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僕たちは今、虹の苺パフェ山脈のふもとにいる。
ここが今回の目的地となる。
虹の苺パフェ山脈を目指していたといっても、山に登ってしまったらその姿が見えるはずもない。
そんなわけで、ふもとに広がる草原から、大いなる自然の景観を楽しむ、といった感じで考えていたのだ。
だいたい、山登りまでしているような時間もないし。
それ以前に、山道を苦労して登っていくだなんて、いちごがすぐに音を上げるのは目に見えている。
そりゃあ、山頂付近から見る景色は格別だろうな~とは思うけど。
無茶して大変な思いをするよりは、自分たちに合った楽しみ方をするべきだろう。
「ふ~~~~~~っ!」
疲れた体を、一面緑一色の草原に投げ出す。
丈の低い草が生えているだけなのに、ほどよいクッションとなっていて、実に気持ちがいい。
仰向けに寝っ転がると、目の前には真っ青な空。
まるで空全体が落っこちてきそうなほど、圧倒的な広がりを持って視界を覆い尽くす。
さらには、たびたび吹きすぎてゆくそよ風が、なんとも言えない心地よさを演出する。
風が草葉を揺らす音しか聞こえない。
強すぎない日差しも、全身を適度に温め、僕をそっと包み込んでくれる。
「ん……」
爽やかな自然に身を任せていると、ついつい、ウトウトしてしまう。
今の僕には、意識を保とうとしなければ、一瞬で眠りの世界へと入り込める自信がある。
オンラインゲームの中ではあっても、寝ることはできる。
実際に体を動かしているわけではないから、睡眠を取る必要なんてないとは思うのだけど。
脳は動いているから休ませる必要はある、とも言えるし、仮想世界とはいえ動き回ったことで脳が勝手に疲労していると錯覚する、という可能性もある。
どちらにしても、眠るのが気持ちいいというのは、人間にとって共通の感覚だろう。
だからこそ、眠ることができるようになっているのだと考えられる。
そういう機能をオンライン上にも再現してくれたこのゲームの開発者には、グッジョブ! と言いたい。
「にゃはははは! 楽しいぜ!」
いちごの弾んだはしゃぎ声が、まどろみ始めていた僕の耳に届いてくる。
僕に抱きかかえられてようやくここまで来たというのに、なんとも元気なやつだ。
いや、僕が抱きかかえていたからこそ、なのか。
「おっ、チビも楽しいか! そうかそうか!」
首だけ動かして視線を向けてみると、チビも一緒になって飛び回っているのが見えた。
さっきまで、お姫様抱っこしているいちごの肩の上ちょこんと乗っかり、重さを上乗せしてやがったっけ、あいつは。
ま、体長20センチくらいしかないチビの体重なんて、たかが知れている。
ほとんどがいちごの重さだったのは間違いない。
小柄なのに、意外と重かった。
どこにそんなに肉がついているのやら。
少なくとも、胸の辺りはスカスカだろうに。
……こんなことを考えていたと知られたら、殺されかねないな。
「お~い、いちご~! あんまり遠くまで行くなよ~? 僕の見えないところでコケても、助けてやれないんだからな~!」
はしゃいでいるいちごも可愛いな、と思いながらも、一応心配の声をかけておく。
「うっさい! あたしに命令すんな! だいたい、そんなバカみたいに頻繁にコケたりなんかしない!」
いやいや、いちごはバカみたいに頻繁にコケてるだろ。
つい数十分ほど前だって、白玉団子スライムとの戦闘中に、コケまくって大変だったじゃないか。
道中、僕はいちごをお姫様抱っこして歩いていたけど、それをずっと続けていたわけでもない。
なぜなら、モンスターが出てきて戦闘になることもあったからだ。
いちごは、
「このまま戦え!」
なんて言っていたけど、そうもいかない。
戦闘中だけは僕の腕から降りて、ファイターとしてしっかり戦ってもらった。
