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王宮の近くまで進んでいくと、さらに多くの人が集まっていた。
広場になっている付近に人々が集い、視線をある一ヶ所へと向けている。
そこは王宮の一角に作られたテラスだった。
「これから、国王様が王妃様をお披露目なさるのよ!」
近くにいた女性は嬉しそうに語る。
しばらくして、国王エンドレスレインが姿を現した。
「国民の皆様、本日はよくぞ集まってくださいました。新たなる王妃も、とても喜んでおります」
エンドレスレインの声に、割れんばかりの歓声が巻き起こる。
かなり距離があるのに声が届いてくるのは、魔法的なマイクみたいなものでも使っているのだろうか。
「あれが、国王か……」
「はっはっは、意外と若い雰囲気だな!」
確かに若い。若すぎるくらいの印象だった。
小屋でシルエットドラゴンを通して聞いた重い感じの声から、ある程度の年齢でどっしりと構えたような姿を想像していたのだけど。
実際のエンドレスレインは、僕たちよりは年上に見えるものの、どう考えても二十代くらいとしか思えなかった。
そういえば以前、町にいた女性も二十代後半に見えるとか言っていたっけ。
「……ここはVR世界だから、外見なんてどうとでもなるはず……」
天使ちゃんはそう言うけど、国王という立場を考えたら、もっと威厳のある風貌をしていないと国民の支持も得られなさそうに思う。
といっても、もし本当に記憶の改ざんなどをしているのであれば、そんなことは問題にもならないのか。
「それでは早速、王妃の姿をご覧に入れましょう!」
エンドレスレインに促され、豪奢なドレスを身にまとった女性がテラスの奥からゆっくりと歩み出てくる。
「おおおおお~~~~~~~~~っ!」
さっきまでの何倍もの、轟くような音の洪水が押し寄せる。
僕も目を奪われていた。
そのあまりの美しさに。
だけど――。
「あ……あれって……」
「うん、いちごちゃんだよね」
僕のつぶやきに、フランさんが肯定の言葉を添える。
そう、それはいちごだった。
髪型を王妃らしく変えていて、ぱっと見では印象がだいぶ違ってはいるけど。
あれはいちごだ!
僕の愛するいちごだ!
妻候補の中から、いちごが選ばれてしまったのだ!
エンドレスレインがわざわざ連れ戻しにきたことから、なんとなく予感はあった。
それでも、そうならないことを望んでいた。
その願いは、今ここで儚くも散ってしまった。
「いちご~~~~~~!」
声が届くはずもない。
テラスまではかなり距離がある上、周囲の歓声も凄まじい勢いなのだから、当然のことだった。
「皆様、静粛に」
エンドレスレインの言葉で、辺りは一気に静まり返る。
今ならいちごに声が届くだろうか?
でも、ここで叫ぶような勇気など、さすがにない。
「王妃からご挨拶があります。どうか温かく見守ってやってください」
そう言われ、テラスの中央に立ついちごが口を開いた。
「わたくしが、この方――エンドレスレインの伴侶となりました、イチゴミルクです。いちご王妃とお呼びくださいませ」
凛とした、落ち着いた声が響く。
集まった国民たちはみんな、うっとりとした表情でそれを聞いている。
僕は信じられなかった。
「あんなの、いちごじゃない! いちごはあんな喋り方なんてしないよ! やっぱりあれ、別人なんじゃない!?」
「……いえ、いちごちゃんに間違いはないわ。それはレモンくん自身が、一番わかってるでしょ……?」
「レモンさんの気持ちはわかりますが、どうやら紛れもない現実のようですわね」
なんと言われようとも、受け入れられるわけがない。
僕のいちごが。
僕の妻であるいちごが。
ここは苺ぱるふぇ・オンラインの中ではないけど、髪型以外、姿はまったく同じなのに!
