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「レモン~~~♪」
「うわっ!?」
いきなり背後から抱きつかれる。
僕が今いるのは学校の教室。休み時間になった瞬間の出来事だった。
抱きついてきたのは、幼馴染みの蒔崎世知だ。
150センチ弱と背の低い世知だから、抱きついてきたというよりも、飛びついてきたと表現したほうがしっくりくるだろうか。
それなのに女性特有のふたつの膨らみは、かなりの存在感をかもし出している。
そんな女の子が背後から抱きついてきたら、当然ながら背中には『ぷにょん』と心地よい感触が伝わってくるわけで。
「おいっ! よせよ、世知っ!」
「くふっ♪ いいではないか、いいではないか!」
「よくないっての! みんなも見てるだろ!?」
「見せつけてやればいいのよ! 私とレモンの仲なんだし♪」
「仲ったって、単なる幼馴染みなだけだ!」
「もう、レモンってば、正直じゃないな~。体は正直なのに~」
「な……なんのことやら!」
確かに、椅子から立ち上がれない状態にはなってるけど!
こんなことをしてきやがるくせに、世知はべつに僕に対して特別な感情なんて持っていない。
僕が言い返したその言葉どおり、単なる幼馴染みというだけでしかないのだ。
世知は昔からこうなんだ。
小さい頃なら、そりゃあ気にしてなんかいなかったし、なんの問題もなかったけど。
高校生ともなったら、男女では体の成長も変わってくる。
正直に言えば、僕のほうは異性として意識していた時期もあった。
ぶっちゃけ、好きだったと言ってもいい。というか告白までした。
にもかかわらず、こいつは、
「はぁ~? なに言ってんの? バッカじゃない? 私とレモンは単なる幼馴染みでしょ? それ以上でも以下でもないわ!」
などと言って、あっさりと振ってくれやがったのだ。
もっとも、僕のほうも世知に振られたあと、「な~んて、こっちだって冗談だよ!」と言ってごまかしておいたから、それ以降ふたりの関係が変わったということはない。
今でもこうして仲よく喋っているのだから、それは明らかだろう。
「にひひひ! お前らは相変わらずだな~! レモン、あんまりイチャついてると、苺香ちゃんに告げ口するぞ~?」
唐突に、もうひとり分、声が増えた。
騎士谷剣之助。世知と同じくクラスメイトで、いつもつるんでいる友人だ。
騎士だの剣だの、カッコよさげな名前をしてはいるけど、本人は全然そんなイメージではなく、基本的におちゃらけた感じしかない。
「剣之助! お前、なに言ってんだ! イチャついてなんかないし! あと、苺香に告げ口はやめろ! っていうか、やめてください、お願いします!」
「にひひひ! そこまで焦らなくてもいいだろうに。まったく、レモンはからかうと面白いよな~!」
「こんにゃろぉ~~~! いつか絶対、ぶっ殺してやる!」
剣之助のほうが悪いとは思うけど、こいつと話していると、どうしても普段より言葉遣いが汚くなってしまう。
それだけ気を許している友達だと言えるのかもしれないけど。
といっても、幼馴染みで幼稚園の頃から知っている世知と違って、剣之助は中学時代からの友人だったりする。
それでも旧知の仲と思えるくらいなのは、剣之助が異常なほど馴れ馴れしいからだろうか。
ここは、仲よくなるのに時間なんて関係ない、ということにでもしておくべきかな。
「レモンをからかうと面白いってのは、私も同意だな~♪」
世知はいまだにベタベタと絡みついてきている。
剣之助が現れようとも、クラスメイトに見られていようとも、まったくお構いなしでベタベタベタベタ。
これで僕に対して恋愛感情はないというのだから、女の子ってのはよくわからない。
……いや、世知を一般的な女の子と同じだなんて思っちゃダメだってことか。
「っていうか、世知も僕をからかうのはやめろ!」
「え~~~っ!? レモンのいけずぅ~! 本当は嬉しいくせにぃ~!」
艶かしい声を上げながら、世知は豊満な胸をこれでもかと僕の背中にぷにょぷにょと押しつけてくる。
そりゃあ、嬉しいけど。
という本音は飲み込み、反撃開始。
「ふざけんな! だいたい、暑苦しいっての! 汗でベタベタになるだろ!?」
「くふっ♪ それだって嬉しいんじゃない~? 私みたいな可愛い女の子の汗だし~♪」
「んなわけあるか!」
人をからかうのも、たいがいにしてもらいたいものだ。
実際、嫌なわけじゃないけど。
という本音は再び飲み込んでおく。
「どう見ても、イチャイチャしてるとしか思えないな! やっぱりこれは、苺香ちゃんに報告せねばなるまい!」
「剣之助も、余計なことすんな!」
「いやいや、だけどもしかしたらさ、嫉妬した苺香ちゃんが、自分も兄者のことが……って気持ちに気づいてくれるかもしれないぞ?」
「うっ! それは……」
それはそれで、いいかも……?
