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「う~ん、由々しき事態だ……」
またか、と思わないでもらいたい。
今度は本当に、由々しき事態なのだ。
昨日の夕食時、お母さんから心配の声をかけられてしまったのだ。
やめたほうがいいんじゃない?
直接言葉にして言われたわけではないものの、その表情から心の中はありありと感じられた。
珍しく定時で帰ってきたお父さんは黙ったままだったけど、お母さん同様心配しているのは間違いない。
僕はもちろん、「大丈夫だから、安心して」と言っておいた。
とはいえ、現状維持できなくなるもの、時間の問題なのかもしれない。
しかも今回は、僕といちごの親だけではなかった。
以前僕たちが家まで乗り込んで納得してくれた世知のお母さんも、そして、これまでまったく無関心だったらしい剣之助のお母さんも、我が子の身を案じ、苦悩に包まれているという。
原因は、お昼のワイドショー。
苺ぱるふぇ・オンラインにおける失踪事件、VR系に限らないオンラインゲームの問題点、さらには、ブレイン・インパルスシステムを使った第一弾のゲーム、『ファンタジアーツ』で起きた事件まで掘り起こして報道していたという。
ファンタジアーツでは、リアルすぎるVRゲームであったがゆえに、女性を襲ったりするなど様々な問題が起こり、最終的に運営停止にまで追い込まれたと聞いている。
でもそんなの10年以上も前の出来事だし、第二弾だった『ドリーミンオンライン』以降、完全に解決されているというのに……。
学校で世知、剣之助からその話を聞き、僕はどうすればいいか頭を悩ませていた。
世知はいつもどおり僕に抱きついてきて、「私はレモンの決定に従うだけだよ!」と言っていた。
剣之助も、「俺だってそうだよ。みんなで一緒に遊び続けたいと思ってるけど……最終決定はレモンがしていいと思う。苺香ちゃんのこともあるしね」と言ってくれた。
学年の違うえんじゅ先輩とは会っていないけど、メールで訊いてみたら、「任せる」との返事が来た。
僕たちの気持ちとしては、最後の最後まで、可能な限り苺ぱるふぇ・オンラインで遊び続けたいと思っている。
一方で、僕たちの親、みんなの親の気持ちだってわかる。
親に心配かけているのがわかった上で、なおも遊び続ける。
それは単なるワガママでしかないのではなかろうか?
ただ……もし苺ぱるふぇ・オンラインをやめてしまったら、苺香と結婚するという僕の夢も費えることになる。
前にも考えたとおり、おそらく苺パフェの美味しさにつられて始めた苺香は、他のゲームに誘っても首を縦には振らないだろう。
そもそも、VR系だけでなくオンラインゲーム全般を危険視するような報道までされている現状では、別のゲームに移行して何事もなかったかのように遊び続ける、といった行動自体、許してもらえないはずだ。
続けたい。
続けたいけど、心配をかけるのも忍びない。
じゃあ、どうすればいいのか?
答えを出せないまま帰宅。
トボトボと階段を上る。
と、僕の部屋の前に、苺香が立っていた。
「兄者、行くだろ?」
短い問いかけ。
それだけで、苺香の思いは余すことなく伝わってきた。
苺香もまた、昨日のお母さんの態度を見て悩んでいたのだろう。
だけど、それでも苺ぱるふぇ・オンラインの世界へ行く。
そう結論づけたに違いない。
苺香のことだから、単純に苺パフェが食べられなくなるのは嫌だ! と思っただけなのかもしれないけど。
だとしても、決意は強い。
いつになく真剣な眼差しから、それはひしひしと伝わってくる。
そうだ。
なにを悩んでいたんだよ。
僕はどんなことがあったって、苺香と運命をともにする。
それが、ゲームの中だけとはいえ結婚を考えている相手に対する、僕の変わることのない答えじゃないか。
「当たり前だ! 行くぞ、苺香!」
「おうよ!」
僕たちは意気揚々とそれぞれの自室へと飛び込み、ブレイン・インパルスのヘッドホンを装着した。
いつものオープンカフェに集まったいつものメンバー。
その前で、僕は大きな声で宣言する。
「僕、いちごと結婚する!」
みんな、「おおっ、ついに!」といった表情を浮かべた。
当の本人であるいちごを除いて。
