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「……あ、凩お兄ちゃんから連絡が……」
「連絡? 通信できるようになったの?」
通信機のエネルギーチャージが完了したのかと思ったのだけど、それは間違っていた。
「……ううん。一方的に送るメールみたいなツールも作ってみたんだって。特殊な方法で実現してるから、凩お兄ちゃんにしか扱えないし、こっちから返信することもできない、って書いてあるけど……」
「そうなんだ」
お母さんたちに随時状況報告すれば安心してもらえるかも、といった期待は、一瞬にして崩れ去ってしまった。
まぁ、凩さんがフォローしてくれると言っていたのだから、任せておけばいいだけなんだけど。
ともかく、凩さんからの用件は、僕たちの現状を打開するのに充分役立つものだった。
「……ビジュアルアダプターツールも作ったから試してみろ、だって……」
「ビジュアルアダプターツール?」
それがどんなものか、僕には想像できなかった。
「……使ってみればわかるはず……。えい……」
凩さんを全面的に信用しているからだろう、天使ちゃんはなんの躊躇もなく、ビジュアルアダプターツールとやらを使用する。
その瞬間、僕たちを取り囲んでいた景色が一変した。
「おおっ!」
ミソシルが驚きの声を漏らす。
ミソシルだけじゃない。僕も含めて、みんながみんな、周囲を確認して目を見開いていた。
爽やかな風が吹きぬける草原。
青い空。
小鳥の鳴き声も響いている。
さっきまでの、おどろおどろしく歪んだうねうねとした重く暗い空気は完全に消え失せていた。
まるで数日ぶりに洞窟から脱出した瞬間のように、まぶしくも明るい太陽が僕たちの体を、そして心をも照らしてくれている。
そんな感覚だった。
「そっか、ここって本当はこんなにも美しい世界だったんだ。僕たちは無理矢理入ってきたから、正常に見ることができなかった、ってことだよね?」
僕なりに推測してみたのだけど。
「……いいえ。どうやら苺ぱるふぇ・オンラインのデータを引っ張ってきて、強制的に置き換えているだけみたい……」
とするとこれもまた、この世界を作った誰かの意図した風景とは違う、ということか。
「……そうでもないのかも。なるべく本来の姿に近い形で再現できるように作ってみた、って補足があったわ……」
「この世界が苺ぱるふぇ・オンラインと共通の概念で作られていたり、ある程度共有の素材を用いていたりするなら、本来のイメージどおりに再現することもできそうだね」
フランさんは納得したように頷いていた。
正直、僕にはよく理解できていなかったけど、周囲が明るくなったのは素直に嬉しい。
足もとは見やすくなるだろうし、気分的にも明るくなれる。
「……もっとも、ここが不安定な世界なのは変わっていないみたいだけど。地面にある穴は、今でもしっかり残ってるし……」
「あ、ほんとだ」
天使ちゃんの指摘どおり、見回してみればそこかしこに、大小さまざまな穴がポッカリと口を開けていた。
落ちたらヤバい、という状況は、まったく変わっていなかったのだ。
「ですが、随分と見やすくはなりましたわよね。これなら、不注意で落ちかける心配もほとんどないと思いますわ」
「はっはっは! レモンは危ないかもしれないけどな! いちごちゃんのことを妄想してニヤけながら歩いていたりしたら!」
「ほっとけ!」
文句を返しながらも、否定はできなかった。
ふとした拍子にいちごのことを妄想するのは、僕の日課みたいなものだからだ。
早く見つけ出して、あんなことやこんなことをしたいな。
……でへへ。
「うわっ、コイツ、言ったそばから妄想トリップしやがった!」
「……ヨダレまで垂らして、なにを考えているのやら……」
「ふふっ、さすがですわ、レモンさん」
「でも、本当に穴に落っこちたりはしないように、気をつけないとダメだよ?」
みんなに呆れられたりしつつも、僕たちは雰囲気の様変わりした草原を歩いていく。
様変わりしたのは、周囲の景色だけではなかった。
よく目を凝らして見てみれば、遠くのほうに薄っすらと建物らしきものの姿が確認できた。
そこを目指そう、という話になったのだ。
闇雲に歩くだけではなく、目的地がある。
それだけで、精神的にかなりの違いがあった。
自然と足取りも軽くなる。
建物があるということは、人もいるはずだ。
すでに人のいなくなった廃墟かもしれないけど、草原を散策し続けるのと比べれば、有用な情報が得られる可能性はずっと高い。
僕たちは遠くかすんで見える建物に向けて、一歩一歩進んでいった。
「メェ~!」
突然、動物の声が響く。
羊だ。
……いや、ドリーナだ!
