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「わおぉ~~~~ん!」
ウルフントのものと思われる遠吠えが響く。
真夜中。
焚き火の赤い光とパチパチという音だけが、僕の周囲を包み込んでいる。
今現在、火の前に並んで座っているのは、見張り役の僕とミソシルだった。
焚き火を用意しているのは動物除けのためだから、火を絶やすわけにはいかない。
それに、少し開けた場所に簡易テントを張ってあるとはいえ、森の中には違いない。木々に燃え移ってしまったら大変なことになる。
といったわけで、僕たちは交代制で見張りを立てることにした。
ひとりだけでは、なにかあったときに対処できない場合がある。
だから必ず、ふたりずつ見張りにつく。
メンバーが5人だから悩んだのだけど、僕、ミソシル、クララ、フランさん、天使ちゃんの順で、2人ずつが役目をこなしていく形を取った。
時間になったら、1人だけ交代。
最初は僕とミソシル、次はミソシルとクララ、といった感じで続いていく、といった方式だ。
正確な時間がわからないのはちょっと問題がありそうだけど、そこは適当に対応する。
ある程度の時間が経ったと思ったら、交代する人が起こしに行けばいいだろう、と。
かなり曖昧ではあるものの、それはそれで僕たちらしいとも言える。
なお、簡易テントは苺ぱるふぇ・オンラインにいるときから持っていたアイテムだ。
アイテムは基本的に、頭の中にイメージされる所持品欄から選択すれば出現してくれる。重い荷物を抱えて歩いてくる必要なんてない。
僕がこのアイテムを用意してあったのは、たまにはキャンプなんかをするのも楽しいかな、と思っていたからだったりする。
結局、苺ぱるふぇ・オンラインのほうで使ったことは一度もなかったのだけど。
ひっそりとした静かな森。
焚き火の熱があるから、顔や体の前面は寒くない。
それでも、背中にはなんとなく冷たさが感じられる。
これは気分的なものだろうか。
隣にいるのは、普段は底抜けに明るいミソシルだ。
でも、一緒に見張りの場についてからは、まったく口を開いていない。
そりゃあ、簡易テントの中で3人が寝ている状態だから、うるさくするわけにはいかないのは確かだけど。
少しくらいは会話があってもいいのに……。
そう思いながらも、僕のほうから声をかけることもできないでいた。
ミソシルが、なにやら考え込んでいるような顔をしていたからだ。
パチパチパチ。
弾けるような音を伴って、炎が一瞬大きくなる。
そのすぐあと、いきなり火の勢いが弱まった。
僕は慌てて新しい枝を放り込む。
そのとき。
「ねぇ、レモン」
不意に、ミソシルが話しかけてきた。
いつもの調子じゃない。
それはすぐにわかった。
「いちごちゃんを追いかけてる、こんなときに言うのもどうかとは思うんだけどさ……」
口調が、ミソシルじゃない。
世知本来の喋り方だ。
声も姿も大柄なミソシルのままだから、かなり違和感があったのだけど。
そこにツッコミを入れるような雰囲気でもなかった。
今、僕の目の前で話しているのは世知だ。
そういうつもりで応じる。
「ん? どうしたの?」
「前にさ……もうずっと前だけど……レモン、私に告白してくれたよね」
告白。
小学生の頃……5年生だっただろうか。
僕の初恋で、本気で世知に告白して、そしてあっさりと振られた。
『はぁ~? なに言ってんの? バッカじゃない? 私とレモンは単なる幼馴染みでしょ? それ以上でも以下でもないわ!』
と、キッパリ断られた。
そのことを言っているのだろう。
僕は振られたあと、すぐに「な~んて、こっちだって冗談だよ!」と言ってごまかした。
だけど……それで告白がなかったことになんて、なるはずもなかったのだ。
世知はしっかりと、それを覚えていた。
「世知は僕を振ったんだよね」
「……うん、そうなるよね……」
そうなるよね、って。
あんなにハッキリ振っておいて、随分と曖昧な言い方だな、とは思ったのだけど。
「でもあれは……いきなりでびっくりしたから……。ほんとは、私……」
世知は言葉を続けない。
胸の前に組んだ両手を、もぞもぞと動かしている。
じっと見つめていると、急にこちらに顔を向け、早口でこう言いきった。
「あのね、レモン! 私はレモンのことが好き!」
僕は驚いてしまい、なにも答えられなかった。
いや……なんとなく、わかってはいた。
世知は学校でも苺ぱるふぇ・オンラインでも、僕にべたべたくっついてきていたのだから。
友達として好き、という感情でしかなかったら、そこまではできないだろう。
僕はそう思っていながらも、世知は過去に振られた相手であり、今では単なる友達だという姿勢を崩そうとしなかった。
世知のことは、もちろん嫌いじゃない。
好きか嫌いかなら、迷わず好きと言える。
ただ、今の僕にはいちごが……妹である苺香がいる。
半分だけとはいえ血のつながった兄妹だけど、苺香のことを本気で愛している。
だからこそ、無意識に考えないようにしていたのだ。
「あのときはつい、拒絶しちゃったけど……。まだ幼かったから、怖くて勇気が出なかったけど……。でも今なら……」
