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気合いを入れ直した僕ではあったのだけど。
だからといって、牢屋から脱出できるわけもない。
状況としてはエンドレスレインが現れる前と、なにも変わってなどいなかった。
ただ、どうやらすぐに処刑されることはなさそうだった。
準備なんかもあるのではないかと考えられる。
今頃エンドレスレインは、僕の大切ないちごとあんなことやこんなことをしているのでは。
そんな想像ばかりが頭をちらついて、気が気ではなかった。
それでも、まぶたは確実にその重さを増してくる。
牢屋に入れられてから、どれくらいの時間が経ったのか、それはわからないけど。
かなり眠くなっているのは事実だった。
ゲーム内だというのに眠くなるなんて、不思議に感じられるかもしれない。
とはいえ、寝ないでぶっ続けでゲームをしては健康に害が出る。
そのため、現在のVR系のゲームでは、眠気や空腹感が脳に伝わるようになっている。
普通はそうなったら、ログアウトしてご飯を食べたり眠ったりするわけだけど。
僕たちにはその手段が使えない。
だとしても、本来の体は寝ているのと変わらないのだから、ゲーム内での活動を止めれば脳を休める効果はある。
ゲーム内で眠るのは、健康を守るためにも必要だと言えるのだ。
もっとも空腹に関しては、僕たちにはどうしようもない。
本来の体はまったく動いていない状態だし、数日くらいなら生存可能かもしれないけど、長期戦になるのはマズい。
早めに決着をつけるしかないだろう。
牢屋の中ではあっても、全員が眠りこけていては、なにか問題が起こらないとも限らない。
それに、凩さんからの連絡だってあるかもしれない。
そんなわけで、僕たちは交代で睡眠を取ることにした。
僕が目を覚ますと、他のみんなもすでに起きていた。
全員揃ったところで、天使ちゃんが小声で話し始める。
「……通信機のエネルギーチャージが終わった。凩お兄ちゃんと通信するね……」
凩さんからの一方的な連絡は、これまでに何度かあった。
便利なツールなんかを添付してくれて、本当に助かったけど。
こちら側からの返信は、一切できていなかった。
通信機が復活した今、状況を伝えることが可能になった。
といっても、またエネルギー切れになっても困る。
そこで、僕たちからの報告をメインにして1回の使用を短くし、エネルギーの消費を抑える対策を取った。
凩さんからの意見がある場合には、メールっぽいツールのほうで送ってもらえばいい、という判断だ。
天使ちゃんが小声で話しているのは、王宮の兵士たちに気づかれないようにするためでもある。
通り抜けコンパスは奪われてしまったけど、他のツールは今のところ無事。
ただ、もし見つかったら没収されるのは間違いないだろう。
通信機やメールっぽいツールがなくなると、凩さんとの連絡手段は失われる。
そうなったら、万事休すだ。
エンドレスレインは、どう考えても僕たちだけで勝てる相手ではないのだから。
「……凩お兄ちゃん、ちょっとお久しぶり……」
『挨拶はいいから、状況を手短に教えて』
「……うん……」
天使ちゃんは凩さんとの会話を楽しみたそうな様子だったけど、素直に従い、現状説明を始める。
エンドレスレインという国王がいて、そいつがいちごを連れ去ったこと、
フランさんの仲間、ファルシオンさんとも一緒にいること、
いちごにも会えて一旦は合流できたものの、エンドレスレインに奪い返されてしまったこと、
その後、僕たちは王宮に忍び込もうとして捕まり、牢屋に入れられていること、
捕まった際、通り抜けコンパスを奪われてしまったこと、
今の僕たちは、処刑を待つ身となっていること。
そういった話をした時点で、足音が近づいてくる。
定期的に見回りがあるのだ。
「……以上……」
『わかった。あとでメールを送る』
素早くやり取りを終え、通信機を隠す。
正確に言うなら、ポケットなどに入れたわけではなく、見た目上では完全に消えて、アイテム欄に戻されたことになる。
アイテム欄を確認されてしまったらバレるだろうけど、基本的に他人のデータをいじったりはできないようになっているから、おそらくこれで安心だ。
相手はエンドレスレインの王宮にいる兵士だし、基本的に、という範疇を超えている可能性も否定はできないのだけど……。
僕たちは、黙ったまま見回りが通り過ぎるのを待つ。
静かすぎて不審に思われるかも。
心配ではあったけど、兵士たちは軽く僕たちのいる牢屋内を一瞥したあと、なにも言わずに去っていった。
通信から数時間後、凩さんからメールが届く。
ワープできるツールを作ってみた、とのこと。
随分と時間がかかったのは、ツールを作成していたからだったのか。
簡潔なものながら、使用法の解説もあった。
エンドレスレインの姿を思い描いてツールを起動すれば、ヤツの目の前までワープできるはずだ、と。
しかも、ツールから2~3メートル以内にいる人全員が。
「うわっ、便利すぎ」
思わず、そんな感想を漏らす。
つまりこれは、一気にラスボス前まですっ飛んでいける、そんなツールということになる。
僕の感想も、ごくごく自然なものだと言えるだろう。
「……さすが、凩お兄ちゃん……」
「そうですわね。至れり尽くせりすぎて、怖いくらいですわ」
とにかく、これでエンドレスレインとの決戦に持ち込める!
