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「邪魔をするな、イチゴミルク。お前だけは殺さず、私のそばに置いてやると、さっきも言っただろう? 再度、記憶操作を施すことにはなるがな」


 エンドレスレインの口から――巨大なトカゲの姿となっているヤツの口から、怒りを押し殺した言葉が吐き出される。


「ふざけんな! あたしの大切な仲間たちを、こんなに傷つけて!」


 対するいちごも怒りをぶつける。

 抑えることのない、真っ正直な怒りを。


「それに、大勢の人まで巻き込んで! あたしが狙いなら、見つけた時点で他の人たちは解放してもよかっただろ!?」

「そんなの、知ったことか! お前以外の人間など、私にとってはどうでもいいゴミ以下の存在でしかないのだ! そこにいる無様に倒れた人間たちを含めてな!」


 いちごはエンドレスレインに猛反発。


「あたしの仲間を、ゴミ以下とか言うな! 他の人たちだってそうだ! みんな、あたしと同じ人間だ!」

「イチゴミルクよ……、いや、苺香よ。どうしてそこまで他人を尊重できるのだ? 所詮は赤の他人でしかないだろうに」

「いちごは優しいからね。口は悪いけど」


 僕はついつい口を挟んでいた。


「余計なことをつけ加えるな!」


 いちごに蹴りを入れられてしまったけど。


「ふっ。優しい……か。つい先ほど、自らペットを斬り捨てていたくせに」

「うっ! それは……!」


 エンドレスレインに言われ、いちごは苦悩し始める。


「そ……そんなの、洗脳されてたからじゃないか!」


 僕がフォローを入れるも、いちごの苦悶は止まらない。

 記憶に残っているのだろう。

 ペットであるチビを、自らの剣で斬ってしまった、あのときの感触が。


「哀れなペットだよな。お前に懐いていただろうに。真っ二つにされてしまうなんて、思ってもいなかっただろう」

「ううう……!」


 いちごは剣を床に落とし、頭を抱える。

 そしてその場に崩れ落ちるように膝をついた。


「チビ……」


 瞳からこぼれ落ちた雫が、地面を濡らしていく。

 いつになく小さく見えるいちごを、僕はそっと抱きしめる。


「いちご、大丈夫だ! チビはわかってくれてるよ!」

「兄者……でも、チビはもう……」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔を、胸に埋めるように。

 僕は力を込め、妹の頭をぎゅっと包み込んでやった。


「美しき兄妹愛、とでも言いたいのか? お前の場合、兄妹愛の域を超えているのかもしれないがな」

「黙れ!」


 僕はエンドレスレインを睨みつける。


「いちごを泣かせて、なにが父親だ! お前なんかと一緒に暮らして、いちごが幸せになれるはずがない!」

「なにを言い出すかと思えば。記憶操作を施せば、イチゴミルクはしっかりと幸せを感じてくれることだろう」

「そんなの、本当の幸せじゃない!」


 まだ嗚咽を漏らしているいちごに、僕は言い聞かせる。


「いちご。チビは確かに戻ってこないかもしれない。でも、こんなふうに泣いて塞ぎ込んでいるのを、チビが望んでいると思うか? 違うだろ? いちごのこんな姿を見たら、チビはすごく悲しむんじゃないか?」

「兄者……」

「お前は優しい子だ! だから気持ちはわかる! だけど、今はやらなきゃいけないことがある! あいつを……エンドレスレインを倒すこと! それがみんなを守ることになるんだ!」


