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「ほう……ここまで来るとはな……」
エンドレスレインの声が響く。
「私に断りもなく妻を抱きしめるとは。この場ですぐにでも処刑されたいと見えるな」
怒りに震える声をぶつけられ、僕は我に返った。
「あっ、いちご、ごめん!」
僕は慌てて身を離す。
ワープしてきて、いきなりいちごに抱きつく形で出現した僕。
いくら愛するいちごが相手であっても、これはマズい。
どう考えたって、どつかれる!
そう思っていたのだけど。
いちごは表情すら変えない。
無――。
その瞳には、どんな色も浮かんでいなかった。
ただ虚ろな目で、まっすぐに僕を見据える。
静かに、
いちごは立ち上がった。
「いちご! 僕だよ! レモンだよ! わかる?」
必死に呼びかける。
いちごは答えない。
変わりに、右手を軽く振る。
次の瞬間、いちごの右手には、なにか光を反射する物体が出現していた。
「え……? いちご……?」
困惑する僕に、いちごはパフェよりも冷たい声でこう言い放った。
「国王エンドレスレインに歯向かう愚か者。このわたくしが成敗します」
剣を構えて僕に目を向けるいちご。
対する僕は、動けない。
「これはこれは。どうやら楽しい余興が見られそうだな。ふっふっふ」
エンドレスレインの余裕ぶった嘲笑が響き渡る。
僕といちごの……兄妹の戦いを、見世物を鑑賞するかのように見守るつもりなのだ。
僕にくっついていたはずの仲間たちは、見える範囲ではあるものの、それぞれ少し離れた場所にたたずんでいる。
ワープ時、若干の座標のズレがあったようだ。
「レモン!」
相手がいちごとはいえ、剣を持ち出してきたことで危険だと判断したのだろう、ミソシルたちが加勢しようと寄ってくる。
それを、僕は手で制した。
「いちごは僕の妹だ! 僕の妻だ! 強い絆がある! だから僕が、いちごをもとに戻してみせる!」
「大した自信だな。だが、前にも言ったように、私のほうが強い絆で結ばれているのだぞ?」
力強く宣言する僕に、エンドレスレインがまたしても、そんな戯言を放つ。
「無理矢理連れてきたお前に、どうして強い絆があるっていうんだ! いちごの実の兄であるこの僕以上に、強い絆があるはずない!」
「そうでもないぞ? なにせ私は、イチゴミルク……いや、苺香の父親だからな」
一瞬、意味がわからなかった。
苺香の父親。
お父さん?
いや、だけど、お父さんは会社で働いているはずでは……。
「……レモンくんのお父さんは、会社をお休みして、お母さんと一緒にレモンくんの部屋にいる……」
天使ちゃんは、そうつぶやく。
僕の想像とは違ったけど、どちらにしても、お父さんがここにいるわけがない。
でも……そうか!
今のお父さんは、僕と苺香にとって、正確には本当の父親ではない。
もちろん、とても大切にしてくれているし、僕も苺香も、紛れもなく父親だと認めている。
ただ、血のつながりの上では、僕はお母さんの最初の夫の子供。
そして、苺香は二番目の夫の子供、ということになる。
お母さんの二番目の夫。
僕が小さいうちに別れたから、ほとんど記憶に残ってはいないけど。
名前すらも覚えてはいないけど。
今のお父さんが来るまでうちにいた、前のお父さん。
エンドレスレインは、あの人だったのか!
「離婚して会えなくなってしまった娘、苺香とこの世界で一緒に暮らす。それが私の本当の目的だった」
妹である女性をこの世界に連れてきていたのは、その目的のため。
連れてきた中から苺香を見つけ出し、自分のそばに置いておきたいと考えたからだったのだ。
失踪者全員が女性ではなかったのは、捜査をかく乱する意図もあったのだとか。
「できれば苺香本人を特定して連れてきたかったのだが、データのセキュリティーに阻まれてそこまではできなかった。それで、目印をつけた者を片っ端から連れてくる方法を取らざるをえなかった。
空間直結の話を持ちかけてきたRと、利害の一致で手を結んだ形になる。その方法はRが提案してきたのだが、あの人には実験回数を増やたいという考えがあったのかもしれないな。ま、私としてはどうでもいいことだが」
エンドレスレインは淡々と語る。
いちごは剣先を僕に向けたまま、まったく動こうとしない。
国王の話の邪魔はしない。そんな命令でもされているのだろうか。
ともかく、本名は覚えていないものの、相手はいちごの血縁上の父親だとわかった。
それを知った僕は、どうすればいい?
諦めるのか?
……そんなわけにいくか!