世知は僕からの答えを聞きたいはずだ。
なのに、僕は声を出せないままでいた。
「今さら遅いってのは、わかってる! でも、私は……!」
ぐいっと顔を寄せ、潤んだ瞳で迫ってくる。
目の前にあるのはミソシルのごつい顔だから、なんとも妙な気分ではあったけど。
僕は、答えないと……。
「ねぇ、どうして黙ってるの!? はっきり言ってよ!」
答えないと……。
「ねぇってば!」
…………。
どう答えればいいっていうんだ。
どうすれば、世知を傷つけなくて済むっていうんだ。
そんなふうに考えている時点で、答えは出ているようなものだった。
だというのに、僕は口を開けなかった。
と、世知が突然、表情を緩める。
「苺香ちゃんがいるもんね、無理だよね」
「…………うん」
世知に促される形でしか言葉を返せないなんて、僕は本当にダメダメだ。
自己嫌悪に陥る。
いや、もうここまで来たら、ちゃんと話すしかないじゃないか。
僕はじっと世知を見つめ直す。
「今は、苺香のことしか考えられない。うぬぼれかもしれないけど、僕が迎えに行くのを待ってくれてると思うんだ」
「……そうだよね~。うんうん、レモンはそうじゃないと!」
世知は明るく、笑ってくれた。
「苺香ちゃん……こっちの世界だと、いちごちゃんって言うべきかな? 早く見つけないとね!」
「うん、頑張らないと! 世知も一緒に頼むよ!」
「世知じゃない、ここではミソシルだ! はっはっは、わかってるって! 地獄の底までだってつき合ってやるさ!」
といったところで、交代の時間になったようだ。
僕はミソシルに言われ、クララを起こしに行こうとしたのだけど。
「わたくしは、もう起きてますわよ。レモンさん、交代ですわ」
クララが簡易テントから出てきて、僕の肩をぽんぽんと叩く。
「あとは、わたくしに任せてくださいませ」
ミソシルは「はっはっは」と笑いながらも、なんとなく寂しげな表情を隠しきれていなかった。
その様子を、クララも感じ取ったのだろう。
「ん……。よろしくね、クララ」
僕はそう言い残して、簡易テントの中へと入った。
テントに入っても、僕はすぐには寝つけなかった。
小学校5年生だった当時、僕は世知に告白して、見事に振られた。
さっきの話を聞く限りでは、そう思い込んだ、と言ってもいいのかもしれないけど。
ともかく、あの日。
世知本人には、冗談だったと言って笑いながらごまかした僕だったものの、実際にはすごく落ち込んでいた。
当然、家に帰ってもその気持ちは変わらないまま。暗く沈んだ僕の様子に、苺香が首をかしげていた。
「兄者、どうしたんだ?」
と訊かれても、答える気力すらなかった。
苺香は苺香なりに考えたのだろう。
そして、精いっぱい慰めてくれたのだ。
よしよしと頭を撫で、優しい言葉を何度もかけてくれた。
それでも顔を上げない僕に、苺香はさらにこんなことを言った。
「そうだ! お母さんがお父さんにやってあげてた、元気が出るおまじない、してやるよ!」
おまじない。
そっと、僕の頬を両手で支えると、
苺香はそのまま、キスしてきた。
当時からラブラブだった両親。
お父さんは3人目ってことになるけど、本当に仲よしだった。
僕たちに対しては厳格な父親を演じているお父さんには、一方で性格的に弱い部分もある。
仕事で失敗して怒られることも多かったらしい。
そんなとき、お母さんはお父さんに元気が出るおまじないだと言って、キスをしていた。
苺香は、それを真似しただけだったのだろう。
両親がしていたキスだから、ほっぺたにとかではなく、口と口でする、結構濃厚なやつだったりする。
子供心に、見ていて恥ずかしかった記憶がもある。
そのおまじないと同じことを、苺香が僕にしてくれたのだ。
苺香は小学校3年生だったし、よく覚えていないのかもしれないけど。
僕は完全に思春期で、異性を意識し始めた頃だった。
現に世知のことを好きだと認識し、告白したあとだったわけだし。
おまじないとはいえ、しかも相手が妹だったとはいえ、ファーストキス。
結果、僕は苺香を異性として意識することになった。
それからはもう、苺香ひと筋。
本人に鬱陶しがられるほど、苺香への愛を貫き通していた。
きっかけはおまじないのキスだけど、理由はそれだけじゃない。
苺香はいつでも僕を癒してくれた。僕を楽しませてくれた。僕を幸せな気分にしてくれた。
激しく口は悪いし、僕をペット扱いすることまであるけど、それだって愛情の裏返しだとわかっている。
兄妹だから結ばれることはなくても、ずっとそばにいたい。
僕はそう思うようになっていった。
この気持ちが揺らぐことなんて、あるはずがない。
将来、たとえどんなに可愛い女の子に告白されたとしても……。
…………。
でも、そうか……。
世知って、やっぱり僕のことを……。
苺香とは結婚もできないんだし、だったらここは……。
……って、なにを考えてるんだ、僕は!?
そうだ! 疲れてるからだ! 脳細胞がまともに機能していないんだ!
ちゃんと寝ないと! 明日に備えて! 苺香を助けるために!
僕は毛布を頭からかぶり、無理矢理眠りに就いた。




