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国王エンドレスレインの待つ王宮を目指し、僕たちはひたすら森を歩いていた。
空を飛んでいちごを連れ去ったシルエットドラゴン。
徒歩でしか追いかけるすべを持たないのは、実にもどかしい気分だった。
「いちごが妻候補だなんて……。どう考えてもひどいよ! だいたいいちごは、僕の妻なんだから! 不倫だよ、不倫!」
「はっはっは! それは苺ぱるふぇ・オンラインの中の話だろ?」
「ここは別世界みたいですし、ハピネシアランドって国なんですから、向こうでの婚姻が有効かどうかは疑問がありますわね」
僕の言葉に、ミソシルとクララが揃ってツッコミを入れてくる。
「おいおい、ミソシルもクララも! お前ら、どっちの味方なんだよ!?」
「はっはっは! そりゃあ、レモンの味方だけどな!」
「わたくしたちは、率直な意見を述べただけに過ぎませんわ」
「むぅ……」
仲間たちが意外と冷たい。
大切ないちごをまたしても目の前で奪われてしまったのだから、慰めてくれたっていいと思うのだけど。
「……ミソくんには文句を言う権利があると思う。それを支えてあげている、クララさんにも……」
天使ちゃんからも、そんなふうに言われてしまう。
どういう意味かは、なんとなく理解できた。
だったら僕としては、甘んじて受けるしかないじゃないか。
ただ、その会話はすぐ途切れることになる。
「ここは通さないニョロ!」
モンスターが現れたからだ。
「喋ってるね。しかも、ニョロって……」
ファルシオンさんが困惑気味な声を響かせる。
「……ヘビのモンスターみたいね……」
天使ちゃんの言ったとおり、相手はヘビだった。
この世界のモンスターは苺ぱるふぇ・オンラインとは別もの。ウルフントは違ったけど、中にはこんなふうに喋る生き物だっているのだろう。
なお、ビジュアルアダプターツールのおかげで、見た目は随分と可愛らしくなっている。全身がポップなピンク色だし。
もっとも、本当に可愛いかといえば、そんなことは全然なかった。
なぜなら、そこにいるヘビが巨大だったからだ。
先ほどのシルエットドラゴンほどではないにしても、その大きさに圧倒される。
とぐろを巻いているから正確にはわからないけど、全長10メートル以上はあるに違いない。
あんなヘビに巻きつかれたら、僕たちなんてひとたまりもないだろう。
この世界に来てから、王宮へと向かい、いちごを追いかけて森を抜けてきた僕たち。
道中ではモンスターとも戦った。
夜を経て、ファルシオンさんといちごのいる小屋までたどり着き、シルエットドラゴンと対峙。
再びいちごを奪われ、休む間もなく王宮へと戻っている最中だ。
野営の際に寝たとはいえ、充分な休憩が取れたとは言いがたい。
かなり疲れている状態だった。
しかもこの先には、エンドレスレインとの決戦だって待っている。
ここで無駄に体力を消耗したくはない。
だけど、このヘビは僕たちを通せんぼするように行く手を塞いでいる。
「エンドレスレイン様をおびやかす存在は、排除するニョロ!」
「……って、こいつ、エンドレスレインの手下なのか!」
なんとも、悪趣味だと思えた。
シルエットドラゴンといい、この巨大なヘビといい……。
エンドレスレインは、爬虫類が好きなのだろうか?
と、そんなことを考えている暇はない!
今は目の前の敵をどうにかしないと!
そこで、ファルシオンさんが一歩、前に出る。
「ここは俺に任せて!」
言うが早いか、両手を前方に掲げ、なにやら呪文らしきものを唱え始める。
もちろん、ダンスのような身振り手振りも交えて。
「ファルシオンは、イリュージョニストなんだ」
フランさんが解説してくれた。
「イリュージョニストって……脱出ショーとかをやったりする、あれですか?」
「いやいや、違うよ。幻術使い、と言うべきだったかな。幻を操る魔法が得意なクラスなんだよ」
ファルシオンさんの両手からモヤのようなものが放たれ、巨大ヘビの前になにかが出現する。
それは……。
「……巨大な……カエル……?」
天使ちゃんがつぶやく。
そう、ヘビの前に現れたのは大きなカエルだった。
魔法で幻を見せているのだろう。
だとしても……。
これって間違ってない?
