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苺パフェを食べて冒険に出かけよう  作者: 沙φ亜竜
第11章 囚われのいちご
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-2-

「わおぉ~~~~ん!」


 ウルフントのものと思われる遠吠えが響く。

 真夜中。

 焚き火の赤い光とパチパチという音だけが、僕の周囲を包み込んでいる。


 今現在、火の前に並んで座っているのは、見張り役の僕とミソシルだった。


 焚き火を用意しているのは動物除けのためだから、火を絶やすわけにはいかない。

 それに、少し開けた場所に簡易テントを張ってあるとはいえ、森の中には違いない。木々に燃え移ってしまったら大変なことになる。

 といったわけで、僕たちは交代制で見張りを立てることにした。


 ひとりだけでは、なにかあったときに対処できない場合がある。

 だから必ず、ふたりずつ見張りにつく。


 メンバーが5人だから悩んだのだけど、僕、ミソシル、クララ、フランさん、天使ちゃんの順で、2人ずつが役目をこなしていく形を取った。

 時間になったら、1人だけ交代。

 最初は僕とミソシル、次はミソシルとクララ、といった感じで続いていく、といった方式だ。


 正確な時間がわからないのはちょっと問題がありそうだけど、そこは適当に対応する。

 ある程度の時間が経ったと思ったら、交代する人が起こしに行けばいいだろう、と。

 かなり曖昧ではあるものの、それはそれで僕たちらしいとも言える。


 なお、簡易テントは苺ぱるふぇ・オンラインにいるときから持っていたアイテムだ。

 アイテムは基本的に、頭の中にイメージされる所持品欄から選択すれば出現してくれる。重い荷物を抱えて歩いてくる必要なんてない。

 僕がこのアイテムを用意してあったのは、たまにはキャンプなんかをするのも楽しいかな、と思っていたからだったりする。

 結局、苺ぱるふぇ・オンラインのほうで使ったことは一度もなかったのだけど。


 ひっそりとした静かな森。

 焚き火の熱があるから、顔や体の前面は寒くない。

 それでも、背中にはなんとなく冷たさが感じられる。

 これは気分的なものだろうか。


 隣にいるのは、普段は底抜けに明るいミソシルだ。

 でも、一緒に見張りの場についてからは、まったく口を開いていない。


 そりゃあ、簡易テントの中で3人が寝ている状態だから、うるさくするわけにはいかないのは確かだけど。

 少しくらいは会話があってもいいのに……。


 そう思いながらも、僕のほうから声をかけることもできないでいた。

 ミソシルが、なにやら考え込んでいるような顔をしていたからだ。


 パチパチパチ。

 弾けるような音を伴って、炎が一瞬大きくなる。

 そのすぐあと、いきなり火の勢いが弱まった。

 僕は慌てて新しい枝を放り込む。


 そのとき。


「ねぇ、レモン」


 不意に、ミソシルが話しかけてきた。

 いつもの調子じゃない。

 それはすぐにわかった。


「いちごちゃんを追いかけてる、こんなときに言うのもどうかとは思うんだけどさ……」


 口調が、ミソシルじゃない。

 世知(せしる)本来の喋り方だ。

 声も姿も大柄なミソシルのままだから、かなり違和感があったのだけど。

 そこにツッコミを入れるような雰囲気でもなかった。


 今、僕の目の前で話しているのは世知だ。

 そういうつもりで応じる。


「ん? どうしたの?」

「前にさ……もうずっと前だけど……レモン、私に告白してくれたよね」


 告白。

 小学生の頃……5年生だっただろうか。

 僕の初恋で、本気で世知に告白して、そしてあっさりと振られた。


『はぁ~? なに言ってんの? バッカじゃない? 私とレモンは単なる幼馴染みでしょ? それ以上でも以下でもないわ!』


 と、キッパリ断られた。

 そのことを言っているのだろう。


 僕は振られたあと、すぐに「な~んて、こっちだって冗談だよ!」と言ってごまかした。

 だけど……それで告白がなかったことになんて、なるはずもなかったのだ。

 世知はしっかりと、それを覚えていた。


「世知は僕を振ったんだよね」

「……うん、そうなるよね……」


 そうなるよね、って。

 あんなにハッキリ振っておいて、随分と曖昧な言い方だな、とは思ったのだけど。


「でもあれは……いきなりでびっくりしたから……。ほんとは、私……」


 世知は言葉を続けない。

 胸の前に組んだ両手を、もぞもぞと動かしている。

 じっと見つめていると、急にこちらに顔を向け、早口でこう言いきった。


「あのね、レモン! 私はレモンのことが好き!」


 僕は驚いてしまい、なにも答えられなかった。

 いや……なんとなく、わかってはいた。

 世知は学校でも苺ぱるふぇ・オンラインでも、僕にべたべたくっついてきていたのだから。


 友達として好き、という感情でしかなかったら、そこまではできないだろう。

 僕はそう思っていながらも、世知は過去に振られた相手であり、今では単なる友達だという姿勢を崩そうとしなかった。


 世知のことは、もちろん嫌いじゃない。

 好きか嫌いかなら、迷わず好きと言える。


 ただ、今の僕にはいちごが……妹である苺香がいる。

 半分だけとはいえ血のつながった兄妹だけど、苺香のことを本気で愛している。

 だからこそ、無意識に考えないようにしていたのだ。


