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「凩さん!」
エンドレスレインに捕まってしまった凩さんは、片腕で押さえつけられているだけにもかかわらず、まったく身動きが取れない様子だった。
「くぅ……。雨神さん、離せ!」
「離しはしない。それに、ここではエンドレスレインだ。本名で呼ぶのはマナー違反というものだぞ?」
至って落ち着いた様子のエンドレスレイン。
僕たちに目を向け、こう語る。
「現実世界の人間は、この世界ではNPC程度の存在でしかない。モンスターと戦ったりできる能力を持つキャラクターと比べても、ずっと非力。さらにその上をゆく、いわば神とも言うべき私にとっては、今の艦くんなど赤子も同然なのだよ」
エンドレスレインは楽しそうに笑い、さらなる行動に出る。
「艦くんを殺すことなどたやすいが、それでは面白くない。私はこいつを、盾として使わせてもらおう。さあ、お前たち。人間の盾を持ったこの私とどう戦うのか、見せてもらおう!」
捕らえた凩さんの体を前方に押し出し、エンドレスレインが僕たちに迫ってくる。
「くっ……、どうすれば……!」
僕たちはじりじりと後退するしか、成すすべがない。
そこで凩さんが叫ぶ。
「気にせず戦うんだ! 俺は大丈夫だから!」
「えっ? でも……!」
そんなこと、できるはずがない。
困惑しながらも、言い返そうとする僕を。
そっと袖をつかみ、天使ちゃんが止める。
「……凩お兄ちゃんがああ言ってるんだから、大丈夫なはず……」
天使ちゃんは心の底から、凩さんを信頼しているのだ。
凩さんの言うことは絶対。そう考えているのだろう。
僕には納得できなかったけど。
だからといって、このままエンドレスレインの思惑どおりに流されるわけにはいかない。
僕たちはいちごを加え、合計7人でエンドレスレインに挑む。
システム的には苺ぱるふぇ・オンラインとほとんど変わらないこの世界。
当然、パーティーの人数も6人までという制約があるはずだけど。
ここに連れてこられる前に、凩さんが改変を施してくれていたおかげで、いちごは7人目の特別枠として加えられていた。
話の都合上、NPCが同行する場合がある。その部分を、追加人数枠として利用したようだ。
凩さんが人質となってはいるものの。
戦闘に参加する実質的人数を考えれば、7対1。
僕たちが圧倒的に有利だ。
とはいえ、ここはエンドレスレインの王宮。
兵士たちが集まってきたら、一気に不利になってしまうだろう。
そう考えていたのだけど。
「この部屋には結界を張ってある。兵士たちは入ってこられないよ。ここに転送される前、えんじゅと通信して大急ぎで対応しておいたんだ!」
僕の不安を感じ取ったのか、凩さんが教えてくれた。
ツール類のときにも思ったけど、本当に至れり尽くせりな人だ。
この分なら、盾にされている現状を打破するような仕掛けが用意してあっても不思議ではない。
「たった1人でしかない今のお前に、勝ち目なんてない! エンドレスレイン、覚悟!」
そう言いながらも、実際に飛びかかっていくのは、前衛であるフランさんやいちごの役目だった。
僕は遠くから支援や回復をする立場だから、その場に留まる。
戦闘では自分の役割をしっかりこなすことこそが、勝利への近道になると言えるだろう。
「ふっ……。ならば、増援を呼ぶまでだ!」
エンドレスレインが吠える。
と同時に、巨大な物体が僕たちの目の前に現れた。
それは――。
「シルエットドラゴン!?」
ファルシオンさんと合流した小屋で見た、あの巨大な影のドラゴンだった。
「結界が張ってあったんじゃ……」
「……このドラゴンは、エンドレスレインの精神から作り出されしもの。いわば、エンドレスレイン自身。結界の外から呼び寄せたわけじゃない……」
僕の疑問には、天使ちゃんが答えてくれた。
なるほど。
精神を切り離して作り出した分身には、結界の効力は及ばない、ということか。
それにしても……。
部屋の中に巨大なドラゴンを召喚するなんて!
今いる場所は玉座のある謁見の間。かなりの広さがあるのは確かだ。
だとしても、以前に見たシルエットドラゴンは、小屋の屋根を吹き飛ばして見下ろしてくるほどの巨体だった。
そんな物体を召喚するほどのスペースはない。
ただ、姿を現したシルエットドラゴンは、壁や天井を突き破ったりするまでのサイズではなかった。
どうやら前に見たときと比べて縮小しているらしい。
部屋の中で身動きも取れないようでは戦力にならない。それを考慮して臨機応変に対応したのだろう。
「おっと、オレもいるニョロ!」
続いて、ニョロと語尾につける大蛇が姿を表す。
「うおっ! ニョロだって! ピンクのヘビだ! なんだよ、この妙ちくりんな生物は!?」
初見のいちごは驚いているみたいだったけど。
僕たちにとっては、このヘビは脅威にならない。
ファルシオンさんの幻術であっさりと逃げ去った、単なるザコでしかないからだ。
……といった考えは甘かった。
「お前らの中で、一番弱いところを突くニョロ!」
全長10メートルくらいあるヘビが、一直線に迫ってくる。
一番弱いところ……すなわち、直接であれ魔力を使ったものであれ、攻撃能力の面では一番劣っている、この僕に!
「うわあっ!?」
抵抗する間もなく、大蛇が僕の体に絡みついてきた。
そしてそのまま、締めつけられる。
「ぐ……っっっ!」
まともな言葉すら出せない。
「兄者!」
いちごが心配そうな顔を向ける。
そんないちごを、シルエットドラゴンのブレスが襲う。
「うっ……、ゲホッゲホッ!」
黒い煙のようなブレスをモロに食らい、咳き込むいちご。
「臭っ! このドラゴン、口臭が凄まじい!」
そういう意味の攻撃なのか?
