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苺パフェを食べて冒険に出かけよう  作者: 沙φ亜竜
第9章 えんじゅの思惑
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-4-

 思い思いの場所で寝っ転がって休んでいた僕たち。

 目を覚ますと、天使ちゃんによって集合させられた。


 どういうつもりなのか問いかけてみると、こんな答えが返ってくる。


「……これからみんなには、通信してもらおうと思う……」

「通信?」

「……ええ。正確には、フランさん以外のみんな、ってことになるけど……」


 詳しく聞いてみたところ、僕たちが寝静まったあと、天使ちゃんは通信機を使って凩さんと話していたらしい。

 そこで、僕たちの家に行って、通信できるように場を整えてほしいとお願いした。

 寝る前に話していたサポートに関して、さっそく行動に移していたのだ。


「通信機なんてのもあったんだね」

「……うん。実際は、使うのも初めてだったけど。これまでは、ログアウトしてからケータイで話せばよかったし……」


 ログアウトしたら戻ってこられない可能性がある。

 そのため、通信機を使う手段を取ったということか。

 運営側に感知される危険を承知の上で。


 凩さんは僕の家、世知の家、剣之助の家に電話をかけた。

 わけがわからなかったであろう僕たちの親を必死で説得、一ヶ所に集まってもらえるようにお願いした。

 今、僕の家にそれぞれの母親が集結している状態なのだという。


 家族と直接話して、最終確認する。それが通信の目的だった。

 どれくらいかかるか現状では全然わからないけど、ある程度長い時間、現実世界には戻れなくなる。

 そのことを親にしっかりと話し、納得してもらう必要がある、と考えたのだろう。

 それで天使ちゃんは、一旦休憩を挟もうと提案した。


 通信機があるのだから、少し移動してから話してもよさそうに思えたけど、そうもいかなかった。

 なぜなら、こちらの世界で正常にログアウトできるのかすら、確認できていないからだ。

 この場所であれば、空間を切り裂いてできた穴がまだ残っているため、苺ぱるふぇ・オンラインの世界まで戻ることができる。

 そうすれば、問題なくログアウトできるはずだ。


 ただ、その穴もしばらくすれば消えてしまう。

 再び空間を切り裂くことができるかも不明。

 だからこそ、今ここで、このタイミングで、確認しておく必要があったのだという。


 なお、現実世界の時間は現在、昼間の10時くらい。しかも平日だ。

 学校は欠席してしまったことになる。

 といっても、無断欠席にならないよう、体調不良で休む旨をすでに連絡済みらしい。


 今日は金曜日。明日から週末だし、少しのあいだだけなら、どうにかごまかせるかもしれない。

 それでも、今日からの3日間で解決できる問題とは思えなかった。


『そっちのみんなとは、初めましてになるね。俺がえんじゅのいとこの凩です』


 爽やかな印象の男性の声が、通信機から響いてくる。

 音量はあまり大きくなかったけど、どうにか全員で聞くことができそうだった。


「……凩お兄ちゃん、みなさんへのお話は済んでる……?」

『ああ、一応、説明はさせてもらった。これから1人ずつ、それぞれのお子さんと話してもらうから』


 という通信が入った直後、女性の声が聞こえてきた。


『剣之助、いるかい?』

「うわっ、母ちゃん!」


 剣之助が答える。

 正確には、姿も声もクララのままなのだけど。


『あんた、なに女の子みたいな声を出してるんだい?』

「いや、その……あははは、まぁ、それはいいじゃないか!」


 普段どおりの調子で話す剣之助。

 さすがに、クララのお嬢様口調で母親と喋るのは、いくら能天気なこいつでも恥ずかしいらしい。


『ところで、話はだいたい聞いたけど、あんた、大丈夫なのかい?』

「うん、大丈夫だよ」

『ま、あたしにゃ、よく理解できなかったんだけどね。でも、お友達のために、行かなきゃならないんだろ?』

「うん。止めたって行くからね?」

『あはははは! 止めたりなんてしないよ! 頑張って、行ってきなさい!』

「もちろんだよ!」


 なんとも、あっけらかんとした感じだった。

 この親子なら、まぁ、こんなもんだよな、と妙に納得できるけど。


『世知、私よ』


 次に聞こえてきたのは、世知のお母さんの声だった。


『昨日、あなたが帰ってこなくて、私、心配で心配で……』

「お母さん……」


 世知のお母さんは、一度、苺ぱるふぇ・オンラインをやめさせようとしていた。

 世知自身が閉じこもっていたという理由もあったにせよ、やめさせようとした事実に変わりはない。

 あのときは、僕たちが必死に説得することで納得してもらえた。

 とはいえ、失踪事件の話は知っていたのだから、ずっと不安を抱えていたはずだ。


 剣之助のお母さんだって、事件については聞き及んでいたに違いない。

 そうだとしても、あの豪快な性格を考えれば、気に病んだりするとは思えなかった。

 それに対し、世知のお母さんの場合、いろいろと悩みすぎて精神的に追いつめられていた可能性が高い。


『帰って……こないの……?』

「うん。まだ、帰れない。やることがあるから」


 気弱な母親からの問いかけに、世知は毅然と立ち向かう。

 言うまでもなく、その声はミソシルの太い男性ボイスだったりするのだけど。


『そう……』


 世知を引き止めるつもりなのかな?