僕はすかさず、ツールを手に取った。
エンドレスレインの姿。
牢屋のオリ越しに見た、憎っくき敵の姿を思い浮かべる。
いちご、待ってろよ!
あんなやつ、僕がすぐに叩きのめしてやる!
気合いを指先に集中させ、ツールについているボタンを押す。
周囲2~3メートルと曖昧だったため、仲間たちはなるべく僕にくっついている。
さすがに狭っ苦しい感じではあったけど、文句は言えないだろう。
天使ちゃんが抱きついてきているっていうのはなかなか新鮮で、いい匂いもして悪い気分ではなかったし。
……って、僕はなにを考えてるんだか……。
そんな雑念が悪かったのだろうか。
ツールのボタンをしっかり押したにもかかわらず、僕たちがワープすることはなかった。
念のため、何度か試してはみたものの、結果は変わらない。
凩さんのツールだから大丈夫。
そう思い込んでいた僕たちは、思った以上に落胆してしまった。
僕たちはすぐに通信機を起動し、失敗だったことを凩さんに報告した。
調査してなくべく早く改良する、との答えだけ聞いて、素早く通信を終える。
それからの時間は、またしても重苦しい空気となってしまった。
いちご……大丈夫かな……?
待っているだけの時間は、とても長く感じられる。
いつまで待たせるんだよ!
凩さんだって必死に頑張ってくれているだろうに、僕の胸には苛立ちばかりが募る。
「……来た……」
しばらくして、改良版のツールが送られてくる。
「おっ、意外と早かったな!」
と、ミソシルが反応。
僕には何時間もの長さに思えたけど、実際には一時間も経っていなかったみたいだ。
改良版のツールもまた、詳しい使い方の解説があった。
『エンドレスレインを思い描くのではなく、いちごちゃんを思い描いて起動させること。
いちごちゃんはエンドレスレインと一緒にいるはずだから、それで問題ないと考えられる。
なお、起動ボタンを押すのは当然、レモンくんになる』
どうやら、イメージの強さが足りないせいで、さっきは失敗したらしい。
かなり細かく、それこそ体の隅々まで再現できるほど、しっかりと確立したイメージでないと発動できない、ということのようだ。
でも、これなら行ける!
自慢じゃないけど、いちごに関する僕の妄想は、ムービーデジカメなんかよりもずっと高解像度だ!
……ほんとに、自慢できることじゃないかもしれないけど。
とにかく、いちごの顔を声を匂いを体全体を、余すことなくしっかりと思い浮かべる。
僕のいちご!
大好きないちご!
愛するいちご!
大切ないちご!
今すぐ、飛んでいきたい!
抱きつきたい!
キスしまくりたい!
ヨダレを垂らしながら、鼻息も荒く妄想するボクに、仲間たちは引き気味っぽかったけど。
ワープ範囲から外れては困るため、離れるわけにもいかず、困惑している様子だった。
そんなの関係ないし!
べつに、ワープするのは僕だけでもいいし!
実際には僕だけじゃエンドレスレインに勝てないのだから、それじゃダメなのは明らかだけど。
気持ちの上では僕だけでもいい、むしも僕だけがいちごの胸に飛び込んでいく、くらいの勢いで妄想していた。
次の瞬間、
周囲の景色が一変する。
僕たちのそばには、2つの玉座があった。
そこには驚いた顔のエンドレスレインと、まったく動じる様子のないいちごが座っている。
そして僕は、そのいちごに抱きつく形で出現していた。




