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自分の部屋を飛び出し、苺香の部屋の前へ。
「苺香、いるか?」
ドアをノックしながら、声をかけてみる。
返事はない。
苺香からは、勝手に部屋に入るなとしつこく言われている。
とはいえ、鍵がかけられるような構造にはなっていない。
「開けるぞ!」
素早く言って、ドアを引き開ける。
苺香の姿はない。
普段、苺ぱるふぇ・オンラインで遊ぶときにはベッドに寝っ転がっている。
僕と苺香だけでなく、おそらく他の人たちも、ほとんどがベッドや布団に横になっていると思う。
苺香のベッドは、もぬけの殻だった。
ただ、薄手のかけ布団が乱れ、半分床に落ちている。
シーツにシワができていることから考えて、そこに苺香いたのはまず間違いないだろう。
そっと触れてみる。
温もりはない。
それは当たり前だ。
僕たちは苺ぱるふぇ・オンラインの中で、一時間以上待っていたのだから。
ベッドの脇、ちょうど枕のすぐ横になる位置に、移動式のキャビネットが置かれている。
その上に、ノートパソコンが開かれた状態で存在していた。
パソコンは起動中。苺ぱるふぇ・オンラインのシステムも起動したままだ。
そこでちょっとした違和感を覚える。
なにかが足りない。
……そうか、ブレイン・インパルスのヘッドホンがないんだ!
他になにか、おかしな場所がないか。
僕は部屋を見回してみた。
ゲームが終わったら食べようと思っていたのか、テーブルの上にはお菓子が置いてある。
それは食いしん坊な苺香だから、ごくごく自然なことと言える。
ハンガーにかけて吊るしてある制服が、今にも落ちそうなほど斜めにずれている。
それも苺香がゲームやりたさに急いでかけただけだと考えられるので、なんの問題もない。
カーテンは閉まっている。
窓を確認してみると、しっかりと鍵がかけられていた。
苺香がいた形跡はある。なのに、本人の姿はない。
ブレイン・インパルスのヘッドホンとともに、忽然と消えてしまった――。
そういうことになるのだろうか?
……いやいや、そんなわけない。
急な尿意を感じ、慌ててトイレに行ったとか。
あまりに慌てていて、ヘッドホンをつけたままで……。
それはありえないか。
VR系のゲーム中、尿意や便意は感じないし、漏らしたりもしないように制御されているらしいのだから。
どういう仕組みになっているのかは、僕にはよくわからないけど。
あっ、でも、ログアウトしたあとなら、可能性があるか。トイレでも、お風呂でも。
そんなの、見に行って見ればすぐにわかる。
足早に階段を駆け下り、ドアを開け放ってみるも、トイレにもお風呂にも苺香の姿はなかった。
考えてみれば、いきなりトイレのドアを開けたりして、本当に苺香が入っていたら、僕はどうするつもりだったんだか。
すぐさま謝罪したとしても、絶対にボコボコにされてしまっていただろうな。
さて、困った。
トイレにもいない。お風呂にもいない。
あとは、どこを探せばいい?
キッチンからは、いい匂いが漂ってくる。
一階にはお母さんがいて、キッチンで夕飯の準備をしていた。
そうだ。お母さんが、なにか知ってるかも。
僕はキッチンに駆け込み、お母さんに苺香が来なかったか聞いてみた。
結果は、否。見ていないという。
「苺香ちゃん、どうかしたの?」
逆にお母さんからの問いかけが来る。
どう答えていいものやら。
「ちょっと、見当たらないんだ。どこかに出かけたのかな~?」
そんなふうに軽く答えておく。
まだ本当に失踪してしまったのかわからないのだから、余計な心配をかけるべきではない。
「学校から帰ってきて、すぐに部屋にこもったはずだけど。いつもみたいに、ゲームをやってるんじゃなかったの?」
「あ……うん、やってたんだけどね。今日はもう終わったから」
「あら、そう。でも、もう夕飯の時間だから、すぐに帰ってくるんじゃない? レモンと違って、苺香は食いしん坊だし」
「……そうだよね」
僕だって、そう思いたい。
だけど――。
不安を悟られないよう、足早にキッチンを出る。
そのまま僕は玄関へ。
もし苺香がどこかに出かけたのだとしたら、靴も一緒になくなっているはずだ。
靴は……あった。
苺香がいつも学校に行くときに履いている靴が、玄関にはちゃんと揃えて置かれてあった。
苺香のことだから、脱いだ瞬間はそこら辺に転がされていたと思うけど。
おそらくお母さんが揃え直したのだろう。
苺香の靴は、それ一足だけではない。
下駄箱のドアを開け放ち、隅々まで目を通してみる。
苺香の靴が全部で何足あるか、完全に把握してはいないものの、空いている場所がないのだから、なくなった靴はないと考えられる。
苺香の部屋の窓には、内側から鍵がかかっていた。
玄関から外には出た様子もない。
苺香は……家の中にいる……?
