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-4-

 戦闘にあまりにも時間がかかりすぎる場合、なんらかの異常があると見なされるのか、モンスターたちがすべて消える、という仕様がある。

 そんな状況になったのは、初めての経験だったけど。

 ともかく、僕たちは助かった。

 でも、すべての苺大福スライムが消え去ったあと、いちごの姿はどこにもなかった。


 ヒットポイントがゼロになって、死んだ。

 それはおそらく間違いない。


 いちごの声が聞こえてきたわけでも、回復魔法のターゲットとして捉えることができたわけでもない。

 ただ、無数の苺大福スライムに囲まれた状態で、必死にもがいていたのか、たまに見え隠れするいちごの腕なんかは確認できていた。

 それも途中までで、いつからかまったく見えなくなったことから、ヒットポイントが尽きて、その場に倒れてしまったのだと考えられる。


 死んでしまったとしても、この世界では死体が残ったりはしない。

 ヒットポイントがゼロになり、地面に倒れた瞬間、死んだ人は消え去る。

 そしてペナルティーとして数分のタイムラグがあったあと、拠点の町で復活する。


 リアルな感覚を味わえるVR系ゲームではあっても、痛みを感じることはない。

 正確には、ちくっとした痛みくらいは受ける。

 それでも、死ぬほどの強烈な痛みや苦しみを味わうなんてことは絶対にない。


 いちごは大量のモンスターに囲まれ、怖い思いはしてしまったかもしれないけど、所詮はゲームなのだから、「あ~あ、死んじまったな!」といった軽いノリで済むはずだ。

 町で待っていれば、すぐに会える。


「町に戻って、いちごの帰還を待とうか」


 僕の提案に、みんな黙って頷く。

 こうして僕たちは、いちごを死なせてしまった、という重苦しい空気に包まれたまま、拠点の町までワープした。




「きゅう~~~ん」


 ワープして町まで戻ると、僕のすぐそばにチビがいた。


「お前、どこに行ってたんだよ?」

「きゅう~~~ん……」


 どことなく寂しそうな鳴き声が響く。


「いちごと一緒じゃなかったのか?」

「きゅう~~~ん……」


 なにを訊いても、同じ鳴き声しか返ってこない。

 チビが人間の言葉を理解しているのかは、僕にはわからないけど。


「チビに訊いたって、答えられるわけないだろ。ちょっと落ち着けって、レモン」

「ミソシル……。うん、そうだね」


 いちごを守ってやれなかった。

 悔恨の念に囚われていた僕は、若干……というか、かなり混乱気味だったのだろう。

 周囲で見ている仲間たちが心配して声をかけてくるくらいに。


「それにしても、チビがいちごのそばから離れてるなんて……」


 ずっといちごにくっついていて、すごく懐いていたチビ。

 そのチビが、たった一匹でここにいる。

 不安が冷たい雪となって僕の胸に降り積もる。


「なにを言ってますの? チビの飼い主は、レモンさんですわよ? レモンさんのそばにいて、なにがおかしいんですの?」

「あ……そうだった。いつもいちごにベッタリだったから、すっかり忘れてた」


 チビの飼い主は僕。

 だから、ここにいるのだって当然。

 クララの言うとおりだ。

 それなのに、不安な思いは払拭することができなかった。


「ま、チビと一緒にいちごちゃんの帰りを待とう。なに、すぐ帰ってくるさ!」

「ん……そうだよね」

「きゅう~~~ん……」


 やはり鳴き声に力強さが感じられないチビとともに、僕たちはオープンカフェの席に座り、静かにいちごの帰還を待つことにした。


 数分後。

 いちごは帰ってこない。


 数十分後。

 いちごはまだ帰ってこない。


 遅い。遅すぎる。

 無意識に、貧乏揺すりしてしまう。

 僕の悪い癖だ。


 ゲームの世界に入ってまで、貧乏揺すりなんてするなよ。

 いちごに指摘されたこともあった。


 時間はただただ無意味に過ぎていく。

 そして、一時間後――。

 いちごの姿は、やはりなかった。


 どうなってるんだ?

 いくら考えても、答えは出ない。


 嫌な予感がした。

 強烈な闇が、僕の胸の中で激しく渦巻き、不安をかき立てる。


 いちご。

 いちご。

 僕のいちご。


 どうして帰ってこないんだ?


