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苺パフェを食べて冒険に出かけよう  作者: 沙φ亜竜
第13章 本気の兄妹ゲンカ
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-3-

「……ふっ、また随分と無駄話をしてしまった。冥土の土産を渡しすぎたな」


 ふと我に返ったのか、エンドレスレインの口調には余裕が戻っていた。

 この世界では、ヤツはいわば神。

 今の僕たちは簡単に捻り潰すことのできる虫けらでしかないと、思い出してしまったのだろう。


 しかも、向こうの手の中には、洗脳されたいちごがいる。

 僕たちの圧倒的不利は否めない。


「さあ、イチゴミルクよ。お前の幸せを壊そうとする鬱陶しい兄を、一刻も早く処分してしまえ。それが私のためにもなる!」

「仰せのままに」


 抑揚のない声で返事をし、いちごが剣を構え直す。

 剣先は確実に、僕の喉もとを向いている。


「いちごちゃん、やめろ! レモンを傷つけるのはよせ!」

「お兄様を自らの手で殺すなんて、そんなのいちごちゃんの意思のはずありませんわ! 目を覚ましてくださいませ!」

「レモンくん、私たちも加勢するよ!」


 仲間たちが駆け寄ってこようとするのを、僕は再び止める。


「待って。これは僕といちごの兄妹ゲンカなんだ。手出しは無用だよ」


 相手はいちごだ。

 愛するいちごだ。

 この僕が止めてあげなきゃならないんだ。


 みんなも、僕の気持ちを理解してくれたのだろう、すぐに足を止める。


「兄妹ゲンカって……。まぁ、現実世界でもよくあることだった、って言いたいのか。レモン、お前の勝率は何割くらいなんだ?」

「ほぼゼロだ!」


 ミソシルの問いかけに、僕は臆面もなく答える。


「……レモンくん、弱すぎ……」

「だって、大切ないちごを傷つけるわけにはいかないし!」

「……この状況でそう言われたら、不安にしかならない……」


 天使ちゃんは呆れている。

 というよりも、これは勝てない、次の手を考えなければ、といった様子だった。


 大丈夫。そんな必要はない。

 なぜなら僕が、絶対にいちごを正気に戻してみせるから!


「おいおい、レモン! どうする気だよ? お前はプリーストなんだぞ? パラメーター的にも、まともに戦える能力はないはずだぞ? いちごちゃんはファイターなのに……」


 ミソシルはなおも食ってかかってくる。


「それでも、僕がやらなきゃダメなんだ!」

「しかしだな、お前じゃ……」


 納得のできていないミソシルの声が、急に途切れる。

 クララが肩にそっと手を乗せたからだ。


「ここは、レモンさんに任せましょう」

「クララ……。ん……そうだな……」


 ミソシルはここでようやく引き下がる。

 クララだって納得しているわけではないだろう。

 だけど、僕の意思を尊重してくれた。僕の気持ちを尊重してくれた。

 仲間の気遣いに感謝する。


「行くぞ、いちご! 僕が相手だ! 他の誰にも邪魔はさせない! かかってきなよ!」


 剣を構えているいちごを、僕は挑発する。

 べつに、作戦とか打算とか、そんなのは一切ない。

 一対一の戦い。それを明確にしたかった。それだけだ。


「あなたはバカですか? せっかく仲間がいるというのに、その協力を拒むだなんて。むざむざ殺されようというわけですね。わかりました。お望みどおり、わたくしの剣で闇へと葬って差し上げます」


 いちごが剣を振りかぶる。

 僕はそんないちごの目の前で――、

 両手を思いっきり大きく広げた。


「……なんのマネですか?」


 無防備な姿をさらす僕に、いちごが訝しげな目を向けながら問う。


「いちごが僕を斬れるはずがない! やれるもんならやってみろ!」

「レモン、無茶だ! 逃げろ!」


 ミソシルの叫び声は聞こえたけど。

 僕には動くつもりなどない。


「本当にバカですね。大バカです。それでわたくしが、心を揺さぶられるとでも思ったのですか? いいでしょう。一撃で終わらせていただきます」


 いちごは躊躇しない。

 淡々とした声で語り、そして、


「ぐっ……!」


 淡々と剣を振り下ろしてきた。

 胴体に鋭い痛みが走る。


 実験的に作られたとはいえ、ゲームの世界。

 血が噴き出したりはしない。

 だとしても、剣は確実に僕の胴体を薙いでいた。


 一気にヒットポイントのメーターが減っていく。

 ゲーム的な表現をするなら、そんな感じだろうか。

 いちごの剣撃を食らい、僕は一瞬、目の前が真っ白になる。


 ダメだ!

 ここで倒れるわけにはいかない!


 それに……。


「ほ……ほら見ろ!」


 僕は痛みを堪え、自信満々に言い放つ。


「剣に迷いがあった! 剣先に揺らぎがあった! だから、僕を殺しきれなかったんだ!」

「おかしな能書きを垂れますね。たまたま生き残れただけの、虫の息でしかない状態だというのに」


 いちごに焦りはない。

 一撃で終わらせると言っておいて、終わらなかった。

 それを気にする素振りも見せない。


「オーバーキルでも構わないですね。何度か斬れば、しつこい虫でもくたばるでしょう。これ以上無駄口が叩けないようにしてあげます」


 やはり淡々と、

 いちごは剣を頭上高くまで掲げる。

 相手が実の兄だということなど、まったく意に介することなく。


 仲間たちには手を出すなと言ってある。

 僕なら絶対にいちごを正気に戻せると思った。

 なのに、いちごの心にはまったく届いていない。


 あ……僕、死ぬ。

 いちごに殺される。

 愛するいちごの手にかかって人生を終えられるなら、それはそれで本望だ。


 諦めが僕の心を支配する。

 大見得を切って一騎打ちを申し出たのに、すごく情けないな。

 と思っていた、そのとき。

 不意に小さな影が飛び込んでくる。


「きゅう~~~んっ!」

「な……なんですか、この変な生き物は!?」

「チビ!」


 それはチビだった。

 ミニドラゴンのチビが、いちごに飛びかかっていた。

 飛びかかった、というよりも、じゃれついた、と表現するべきなのかもしれない。

 いちごの顔を執拗にペロペロと舐め、尻尾をフリフリ、羽をパタパタ動かしている。


「や……やめなさい! なにをするのですか、汚らわしい!」


 チビの胴体を激しくつかみ、顔面から引き剥がす。

 そのまま、いちごはチビを地面に叩きつけた。


「ぎゃうっ!」


 いや、それだけに留まらなかった。


「邪魔な小動物め……! 成敗します!」


 剣を振りかぶる。


「やめろ! チビはお前の大切なペットだぞ!?」

「飼い主はレモンだがな!」


 ミソシルのツッコミが響く中、

 いちごは迷うことなく、

 剣を振り下ろした。


「ぎゃうんっっっ!!!」


 チビの悲鳴がこだまする。

 僕が斬られたときと同様、血が出ることはなかった。

 でも、いちごの剣は確実に、チビの小さな体を捉えていた。


 言うなれば、

 真っ二つ。


「きゅう~~~ん……」


 悲痛な鳴き声だけを残し、チビの姿はゆっくりと薄れ、地面に落ちた粉雪のように消えていった――。


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