「ちょ……っ!? 兄者、なに勝手なこと言ってんだよ!? あたしと、結婚!? 正気か!? 実の妹だぞ!?」
真っ赤になっているのは、怒っているからだろうけど。
少しは恥じらいも混じっていると思いたいところだ。
「僕は正気だよ、いちご。だいたい、この世界では妹とかそんなこと、なにも関係ないし」
「そ……それはそうかもしれないけど!」
いちごは素直に頷いてくれない。
まぁ、当たり前といえば当たり前か。
実の兄から、結婚しようと言われるだなんて。
いちごの反応を見て、みんなは状況を察してくれたようだ。
状況――すなわち、いちごからの了承を得ているわけではなく、この場で納得させようとしていることを。
だから誰も、口を挟まない。
オープンカフェには僕といちご、ふたりの声だけが響く。
「いちご……嫌なのか?」
「い……嫌じゃないけどさ! でも、おかしいだろ!?」
「おかしくない。僕は……いちごが好きだから」
「っっっ!」
素直な告白。
いちごが真っ赤になっているのは、今度こそ、恥ずかしいからだろう。
「いちごは……どう?」
「そ……それは……」
どんな答えを返してくれるのか。
ドキドキしながら、いちごの可愛らしい唇の動きを待つ。
「な……なんであたしなんだよ!? ミソくんとか、クララちゃんとか、天使ちゃんとかだっているじゃんか!」
「ミソシルは男だけどな」
恥ずかしくなったせいなのか、いちごは矛先を変えてくる。
現実世界では女の子だとわかっているからこそ、ミソシルまで含めたんだとは思うけど。
この世界では男同士。それはさすがに、ありえない。
「はっはっは! ま、オレは構わないけどな! 男同士、それもありだ!」
「うふふ、そうですわね~。BL好きなわたくしとしましても、見てみたい気がしますわ~」
「……いっそのこと、重婚……」
「みんな、なに言ってんだよ!? 天使ちゃんも、余計なこと言わないで!」
仲間たちが茶々を入れてくる。
それはおそらく、いちごの気持ちを和ませよう、といった意図があっての発言だと考えられる。
単純に、僕をからかいたい衝動を抑えられなかっただけかもしれないけど。
「いちごちゃん。話をはぐらかしちゃダメだよ。お兄さんは……いや、レモンくんは一大決心をして気持ちを伝えたんだから。いちごちゃんはそれを真摯に受け止めて、YESかNOか、答えを返すべきなんじゃないかな?」
フランさんがいちごをたしなめるように言う。
いちごは黙り込み、うつむいてしまった。
どれくらい、そよ風が通り抜けていっただろう。
やがて、いちごは静かに口を開く。
「あたしは……」
僕たち全員の視線が向けられる中、いちごは顔を上げる。
「あたしも、兄者のことが好きだ。結婚……する」
「いちご!」
思わず飛び上がり、愛しの妹を抱きしめようと身を乗り出す。
「でもっ! これはあれだ! 兄として、慕っているって意味の好きだ! ……と思う。たぶん……。とりあえず、拒否なんてしたら兄者がかいわそすぎるから、仕方なくなんだからな!?」
「うん、わかったよ、いちご。ありがとう」
「うむっ! 大いに感謝するがよいぞ!」
いつもの調子に戻ったいちご。
その顔はまだ、熟した苺のように真っ赤に染まったままだった。
「レモンくん、いちごちゃん、おめでとう!」
「はっはっは! おめでとう!」
「うふふふ、ようやくですわね~」
「……とてもおめでたい兄妹ね……」
天使ちゃんには、なんだかバカにされているような気がしなくもないけど。
みんな、祝福してくれた。
拍手の渦。
僕は照れ笑いを浮かべる。
「ですが……いいんですの?」
ふと、クララがミソシルに向けて、小声でそんなことを言う。
「はっはっは。いいんだよ、これで!」
「そう……ですか」
「うむ! いやぁ~、めでたいめでたい!」
クララはなぜだか、微妙な表情をしていたけど。
対するミソシルのほうは、いつもどおりの豪快な笑い声を響かせていた。
そんな友人ふたりのやり取りが、少々疑問に思わなくもなかったものの。
愛しのいちごと結婚できる、という事実で完全に舞い上がっている僕の頭の中では、小さな疑問なんてすぐに消え去ってしまう。
こうして、夢にまで見たいちごとの結婚を決めた僕。
幸せな気持ちでいっぱいだった。
その後は仲間たちの協力もあり、結婚式へと向けて準備は着々と進んでいった。




