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僕たちは4人揃って苺ぱるふぇ・オンラインの世界に入り、待ち合わせ場所である公園へと足を運んだ。
4人。
僕、いちご、ミソシル、クララという、いつものメンバー。
現実世界の名前で言えば、僕以外はそれぞれ、苺香、世知、健太郎ということになる。
もちろん、いちごにも学校であったことは伝え済みだ。
学校で二年生の先輩に声をかけられ、同じゲームをやっているからオンで会う流れとなったこと。
その先輩は僕たちに話があるみたいで、どうやらいちごも交えて話したいと考えているらしい、ということ。
家に帰った僕が苺香にそう言うと、あからさまに嫌そうな顔をしていた。
苺香は元来、全然物怖じしない性格で、誰とでも気兼ねなく話せるタイプではある。
だけど、いつものメンバー4人の中に他人が入ってくるのは極端に嫌っている。
それだけこのメンバーでいることを楽しく思い、大切にしたいと考えてくれているのだろう。
ともあれ、ただ話をするだけだから、と言うと、しぶしぶながらも了承してくれた。
了承しながらも、複雑な気持ちを抱えているのは表情を見れば明らかだった。
でも、たとえそうであっても、いきなり暴言を吐いたりはしないはずだ。
僕はそう思っていたのだけど。
「この泥棒猫!」
いちごは公園で待っていたえんじゅ先輩に向かって、開口一番、そんな言葉を言い放つ。
僕が、あれがさっき話していた人だよ、と小声で伝えた瞬間だった。
ちなみに、えんじゅ先輩は学校で見た外見とほぼ変わらない容姿をしていた。
だから本人に間違いないと一瞬でわかったのだけど。
違っている部分といえば、唯一、胸くらいだろうか。
現実世界ではすごく大きくて思わず目が行ってしまっていたけど、オンライン上では胸はかなり控えめなサイズだった。
えんじゅ先輩のキャラの名前を見ると、『エンジェル』となっていて、背中からは真っ白な羽も生えている。
あの羽って確か、レアもののアクセサリーだった気がする。
レベルは僕たちより少し上で、クラスはミスティックのようだ。
ミスティックというのは、いわゆる精霊使いで、精霊を召喚して魔法を使うクラスということになる。
このゲームの場合、召喚した精霊と一緒に舞い踊って魔法を使うクラス、とも言えるけど。
って、そんなことを悠長に考えている場合じゃない!
「すすすす、すいません、先輩! こらっ、いちご! いきなりなんてことを言うんだ!?」
「だってさ、あたしたちから兄者を奪おうっていうんだろ!? 泥棒猫以外のなにものでもないじゃないか!」
「どうしてそうなるんだよ!?」
それにしても、いちごがこんなことを言うなんて。
……いつものメンバーを、そこまで大切に思っていたのか。
中でも、この僕のことを……?
もしかして、いちごと本当に相思相愛になれる日も近いのかも?
実の妹だから現実世界では無理だけど、この苺ぱるふぇ・オンラインの中で結婚するという夢だった、あっさり叶っちゃったりするのか?
いや……そうに違いない!
だとしたら、善は急げ! すぐに会場の準備だ!
大々的に宣伝して、たくさんの人に祝ってもらおう!
いちご! 大好きだよ! 末永く、幸せになろう!
「お~い、兄者~? 戻ってこ~い! またどこかおかしな世界に行ってるだろ!」
「はっ!」
つい妄想世界に入り浸ってしまった。
えんじゅ先輩……いや、エンジェルさんがキョトンとしている。
「すみません。兄妹揃っておかしなところをお見せしてしまって……」
「あたしはおかしくない!」
僕は頭を下げたけど、いちごは発言を取り下げる気なんてさらさらなさそうだった。
と思ったら。
「ただ、泥棒猫ってセリフを一度言ってみたかったってだけだ! これでつかみはOKだろ?」
「充分おかしいだろ、それ!」
う~む。我が妹ながら、よくわからない。
そんな部分も含めて、ラブリーだけど!
「というわけで、あたしはイチゴミルク。よろしく!」
「……え、ええ……よろしく。ボクは、エンジェル……」
「うむ、見つめればわかる! そういうシステムだからな!」
「いや、だったらいちごだって、名乗る必要はないじゃん」
「気分的な問題だ!」
「はいはい、そうですか」
いちごには、なにを言っても無駄だろう。
「……ふふっ、面白い子ね。そのペンダントも、綺麗で可愛らしいわ……」
「だろ!? あっ、でも、あげないからな!?」
「……取ったりはしないから、そんなに警戒しないで……」
「と、油断させておいて、ということも充分に考えられる! 近寄るな! がるるるるっ!」
一旦は持ち前の人懐っこさを発揮し、問題なくエンジェルさんを受け入れようとしている素振りを見せたいちごだったけど、ペンダントに言及されると一転して威嚇し始める。
なんともまぁ、コロコロと態度が変わるものだ。
そしてさらに、またしてもいちごの態度は急変することになる。
「……とりあえず、腰を落ち着けて話したいわ。オープンカフェでパフェでも食べながら話しましょうか……」
「食べる! おごりか!?」
「おい、こらっ! いちご! まったく、いやしい奴だな! ……すみません、ほんと」
とっさにいちごを叱責し、エンジェルさんにまたしても謝る僕だったけど。
「……いえいえ、いいのよ。全員分、おごらせてもらうわ……」
「おお~! ラッキー! あんた、とってもいい人だ!」
エンジェルさんが笑顔を伴って進言すると、いちごはそれ以上の笑顔を輝かせた。
いちご、お前はとっても単純だ。
といったツッコミは無論、心の中だけに留めておいた。
「それで、エンジェルさん。どういったご用件で、僕たちを呼び出したんですか?」
僕は話を促す。
オープンカフェで全員が席についた直後だった。
そろそろきちんと聞いておきたい。
なお、すでにテーブルには苺パフェが乗っている。
言うまでもなく、いちごはそれを一心不乱に口に運んでいる。
こいつは話を聞く気があるのだろうか?
