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苺パフェを食べて冒険に出かけよう  作者: 沙φ亜竜
第13章 本気の兄妹ゲンカ
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-4-

「いちご……お前、なんてことを……!」


 僕は怒りに震える声を吐き出す。

 一方のいちごは、涼しげな表情を崩さない。


「ペットなど、心が満たされていれば不要なものです。そもそも、薄汚れた動物をそばに置いておくなんて、意味がわかりません。斬り捨ててなにが悪いというのですか?」

「黙れ! そんなことを言うな! いちごに、そんなことを言わせるな!」


 激しく怒鳴りつける。

 いちごはそんなこと、絶対に言わない!

 口は悪いけど、いちごは心の優しい女の子なんだ!


「なにを言ってますの? わたくしはイチゴミルクそのものですよ?」

「違う! お前なんかいちごじゃない!」

「現実を受け入れられないとは、実に愚かな人間ですね」


 なんと言われようとも、僕は揺るがない。


「いちごは、川原に捨てられていた子猫を可愛がっていた、自慢の妹なんだ!」

「捨てられていた子猫ですって? そんなもの、薄汚れた動物以外の何物でもないじゃないですか」

「まだ言うか!」


 お前の言葉になんか、耳を貸す価値もない!


「いつものいちごに戻ってくれ!」


 僕はいちごにぐっと身を近づける。

 いや、顔を近づける。

 というか、唇を近づける。


「んん……っ!?」


 いちごが目を丸くする。

 手から滑り落ちた剣が、床にぶつかって乾いた金属音を響かせる。


 僕はいちごの唇に、自分の唇を思いっきり強く重ねていた。

 いちごらしからぬ発言を止めるために。

 そして、僕の中にある熱く激しい想いを直接伝えるために。


「な……なに、を……っ!」


 必死にもがくいちご。

 制止しようと声も発するけど、唇はほとんど塞がれている状態。

 言葉になるのは途切れ途切れ。それ以外は、ぴちゅぴちゅと音が鳴る結果にしかならなかった。


 僕はひたすら強く、濃厚なキスをする。

 ここまでのキスを僕のほうからはするのは初めてだ。

 というか、苺ぱふぇ・オンラインで夫婦になった結婚式でのキス以降、ある程度ラブラブしていた時期もあったとはいえ、まともにキスもしていなかった。


 だからこそ、衝撃的な出来事となる。

 そんな意図もないわけじゃない。

 でも実際には、もっと過去の記憶を呼び起こすため、という理由のほうが大きかった。


 幼い頃、いちご……いや、苺香が僕にしてくれた、おまじないのキス。

 苺香本人は両親のマネをしただけで、純粋に僕を励ます以外の目的はなかったはずだけど。

 あのときのキスは、苺香のほうから舌まで入れてきて、とても長い時間をかけた濃密なものだった。

 記憶の中で幾分誇張されている可能性もあるけど、僕にとっては凄まじい衝撃だった。


 そんなふうに感じていたのは、僕だけだったとは思う。

 それでも、いくら幼くて記憶がぼやけていたとしても、苺香は小学三年生だったのだ。

 まったく覚えていない、というのもおかしい。


 苺香、思い出すんだ。

 失恋して落ち込んでいた僕を慰めてくれた、あのときの気持ちを。

 大切な家族である僕を元気づけようとしてくれた、あのときの純粋な気持ちを。


 と言いつつ、実際に今の僕たちは、幼かった当時とは違っている。

 大好きないちごとのキスで、僕は興奮を覚えていた。

 理性が抑えきれず、ひたすらいちごの唇に吸いつき、キスを楽しみ始める。

 いちごからはいい匂いも感じられるし、なんだか体全体が熱くなってくる。


「はう……」


 足に力が入らなくなったのか、いちごがその場に倒れ込む。

 僕はそんないちごにのしかかるようにして、さらにキスをし続けた。


 手を伸ばす。

 いちごの、胸の辺りに。

 小ぶりではあるものの、温かくて柔らかく、程よい弾力もある感触がしっかりと伝わってきた。


 触れる!


 苺ぱるふぇ・オンラインでは、胸やらお尻やらに触ったりできないようになっている。

 キスだって普通はできない。

 結婚すればキスはできるようになるけど、それだって現実とは違う感じだった。


 だけどこの世界では、現実世界と同様になんでもできてしまうのか?


 僕は好奇心と興味と欲望のまま、いちごの体に絡みつく。

 胸やお尻に触れることはできた。

 一方で、下着の中にまで手を入れることはできなかった。

 ある程度の規制は働いている。そんな感じだろうか。


「や……やめなさい、なにをしているのですか、あなたは!?」


 いつの間にか、唇が離れてしまっていた。

 いけないいけない。

 いちごの体に触れることにばかり集中して、当初の目的を完全に失念していた。


「ありがとう、いちご。思い出させてくれて。だからいちごも、思い出して!」


 再び、唇を重ねる。

 ねっとりと、舌も絡めていく。

 だ液を通して――だ液に含まれるDNAを通して、気持ちを伝える。


 ここはヴァーチャル世界だし、実際に僕のだ液がいちごの口の中に入っていくわけではないけど。

 僕といちごの兄妹の絆を通して、想いのすべてを流し込む。


 エンドレスレインの施した記憶操作とやらが、どういうものだったのかはわからない。

 この世界の神であるヤツのしたことだから、抗うすべはないのかもしれない。

 だとしても、どんな世界であっても、絶対の存在なんてあるはずがない。


 信じ合う心があれば、奇跡は起こる!