さほど強いモンスターは出てこない地域だから、フランさんだけに任せる、という選択肢もないわけではなかったけど。
いくらなんでも、それはフランさんに悪いし。
とにかく、そうやって戦っている最中、いつものようにいつものごとく、いちごはコケまくっていた。
フランさんに助けてもらったりもしつつ、白玉団子スライムはサクッと全滅させていたけど。
よくよく考えてみれば、いちごが加勢することでフランさんの負担が増えてしまっていた、とも言えそうな気がする。
まったく、いちごは……。
どうしてあんなに、足もとが覚束ないんだか。
まぁ、小さい頃からずっとそうだし、そんなところも可愛いし、べつにいいんだけど……。
むにゃむにゃ……。
いちごの可愛さについて考えているうちに、僕はいつしか眠ってしまったようだ。
「レモン、起きろ!」
ミソシルに叩き起こされる。
「なんだよ、ミソシル……。そんなに血相を変えて……」
「大変だ! いちごちゃんが、モンスターに囲まれてる!」
「なんだって!?」
僕は飛び起き、急いで現場へと向かった。
「あそこだ!」
先導するミソシルが指差す先には、濃いピンク色のなにやら丸っこい物体が無数に存在していた。
「あれは……苺大福スライムか!」
「そうだ!」
たくさんの苺大福スライム。
その数は、百を優に越えている。
「あの中心に、いちごちゃんがいるみたいなんだ!」
僕たちの到着を待たずして、すでに戦闘は始まっていた。
フランさんが颯爽と斬りかかり、天使ちゃんの呼び出したフンドシマッチョ精霊たちも懸命に戦っている。
でも……相手が多すぎる。
しかも、苺大福スライムたちが濃いピンク色を超え、徐々に真っ赤に染まっていく。
ごく稀に発生するという怒りモード。
このゲームだから、見た目はやっぱりラブリーだったりするけど、怒りモードになると強さは数倍にまで跳ね上がる。
非常に危険なモンスターへと変貌を遂げていると言えるだろう。
それにしても、ほとんどすべての苺大福スライムが真っ赤になっているなんて。
「どうしてここまで、怒りモードが大量に発生しているんだ!?」
「そもそも、どうしてここまでたくさんの苺大福スライムが同時発生しているのか、というのも謎ですわ!」
僕の疑問に、業火でスライムたちを燃やしながら、クララがさらに疑問を上乗せする。
クララの額には、玉のような汗がいくつも浮かんでいた。
状況の厳しさを物語っている。
苺ぱるふぇ・オンラインは、難易度の低さを売りにしているゲームではある。
それでも、自分のレベルよりずっと上のモンスターに戦闘を挑んだりなど、無茶な場面では死んでしまうことだってありえる。
今回はべつに、僕たちは無茶をしたわけではないはずだけど、経緯など問題にはならない。
現にこうして、いちごが絶体絶命のピンチに陥っているのだから。
僕はいちごをターゲットとして、回復魔法をかけてみようと試みる。
しかし、届かない。
姿が見えない現状では、どうにもならないのだ。
だからといって、僕が苺大福スライムの大群に飛び込んでいって、無事で済むはずがない。
いや、無事で済まなくてもいい。
いちごさえ、助けることができるなら!
僕は苺大福スライムに殴りかかった。
いちごの補助や回復しか考えていなかったため、近接武器なんて持っていない。
魔法も回復とサポート寄りのものしか覚えてこなかった。
素手で殴りかかっても、さしたるダメージなど与えられない。
それでもいい。
目の前のスライムたちをつかんで放り投げて道を作っていけば、いちごのそばまでたどり着ける。
いちご、待ってろよ!
僕が今、助けてやる!
「うおおおおおおおお~~~~~っ!」
気合の雄叫びを上げ、僕は苺大福スライムたちを投げ飛ばし続けた。
無論、他のみんなも必死に戦った。
だけど敵の数は多く、なおかつ、分裂して増えたりまでする。
どうにも……ならなかった。
いちごは、死んだ――。




