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メールが届いていた。
仲間たちから。
何通も、何通も。
着信音が鳴ると、そんなわけないと思ってはいても、苺香からのメールなんじゃないかと期待してしまう。
僕はメールを確認するたびに、深いため息をついていた。
お母さんからは、もう苺ぱるふぇ・オンラインの世界には行かないように言われている。
当然だろう。
苺香だけじゃなく、僕まで失踪してしま危険性があるのだから。
僕は自分の部屋に閉じこもり、何日もの時間を無駄に費やしていた。
だけど、みんな心配してくれている。
フランさんからだって、メールが届いている。
いや、文面を見れば、フランさんが一番気にかけてくれているようにすら感じられた。
世知や剣之助やえんじゅ先輩は、一度僕の家まで来て状況がある程度把握できているはずだけど、フランさんはメールで簡単に伝えただけでしかない。
どんな状況なのかよくわからず、ずっと心配な気持ちを抱えているのだろう。
実際には、仲間たちの誰かがオンライン上で話してくれたとは思う。
そうだとしても、状況が一番よくわかっているのはこの僕だ。
フランさんだけじゃなく、他のみんなだって、その後どうなったのか、話を聞きたがっているに違いない。
だからこそ、メールを何度も送ってきている。
オンラインで話したいと、懇願してきている。
直接顔を合わせて、みんなと話さなきゃ。
この場合、苺ぱるふぇ・オンライン上で、ということにはなるけど。
VR系のゲームはリアルな感覚を得られる場所で、仮想現実ではあってもお互いにキャラクターとしてそこに存在している。
だから、顔を合わせるという表現で問題ない、と僕は考える。
のそのそと身を起こし、ノートパソコンの電源を入れる。
なんとなく動作が遅くなってしまうのは、少し久しぶりになるせいだろうか。
みんな、怒ってるかな?
そんな思いがあるのも、気持ちを重くしている原因になっていそうだ。
僕はヘッドホンを装着し、苺ぱるふぇ・オンラインを起動する。
ベッドに横たわり枕に頭を乗せると、すーっと眠り込むように、仮想世界の中へと意識が飛んでいった。
「レモン! よかった、意外と元気そうな顔してるじゃないか!」
オンしてすぐ、呼びかけられる声が聞こえてきた。
ミソシルだ。
「来てくださったんですね」
クララも泣きそうな顔で駆け寄ってくる。
「……心配してた……」
天使ちゃんもいつもどおりの静かな調子ながら、素直な思いを口にする。
「話はみんなから聞いてるけど、大変なことになってるね……。レモンくん、大丈夫? もしずっと寝てないようだと、体を壊しちゃうかもしれないよ?」
フランさんも、温かな声で話しかけてくれた。
みんながみんな、
心配してくれていた。
苺香のことを。
そして、僕のことを。
「はっはっは! なんたって、オレたちは仲間だからな!」
ミソシルが僕のモヤモヤした気持ちを一気に吹き飛ばすような大声で笑う。
その瞳がやけにうるうるしていたように見えたのは、僕の思い違いだろうか。
とりあえず、僕たちはいつものオープンカフェのテーブルへと着く。
すでにみんなで少しは話していたみたいだったけど、僕は改めて現状を語った。
状況を一番よく把握しているのは僕だ、とはいっても、いちごの行方に関してはなにもわかっていない。
お母さんから、もうこのゲームはするなと言われたこと、
警察官が来て、苺ぱるふぇ・オンラインについていろいろと訊かれたこと、
詳しい調査をしてみても、苺香が外に出た形跡は見つからなかったこと。
僕からはその程度の情報しか提供できなかった。
あとは、警察の調査待ち、ということになるだろうか。
実際、苺香のアカウントから、運営会社側にデータの提出を求めているらしいけど。
他の失踪事件でも、ログアウトしてオフライン状態になっているだけで異常は見つかっていないとの話だから、結果はあまり期待できそうもない。
「やっぱりこれは、ファルシオンのときと同じ、ってことなのかな? 現実世界でファルシオンがどうなったのか、私には確認できないけど」
フランさんの言葉に、答えられる者がいるはずもない。
いくら頭を悩ませたところで、僕たちには解決策が思いつかない。
僕があのとき、いちごから目を離さなければ……!
そよ風の気持ちよさにうとうとしてしまったのを悔やむ。
僕があのとき、もっと必死になっていちごを助けていれば……!
回復魔法がかけられる距離まで、いちごに近づけなかったのを悔やむ。
そもそも、僕があのとき、新婚旅行だなんて言い出さなければ……!
いちごとの結婚に浮かれまくっていたのを悔やむ。
「そんなに自分を責めないでくださいませ」
声に出してはいなかったはずだけど、表情には出てしまっていたのだろう。
クララの手が優しく肩に触れる。
「そうだぞ。いちごちゃんのことは、オレたち全員が同罪なんだからな!」
「……レモンくんは悪くない……」
「いちごちゃんと同じ前衛として、私ももっと気をつけて目を向けていなければならなかったよね」
全員、僕を気遣ってくれているのはわかった。
でも、なにも答えることができない。
みんながみんな、僕と同じように、悔恨の念を抱いていることもわかった。
それでも、なにも口にすることができなかった。
僕はうつむき、ただただ塞ぎ込む。
顔を上げる気力すら持てない。
以前、僕は考えたことがあった。
苺香と一緒に遊ぶことも、話すことも、会うこともできないとなったら、生きていく気力も失うだろう、と。
この世界での結婚式のあと、僕の部屋に苺香が来たときだ。
あのときは、苺香に軽蔑された結果、そういう状態になることを想定していたけど。
今は苺香がどこにいるかすらわからない。
それどころか、生きているのか死んでいるのかすらも……。
って、僕はなにを考えてるんだ!
頭の中では様々な思いが駆け巡っていたものの、僕自身はうつむいたまま……というよりも、完全にテーブルに突っ伏したまま、身動きすることもできなかった。
みんなは優しく言葉をかけ続けてくれている。
それすらも、耳から耳へと素通りしていくばかり。
そんな中、小さいながらも澄んだ声が響いた。
「……ごめんなさい……」
え……?
どうして謝ってるんだ?
「……全部、ボクが悪かったの……」
ゆっくり顔を上げた僕の目に移り込んできたのは、深々と頭を下げている天使ちゃんの姿だった。