 僕といちごは、兄妹であり、夫婦なのだから!


 気持ちを込めて、唇を押しつけ続ける。

 いちごにのしかかっている体勢。

 いつかみたいに、押し倒しているような格好だ。


 あのときは僕の部屋のベッドの上で、結局なにもできなかったけど。

 今は体に触れ、キスをしている。

 その点だけ考えれば、嫌がるいちごを無理矢理……といった状況とも言える。


 だけど、今のいちごはいちごであっていちごではない。

 洗脳されている。

 いわば、偽物のいちごに体を乗っ取られているだけに過ぎないのだ。


 この僕の行為は、いちごをもとに戻すために必要な儀式。

 いちごだって、洗脳から解けて正常になったあとには、キスしたことも体に触ったことも、笑って許してくれるに違いない。

 兄者、ありがとな! そこまでしてあたしの心を取り戻してくれて!

 こんな言葉を伴って、感謝すらされるのではないだろうか。


 ……という想像は、案の定、僕の勝手な妄想でしかなかった。


「な……なにしてやがるんだ、このクソ兄者! あたしから離れろ!」


 いちごが力任せに僕を突き飛ばし、怒りの形相で怒鳴りつける。


「勝手にそういうことするなって、何度も言ってるだろ!? いくらゲームの中で夫婦になったからって!」


 床に腰を打ちつけながらも、僕は笑顔だった。

 口調が、戻っている。

 いちごの心が、もとに戻っている。

 偽物のいちごは――丁寧口調で喋るなどというありえないいちごは、綺麗さっぱり消え去ったのだ!


「いちご、お帰り!」


 両手を大きく広げ、愛する妹を胸に抱きしめる。

 ……前に、そのいちごから蹴りが入る。


「キモっ! 抱きつくんじゃない! 兄者はやっぱり、変態だ!」


 蹴られてもなお、僕の笑顔が消えることはなかった。

 いちごはそれも含めて、変態と言っているのだろう。


「ミソくん、どうにかしろ!」


 いちごは微かに涙目になりながら、少し離れた場所で様子を見守っていたミソシルに向けて懇願する。


「はっはっは、オレはレモンのやりたいようにさせると決めてるからな!」

「え~~~っ!? なんだよ、それは!?」


 助けは来ない。

 それを悟ったいちごは、改めて文句をぶつけてくる。


「だいたい、なんだよ!? キスはするわ、胸は触るわ、勝手なことばっかり! いくらあたしがおかしくなってたからって、あれはないだろ!」


 この言葉からわかるとおり、いちごは洗脳されていたことを、しっかりと覚えているようだった。

 にもかかわらず、僕がしたことについて、まったく許す姿勢を見せない。


「いちごは意地っぱりだな。恥ずかしがらなくてもいいのに。さあ、もう一度、今度は戻ってきておめでとうのキスをしよう!」

「するわけないっての!」


 僕は思いっきり、いちごに頭をはたかれた。

 それでも僕が笑顔だったのは、もちろん言うまでもない。


「いちごちゃんの手に剣が握られてなくてよかったな!」


 とのツッコミが、ミソシルから飛んでくる。

 当然ながら、いちごの怒りが僕の頭を一発叩く程度で収まるはずはない。

 僕はその後も、いちごのパンチやらキックやらを何度も食らい、床に無様に倒される羽目となった。


「はっはっは! さすが、勝率ゼロ割だな、レモン!」


 再度、ミソシルからのツッコミが響く中、地べたに這いつくばる僕の背中の上に、いちごが腕を組んだ偉そうな仕草で腰かける。


「うむっ! あたしの勝ちだ!」


 こうして、いちごの心を取り戻すことには成功したものの。

 兄妹ゲンカという側面から見れば、いちごの完全勝利で幕を下ろすことになるのだった。




 いちごは正常に戻った。

 でも、斬られて消えてしまったチビは帰ってこない。


「チビ……操られていたとはいえ、悪かった……。恨まないでくれ、なんて言えないけど……せめて安らかに眠ってくれ……」


 なきがらすら残っていないチビに、いちごは謝罪と冥福の願いを送る。

 僕に対する態度とはやけに違うけど、ペットに嫉妬しても仕方がない。


 しめやかな雰囲気に包まれている僕たち。

 そこへ、無情な声がかけられた。


「自己満足なだけの無駄な時間は終わったかな? 洗脳を解くことができたご褒美として、しばらく傍観してはいたが、そろそろ飽きてきた。つまらない余興だったな。では、当初の予定どおり、お前たちにはここで死んでもらうぞ」


 ゆらり、と。

 禍々しいオーラを放ち、エンドレスレインが立ち上がる。


 僕といちごとチビとで繰り広げたこれまでの出来事を、つまらない余興だったなんて。


「エンドレスレイン! 許さないからな! 絶対に返り討ちにしてみせる!」

「ふっ、よかろう。全員まとめて地獄へ叩き落してやる!」


 僕たちとエンドレスレインとの最終決戦が、今始まる。


「お前たちを処分したのち、イチゴミルクの洗脳をし直し、ふたりきりの生活を楽しむのだ!」

「まだ諦めてないのかよ! いちごは僕のものだ! 誰にも渡さない!」


 気合いの雄叫びを放つ僕にツッコミを入れるのは、当のいちご本人の役目だった。


「あたしは兄者のものでもない! ふざけたこと言ってないで、真面目に戦え!」


 いや、僕としては大真面目だったんだけどな。

 といった反論は飲み込み、僕はエンドレスレインに向かっていった。


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