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苺パフェを食べて冒険に出かけよう  作者: 沙φ亜竜
第13章 本気の兄妹ゲンカ
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-1-

 気合いを入れ直した僕ではあったのだけど。

 だからといって、牢屋から脱出できるわけもない。

 状況としてはエンドレスレインが現れる前と、なにも変わってなどいなかった。


 ただ、どうやらすぐに処刑されることはなさそうだった。

 準備なんかもあるのではないかと考えられる。


 今頃エンドレスレインは、僕の大切ないちごとあんなことやこんなことをしているのでは。

 そんな想像ばかりが頭をちらついて、気が気ではなかった。

 それでも、まぶたは確実にその重さを増してくる。


 牢屋に入れられてから、どれくらいの時間が経ったのか、それはわからないけど。

 かなり眠くなっているのは事実だった。


 ゲーム内だというのに眠くなるなんて、不思議に感じられるかもしれない。

 とはいえ、寝ないでぶっ続けでゲームをしては健康に害が出る。

 そのため、現在のVR系のゲームでは、眠気や空腹感が脳に伝わるようになっている。


 普通はそうなったら、ログアウトしてご飯を食べたり眠ったりするわけだけど。

 僕たちにはその手段が使えない。

 だとしても、本来の体は寝ているのと変わらないのだから、ゲーム内での活動を止めれば脳を休める効果はある。

 ゲーム内で眠るのは、健康を守るためにも必要だと言えるのだ。


 もっとも空腹に関しては、僕たちにはどうしようもない。

 本来の体はまったく動いていない状態だし、数日くらいなら生存可能かもしれないけど、長期戦になるのはマズい。

 早めに決着をつけるしかないだろう。


 牢屋の中ではあっても、全員が眠りこけていては、なにか問題が起こらないとも限らない。

 それに、凩さんからの連絡だってあるかもしれない。

 そんなわけで、僕たちは交代で睡眠を取ることにした。




 僕が目を覚ますと、他のみんなもすでに起きていた。

 全員揃ったところで、天使ちゃんが小声で話し始める。


「……通信機のエネルギーチャージが終わった。凩お兄ちゃんと通信するね……」


 凩さんからの一方的な連絡は、これまでに何度かあった。

 便利なツールなんかを添付してくれて、本当に助かったけど。

 こちら側からの返信は、一切できていなかった。


 通信機が復活した今、状況を伝えることが可能になった。

 といっても、またエネルギー切れになっても困る。

 そこで、僕たちからの報告をメインにして1回の使用を短くし、エネルギーの消費を抑える対策を取った。

 凩さんからの意見がある場合には、メールっぽいツールのほうで送ってもらえばいい、という判断だ。


 天使ちゃんが小声で話しているのは、王宮の兵士たちに気づかれないようにするためでもある。

 通り抜けコンパスは奪われてしまったけど、他のツールは今のところ無事。

 ただ、もし見つかったら没収されるのは間違いないだろう。


 通信機やメールっぽいツールがなくなると、凩さんとの連絡手段は失われる。

 そうなったら、万事休すだ。

 エンドレスレインは、どう考えても僕たちだけで勝てる相手ではないのだから。


「……凩お兄ちゃん、ちょっとお久しぶり……」

『挨拶はいいから、状況を手短に教えて』

「……うん……」


 天使ちゃんは凩さんとの会話を楽しみたそうな様子だったけど、素直に従い、現状説明を始める。


 エンドレスレインという国王がいて、そいつがいちごを連れ去ったこと、

 フランさんの仲間、ファルシオンさんとも一緒にいること、

 いちごにも会えて一旦は合流できたものの、エンドレスレインに奪い返されてしまったこと、

 その後、僕たちは王宮に忍び込もうとして捕まり、牢屋に入れられていること、

 捕まった際、通り抜けコンパスを奪われてしまったこと、

 今の僕たちは、処刑を待つ身となっていること。


 そういった話をした時点で、足音が近づいてくる。

 定期的に見回りがあるのだ。


「……以上……」

『わかった。あとでメールを送る』


 素早くやり取りを終え、通信機を隠す。

 正確に言うなら、ポケットなどに入れたわけではなく、見た目上では完全に消えて、アイテム欄に戻されたことになる。

 アイテム欄を確認されてしまったらバレるだろうけど、基本的に他人のデータをいじったりはできないようになっているから、おそらくこれで安心だ。

 相手はエンドレスレインの王宮にいる兵士だし、基本的に、という範疇を超えている可能性も否定はできないのだけど……。