「うおっ! 懐かしいな!」
苺ぱるふぇ・オンラインのマスコットにもなっている、序盤の冒険で頻繁に出会うモンスター、ドリーナ。
つぶらな瞳が愛くるしく、くるくる巻いた形状のツノもラブリー、真っ白でもふもふの毛がとってもキュート。
そんな姿が、僕たちの目を癒してくれた。
「……ほっこりしてる場合じゃない。これ、敵だから……」
「おっと、そうだった!」
ビジュアルアダプターツールのおかげで、見た目が強制的に苺ぱるふぇ・オンラインのデータに置き換えられ、可愛らしい姿になってはいる。
でも実際には、さっき戦って苦戦した動物のガイコツのようなおぞましいモンスターと同じなのだ。
本当にまったく同じなのかは、今の僕たちには確認のしようもないけど。
「みんな、戦闘態勢に!」
「言われなくても、わかってるさ!」
「すでに準備万端です! 焼き尽くして差し上げます! 今日の食事はジンギスカンですわ! お~っほっほっほ!」
クララ……食べる気かよ。
ただ、もし本当の姿があのガイコツだったとしたら、食べるところなんてなさそうに思える。
……って、余計なことを考えている暇はない!
「やっぱり、強い!」
「うん、そうだね。ドリーナとは思えない強さだ。ソードマスターの私の剣すら、あっさりと弾かれるなんて」
「はっはっは! スーパードリーナと命名しよう! ウールも鋼鉄製だ!」
「……変な設定を加えないで……」
「ふふっ、ですが、そんな感じですわね~。わたくしの炎でも、全然燃えてくれません。ドリーナだったら一瞬でチリチリになって、ギャグマンガで爆発したあとの髪の毛みたいになりますのに」
厳しい戦いではあっても、言葉をかけ合う余裕がある。
うん。
僕たちのパーティーは、こうじゃないとね!
ここにいちごがいないのは寂しいけど。
すぐに見つけて合流すればいいだけのことだ!
「モンスターなんて蹴散らして、どんどん突き進むぞ!」
「はっはっは! 当然だ! 猪突猛進だ!」
「猪みたいなのは、ミソシルだけだと思うけど」
「そういうレモンは、猪突『妄』進だな! 妄想の力で突き進め!」
「あまり近づきたくないですわね、そんな人には」
「……いちごちゃんすら、嫌がって逃げ出しそう……」
「ひどい! いちごに嫌がられたら、僕はショック死しちゃうよ!」
「でもレモンくん、普段から結構、嫌がられてなかったっけ?」
「うわっ! フランさんが追い討ちをかけてくるなんて!」
とかなんとか、無駄口を叩きながらも、攻撃の手は緩めない。
ドリーナの数はみるみるうちに減っていく。
そして気づけば敵は全滅。
普段のペースを取り戻した僕たちには、こんなモンスターごとき、なんの障害にもならなかった。
「このまま、あの建物まで一直線だ!」
「おう!」
意気揚々と進んでいく。
だけど、目指す建物はなかなか近づいてこない。
「どうやらあれは、かなり高い建物みたいだね。その周りにも、たくさん建物が並んでるのが見えてきた」
「……ええ、そうみたい。凩お兄ちゃんからの連絡がまた入ってた。町になっていて、大勢の人の反応があるって……」
フランさんが状況を再確認するようにつぶやくと、天使ちゃんがそれに答える。
凩さんの情報によれば、人の反応があるのはその町の付近だけとのこと。
といっても、この世界はかなり広いため、凩さんがチェックできるのは僕たちを中心とした狭い範囲に限られているらしい。
ともかく、人がいるなら行ってみるしかない。
人の反応がそこにしかないのであれば、いちごだってそこにいる可能性が高いのだから。
僕たちは期待を胸に、町へと向かって歩き続けた。




