分かっていたし、早く帰れることに越したことはないので桐也は大人しく荷物をまとめ、教室をあとにした。




「…華?」


 姫宮由紀乃は榊原桐也を教室から追い出した直後、窓の外を見ながらスマートフォンで今現在において唯一の仲間である一つ下の後輩に呼びかけた。


『はい。はーい。』


 スピーカーから元気な声が聞こえた。華のテンションがいつも高いことは重々承知だったので由紀乃はさっそく本題に入る。


「まだ校舎内に誰か残っている人はいる?」

『校舎内に生徒はいないようですね。まだ校門付近には何人かいますけど。』


 由紀乃も窓から確認した。確かに校門付近にはまだ何人か人がいたが校舎は静まり返っている。さっきまで一緒に追試を受けていた男子生徒も校門に向かう姿を確認すると窓を背に寄り掛かった。


『それにしてもよくできていますよね。』

「何が?」


 華の不可解な一言に疑問を投げかける。


『この世界のシステムですよ。定時になると学校から私たちを除いて誰もいなくなるなんてなかなかできあがってますよね。現実では進学校らしく残って勉強する人多いんですがね。』

「…確かに無駄によくできてるわね。私たちは望んでここにきたわけではないけれど。」

『そういえば「彼」はどうしました?』

「ん…ああ、帰らせたわよ。」


 華が電話の向こうでため息をしているのが聞こえた。


『やっぱり「彼」は巻き込みたくないんですか?』

「…あいつは前の世界の記憶がないのよ?もはやあいつにとっては今のこの世界があいつの前の世界の、いつもの日常になっている!」


 由紀乃は自分の声が大きくなっているのに気が付いた。なぜ彼が関わると冷静さを失ってしまう。由紀乃は自分の感情を抑え、冷静になった。


『「彼」が先輩の命の恩人なのはわかりますが、今は一人でも戦力が欲しいところなんですが…』

「…無理よ。記憶がない以上いても邪魔なだけ。」


 由紀乃は唇を噛み締めた。


          *


「彼」に会えたことは嬉しかった。

「彼」が生きていたことに神に感謝した。

しかし、神は気まぐれは幸運と不幸を同時にもたらした。

記憶喪失。

「彼」には前の世界の記憶がない。今の世界のシステムによってインプットされた偽りの記憶が植えつけられていた。例えれば、ゲームの中でプレイヤーが作った勇者が何かしらの要因により、ゲームのシステムに沿って動く村人Aになってしまった感じだ。CPU、NPCとも取れるかもしれない。

だから。

彼女は決意した。

「彼」にこの戦争を知られないことを。

「彼」をこの戦争に巻き込まないことを。

「彼」に前の世界では無理だった日常的な生活送らせることを…。


          *


「そういうことで…。」


 静まり返った教室で由紀乃の声だけが響いている。


『…分かりました。その件はとりあえず保留にしときますね。今は生き残ることが優先ですよ。くれぐれも今朝みたいなことはしないでください。』

「わかってるわよ…。」


 確かに今朝はかなり危ない状況だった。由紀乃はこれ以上後輩である華の迷惑にならないように心に留めた。


「それじゃ、校門が閉まったらいつもの結界張っておいて頂戴。」

『今朝のは突破されましたよ…。』

「とりあえず、迷宮の分離を今朝よりも多くしておけばかなりの人数足止めできるわ。そして、私がアレで一気に叩く!」

『分かりました。やってみます。』

「お願い。」


 由紀乃は通話を切ったと同時に空間が揺らぐのを感じた。

 華の迷宮結界が張られた合図だ。ここから今朝の結果を踏まえて色々と設定をしていくのだろう。

 由紀乃は寄り掛かっていた窓から体を離すと鞄から鍵を取り出し、教室から出ていた。目指すは例の場所。


 鞄を教室に残し、彼女は非日常へと身を投じる。


かなり間が空いてしまいました。

はてさて、これからどうなることやら…

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