 いちごが静かに、僕の胸の中から顔を上げる。

 涙でぐじゃぐじゃになった顔。

 髪の毛も乱れ、鼻水やらヨダレやらまで垂れ流され、汚いことこの上ない状態だった。


 それでも、僕の可愛いいちごには変わりない。

 ぐじゃぐじゃの今の顔だって、充分に可愛いとは思うけど。

 いちごに一番似合うのは笑顔だ。


「ラスボスを打ち倒し、仲間たちと一緒に最高の笑顔を輝かせよう!」

「……そうだな。兄者、わかったぜ!」


 いちごは剣をつかみ、立ち上がる。


「兄者なんかに励まされるなんて、すっげ~情けないけど、あたしはあたしらしく戦う!」

「僕なんかにって……」


 まぁ、これでこそ、いちごだ。


 そんないちごは。

 僕でさえ予想外のことを口走る。


「お父さん、もうやめろよ!」


 お父さん。

 さっきまで、お前なんか父親じゃない、と言っていたはずなのに。

 いちごはエンドレスレインを、お父さんと呼びかけたのだ。


「ほう……。イチゴミルクよ、ようやく私を父と認めたか」


 エンドレスレインも、突然のことで困惑が隠せない様子だった。


「今のあたしにとって父親は別の人だけど、あんたが本当の親なのは事実みたいだからな」


 そう言ったあと、小さく息を吐き、いちごはさらに発言を続ける。


「なにも知らないゲームのユーザーをたくさん連れ去ったんだから、悪いことをしたのは疑いようもない。でも罪を償えばやり直せる。現実世界はそういう場所なんだ。

 自らの作った世界の神だとか、ふざけたことをぬかして閉じこもってないで、現実世界でまっとうに生きていく努力をしろ! あたしの父親なんだから、それくらい当然できるだろ!?」


 いちごは。

 仲間たちや失踪したユーザーたちだけでなく。

 実の父親であるエンドレスレインをも救おうとしている。


 いちごは優しい子。

 そう思ってはいたけど。

 ここまでの広い心を持っていたなんて。


 しかしエンドレスレインは、娘の慈愛に満ちた気持ちを受け入れようとしない。


「ゴチャゴチャとくだらないことをほざくな! 私は神だ! 誰も私を裁いたりなどできぬ! それに、ここまで来て後戻りなどできるはずがない! 娘とふたりだけの幸せな世界を、私はここに実現するのだ!」


 トカゲが吠える。

 口からはメラメラと真っ赤な炎まで吐き出し始める。

 ドラゴンじゃないというのに、炎を吐くなんて。


「イチゴミルク! 待っていろ! すぐにレモンを燃やし尽くし、幸せの世界に連れていってやるからな!」


 エンドレスレインの狙いは僕。

 いちごが目の前に立ち塞がってはいるけど。

 凄まじい巨体を相手に、いちごが太刀打ちできるとも思えない。

 他の仲間たち同様、一撃のもとに吹き飛ばされてしまうだけだろう。


 そうなったら、僕はもう無防備。

 回復やら補助やらの魔法が使えるといっても、ひとりで戦える力なんて持ち合わせていない。

 仲間がいてこそ、力を発揮できる。プリーストとはそういうクラスだ。


 どう見ても、絶対的な不利。

 ただ――。


 勝機は見えた!

 僕はそう考えていた。


 エンドレスレインが口からまき散らしている炎……。

 あれは怒りの炎。

 はらわたが煮えくり返って発火点を超えていることの証。


 冷静さを欠いている今なら、ラスボスであるヤツにも隙が生じる。

 そこを突くことさえできれば、一気に大逆転だ!


 僕はいちごの横に並ぶ。


 いちご、最後はふたりで行くよ。

 ああ、わかったぜ、兄者!


 目配せで意思疎通。

 ふたりで1本の剣を握る。


「ふっ、兄妹仲よく私に向かってくるつもりか。だが、無謀にもほどがある!」


 確かに、無謀。

 そう思うのも当然ではある。


「そんな小さな剣では、足の裏の硬い皮膚は貫けまい! そうだな、ふたり一緒に踏み潰してくれる!」


 エンドレスレインが右足を上げる。

 いちごまで踏み潰してどうするんだ、といった疑問も湧いてくるけど。

 それほどまでに、ヤツの頭には血が上っているのだろう。


 ともかく。


 時は来た!


