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「よし、新婚旅行だ!」
僕の提案に、愛する妻であるいちごは、
「え~? 旅行ってのはいいとして、新婚旅行ってのはちょっとな~」
明らかな不満顔。
結婚式から数日、すでに新婚のラブラブ気分がまったくない、冷めた夫婦になっていた。
「いちご、嫌なんだ……。いじいじ」
地面に『の』の字を描く僕。
「冗談だって。新婚旅行っていっても、兄者はみんなも一緒にって考えてるだろ?」
「うん、もちろん。みんな仲間だからね」
いちごはしっかりと、僕の気持ちを察してくれていた。
「じゃ、旅行ってのは決定で!」
「よっしゃ!」
僕たちふたりのやり取りだけで、パーティーメンバー全員に関する予定が問題なく立てられた。
……と思ったら、クララから反論が飛んでくる。
「新婚旅行のつもりでしたら、やっぱりふたりきりで行くべきではありませんか? わたくしたちは、遠慮しておきますわよ?」
新婚の僕たちと一緒に行って、ラブラブぶりを見せつけられるなんて嫌だ、といった意味ではない。
言葉どおり、遠慮しているのだ。
ミソシルと天使ちゃんとフランさんも、うんうんと頷いている。
その気遣いは嬉しい。
でも、ここは言わせてもらおう。
「いやいや、この世界はゲームなんだから。みんなで一緒に遊ばなきゃ、意味がないでしょ」
「そうだぜ! だいたい、兄者とふたりきりだなんて、あたしは絶対に願い下げだ!」
「そ……そこまで嫌がらなくても……。いじいじ」
再び、地面に『の』の字を描く。
「だから、冗談だっての! 機嫌を直せ、兄者!」
いちごはそう言って、心配そうに僕の背後まで近づいてくる。
僕は瞬時に振り向き、
「いちご~~~~っ!」
と叫んで、がばっと抱きつく。
「うわぁっ!? 調子に乗るな、バカ兄者!」
思いっきり蹴飛ばされた。
うんうん、それでこそいちごだ!
愛情のたっぷりとこもったキック、しっかりと受け止めたよ!
なんとも言えない幸せを感じる僕だった。
「はっはっは。レモンのやつ、なんだかおかしな方向に目覚めちまってないか?」
「うふふ、もともとだと思いますわ。きっとリアルでもこんな感じなんですわね~」
「……おバカ兄妹夫婦……」
「あははは……。私はちょっと引いてしまうかも」
仲間たちのツッコミには、仲のよすぎる僕たち夫婦に対するやっかみが含まれているのだろう。たぶん。
と、まぁ、それはともかく。
新婚旅行だ。
といっても、クエストを受けずにフリーの冒険として目的地に行くだけでしかない。
そのため、準備なんかも、とくに必要ない。
目的地だけ決めて、これからすぐに出発しよう、という話になった。
実際には、新婚旅行ツアーなんてのも存在してはいるのだけど、結婚式を挙げるのと同様、当然ながらお金がかかる。
結婚式の費用だけで共有財産がほぼ尽きてしまった僕たちパーティーに、そんなツアーの申し込みができるはずもなかった。
旅行の目的地は、いちごに希望を聞いて決めた。
虹の苺パフェ山脈だ。
苺パフェをかたどった山が連なり、その上空には綺麗な虹のアーチが常に存在し、鮮やかな彩りを添えている。
出現するモンスターは大して強くないものの、かなり遠い場所にあり、それなりに険しい道のりを越える必要もあることから、これまでは避けてきた。
僕たちのレベルに合ったちょうどいいクエストのない場所だから、というのも足を運ばなかった理由ではあるのだけど。
今回は特別な旅行だから、と満場一致で決定した。
「新婚旅行なんだし、たっぷり楽しもうぜ、兄者!」
元気いっぱいに拠点の町を出たいちご。
飛んでいる蝶を追いかけたり、珍しい花を見つけては駆け寄ったり。
ずっとはしゃぎまくり、一列になって歩いている僕たちの周囲を走り回っていた。
「みんな、もっと喋ろうぜ! 楽しく、ハイキング気分で行かないと!」
いちごはしつこく、全員に話しかけてきた。
そんなテンションが、最後まで続くはずもなく……。
「兄者ぁ~~~、足が痛い~~~。休もうぜ~~~! あたし、もう一歩も歩けない~~~!」
なんとも予想どおりな展開に。
仕方がないな、いちごは。
ま、そんなところも可愛いけど!