などとツッコミを入れるような余裕は、もちろん今の僕にはない。
「ケケケケケ! このまま潰してやるニョロ!」
大蛇に体を締めつけられ、息もできない状態。
こんなヘビなんかじゃなくて、いちごが僕をきつく抱きしめてくれてるなら最高なのに!
絶体絶命のピンチに陥っていようとも、僕の妄想力は健在だった。
「うわっ! レモンのやつ、ヘビに締めつけられて笑ってやがる!」
「……おそらく、いちごちゃんに抱きしめられてる場面でも想像しているんじゃないかと……」
「レモンさんはほんと、ブレないですわね~」
仲間たちのツッコミが聞こえてくる。
いけないいけない。
こんなヘビの締めつけを、いちごの抱擁と同一視するなんて。
正気には戻ったものの、だからといってヘビの巻きつき攻撃から逃れられるわけではない。
このまま絞め殺されてしまったら、いちごとの気持ちのいい抱擁ができなくなるじゃないか!
気合いで切り抜けようとする。
「いやいや、無理だから! レモン、待ってろ! すぐに助けてやるからな! どっせい!」
ミソシルが僕の救援に乗り出す。
というか、手に持った大きな斧を思いっきり投げつけてくる。
「行け、オレの斧! レモンもろとも叩き割れ!」
「ちょ……っ!?」
凄まじい勢いで飛んでくる斧。
その斧は、ヘビの胴体をしっかりと捉えていた。
「うぎゃ~~~~~! 痛いニョロっ!」
斧の一撃で臆したのか、ヘビは締めつけていた体を解き、僕から離れていく。
「なんだ、意外と硬い胴体だったな。……ちっ」
「おい、ミソシル! ちっ、ってなんだよ!?」
「はっはっは! 冗談だ、冗談!」
こうして僕は、どうにかヘビから逃れることができた。
すぐさま、シルエットドラゴンと戦っている仲間たちに視線を移す。
いちごとフランさんが前戦に出て戦い、クララが業火で燃やしにかかる。
ファルシオンさんも幻術で敵の目をくらませる役割を果たす。
さらには天使ちゃんの呼び出したフンドシ戦隊マッチョマンが合体し、レインボージャイアントマッチョ――レイアンチョとなって応戦している。
前より小さくなっているとはいえ、相手は巨大なシルエットドラゴン。
サイズ的に考えれば、レイアンチョだけに任せるべきなのでは、という気がしなくもない。
だけど、微々たるものでもいいからダメージを蓄積させていきたいところなのだろう。
それだけあのドラゴンは強いのだ。
僕は必死に回復魔法や補助魔法をかける。
と、そこに迫りくる影。
「オレの存在を無視するんじゃないニョロ!」
一旦僕から離れていたヘビが、再接近してきたのだ。
「お前、邪魔だ!」
がしっと。
ミソシルがヘビの胴体をつかむ。
「な……なにするニョロ!?」
「そんなの、こうするに決まってるニョロ!」
バカにしたように口調を真似たミソシルが、ヘビの胴体を豪快に引きちぎった!
「うぎょ~~~~~っ! この化け物め~~~~! ……だニョロ!」
キャラを忘れかけたヘビが断末魔の絶叫を響かせる。
「まず1匹、始末完了だ!」
「うん、そうだね、化け物!」
「レモン、お前も引きちぎられたいのか?」
「え……遠慮しておくよ!」
ともかく、残るシルエットドラゴンとの戦いに、僕とミソシルも加勢する。
エンドレスレインは凩さんを捕まえたままの体勢。
配下のモンスターに任せて高みの見物に興じているのか、動きもしなければ言葉を発することもない。
ヘビが倒されたのを見ても、眉ひとつ動かさなかった。
僕たちを甘く見ているのだろう。
それならそれで、こちらとしては好都合だ。
シルエットドラゴンを倒すことに、全力を注げるのだから。
敵は強い。
それでも、終わらない戦いなどない。
「いちご、僕の愛のパワーを受け取れ!」
「そんなのいらん! 攻撃力アップの魔法をくれ!」
「あとでキスしていいなら」
「だったらいいや」
「そんなぁ~。いじいじ……」
「いじけるな、兄者! 早く魔法をくれってば!」
「わかったよ!」
「よし! ありがとな!」
「キスはするけどね」
「それは却下だっての!」
そんなやり取りを経て、いちごの剣がシルエットドラゴンの右足首辺りに突き刺さる。
「反対の足は、私の獲物だよ!」
続いてフランさんの剣が、反対側の左足の甲に突き立てられる。
2本の剣はそれぞれ、分厚く真っ黒い皮膚の中に、刀身の半分以上まで呑み込まれていた。
そこへ、
「わたくしの魔法は、炎だけじゃないんですのよ!」
クララがいかずちの魔法を2本の剣に飛ばす。
剣を通じて体内へと入った電撃が、シルエットドラゴンの全身を駆け巡る。
「うぎゃっ! 痺れた!」
手を離すタイミングが一瞬遅れたいちごは、微妙に感電してしまったようだけど。
シルエットドラゴンが苦悶のうなり声を吐き出す。
もうひと息!
「……最後はレイアンチョ……」
完全にその呼び方を受け入れたらしい天使ちゃんがつぶやく。
それに合わせて、レイアンチョが胴体にパンチ。
真っ黒いドラゴンの胸を、巨大なフンドシマッチョ精霊の腕が貫いた!
――ヲォォォォォォォォォォォォォン!
断末魔の咆哮を残し、シルエットドラゴンは巨体を横たえる。
そして、ドロドロと溶け出していく黒砂糖のように、床の中へと吸い込まれて消えていった。