そうとばかりは言えないか。
靴も履かずに急いで飛び出していったとか……。
いや、そんな可能性、ほとんどゼロに等しい。
ほとんどゼロ。イコール、ゼロではない。
万にひとつの可能性に賭け、僕は玄関のドアを開けてみた。
と、そこには、見知った顔があった。
苺香がいた、というわけでない。
玄関前に立っていたのは、世知と剣之助だった。
ふたりとも、激しく息を切らしている。心配して駆けつけてきてくれたのだろう。
「はぁ……はぁ……。苺香ちゃん、いた?」
僕は首を左右に振る。
「そう……なのね。もう随分と暗くなってるのに……」
とりあえず、ふたりを家の中に招き入れ、苺香の部屋まで案内する。
もう一度、よく確認してみよう、と考えたのだ。
僕以外の目線で見れば、なにか手がかりがつかめるかもしれない。
でも結局、世知も剣之助も、苺香の居場所のついて推測することすらできなかった。
しばらく沈黙の時間が続いたところで、インターホンのチャイムが鳴り響く。
「苺香が帰ってきた!?」
僕の顔に一瞬、喜びが溢れた。
苺香が自分の家のインターホンを鳴らすはずがないというのに……。
一階まで下りてみると、すでにお母さんが玄関のドアを開けていた。
訪ねてきたのは、えんじゅ先輩だった。
先輩もまた、世知たちと同じように、心配して来てくれたのだ。
電車も使って30分くらいかかる場所にある家から、わざわざここまで。
世知と剣之助、さらにはえんじゅ先輩まで集まってきている現状。
その様子に、さすがのお母さんも不安げな顔を見せる。
詳しく話しておくべきだろうか?
……いや、まだ早い。
昔のように、どこかで眠りこけているだけなのかもしれないし。
余計な心配をかけさせるわけにはいかない。
「苺香、どこかに出かけたみたいだから、ちょっと探してくる!」
僕はそれだけ言って、玄関から飛び出した。
みんなもあとに続く。
辺りはもう、すっかり暗くなっていた。
そんな中、なんのあてもなく闇雲に探す。
見つかるはずもない。
公園、川原、中学校付近。
必死に走り回ってはみたけど。
結果は無駄足。手がかりすら得られなかった。
「これって……話題になってる、あの失踪事件……なのかな?」
世知がつぶやく。
「そんなわけない! 苺香は、帰ってくる! 僕の大切な妻なんだから!」
「それはゲームの中だけだろ~?」
剣之助が茶化してくる。
そんなことが言える雰囲気ではなかった。にもかかわらず、あえて口にした。
少しでも明るい雰囲気にしよう、という剣之助の意図は充分に伝わってきた。
「そうだけど、苺香が大切ってのは変わらないよ」
「うん、そうだよね。わかってるよ」
世知は沈んだ表情のままだった。
苺香を心配する度合いは僕が一番強いはずだけど、世知だって剣之助だってえんじゅ先輩だって、仲間として同じ思いを抱いてくれている。
とはいっても、すでにかなり遅い時間となっている。
これ以上拘束しては、みんなの親御さんにまで心配をかけることになってしまう。
みんなを説得し、今日のところは、と帰ってもらうことにした。
僕も家に帰り、お母さんに苺香が見つからないことを話す。
「友達の家に遊びに行ったとかじゃなくて?」
「うん、たぶん」
お母さんは、慌てて苺香の友達の家に電話をかけ始めたけど、案の定、見つからなかった。
苺香はどこにもいない。
いつになっても戻ってこない。
僕は寝ずに帰りを待った。
お母さんも、仕事から帰ってきたお父さんも、眠れなかったことだろう。
気づけば、いつしか朝になっていた。
苺香は帰ってこなかった。
それからすぐ、警察に捜索願を出した。
警察官が来て、いろいろと事情を聞かれた。
苺ぱるふぇ・オンラインで遊んでいたことも話した。
苺香の部屋も、警察によって調べられた。
それでも、手がかりはなにも得られなかったようだ。
今、
僕のそばに苺香はいない。
大好きな苺香がいない。
大切な苺香が、いない――。
僕は学校を休み、自分の部屋に引きこもった。




