-3-
早朝となり、無事にキノコ掘りのクエストを達成した僕たちは、意気揚々と拠点の町まで戻ってきた。
クエストはギルドという場所で受ける。
ギルドとは、冒険者の支援をしている組織で、一般市民や各種団体などからの依頼を仲介してくれる。
僕はみんなを代表してカウンターに向かい、掘り出してきた朝露のキノコと引き替えに、報酬を受け取った。
キノコの数があまり多くなかったこともあり、大した金額ではない。
クエストから帰ったら苺パフェを3つ食べるなんて言っていたし、また今回も報酬の多くがいちごの胃袋へと納まることになりそうだ。
そんなふうに考えていたのだけど。
上機嫌のいちごは、苺パフェのことなんて完全に忘れているようだった。
「ふんふんふ~ん♪」
首から下げたペンダントを手に取り、鼻歌まじりに闊歩している。
ひとつのことに集中すると、他がまったく見えなくなる。
とても一途な性格をしているのだ。……いや、ちょっと違うかな?
「ところでさ……」
いちごに聞こえないよう、小声でミソシルとクララに話しかける。
「あのペンダント、鑑定くらいはしたほうがいいんじゃない? すごく高価だったら、さすがに悪いし……」
僕はいちごの笑顔が見られるだけで最高の報酬になっているからいいとしても、友人たちふたりに関してはほぼタダ働きということになってしまう。
それでは申し訳ないし、高価だったら売り払うべきなのでは、と考えて尋ねてみたのだけど。
「バカだな、レモンは。そんなの関係ないじゃないか。友達だろ?」
「ミソシル……」
「ミソさんの言うとおりですわ。いちごちゃん、あんなに喜んでるじゃないですか。レモンさんだって、大好きないちごちゃんの笑顔を曇らせたくはないでしょ~?」
「クララ……」
僕はいい友達を持って幸せ者だ。
……と思ったら。
「はっはっは! オレはこうやってレモンに抱きつくのが、なによりの報酬になるからな!」
「うあっ!? のしかかるな、こら!」
「のしかかるとか言うな! 抱きしめてるだけだ!」
「そんな巨体で抱きついてこられたら、圧迫感がハンパないんだよ!」
「うふふふ、そしてわたくしとしては、そんなおふたりの様子を眺めていられるのが、なによりの報酬ですのよ」
「なんでだよ!? 男同士の絡み合いを見て、なにが楽しいってんだ、クララ!?」
「わたくし、クララとしての設定に、BL好きを追加致しましたの」
「そんなの追加すんな! だいたいお前、リアルじゃBLになんてまったく興味ないだろ!?」
「興味ないどころか、毛嫌いしているくらいですわね~。でも、この世界ではお嬢様のクララですから。あくまでもロールプレイを貫く所存ですわ」
「そんなこと、貫くな~! あと、お嬢様にBLって、普通に考えたら似合わないと思うけど!?」
このふたりは悪友だ。間違いない。
「相変わらず、兄者たちは仲がいいな! 学校でもそんな感じなのか?」
「はっはっは、ま、そうだな!」
「そうですわね~」
「かなり違うだろ!? お前ら性別が逆なんだから!」
「うふふふ、レモンさん、ここではリアルの話は控えるべきですわよ~? 現実を忘れて、ファンタジー世界でのロールプレイを楽しまないと~」
「だったらそっちこそ、BLの設定を追加したとか言うな!」
「こう見てると、兄者って怒鳴ってばっかりだな!」
ようやくペンダント熱も冷めてきたのか、いちごも交えていつもながらのバカ騒ぎ。
ここは商店街の立ち並ぶ往来だというのに、周囲の迷惑なんて考えない。それが僕たちのスタイルだ。
……やっぱり、確実に考え直す必要があるのかもしれないな。
そんな、普段となにも変わらない夕方。
現実世界の時間とちょうど重なった感じだろうか。
不意に、いちごがこんなことを言い出した。
「なんか……誰かに見られてるような気が……」
むっ?
