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「……ふっ、また随分と無駄話をしてしまった。冥土の土産を渡しすぎたな」
ふと我に返ったのか、エンドレスレインの口調には余裕が戻っていた。
この世界では、ヤツはいわば神。
今の僕たちは簡単に捻り潰すことのできる虫けらでしかないと、思い出してしまったのだろう。
しかも、向こうの手の中には、洗脳されたいちごがいる。
僕たちの圧倒的不利は否めない。
「さあ、イチゴミルクよ。お前の幸せを壊そうとする鬱陶しい兄を、一刻も早く処分してしまえ。それが私のためにもなる!」
「仰せのままに」
抑揚のない声で返事をし、いちごが剣を構え直す。
剣先は確実に、僕の喉もとを向いている。
「いちごちゃん、やめろ! レモンを傷つけるのはよせ!」
「お兄様を自らの手で殺すなんて、そんなのいちごちゃんの意思のはずありませんわ! 目を覚ましてくださいませ!」
「レモンくん、私たちも加勢するよ!」
仲間たちが駆け寄ってこようとするのを、僕は再び止める。
「待って。これは僕といちごの兄妹ゲンカなんだ。手出しは無用だよ」
相手はいちごだ。
愛するいちごだ。
この僕が止めてあげなきゃならないんだ。
みんなも、僕の気持ちを理解してくれたのだろう、すぐに足を止める。
「兄妹ゲンカって……。まぁ、現実世界でもよくあることだった、って言いたいのか。レモン、お前の勝率は何割くらいなんだ?」
「ほぼゼロだ!」
ミソシルの問いかけに、僕は臆面もなく答える。
「……レモンくん、弱すぎ……」
「だって、大切ないちごを傷つけるわけにはいかないし!」
「……この状況でそう言われたら、不安にしかならない……」
天使ちゃんは呆れている。
というよりも、これは勝てない、次の手を考えなければ、といった様子だった。
大丈夫。そんな必要はない。
なぜなら僕が、絶対にいちごを正気に戻してみせるから!
「おいおい、レモン! どうする気だよ? お前はプリーストなんだぞ? パラメーター的にも、まともに戦える能力はないはずだぞ? いちごちゃんはファイターなのに……」
ミソシルはなおも食ってかかってくる。
「それでも、僕がやらなきゃダメなんだ!」
「しかしだな、お前じゃ……」
納得のできていないミソシルの声が、急に途切れる。
クララが肩にそっと手を乗せたからだ。
「ここは、レモンさんに任せましょう」
「クララ……。ん……そうだな……」
ミソシルはここでようやく引き下がる。
クララだって納得しているわけではないだろう。
だけど、僕の意思を尊重してくれた。僕の気持ちを尊重してくれた。
仲間の気遣いに感謝する。
「行くぞ、いちご! 僕が相手だ! 他の誰にも邪魔はさせない! かかってきなよ!」
剣を構えているいちごを、僕は挑発する。
べつに、作戦とか打算とか、そんなのは一切ない。
一対一の戦い。それを明確にしたかった。それだけだ。
「あなたはバカですか? せっかく仲間がいるというのに、その協力を拒むだなんて。むざむざ殺されようというわけですね。わかりました。お望みどおり、わたくしの剣で闇へと葬って差し上げます」
いちごが剣を振りかぶる。
僕はそんないちごの目の前で――、
両手を思いっきり大きく広げた。
「……なんのマネですか?」
無防備な姿をさらす僕に、いちごが訝しげな目を向けながら問う。
「いちごが僕を斬れるはずがない! やれるもんならやってみろ!」
「レモン、無茶だ! 逃げろ!」
ミソシルの叫び声は聞こえたけど。
僕には動くつもりなどない。
「本当にバカですね。大バカです。それでわたくしが、心を揺さぶられるとでも思ったのですか? いいでしょう。一撃で終わらせていただきます」
いちごは躊躇しない。
淡々とした声で語り、そして、
「ぐっ……!」
淡々と剣を振り下ろしてきた。
胴体に鋭い痛みが走る。
実験的に作られたとはいえ、ゲームの世界。
血が噴き出したりはしない。
だとしても、剣は確実に僕の胴体を薙いでいた。
一気にヒットポイントのメーターが減っていく。
ゲーム的な表現をするなら、そんな感じだろうか。
いちごの剣撃を食らい、僕は一瞬、目の前が真っ白になる。
ダメだ!
ここで倒れるわけにはいかない!
それに……。
「ほ……ほら見ろ!」
僕は痛みを堪え、自信満々に言い放つ。
「剣に迷いがあった! 剣先に揺らぎがあった! だから、僕を殺しきれなかったんだ!」
「おかしな能書きを垂れますね。たまたま生き残れただけの、虫の息でしかない状態だというのに」
いちごに焦りはない。
一撃で終わらせると言っておいて、終わらなかった。
それを気にする素振りも見せない。
「オーバーキルでも構わないですね。何度か斬れば、しつこい虫でもくたばるでしょう。これ以上無駄口が叩けないようにしてあげます」
やはり淡々と、
いちごは剣を頭上高くまで掲げる。
相手が実の兄だということなど、まったく意に介することなく。
仲間たちには手を出すなと言ってある。
僕なら絶対にいちごを正気に戻せると思った。
なのに、いちごの心にはまったく届いていない。
あ……僕、死ぬ。
いちごに殺される。
愛するいちごの手にかかって人生を終えられるなら、それはそれで本望だ。
諦めが僕の心を支配する。
大見得を切って一騎打ちを申し出たのに、すごく情けないな。
と思っていた、そのとき。
不意に小さな影が飛び込んでくる。
「きゅう~~~んっ!」
「な……なんですか、この変な生き物は!?」
「チビ!」
それはチビだった。
ミニドラゴンのチビが、いちごに飛びかかっていた。
飛びかかった、というよりも、じゃれついた、と表現するべきなのかもしれない。
いちごの顔を執拗にペロペロと舐め、尻尾をフリフリ、羽をパタパタ動かしている。
「や……やめなさい! なにをするのですか、汚らわしい!」
チビの胴体を激しくつかみ、顔面から引き剥がす。
そのまま、いちごはチビを地面に叩きつけた。
「ぎゃうっ!」
いや、それだけに留まらなかった。
「邪魔な小動物め……! 成敗します!」
剣を振りかぶる。
「やめろ! チビはお前の大切なペットだぞ!?」
「飼い主はレモンだがな!」
ミソシルのツッコミが響く中、
いちごは迷うことなく、
剣を振り下ろした。
「ぎゃうんっっっ!!!」
チビの悲鳴がこだまする。
僕が斬られたときと同様、血が出ることはなかった。
でも、いちごの剣は確実に、チビの小さな体を捉えていた。
言うなれば、
真っ二つ。
「きゅう~~~ん……」
悲痛な鳴き声だけを残し、チビの姿はゆっくりと薄れ、地面に落ちた粉雪のように消えていった――。