「はっはっは! 確かにいちごちゃんっぽくはないな!」
「ミソシル! そうだよね? お前もそう思ってくれるよね?」
「だが、事実は事実だ」
「う……」
ミソシルが味方になってくれるかと思ったら、そうでもなかったようだ。
「なんだか目も虚ろだね。きっと、国王によって操られているんじゃないかな? 洗脳されている、と言ってもいいかもしれない」
フランさんの分析に、一同頷く。
「だったら、その洗脳を解けば……!」
「……そうね。そのためにも、まずはそばまで行かなきゃならないけど……」
この群集の中をかき分け、さらには何メートルも上に存在しているテラスへとよじ登り、いちごの目の前まで行く。
そんなことは、できそうもなかった。
僕たちは今、王妃の姿を見ようと集まった群衆に囲まれ、ほとんど身動きすら取れない状態にあるからだ。
いちごは淡々とした口調で、自らの気持ちを国民に対して語っている。
エンドレスレインとともにこの国の繁栄を願い、精いっぱい王妃としての使命をまっとうするつもりだ、と。
「あんなの、いちごの本心のはずがない!」
「レモン、わかったから。ここは抑えておくんだ。たとえ国民たちが洗脳されているようなものだったとしても、不審に思われてしまいかねない」
「…………うん、そうだね」
ミソシルのいつになく優しげな口調に、僕は唇を噛みながらも従う。
しばらくして、いちごはテラスの奥に消えた。
すかさずエンドレスレインが締めの言葉を述べると、いちごに続いて去っていく。
王妃をお披露目する場は、随分あっさりとした形で閉会となった。
テラスの周りに集まっていた国民たちも、徐々に町へと戻っていく。
全員、嬉しそうに笑顔をこぼしている。
幸せな生活を送っている証だ。
それを僕たちが壊してしまうのかもしれない。
だとしても、いちごは救わないと!
そもそも、国民たちだって操られ、洗脳されているはずなのだ。
彼ら……女性のほうが圧倒的に多そうだから彼女ら、と言うべきかもしれないけど、この町に住む国民が今感じているのは、エンドレスレインに仕組まれた偽りの幸せでしかない。
全員が苺ぱるふぇ・オンラインから連れてこられた人なのかは定かではないものの、そういった人たちだって救ってあげないと。
僕たちは歩き出す。
エンドレスレインのもとへ。
いちごのもとへ。
決意を新たに、僕たちは王宮への侵入を開始した。
王宮への侵入。
方法は決まっている。
以前に一度使った、通り抜けコンパス。あれを使う。
壁に穴を開けて侵入できる便利ツールなのだから、使わない手はない。
穴を開ける場所も、前回簡単に侵入できたわけだし、同じ地点――門から見て裏手にある、木が密集して生えている地点でいいだろう。
以前の穴はあのあとすぐに消えてしまったはずだから、新たに開け直す必要はあるけど、通り抜けコンパスは僕たちの手の内にある。なにも問題はない。
天使ちゃんが器用にコンパスを操作し、壁に穴を開ける。
その穴を、僕が真っ先にくぐる。
「待ってろよ、いちご。僕がすぐに、助け出してやるからな!」
王宮内の廊下に立った僕は、気合いを握ったこぶしに込め、他の仲間たちが入ってくるのを待った。
全員、無事に通過。
……と思ったところで、事態は悪いほうへと転ぶ。
「ご苦労さん。こちらの読みどおりの行動を取ってくれて助かったぜ」
大勢の兵士が現れ、僕たちを取り囲む。
それぞれが手に武器を構えながら。
「昨日だったか、空間の歪みがあったのを検知済みだって話でな。この付近の警備を強化していたんだよ。もちろん、王宮内の他の場所も手薄にはしなかったが」
エンドレスレインは、僕たちのもとからいちごを奪い去っていった。
僕たちの存在を知っていたわけだから、警戒するのも当然だったのだ。
浅はかな行動を呪うも、時すでに遅し。
僕たちはひとり残らず取り押さえられ、王宮の地下にある牢獄へと連れていかれた。