 僕たちは、黙ったまま見回りが通り過ぎるのを待つ。

 静かすぎて不審に思われるかも。

 心配ではあったけど、兵士たちは軽く僕たちのいる牢屋内を一瞥したあと、なにも言わずに去っていった。




 通信から数時間後、凩さんからメールが届く。

 ワープできるツールを作ってみた、とのこと。

 随分と時間がかかったのは、ツールを作成していたからだったのか。


 簡潔なものながら、使用法の解説もあった。

 エンドレスレインの姿を思い描いてツールを起動すれば、ヤツの目の前までワープできるはずだ、と。

 しかも、ツールから2~3メートル以内にいる人全員が。


「うわっ、便利すぎ」


 思わず、そんな感想を漏らす。

 つまりこれは、一気にラスボス前まですっ飛んでいける、そんなツールということになる。

 僕の感想も、ごくごく自然なものだと言えるだろう。


「……さすが、凩お兄ちゃん……」

「そうですわね。至れり尽くせりすぎて、怖いくらいですわ」


 とにかく、これでエンドレスレインとの決戦に持ち込める!

 僕はすかさず、ツールを手に取った。


 エンドレスレインの姿。

 牢屋のオリ越しに見た、憎っくき敵の姿を思い浮かべる。


 いちご、待ってろよ!

 あんなやつ、僕がすぐに叩きのめしてやる!


 気合いを指先に集中させ、ツールについているボタンを押す。

 周囲2~3メートルと曖昧だったため、仲間たちはなるべく僕にくっついている。

 さすがに狭っ苦しい感じではあったけど、文句は言えないだろう。


 天使ちゃんが抱きついてきているっていうのはなかなか新鮮で、いい匂いもして悪い気分ではなかったし。

 ……って、僕はなにを考えてるんだか……。


 そんな雑念が悪かったのだろうか。

 ツールのボタンをしっかり押したにもかかわらず、僕たちがワープすることはなかった。

 念のため、何度か試してはみたものの、結果は変わらない。


 凩さんのツールだから大丈夫。

 そう思い込んでいた僕たちは、思った以上に落胆してしまった。




 僕たちはすぐに通信機を起動し、失敗だったことを凩さんに報告した。

 調査してなくべく早く改良する、との答えだけ聞いて、素早く通信を終える。


 それからの時間は、またしても重苦しい空気となってしまった。


 いちご……大丈夫かな……?

 待っているだけの時間は、とても長く感じられる。


 いつまで待たせるんだよ!

 凩さんだって必死に頑張ってくれているだろうに、僕の胸には苛立ちばかりが募る。


「……来た……」


 しばらくして、改良版のツールが送られてくる。


「おっ、意外と早かったな!」


 と、ミソシルが反応。

 僕には何時間もの長さに思えたけど、実際には一時間も経っていなかったみたいだ。


 改良版のツールもまた、詳しい使い方の解説があった。


『エンドレスレインを思い描くのではなく、いちごちゃんを思い描いて起動させること。

 いちごちゃんはエンドレスレインと一緒にいるはずだから、それで問題ないと考えられる。

 なお、起動ボタンを押すのは当然、レモンくんになる』


 どうやら、イメージの強さが足りないせいで、さっきは失敗したらしい。

 かなり細かく、それこそ体の隅々まで再現できるほど、しっかりと確立したイメージでないと発動できない、ということのようだ。


 でも、これなら行ける!

 自慢じゃないけど、いちごに関する僕の妄想は、ムービーデジカメなんかよりもずっと高解像度だ!

 ……ほんとに、自慢できることじゃないかもしれないけど。

 とにかく、いちごの顔を声を匂いを体全体を、余すことなくしっかりと思い浮かべる。


 僕のいちご!

 大好きないちご!

 愛するいちご!

 大切ないちご!


 今すぐ、飛んでいきたい!

 抱きつきたい!

 キスしまくりたい!


 ヨダレを垂らしながら、鼻息も荒く妄想するボクに、仲間たちは引き気味っぽかったけど。

 ワープ範囲から外れては困るため、離れるわけにもいかず、困惑している様子だった。


 そんなの関係ないし!

 べつに、ワープするのは僕だけでもいいし!


 実際には僕だけじゃエンドレスレインに勝てないのだから、それじゃダメなのは明らかだけど。

 気持ちの上では僕だけでもいい、むしも僕だけがいちごの胸に飛び込んでいく、くらいの勢いで妄想していた。


 次の瞬間、

 周囲の景色が一変する。


 僕たちのそばには、2つの玉座があった。

 そこには驚いた顔のエンドレスレインと、まったく動じる様子のないいちごが座っている。

 そして僕は、そのいちごに抱きつく形で出現していた。


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