「あのときはつい、拒絶しちゃったけど……。まだ幼かったから、怖くて勇気が出なかったけど……。でも今なら……」


 世知は僕からの答えを聞きたいはずだ。

 なのに、僕は声を出せないままでいた。


「今さら遅いってのは、わかってる! でも、私は……!」


 ぐいっと顔を寄せ、潤んだ瞳で迫ってくる。

 目の前にあるのはミソシルのごつい顔だから、なんとも妙な気分ではあったけど。

 僕は、答えないと……。


「ねぇ、どうして黙ってるの!? はっきり言ってよ!」


 答えないと……。


「ねぇってば!」


 …………。

 どう答えればいいっていうんだ。

 どうすれば、世知を傷つけなくて済むっていうんだ。


 そんなふうに考えている時点で、答えは出ているようなものだった。

 だというのに、僕は口を開けなかった。


 と、世知が突然、表情を緩める。


「苺香ちゃんがいるもんね、無理だよね」

「…………うん」


 世知に促される形でしか言葉を返せないなんて、僕は本当にダメダメだ。

 自己嫌悪に陥る。

 いや、もうここまで来たら、ちゃんと話すしかないじゃないか。

 僕はじっと世知を見つめ直す。


「今は、苺香のことしか考えられない。うぬぼれかもしれないけど、僕が迎えに行くのを待ってくれてると思うんだ」

「……そうだよね~。うんうん、レモンはそうじゃないと!」


 世知は明るく、笑ってくれた。


「苺香ちゃん……こっちの世界だと、いちごちゃんって言うべきかな? 早く見つけないとね!」

「うん、頑張らないと! 世知も一緒に頼むよ!」

「世知じゃない、ここではミソシルだ! はっはっは、わかってるって! 地獄の底までだってつき合ってやるさ!」


 といったところで、交代の時間になったようだ。

 僕はミソシルに言われ、クララを起こしに行こうとしたのだけど。


「わたくしは、もう起きてますわよ。レモンさん、交代ですわ」


 クララが簡易テントから出てきて、僕の肩をぽんぽんと叩く。


「あとは、わたくしに任せてくださいませ」


 ミソシルは「はっはっは」と笑いながらも、なんとなく寂しげな表情を隠しきれていなかった。

 その様子を、クララも感じ取ったのだろう。


「ん……。よろしくね、クララ」


 僕はそう言い残して、簡易テントの中へと入った。




 テントに入っても、僕はすぐには寝つけなかった。


 小学校5年生だった当時、僕は世知に告白して、見事に振られた。

 さっきの話を聞く限りでは、そう思い込んだ、と言ってもいいのかもしれないけど。


 ともかく、あの日。

 世知本人には、冗談だったと言って笑いながらごまかした僕だったものの、実際にはすごく落ち込んでいた。

 当然、家に帰ってもその気持ちは変わらないまま。暗く沈んだ僕の様子に、苺香が首をかしげていた。


「兄者、どうしたんだ?」


 と訊かれても、答える気力すらなかった。

 苺香は苺香なりに考えたのだろう。

 そして、精いっぱい慰めてくれたのだ。


 よしよしと頭を撫で、優しい言葉を何度もかけてくれた。

 それでも顔を上げない僕に、苺香はさらにこんなことを言った。


「そうだ! お母さんがお父さんにやってあげてた、元気が出るおまじない、してやるよ!」


 おまじない。

 そっと、僕の頬を両手で支えると、

 苺香はそのまま、キスしてきた。


 当時からラブラブだった両親。

 お父さんは3人目ってことになるけど、本当に仲よしだった。


 僕たちに対しては厳格な父親を演じているお父さんには、一方で性格的に弱い部分もある。

 仕事で失敗して怒られることも多かったらしい。

 そんなとき、お母さんはお父さんに元気が出るおまじないだと言って、キスをしていた。

 苺香は、それを真似しただけだったのだろう。


 両親がしていたキスだから、ほっぺたにとかではなく、口と口でする、結構濃厚なやつだったりする。

 子供心に、見ていて恥ずかしかった記憶がもある。

 そのおまじないと同じことを、苺香が僕にしてくれたのだ。


 苺香は小学校3年生だったし、よく覚えていないのかもしれないけど。

 僕は完全に思春期で、異性を意識し始めた頃だった。

 現に世知のことを好きだと認識し、告白したあとだったわけだし。


 おまじないとはいえ、しかも相手が妹だったとはいえ、ファーストキス。

 結果、僕は苺香を異性として意識することになった。


 それからはもう、苺香ひと筋。

 本人に鬱陶しがられるほど、苺香への愛を貫き通していた。


 きっかけはおまじないのキスだけど、理由はそれだけじゃない。

 苺香はいつでも僕を癒してくれた。僕を楽しませてくれた。僕を幸せな気分にしてくれた。

 激しく口は悪いし、僕をペット扱いすることまであるけど、それだって愛情の裏返しだとわかっている。


 兄妹だから結ばれることはなくても、ずっとそばにいたい。

 僕はそう思うようになっていった。

 この気持ちが揺らぐことなんて、あるはずがない。


 将来、たとえどんなに可愛い女の子に告白されたとしても……。


 …………。


 でも、そうか……。

 世知って、やっぱり僕のことを……。

 苺香とは結婚もできないんだし、だったらここは……。


 ……って、なにを考えてるんだ、僕は!?

 そうだ! 疲れてるからだ! 脳細胞がまともに機能していないんだ!

 ちゃんと寝ないと! 明日に備えて! 苺香を助けるために!


 僕は毛布を頭からかぶり、無理矢理眠りに就いた。


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