 目配せ再び。

 ただし、今度は別の方向へ。


 刹那、巨大な人影が出現。

 いや、人じゃない。精霊だ。

 フンドシマッチョの巨人、レイアンチョを、天使ちゃんが出現させたのだ!


 仲間たちは倒れていた。

 とはいえ、ここはゲームの中の世界だ。

 動けない状態になったとしても、自然治癒によって少しずつ回復する。

 そのための時間稼ぎもしていたというわけだ!


「な……なんだと!?」


 レイアンチョが片足を上げていたエンドレスレインに体当たりをかます。

 バランスを崩した巨体は、成すすべもなく倒れ込んでくる。

 その動きを見極め、僕といちごは移動する。


 人間だったら、背後に倒れそうな場面だけど。

 トカゲの姿になっているからなのか、エンドレスレインは前のめりに倒れてきた。


 ならば、狙うは心臓!

 ゲームだから、心臓を突き刺せば致命傷、とは限らないかもしれないけど。

 僕といちごは倒れてくるエンドレスレインの下に潜り込み、剣を頭上高く掲げる!


 皮膚は硬いはず。

 だとしても、倒れてくる勢いと巨体による自重が後押ししてくれる!


 剣は見事、エンドレスレインの胸に深々と突き刺さった。

 実際、心臓にまで届いたわけではない。

 その証拠に、ヤツの声が響く。


「バカなことを。わざわざ下敷きになるとはな!」


 エンドレスレインが短い腕を使って身を起こす。


 その下に、僕といちごの姿があった。

 ペッタンコに潰れたりはしていない。

 当然だ。ここはゲームの中の世界なのだから。

 僕もいちごもヒットポイントがフルの状態だったおかげで、一撃で死んでしまうこともなかった。


「だが、私をコケさせただけで、べつに痛くも痒くもなかったぞ? そちらは潰されたことで、かなりのダメージとなっているんじゃないか?」


 エンドレスレインの言うとおりだ。

 僕もいちごも、次に攻撃を食らったら終わりだろう。


 そこで、ヤツも異変に気づく。

 僕といちごが一緒に握っていた剣。

 それが今は手の中にない、ということに。


 どこにあるのか。

 言うまでもない。

 エンドレスレインの胸の辺りに突き刺さったままだったのだ。


「うおっ、なんだ!?」


 剣がまばゆい光を放つ。

 その輝きに合わせて、剣が刺さっているエンドレスレインの胸の辺りから、真っ黒い気体が噴出し始める。


「巨大化するために力を溜めていたなら、その溜められた力をなくせばいい! それだけのことだ!」

「神である私の能力を、打ち消したというのか!?」


 驚愕の表情を浮かべながら、エンドレスレインの体が徐々にしぼんでいく。


「レモンくんといちごちゃんの、絆の力だよ。想いの力は強いんだ。ここはゲームの世界だから、やろうと思えばなんだってできる。ルールによる制約の中ではあるけどね」


 凩さんが解説の声を響かせる。


「……でもそれは、現実世界でも同じ、と言えるのかもしれない……」


 天使ちゃんも小さくつぶやく。


「しかし、この世界では私は神だというのに! イチゴミルクとは親子でもあるのに! そこまでの絆が、このふたりにはあるというのか!?」

「当たり前だ! 僕といちごは、兄妹であり、夫婦でもあるんだ! ひとつにつながってるんだ!」

「お……おい、兄者! それはちょっと語弊がないか!?」


 いちごの文句が聞こえてきたりはしたけど。

 僕たち全員が見守る中。

 エンドレスレインの体はもとの大きさ――僕たちと同じ人間サイズに戻っていく。

 そして――、


「ぐふっ、私の力が……神の力が、この程度で尽きるとは……っっ!」


 憎々しげなセリフを残し、エンドレスレインは倒れた。

 いちごの剣が、カランと音を立てて床に転がる。

 倒れたエンドレスレインの胸には、いちごの剣で受けたはずの傷など、まったく残ってはいなかった。


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