僕は正直、そう思っていた。
ヘビに睨まれたカエル、といった言葉があるように、ヘビとカエルだったら、ヘビのほうが強いことになるはず。
ファルシオンさん、勘違いしてるんじゃないのかな?
でもそれは、無駄な心配だった。
確かに普通なら、ヘビのほうが強いかもしれない。
ただし、サイズが同等程度であれば、という条件つきになる。
ファルシオンさんが出現させたカエルはみるみるうちに膨張し、ヘビの何倍もある超巨大サイズになっていたのだ。
「な……なんだニョロ!?」
困惑するヘビに、カエルが大口を開けて迫る。
パクリとひと呑みにするつもりなのだろう。
「ここは戦略的撤退だニョロ~~~!」
素早い動作で回れ右、ヘビは一目散に森の奥へと逃げていく。
僕たちの勝利だ!
戦ったのはファルシオンさんだけだったけど。
その後は何事もなく、僕たちは無事、町まで戻ってくることができた。
町に入ると、なにやら大騒ぎだった。
最初に来たときから賑わっている印象ではあったものの、輪をかけて騒々しくなっている。
町中に人が溢れ、歓声を上げまくっている様子だった。
「あの……どうしたんですか?」
あまりの狂騒ぶりに若干怖気づきながらも、手近にいた女性に問いかけてみると。
「王妃様が決まったらしいの! それで今日から、国を挙げてのお祭り期間に突入するのよ! ああ、もう、とっても喜ばしいことだわ!」
女性は狂喜乱舞。周囲の人たちも全員、そんな状態になっているようだ。
王宮へと続く道には、とくに大勢の人が溢れている。
僕たちはどうにか身を進めようとはするのだけど、王宮にはなかなか近づけない。
「くそ……! 急いでるってのに!」
「はっはっは! だが、王妃様が決まったということは、いちごちゃんは安全になったんじゃないか?」
「ですが、いちごちゃんこそが、その選ばれた王妃様、というのも否定はできませんわ」
「……確かめないと……」
「うん、そうだね。いちごちゃんだって、レモンくんが来てくれるのを待ってるはずだしね」
「レモンくんって、お兄さんだよね? あの子、兄者はダメダメだとか、悪口ばかり言ってたけど……」
「いちご……恥ずかしがって、そんな心にもないことを!」
「はっはっは! まごうことなく本心だと思うけどな!」
ともかく、こんなところでまごついている場合じゃない。
「よし! 俺に任せて!」
再び、ファルシオンさんが一歩、前に出る。
そして両手を掲げ、呪文を唱え始める。
次の瞬間、地面が割れていた。
「なによ、これ!?」
「きゃ~~~~~っ!」
その場にいた人たちが叫び声を上げ、蜘蛛の子を散らすように割れた地面から逃げていく。
あれだけの群集だったから、混乱して怪我をしている人が出ていないか、心配ではあったけど。
もちろん、地面が割れたのはファルシオンさんの幻術だ。
王宮へ向かってまっすぐ続く道に沿って一直線に、そういう幻を発生させたのだ。
気づいたときには、周囲の道には誰もいなかった。
僕たちの前には今、王宮のすぐそばまで伸びる、誰も通行人のいない一本の道が出現していた。
「幻術って、すごく便利ですね!」
「いや~、それほどでも!」
僕の素直な賛辞に、ファルシオンさんは照れ笑いを浮かべている。
とはいえ、それもここまでだった。
「魔力の消費が激しいのが、欠点ではあるけどね。もう魔力が尽きたから、今日はこれ以上使えないし」
「ちょっと、ファルシオンさん!?」
「あ~……ファルシオンって、こういうところがあるんだよね。後先考えずに行動するっていうか……」
う~む。
エンドレスレインとの決戦を前にして、仲間のひとりがMP0になるなんて。
なんとも不安の残る展開になってしまった気がするな。