「……待って。オンライン上では、タメ口でいいわ……」
「えっ? でも、先輩ですし」
「……そんなの、ここでは関係ないから。ボクとしては、現実世界でもタメ口で構わないと思ってるくらいだし……」
「さすがにそういうわけにはいかないと思いますけど……」
学校では他の生徒なんかもいるわけだし。
とはいえ、こう言ってくれているのだから、この世界では素直に従わせてもらうべきだ。
そのほうが、お互いに気兼ねなく喋れるだろう。
「わかった。改めてよろしく、エンジェルさん」
僕の言葉に合わせて、ミソシルとクララも頭を下げる。
まったく喋っていないのは、ふたりが意外と人見知りだという性格を如実に示している。
クララは普段、お嬢様になりきってロールプレイを心がけているはずなのに、そういった本質的な性格までは隠しきれていないみたいだな。
まぁ、内面的な部分なんてそうそう隠せるものでもないか。
と、そこでまた、いちごが余計なツッコミを入れてくる。
「タメ口がOKなのに、さんづけで呼ぶってのは、ちょっとおかしいだろ! あだ名をつけるべきだ!」
「あだ名か。べつにいいと思うけど、クララだっていちご以外は、さんづけで呼んでるよな?」
「クララちゃんはそういうキャラだからいいんだ!」
「……だったら、ボクもそういうキャラで……」
「却下!」
エンジェルさんの控えめな提言は、いちごによって瞬時に棄却される。
どうでもいいけど、いちごに決定権がある事柄なのだろうか、これは。
「ん~~~~~~」
パフェのスプーンを口にくわえながら、頭を悩ませるいちご。
「ひらめいた!」
いちごは笑顔をこぼし、エンジェルさんを正面に見据える。
「天使ちゃん!」
「……え……?」
「あだ名は、『天使ちゃん』で決まりだ!」
なんというか、そのまんまだった。
「え~っと……よろしく、天使ちゃん」
「はっはっは! いいんじゃないか? 天使ちゃん!」
「うふふふ、とても可愛らしい名前です、天使ちゃん」
僕が遠慮がちに呼びかけてみると、ミソシルとクララもようやく微笑みを浮かべ、一緒になってエンジェルさん――いや、天使ちゃんに声をかける。
当の本人はというと。
「……はう。なんか、すごく恥ずかしい……」
顔を真っ赤にしてうつむいていた。
そんなことを言うようなら、最初から『エンジェル』なんて名前にしなきゃよかったのに。
もっとも、途中で名前を変えることはできないから、今さらどうしようもないのだけど。
そんなこんなで、天使ちゃんを交えた5人での話は続く。
すでにいちご以外はパフェを食べ終えている。
いちごはいつもどおり、3つめのジャンボサイズ苺パフェに舌鼓を打っているけど、初対面の人のおごりで、よくもまあ、そこまで食べられるものだ。
「それで、どうして僕たちに声をかけてきたの? 天使ちゃん」
「……その呼ばれ方、慣れないわ……」
それは諦めてもらうしかない。
「……まぁ、いいけど。頑張って慣れるわね……」
頑張る必要のあることなんだ。
「……で、レモンくんたちに声をかけた理由だけど……」
ようやく話は本題へ。
その第一声からして、僕たちにとっては衝撃的だった。
「……この苺ぱるふぇ・オンラインには、不穏な噂があるの……」
「不穏な噂?」
思わずオウム返ししてしまう。
苺ぱるふぇ・オンラインは、低難易度を売りとしていて、ポップで明るいイメージを前面に押し出している。
僕たちはひたすら楽しく、この世界の雰囲気に身を染めていた。
先日はいちごが視線を感じるといった若干気になる経験をしたとはいえ、基本的には楽しいゲームという印象しか持っていない。
オンラインゲームでたくさんのユーザーが遊んでいるのだから、少なからず他人とのコミュニケーションの必要性は出てくる。
僕たちはリアルの知り合い4人で遊んでいるけど、それでもよく見かける人なんかとは軽い会話を交わしたりしている。
そういったコミュニケーションがあれば、場合によっては衝突するような人が出てしまうのも仕方がない。
VR系に限らず、オンラインゲームというのはえてしてそういうものだ。
ただ楽しいだけじゃない。
その思いは常に胸の中に持っておく必要があると、オンラインゲームのサイトに書かれていた記憶がある。
不穏な噂――。
苺ぱるふぇ・オンラインの世界観を壊すような、黒い思念を持ったやからがどこかで暗躍している、ということなのかな?