 早く戻ってこいよ。

 旦那である僕のもとへ。

 ……ペットである僕のもとへ、でもいいから。


 誰も喋らない。

 重苦しさを増し続け、すべてが凝縮してビッグバンを引き起こすのではないかと思うほど、僕の心は乱れまくっていた。

 次第に息をすることすら困難になってくる。


「これは……明らかに異常だよね」


 もうこれ以上は耐えられない。

 今さらかもしれないけど、僕は改めて口にしてみた。


 みんな、同じように考えていただろう。

 みんな、同じことを考えていただろう。


 頭の中を駆け巡る、『失踪』の二文字――。


 そんなこと、あるわけない。

 とは、言いきれなかった。


 いちごのことだから、笑いながらひょっこり帰ってくる。

 そう思いたい。

 だけど、それはあまりにも楽観的すぎる。




 僕はふと、何年か前の出来事を思い出した。

 苺香が夜になっても帰ってこなくて大騒ぎした事件だ。

 事件といっても、警察のお世話になったわけではないけど。

 あのときは、家族総出で必死に探し回って大変だった。


 まだ小学校の低学年くらいだった苺香。

 苺香の友達の家を片っ端から当たっても、まったく行方がつかめない。


 雨も降ってきたってのに、苺香のやつ、どこでなにをしてるんだ。

 心配で胸が張り裂けそうだった。

 見つけたら、思いっきり叱ってやろう。そう思っていた。


 当時の僕は、お兄ちゃんなのだから、苺香をしっかりしつけないと、といった考えを持っていた。

 と同時に、お兄ちゃんなのだから、苺香をしっかり守らないと、といった考えも持っていた。

 ……いや、それは今でも変わらないか。


 今考えると、なにか事件に巻き込まれたとか、誘拐されてしまったとか、そんな可能性もありえたわけで、すごく恐ろしくなってくるけど。

 そのときの僕は、苺香は絶対どこか近くにいるはずだ、と確信していた。


 ようやく苺香を見つけたときには、いつもなら寝ている時間になっていた。

 というより、苺香は実際に眠りこけていた。

 川原の片隅、川にかかっている陸橋の下で。

 捨てられた子猫と一緒に。


 聞けば、捨て猫の入ったダンボールが、川原の道端にひっそりと置かれていたのだという。

 なんとなくふらふらと川原まで来た苺香は、それを見つけた。

 うちではペットは飼わない。以前に飼いたいと駄々をこねた際、お母さんからそう言われたのを覚えていたのだろう。

 苺香は、子猫を連れて帰ることはできない、と判断した。


 その場で可愛がっていると、いつしか雨が降り出した。

 猫ちゃんが濡れちゃう。

 苺香はダンボールを抱え、陸橋の下まで移動させた。


 子猫が入っているダンボール。さほど大きくはない。

 それでも、まだ小さかった苺香にとっては、かなりのサイズとなる。

 うんしょ、こらしょ、と運び終えた苺香は、力尽きて眠ってしまったらしい。


 そんな苺香を、僕は見つけた。

 すぐに両親も駆けつけてきた。

 苺香を見つけたら叱ってやる、と考えていたはずなのに、妹の無事な姿を見て安堵した僕は、ただただ涙を流すばかりだった。


 なに泣いてるんだ?

 当の本人は、そう言いたそうなキョトンとした顔で僕を見つめていたっけ。

 ちなみに数日後、子猫は苺香の友達の家に引き取ってもらえることになった。




 そうだ。

 あのときとは状況が違うけど。

 苺香がいなくなったのなら、僕が迎えに行ってやらないと。

 それが兄として、そしてこの世界の中だけではあるけど旦那としての、当然の務めだと言える。


 失踪事件の話が頭にちらつく。

 オンラインゲーム上だけでなく、現実世界でも消えてしまう。

 だからこそ、警察沙汰にまでなっている――。


 そこでようやく気づく。

 いちごは僕の妹だ。

 すぐ隣の部屋にいるはずじゃないか!

 こんなことすら忘れているなんて、どこまで動揺していたんだか。


「僕、苺香の部屋に行って確認してみるよ!」


 早口で言い残し、僕は苺ぱるふぇ・オンラインの世界をあとにした。


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