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結婚式の準備……といっても、この世界の場合、大してすることはない。
教会に結婚することを申請して、その日を待てばいいだけだ。
申請の前に、お互いの友好度のチェックがあるけど、それさえ通れば基本的になにも問題はない。
ただひとつだけ、僕たちには気にしなければならない点があった。
それは、お金だ。
ゲーム内ではあっても、結婚式にはそれなりの費用が必要となる。
むやみやたらに結婚式を挙げるようだと、イベントとしての希少価値が下がる、といった考えでもあるのかもしれない。
僕たちがこのゲームを始めてから、もう結構な時間が経っている。
それでも、必死になってお金を貯める、といった遊び方はしていなかったため、僕の貯蓄額なんてたかが知れていた。
無論、いちごが貯めているはずもない。
僕が管理しているパーティーの共有財産に関して言えば、冒険でたまに掘り出し物をゲットできていたおかげで、そこそこ潤い始めてはいる。
だとしても、そのお金はパーティー全員のものだ。
僕といちごの個人的なイベントに使うわけにはいかない。
……と思っていたのだけど。
「はっはっは! 是非使ってくれ!」
「うふふ、共有財産はこういう時のためにあるんですわ」
「……異論はない……」
「うん。いいと思うよ。もともと、私はこのパーティーの部外者だけどね」
全員が全員、共有財産を結婚式の費用に充てていい、と言ってくれた。
「みんな……ありがとな!」
いちごは素直に受け取る意思を見せている。
とはいえ、結婚式の費用はかなりの高額だ。
これまでコツコツと貯めてきたパーティー共有財産のほとんどが消えてしまうことになる。
それを指摘して遠慮しようとする僕には、メンバー全員から批難が集中。
「おいおい。共有財産を使わないなら、どうするつもりなんだ? 他に方法はないだろ?」
「うふふふ、そうですわよ~? 自分のお金が貯まったら、なんて言っていていたら、いつになることかわかりませんわ」
「……そのあいだに、いちごちゃんに逃げられる……」
「そうだね。いちごちゃんが逃げるかどうかはともかく、せっかく決意してくれたんだから、女の子を待たせちゃダメだよ?」
そして、パーティー共有財産の全額をつぎ込んだって構わない、とまで言ってもらえた。
うん。
ここで僕がごちゃごちゃ言っても、みんなを困らせる結果にしかならない。
みんなの温かい気持ちを受け取らないのは、逆に悪いよね。
「それじゃあ、ありがたく使わせてもらうよ」
僕がそう言うと、仲間たちは全員、笑顔で頷いてくれた。
「汝、レモネードはイチゴミルクを妻とし、健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しきときも、死が二人を分かつまで愛し合うと誓いますか?」
「はい、誓います」
結婚式当日、神父さんの言葉に、僕は力強く答える。
「汝、イチゴミルクはレモネードを夫とし、健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しきときも、死が二人を分かつまで愛し合うと誓いますか?」
「おう、もちろんだ!」
同じように、いちごも答える。いつもの調子で。
結婚式なんだから、せめてもっとちゃんとした言葉遣いを……などと、いちごに対して言ったところで無駄だろう。
というか、結婚式の前から散々ちゃんとするように言ってあったのだけど。
隣に並んでいるいちごは今、ウェディングドレスに身を包んでいる。
僕はタキシード姿だ。
ここはファンタジー系の世界ではあるけど、特殊なイベントとして許容されている感じだろうか。
ああ、それにしても、ウェディングドレス姿のいちご……。
なんて綺麗なんだ!