って、そうじゃなくて!
「まぁ、どっちかって言うと、兄者の不潔! とか言われて嫌われるだけな気がするけどな!」
「そうね~♪ そもそも実の妹が好きだなんて、変態以外のなにものでもないし~! というか犯罪?」
「うぐあっ!」
友人たちの言葉は僕の心にクリティカルヒット。ぐうの音の出ない。
というか、妹のことが好きだと、犯罪になるのか?
……法律の壁さえなければ結婚したいとまで思っているのは、どう考えても問題ありと言えるか……。
世知は甘ったるい声だというのに、意外と辛口なコメントをぶち込んできたりする。
そんな世知の様子を見て、『世知辛い』と表現して笑っていたのは、剣之助だったっけな。
さて、さっきの会話からもわかるように、このふたりは僕の苺香に対する想いを知っている。
それを知った上で、『苺パルフェ・オンライン』への誘いに乗ってくれた。
だから、応援してくれているものだとばかり思っていたのだけど、どうやらそういうわけではなさそうだ。
ともかく、僕は妹に加え、こんなふたりのクラスメイトとともに、苺ぱるふぇ・オンラインを楽しんでいる。
なお、世知のオンライン上のキャラクター名はミソシルで、剣之助はクラムチャウダー――通称クララだ。
それぞれ、実際の性別とは逆のキャラクターを使ってゲームを遊んでいることになる。
屈強な筋肉マッチョであるミソシルに抱きつかれているのに、僕がさほど気にしていなかったのは、世知が抱きついてくることに慣れているためだ。
同様に、お嬢様風のクララに対して気色悪いだのとひどいことを言っていたのも、中身が剣之助だとわかっていたからなのだ。
いくらロールプレイングゲームの本来の意味が役割を演じるゲームだとしても、お互いにこれだけ知っている仲では、どうしても普段のイメージが頭をちらついてしまう。
それは仕方のないことだと言えるだろう。
ちなみに。
ゲームを始める際、僕はふたりに、「名前を飲み物で統一しよう!」と提案した。
それで僕はレモネード、苺香はイチゴミルクにしたわけだけど。
まさかこいつらが、味噌汁やらスープやらの名前で来るとは。
僕としては、もっとこう、清涼飲料的な爽やかなイメージで統一したかったのに……。
と、そうそう。
苺ぱるふぇ・オンラインには。キャラクター同士で結婚できるシステムが存在している。
僕が妹の苺香をこのゲームに誘ったのは、一緒に遊びたかったからというだけでなく、そのシステムがあるからだった。
むしろ、それが一番の目的と言っても過言ではない。
とはいえ、苺ぱるふぇ・オンラインで結婚するためには、ひたすら長い時間、一緒に過ごすしかない。
そうやって親密度を上げていくことで、異性なら恋人同士の関係になれる。
その状態になったのちにお互い了承すれば、結婚することが可能となる。
聞いた話では、知り合いなんかも呼んで、教会で盛大に結婚式を挙げることまでできるらしい。
すなわち、苺ぱるふぇ・オンラインでの僕の最終目標はそこにあるのだ。
いや、結婚したあとの生活のほうが重要かな?
どうやら一緒の家に住めるってだけっぽいけど。
それだけじゃあ、現実世界での僕と苺香の関係と大差なくてつまらない気もする。
あっ、でも、確か恋人同士になれば、キスくらいはできるようになるんだっけか。
実際のキスとは感覚的に違うみたいだけど、それでも結構いいものだとか。
しかも、結婚しているとさらに気持ちよく感じられる、なんて話もある。
う~ん、楽しみだ。早く苺香と親密な関係にならなければ!
「また妄想世界にトリップしてるな、こいつ! ニヤニヤしやがって! 絶対に苺香ちゃんとのことを考えてるよな!」
「みたいだね~♪ やっぱり変態だ! 間違いないわ!」
「はっ!」
友人たちの言葉で我に返る。
恥ずかしいところを見られてしまった。今さらだけど。
かくして、僕たちは学校から帰ったらすぐ、苺ぱるふぇ・オンラインの世界に入るのが日常となっている。
放課後となり、「んじゃ、またあとで!」と言って別れ、数十分後にはオンライン上で再会する。そんな毎日だ。
こういったVRMMOの世界は所詮ゲームだから、いつまで続けられるのかはわからない。
でも、少なくとも今の僕たちにとっては、現実世界よりも大切だと思えるくらいの場所となっていた。
それはいいのだけど――。
「はっはっは! レモン、会いたかったぞ!」
「うふふふ、今日もおふたりは仲よしさんですわね~!」
ベタベタくっついてくる筋肉大男のミソシルと、お嬢様っぽい丁寧な言葉遣いでたおやかな微笑みを向けてくるクララ。
やっぱりお前ら、違和感ありすぎだ~!