 と思ったのだけど、続けられた言葉はその予想とは真逆だった。


『行ってらっしゃい。応援してるわ。気をつけるのよ?』

「うん、わかってる」


 意外にあっさりと、世知のお母さんは引き下がった。

 きっと、心の中では激しい葛藤があったに違いない。

 それでも最終的には、娘の意思を尊重しよう、という考えに至ったのだろう。


 さて。

 残るは僕のお母さんだ。


『レモン……』

「お母さん」


 お互いに呼び合う。


 僕の意思は決まっている。

 いちごを助けなければならない。

 それは絶対だ。


 なにを言われようとも、決意は揺るがない。

 そう考えていた。

 でも――。


『うっ……ううう……』


 聞こえてきたのは、お母さんの泣き声だった。


 どんなにつらい状況にあったとしても、僕や苺香の前では決して涙を見せなかったお母さんが。

 苺香がいなくなったと知ったあとも落ち着いた様子で知り合いに電話をかけ、警察の事情聴取の際にもハキハキと答えていたお母さんが。

 泣いている。

 声を上げて、泣いている。


『ちょ……ちょっと、瑞樹さん、しっかりして』

『気を強く持とうって、さっき3人で話し合ったじゃないの』


 お母さんを気遣う他の2人の母親の声が、通信機を通して響いてくる。

 そんな中、お母さんは泣き続けるばかり。

 しばらくして、ようやく僕に話しかけてくる。


『苺香がいなくなって、その上レモンまでいなくなったら、私……っ! ううううう……』


 僕には、なんと声をかけていいか、まったくわからなかった。

 通信機を通して届けられる嗚咽を呆然と聞いている僕に向けて、天使ちゃんが口を開く。


「……レモンくん、あなたはログアウトしなさい……」


 ログアウトする。

 すなわち、ここにはもう、戻ってこられない。


「それだと僕は……」

「……ええ、戻ってこられないと思う。でも、親御さんにこんなにも心配をかけているんだもの、連れていくわけにはいかないわ……」

「そんな……」


 苺香のことを一番心配しているのは、この僕だ。

 僕が苺香を迎えに行かないなんて、そんなのありえない。

 そう思っているのに、反論の言葉も出ない。

 お母さんの気持ちが、痛いほど伝わってきていたからだ。


 僕は、どうすべきなんだ?


 みんなに目を向けてみる。

 なにも、言ってはくれない。

 すべて僕自身の判断に委ねられている。


 天使ちゃんは、ログアウトするように言った。

 お母さんの心情を考えたら、そうしたほうがいいようにも思える。


 だけど、

 僕自身の気持ちはどうなのか。

 そんなの、言うまでもない。


 ぐっ!

 右手をぎゅっと固く握る。


「僕は行くよ!」


 力強く言いきった。


『レモン……』


 まだ涙まじりのお母さんの声が聞こえる。

 それで迷うほど、決意は弱くない。


「僕が苺香を連れて帰るから、それまで待ってて! それに、僕には頼れる仲間たちもいる。お母さん、僕の初めてのワガママ、許してよ!」


 沈黙が流れる。

 息をすることさえ遠慮してしまうほどの、重苦しい沈黙。

 やがて、通信機の向こうから応答が来た。


『……本当に初めてだったかしら。苺香ちゃんほどじゃないけど、レモンも昔は結構ワガママ言ってたのよ?』

「うっ……」

『でも、レモンだって大きくなってるんだものね。私も成長しなきゃ』


 そこで一旦言葉を区切り、お母さんは大きく息を吸い込んだ。


『レモン、行ってらっしゃい。そして、苺香ちゃんを絶対に連れて帰ってきて!』

「うん、もちろんだよ!」


 お母さんの迷いは、完全に吹っ切れたようだ。

 僕も元気よく、返事の声を響かせた。


『苺香ちゃんが戻ってきたら、お仕置きしないとね! お尻が赤くなるまでペンペンしてやるんだから!』

「あははは、お手柔らかにしてあげてね」

『あら、なに言ってるの? レモンだってお尻ペンペンだからね?』

「えっ、マジで?」

『ふふっ、冗談よ。帰ってきたら、ふたりとも笑顔で迎えるわ』

「うん」


 笑顔で繰り返される、僕たち親子の温かな会話。

 ほのぼのとした雰囲気に包み込まれていた。

 そんな時間も、長くは続かない。


「……通信、そろそろ切れるわ。エネルギーがゼロになる……」

「あっ、そうなんだ。えっと……みなさん、僕たち頑張ってきます。だから、安心して待っていてください!」


 と言った瞬間、プツッという音がして、通信は途切れてしまった。

 中途半端だったかもしれないけど、向こうには凩さんがいる。

 エネルギー切れだというのは伝えてもらえるだろう。


「エネルギーがゼロって、もう通信できないってこと?」

「……エネルギーのチャージはできる。でも、それが完了するまでは使えなくなる……」


 つまり、今後も使うことは可能なものの、連続使用はできないということか。

 どちらにしても、運営側に感知される危険性を考えれば、頻繁に使うわけにもいかないだろうけど。


 とにかく、僕たちは頑張るしかない!

 苺香を……こっちの世界だから、いちごと呼ぶべきか……最愛の妹を助ける!

 当然、フランさんの友人、ファルシオンさんも助ける!

 なるべく早く目的を果たして、お母さんたちの待つ現実世界に戻るんだ!


「みんな、行こう!」

「おうよ!」

「ええ!」

「……うん……」

「そうだね、頑張ろう!」


 僕たちの新たな冒険が、今こうして幕を開けた。


 待ってろよ、いちご!

 絶対に迎えに行ってやるからな!


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