純白の花園に咲いた一輪の花のように、明るく輝いている。
それに比べて僕は……。
「はっはっは! レモンのタキシード、ほんと似合ってないよな!」
「うふふふ、そうですわね~」
「……動きもぎこちない。緊張しすぎ……」
「緊張するのも、わからなくはないけどね。でも、もっとリラックスするべきかな」
みんなの声は聞こえていたけど、膝がガクガク震えてどうにもならない。
実際のところ、結婚式に来てくれているのはいつものパーティーメンバーだけという、実にこぢんまりとしたイベントとなっている。
それなのに、僕の心臓はバクバクと破裂しそうなほど激しく脈打っていた。
こういうときは、えてして女性のほうが落ち着いているものなのかもしれない。
いちごの場合、緊張するなんてこと自体、ありえなさそうな気もするけど。
誓いの言葉を述べたあと、続いて指輪の交換が行われた。
なお、ここでの結婚式の費用は、指輪や衣装なども含め、すべてひっくるめた値段となっている。
だからこそ、準備がほとんど必要なかったのだ。
それはともかく、緊張でガチガチになっている僕。
震える指先で指輪をはめる、なんて行為が、問題なく進むはずもなく。
何度も床に落っことす、といったハプニングを経て、ようやく指輪がいちごの左手薬指に通された。
指輪交換だから、それから僕の指にもリングをはめることになったわけだけど。
「うおっ!? 入らねぇぞ? 兄者、指太すぎだろ!」
新婦の焦り声が会場内に響き渡る、という状況になったのも、まぁ、お約束どおりと言えるだろう。
指輪の交換が終わったら、今度は誓いのキスだ。
いちごと向かい合い、ベールを上げる。
いつも以上に可愛らしい顔が、僕のすぐ目の前に……。
そこで、いちごが小声で問いかけてくる。
「あのさ、兄者。ほんとにするのか?」
「ん? 当たり前だろ?」
「しなきゃ、ダメなのか?」
「ダメに決まってるじゃないか」(というか、したい)
「ほっぺたとかでも、いいんじゃないか?」
「それじゃ、みんなが納得しないよ」(僕だって)
「でも……」
いちごはこの期に及んで、まだ躊躇しているようだ。
僕は本音を必死に抑えつつ、説得を試みる。
……あまり抑えきれているとは言えない気もするけど。
「いちごは、嫌なの?」(僕は大歓迎なのに)
「嫌じゃないけどさ、恥ずかしいじゃん」
「確かに、みんなに見られちゃうしね」(僕としては、見せつけたいくらいだけど)
「うむ」
「でも、結婚式なんだから。しないわけにはいかないでしょ?」(誓いのキスをスルー、なんてのは絶対に嫌だ)
「む~……」
「神聖な儀式なんだから、ちゃんとしないと」(神様、お願いします。いちごを納得させてください)
「それは、わかってるけど……」
「しないと、神様が怒っちゃうかもよ?」(むしろ、僕が怒る)
「ん……」
「ね? だから、正式な誓いの儀式を交わそう」(よし、もうひと押しかな?)
「ん~……わかった」
「うん」(よっしゃ!)
いちごが静かに目を閉じる。
僕はそっと、いちごに顔を寄せていく。
ほのかに甘い香りが漂う。
念願の、
いちごとのキス。
ごくり。
ドキドキしながら、
僕はゆっくり距離を縮めていく。
仲間たちの視線が注がれる中、
僕といちごの唇が、
今、ひとつに重なった。
愛する妹とのキスは、苺パフェの味がした。
「……って、いちご。お前、控え室で待ってるあいだに、苺パフェをつまみ食いしただろ?」
「あっ、バレた? てへ♪」
まったく、いちごは……。
こんな日でも、愛しの妹はいつもどおりだった。
その後、普通の世界ならケーキ入刀になる場面だと思う。
ただ、この世界だとそこは違っている。
用意されたのは、巨大な苺パフェと大きなスプーンだった。
ケーキ入刀に合わせて言うなら、パフェ入スプーン、となるだろうか。
めちゃくちゃ語呂が悪いけど。
大きなスプーンを、新郎と新婦がふたりで一緒に持ち、パフェの中へと入れる。
儀式としては、そんな感じ。
小さなスプーンが用意されているなら、お互いに食べさせ合うファーストバイトの儀式なんかもしたりするらしいけど、今回のプランでは省略されていた。
……のだけど。
がつがつがつがつ。
唖然とする僕やパーティーメンバーの前で、いちごは大きなスプーンですくったパフェを一心不乱に食べ始める。
ウェディングドレスが汚れるのもお構いなし。
ドレスは借り物ってことになるはずなのに……。
「こ……こら、いちご! お前な!」
「いや、もご、だってさ、むぐ、こんなでっかい、ぐちゃ、パフェなんて、びちゃ、やっぱ食いたいじゃん! もぎゅ」
いちごは本当にいつもどおりだった。
いつもどおりすぎる、とも言える。
そんなところも、当然ながら可愛いけど!
「はっはっは! ま、いちごちゃんは、こうでないとな!」
「うふふふ、いちごちゃんの行動に困惑しながらも、幸せそうなレモンさん。新婚生活になっても、ずっとこんな感じなんでしょうね~」
「……変わらないふたり……。もちろん、いい意味で……。たぶん……」
「あははは。なんにしても、おめでとう、ふたりとも!」
一部(というか、フランさん以外全員)、冷やかしの意味がこもっていそうではあったけど、祝福の拍手が鳴り響く。
僕といちごの結婚式は、こうして幕を閉じた。
次にオンするときからは、晴れて僕といちごは夫婦だ!
僕は新婚生活に思いを馳せ、ウキウキ気分で苺ぱるふぇ・オンラインの世界からログアウトした。