それは由々しき事態だ。
なんたって、いちごは可愛いのだから。
ストーカーが隠れてのぞいていたとしても、全然不思議ではないだろう。
「いや、そういうことじゃなくてさ。さっき帰ってきてからなんだけど……」
以前からではないため、ストーカーの類ではないはず、と言いたいのか。
それにしても、可愛いからストーカーに狙われるかも、といった部分は否定しないんだな、いちご。
自分が可愛いと自覚しているってことか。
「レモンはいちごちゃんが心配なんだな!」
「うふふふ、そうですわよね~。なにせ最愛の妹さんですから」
「こ……こら、クララ!」
ミソシルとクララは僕がいちごのことを本気で好きだと知っている。
だから、こうしてたびたび、からかうような発言をぶつけてきたりもする。
「兄者!」
「な……なんだ?」
「あたしも兄者のこと、愛してるぜ!」
「ああ、うん。じゃあ、相思相愛だな。はははは……」
ついつい乾いた笑いになってしまう。
いちごが言っているのは、家族として愛している、ということでしかないのだから。
と、今はそんなことで落ち込んでいる場合じゃない。
「それより、見られてるってのは、大丈夫なのかな?」
「どうなのでしょうか……」
「オレが思うに、狙われてるのはいちごちゃんじゃなくて、ペンダントのほうなんじゃないか?」
ミソシルの言葉に、一同頷く。
いちごがストーカーに狙われるほど可愛いわけがない、という意味ではもちろんなく、見られているのがさっき帰ってきてからなら、そう考えるのが妥当との判断だ。
「これって、そこまで高価なレアアイテムなのかな?」
「こ……高価だったとしても、コレは返さないからな!? もらったんだから、あたしのものだからな!?」
いちごはオモチャを取り上げられそうになった子供のように、必死になってペンダントの所有権を守ろうとする。
「大丈夫だよ。返せなんて言わないから」
「絶対か!?」
「絶対だよ」
「絶対の絶対か!?」
「絶対の絶対だよ」
「絶対の絶対の絶対……」
「もういいから」
延々と続きそうだったので、ここらで止めておく。
なんにしても、ペンダントにしろいちごにしろ、狙っているようなら近寄ってくるに違いない。
僕たちはしばらくのあいだ、町の中を行ったり来たりして様子を探ってみることにした。
だけど、いちごが言うには視線のようなものをずっと感じているらしいのだけど、僕もミソシルもクララもそれを感じ取ることはできていない。
当然ながら、誰かが近寄ってくるような気配もない。
念のためいちごをひとりきりにして、僕たちは離れて見守る作戦まで決行してみたものの、状況は変わらず。
結果、いちごの勘違い、と結論づける以外に手はなかった。
「絶対に勘違いじゃない……と思うんだけど……」
いちごは納得の行っていない様子だったけど、他に誰も視線を感じていないのだから仕方がない。
それにもう、時間も時間だ。
夕飯までの時間で遊ぶのが、僕たちのオンライン生活。
それ以上だと宿題をやる時間もなくなるし、お母さんにも怒られ、最悪やめさせられる可能性だってある。
「今日はここまでにしようか」
「はっはっは、そうだな!」
「視線の件は気になりますが……ゲームの世界から出てしまえば、危険はありませんものね」
僕たちは若干の不安を残したまま、苺ぱるふぇ・オンラインの世界をあとにした。
ゲームを終えてすぐに僕の部屋へと飛び込んできた苺香は、やっぱり心配そうにしていた。
だったらあのペンダント、換金しちゃうか? と問いかけると、それは絶対に嫌! とのことだった。
「なら、しばらくは注意しておけよ」
「うん……」
答えながらも、表情は晴れない。
苺香の曇った顔なんて、見ていたくないな。
ぽん。
そっと苺香の頭に手を乗せる。
「大丈夫。向こうの世界にいるあいだは、ずっと僕が一緒だろ?」
「……兄者じゃ、頼りないけどな」
「悪かったな!」
なんだよ。僕がせっかく、慰めてやってるっていうのに。
「なんちゃって! ありがとな、兄者!」
ぱーっと、不意打ちの笑顔。
やば。まぶしすぎる。
その瞬間、一階からお母さんの声が聞こえてきた。
夕飯の準備ができたらしい。
「んじゃ、行こうぜ、兄者!」
「そうだな」
兄妹仲よく階段を下りていく。
視界の先に捉えた、苺香の小さな背中を見つめながら、僕は思う。
苺香のことは、兄であるこの僕が守ってやらなきゃ、と。
改めて決意を固めた途端、
「うわっ!?」
「ぎゃっ!?」
決意のほうに集中しすぎて、最後の数段程度の階段を踏み外し、前を行く苺香もろとも、廊下に転がる羽目になってしまったのだけど。
「痛たたたた……。兄者、あたしまで巻き添えにすんなよ!」
「ごめん……」
「まったく、兄者ってやっぱり、頼りにならないよな~」
どうやら苺香のことを守る前に、僕のほうがもっとしっかりしないといけないようだ。