「エンドレスレイン! お前、娘と結婚するっていうのか!?」
「お前だってゲームの中で実の妹と結婚していただろう?」
「ぼ……僕は同意の上でだ!」
若干どもってはしまったけど、はっきりと言い返す。
「ちょっと気になったんだが、いちごちゃん……というか、苺香ちゃんが苺ぱるふぇ・オンラインで遊ぶとは限らないんじゃないか? むしろ、その可能性のほうが低いと思うんだが」
ミソシルの疑問にも、エンドレスレインは素直に答える。
「そうでもないぞ? 私は探偵に調査させていたからな。ふたりの状況を把握した上で、今回の作戦を実行した。レモンのメールアドレスを調べ、そこに苺ぱるふぇ・オンラインを紹介するメールを送り、引き込むという計画を」
「なぜ僕のほうに……」
「苺香本人へのメールでは、不審に思われて母親に相談される、という心配があった。苺香はほとんどゲームに興味がないみたいだったからな」
それで、僕はまんまとヤツと作戦にはまり、苺香をゲームに誘ってしまったのか。
「どうして苺ぱるふぇ・オンラインだったんだ? あっ、探偵に調べさせたなら、苺パフェが苺香の好物だってのも知ってたか……」
「いや、それだけではない。私が苺ぱるふぇ・オンラインの開発者だったからでもあるのだ。完成前に辞め、運営には関わっていないがな」
エンドレスレインは会社を辞める際、初期の実験段階で作った世界のデータを持ち去った。
それがこの世界のもとになっている。
今は山奥にある施設にサーバーを置き、動かしている状態なのだという。
「ひとつ疑問がある」
「ん? なんだ?」
「苺香を含むプレイヤーのキャラクターデータだけではなく、空間直結を使って実際の体をも施設に連れていった。そうだったよな?」
「ああ、そうだ」
「だったらなぜ、この世界の中で会うんだ? 実際に苺香が施設にいるのなら、直接会うことだってできるんじゃ……」
僕としては、ある推測を立てていた。
空間直結なんてのは全部嘘で、直接苺香と会うことまではできない。だからこの世界で会うしかなかったのではないか、と。
しかしそれは、完全に的外れだった。
「私は施設にいるわけではないからな。それは無理なのだ。施設もそうそう見つかるとは思えないが、念のための対策、といった感じか。これもまた、Rの提案によるものだったが」
苺香は連れ去られて施設にいる。
それはやはり、覆らない事実のようだ。
「そもそも私は現実世界などに興味はない。この世界で娘とともに暮らし続ける。ここには現実世界の法律など及ばない。娘と会ってはいけないという決め事は、この世界では無効! 私は思うがままに生きられるのだ! は~っはっはっは!」
エンドレスレインはそう言って、大きな笑い声を響かせる。
「ふざけるな! いくらなんでも、自分勝手すぎるだろ! 苺香の意思を無視して無理矢理連れてきて、記憶を操作してまで妻にするなんて!」
「うるさい! お前にはわかるまい! 娘に会えないことが、父親にとってどれほどつらいものなのか!」
「そんなの、知ったことか!」
娘に会えないつらさ。
確かにそれは、僕にはわからない。
でも、エンドレスレインに同情し、こんなバカな行動を認めるなんて、そんなことができるはずもない。
「会いたいと思うなら、正規の方法で訴えればいいんじゃないのか!?」
「ふっ。離婚調停をした上での決まり事だ。今さらどうにもなるまい」
「……いや、なると思うけど……」
天使ちゃんの静かなツッコミも入ったりしつつ。
僕はさらに、エンドレスレインに怒りをぶつける。
「だいたい、どうして離婚したのか知らないけど、問題があったのはそっちなんじゃないのか!? 離婚調停で苺香に会ってはいけないと決められたのだって、そっちに非があったからこそだろ!?」
「ぐっ……!」
僕の言葉で、エンドレスレインは苦々しい顔に変わる。
「苺香を妻にするなんて目的から考えると、お前は生まれたばかりだった娘を、異常なほどに可愛がっていたんじゃないか!? 可愛がるだけなら悪いことじゃないと思うけど、お母さんが怖がるほど異常に溺愛していたとか! もしかしたら娘を可愛く思うあまり、お母さんのことを邪険に扱って、暴力を振るったりまでしていたんじゃないのか!?」
「うぐっ……!」
エンドレスレインの側頭部には、引きちぎれるのではないかと思うくらいに、血管が太くくっきりと浮かび上がっていた。
「そんなヤツに、父親を語る資格なんてない!」
僕は自分なりに導き出した結論をこれ以上ないくらいの大声で叫び、憎々しげに睨みつけてきているエンドレスレインに向かって激しく突きつけた。