ただ今回ばかりは、だったら休んでいこうか、とは言えない。
目的地が遠いからだ。
僕たちが遊べるのは、夕飯の時間までと決まっている。
長距離移動をする際、途中まで進んでおいて続きは翌日、といったことも不可能ではない。
ただし、苺ぱるふぇ・オンラインの世界では、それができるのは宿場町など一定の場所だけに限られている。
モンスターの出るフィールドエリアなんかでログアウトすると、次にオンしたときには拠点の町に戻ってしまっているのだ。
現在ではほとんど起こらなくなってはいるものの、ネット回線を使ってデータ通信している以上、回線落ちが発生する可能性はゼロではない。
そういったトラブルなんかだと、ちゃんと元の場所に復帰できる仕様になっているのだけど。
その場合でも、時間が経過しすぎていたら、強制的に拠点の町に戻されてしまうようだ。
今回の目的地である虹の苺パフェ山脈は、途中に寄り道できるような宿場町が存在していない。
だからこそ一度も行けなかった、という場所でもある。
ここで休んでいたら目的地に着かないうちに時間が来て、せっかくここまで来たのに次にオンしたときには拠点の町に戻ってしまう、なんてことにもなりかねない。
「仕方がないな。ほら、いちご」
僕はそっといちごの目の前にしゃがみ込み、背中におぶさるよう促した。
と、そこでクララからツッコミが入る。
「あら、レモンさん。そんなのダメですわ」
いちごを甘やかしてはダメだ、とでも言いたいのだろうか?
いつものクララらしくもない。
そう考えたのだけど、クララはもっと別の意図を持っていた。
「ここはやはり、お姫様抱っこですわよね~!」
「はっはっは! 当然だな!」
「……ラブラブバカップル兄妹にはお似合い……」
「そうだね。いちごちゃんも女の子だから、憧れる思いはあるだろうし。レモンくん、ここはそうするべきじゃないかな?」
みんなして勝手なことを言う。
「お姫様抱っこで歩き続けるなんて、そんなのさすがにつらいでしょ。重いだろうし」
「あ……あたしは重くなんかない! でも、恥ずかしいから遠慮しとく!」
「ふふっ。遠慮しとくだなんて言い方になるってことは、本心ではやってほしいと思っている証拠ですわよね~?」
「うぐっ!」
図星なのか。
「はっはっは! レモン、ここは覚悟を決めるしかないだろ!」
「……お姫様抱っこなら、太ももとか胸の近くなんかにも触れてしまう……」
「なるほど。それは確かに、不可抗力かもしれないね。揉んだりとかしなければだけど」
フランさんまで面白がってそんなことを……。
だけど、そうか。それはそれで、いいかもしれない。
「よし!」
「うわっ! 兄者、ほんとにやるのか!?」
困惑するいちごを、僕は問答無用で抱き上げた。
少し重いのは確かだけど、密着度も高いくて、これはなかなかいいな!
いちごのすべてを、僕の両腕が支えていると考えると、満足感というか充足感というか、そんな気分も得られるし。
「あ……兄者……。恥ずかしいんだけど……」
「いいからいいから。いちごは僕の腕の中でゆっくり休んでな!」
「いや、その、これ、抱えられてるほうも結構大変な気が……」
「バランスを取ろうとか、余計なことは考えなくていいって。僕に身を委ねなよ」
「う……、そう言われてもな……」
最初は降りたそうな素振りを見せていたものの、徐々に慣れていったのか、いつの間にかいちごは静かになっていた。
僕はいちごをお姫様抱っこした状態で、ひたすら歩き続ける。
にまにまにま。
仲間たちから鬱陶しすぎる笑顔を向けられながら。
そして無事、虹の苺パフェ山脈のふもとまで到着した。
否。無事、とは言えなかった。
「ぐあ~~~、腰と腕と足が痛い! すっごく重かった!」
到着していちごを降ろした瞬間、僕は思わず口走ってしまう。
無論、いちごから凄まじい勢いで殴られたけど。
ある程度、気分が落ち着いたあと。
僕たちは改めて、壮大な山脈を見上げてみた。
「おお~~~~~~~っ!」
いちごが感動の声を上げている。
……かと思ったら。
「景色はいいけど、それだけだな、ここ」
あからさまに、がっかりしていた。
「名物の特製苺パフェ食べ放題、みたいなイベントはないのかよ!?」
「あるわけないっての!」
いちごは結婚しても、やっぱりいちごだ。全然変わっていない。
もちろん、そんなところも可愛くて大好きだけど!