なんとなく、僕はそんなふうに考えていたのだけど。
天使ちゃんの言わんとしているのは、そういう類の話ではなかった。
「……ボクもはっきりとは知らないんだけど、この世界には入ると出てこられなくなる闇の空間があるとか……」
「闇の空間?」
再びオウム返し。
もしそんな空間があるというのなら、ユーザーが問題を起こしているといった方向性ではなくなる。
つまり、運営側が意図して設定していることになるはずだ。
低難易度を売りにしているとはいっても、このゲームのワールドマップは結構広く、いまだ未開の地も多いと聞く。
開拓ゲーム的な要素も含めようとの意図で、運営側がいろいろな場所を用意していたとしても、さほど驚くべきことではない。
そんな僕の考えもまた、間違っていたみたいで。
「……公式サイトで質問した人がいたんだけど、運営側からの回答は、そういった恐怖感を生み出すような場所は一切用意していません、という内容だったの……」
運営側も知らない、闇の空間がある?
そんなこと、ありえるのだろうか。
「なんか、信じられないな……。このゲームの雰囲気にも全然似合わないし、それに僕たち、そんな話は聞いたこともないし」
「確かにそうだな! オレもまったく聞いたことがない!」
「わたくしもですわ。ネットで調べるなどしてある程度の情報は得るようにしているのですが、そういう噂は知りませんでした。公式の質問コーナーまでは、目を通しておりませんでしたが」
僕の意見に、ミソシルとクララも同意を示す。
天使ちゃんが嘘をついている、というわけでもないとは思うけど、どうしても苺ぱるふぇ・オンラインと闇の空間がイコールでつながらなかった。
それに、疑問はもうひとつある。
「天使ちゃん、どうして僕たちにそれを話そうと思ったの?」
実際には知らなかったけど、公式サイトの質問コーナーに書かれていたのなら、僕たちがその噂を耳にしていたっておかしくはない。
こうやって僕たちのグループを全員集め、わざわざ警告を促すというのも、あまり意味がない行為だと言える。
「……じ、実は……」
天使ちゃんは一瞬ためらいながらも、僕たちに近づいてきた真の目的を語ってくれた。
「……ボク、ずっとソロプレイヤーとしてこのゲームを遊んできたんだけど、本当は心細くて……。さっきの噂話を聞いて、その思いは余計に募っていったの……。
そんなある日、学校であなたたちの話している会話が聞こえてきた……。同じ学校の人たちが苺ぱるふぇ・オンラインをやっていると知って、ボク、是非仲間に入れてほしいと思って……」
とても恥ずかしそうにもぞもぞと身をよじりながら、天使ちゃんは自分の願いを口にしたのち、
「……えっと……やっぱり、迷惑かしら……?」
上目遣いで、ちょっとうるうるした瞳を向けてきた。
僕たち4人はそれぞれに顔を見合わせる。
そして頷く。
言葉にせずとも、気持ちはひとつだ。
「そんなわけないよ! こちらこそ、よろしく!」
「……レモンくん、ありがとう……!」
「はっはっは! もうオレたちは仲間だからな! 当然のことだ!」
「うふふふ、そうですわね。噂はあくまで噂。関係ありませんわ。わたくしたちは素直にこの世界での生活を楽しめばいいんです」
「……ミソシルくん、クラムチャウダーさん……」
「はっはっは! オレのことはミソでいいぞ!」
「わたくしも、クララとお呼びくださいませ」
「……ミソくん、クララさん……!」
「くんづけ、さんづけのままなんだね。でもまぁ、それくらいならいいか」
そうすると、天使ちゃんだって、エンジェルさんのままでよかった気がするけど。
考えてみたら、いちごには「話すだけだ」なんて言っていたのに、結局、僕たちの仲間入りをすることになってしまった。
いちごは不満に思っていないだろうか?
視線を向けてみると、それが杞憂だったとわかる。
「よろしくな! 天使ちゃん!」
いちごは笑顔だった。完全に受け入れているのだ。
「……そ、その呼び名は、やっぱり恥ずかしいかも……」
「ダメだ! この呼び名じゃなきゃ、仲間に入れてやらない!」
「……うう、ひどい……」
天使ちゃんは恥ずかしがっているけど、僕たちの仲間になるのだから、いちごに逆らうことなんてできないと悟ってもらわないと。
「いちご、そんなにいじめるなよ。天使の羽が折れちゃうかもしれないだろ? 天使って心が折れると羽も折れるんだぞ?」
「……折れないわよ。レモンくんまで、そんなこと言わないで……」
「はっはっは!」
「うふふふ」
「はははは!」
「にへへへ!」
「……ふふっ……」
こうして、僕たちのグループに天使ちゃんという新たなメンバーが加わった。
明るい雰囲気のオープンカフェには、今までよりもひとつ多くなった笑い声がこだましていた。