表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/68

-3-

「う~ん、由々しき事態だ……」


 僕は頭を抱えていた。


 苺ぱるふぇ・オンラインの世界に入り、いつものように冒険に出た。

 冒険に出れば、当然ながらモンスターとの戦闘も発生する。


 ここで僕たちのクラスについて、おさらいしておこう。


 まず、斬り込み隊長とも言うべきいちごはファイター。真っ先にモンスターに飛びかかっていく。

 それを支える役割である僕はプリースト。後衛として、離れた位置からいちごを守る。

 ミソシルはハンター。こちらも位置取りは後衛で、遠くから主に大きな斧を投げて攻撃する。

 クララはソーサラー。得意な業火の魔法を使い、「お~っほっほっほ!」と魔女チックな笑い声を上げながらすべてを焼き尽くす。無論、後衛。

 天使ちゃんはミスティック。精霊を操って戦いに参加する。5体の精霊を同時に操れる能力は、非常に高いと言える。やっぱり後衛。

 残るフランさんはソードマスター。僕たちのパーティーで唯一の前衛だったいちごとともに、モンスターへと向かっていく。


 前衛と後衛がどのように分かれているかは、以上のとおり。

 すなわち……。

 僕は離れた位置から見守る立場なのに、フランさんだけがいちごのすぐそばにいられるのだ!


 人数の少ないパーティーでは、プリーストが前衛に出る場合だってあるらしい。

 それなりに戦えるクラス、とも言える。

 でも、僕はいちごを守ることだけに全神経を注いでこのゲームを遊んできた。


 このゲームでは、レベルが上がった際にボーナスポイントがあって、パラメーターに自由に割り振ることができるシステムとなっている。

 僕はそのすべてを、回復魔法や補助魔法の習得や効果アップのパラメーターにつぎ込んでいた。

 前戦に立って戦えるような能力なんて、ほとんど持ち合わせていないのだ。

 もっとも、パラメーターのせいだけじゃなく、僕本来の運動神経のなさも影響してはいるのだけど。


 僕だって、いちごの近くにいたいのに!


 しかも……。


「いちごちゃん、行ける?」

「ああ、こんな程度のモンスターなんて、全然問題ないぜ、フランケン!」


 ふたりは言葉を交わし合い、戦いを進めている。

 さらには、とっさの判断でも、息の合った部分を見せつける。

 物陰から突然、モンスターが飛び出してきた。


「うわっ!」


 慌てるいちご。すかさず、フランさんがサポートに回る。


「せいっ!」

「ナイスだ、フランケン!」


 一瞬でモンスターをなぎ払い、いちごをピンチから救う。

 相変わらず、いちごはフランさんをフランケンと呼び続けているけど。

 とにかく、絶妙のコンビネーションを見せるふたり。


 パーティーのメンバーとしては、喜ばしいことだと言える。

 その一方で、僕の心の奥底では憎々しい思いが煮えたぎっていた。


「うおっ!?」


 今度はいちごがバランスを崩す。

 いつものドジ属性を発揮し、足をもつれさせてしまったのだ。


 コケる!

 そう思った瞬間、フランさんが手を差し伸べる。


「大丈夫?」

「お……おう! 助かったぜ!」


 フランさんが、いちごを支えてくれた。

 それを見ていた僕の心の中には、いちごを助けてくれてありがとう! という感謝と、気安くいちごに触るんじゃない! という怒りが同居していた。

 いや、どちらかといえば、というよりも完全に、怒りのほうが強い。


 僕のフランさんに関する敵対心は、時間が経てば経つほど、膨れ上がっていくばかりだった。




 冒険が終わり、拠点の町まで戻ってきた。


「いや~、今日もフランケンのおかげで楽勝だったな!」


 いちごが楽しそうに言う。

 それは事実ではある。

 ただ、僕としては認めたくない事実――。


「これからもずっと、一緒に冒険していこうぜ!」

「あははは。私なんかでよければ、是非お願いしたいところだよ」


 くそっ。

 なんだよ、この流れは。


 このまま、いちごはフランさんに奪われてしまうのか……?


 考えたくはなかった。

 だけど僕の頭の中は、ほとんどそれだけでいっぱいになっていた。


 僕はいちごにとって、血のつながった兄でしかない。

 頼りないとか、ごちゃごちゃ言われることもあるけど、嫌われてはいないはずだし、むしろ好かれているのでは、とも思っている。

 それでも、僕側の想いとの温度差はわざわざ測るまでもない。


 戦闘中と同じように、僕は少し離れた位置から、いちごを見つめ続けるしかないのだろうか?

 ゲームの中だけでもいいから、いちごと結婚したいという願いも、結局叶うことはないのだろうか?


 無意識のうちに、僕はいちごから距離を取っていた。

 いちごの周りにはミソシル、クララ、天使ちゃんが集まり、笑顔をさらしている。

 チビも、飼い主である僕を差し置いて、いちごにべったりくっついている。


 このパーティーの中で、僕はべつに必要のない人間なのかもしれない。

 バカなことを考えている僕の横に、そっと人影が並ぶ。


「どうしたの?」


 それはフランさんだった。

 パーティーのメンバーになってはいるけど、僕のライバルでもある相手。


「…………」


 どう言えばいいかわからず、黙り込んでいる僕に、フランさんはとても優しげな瞳を向け、こう訊いてきた。


「いちごちゃんのこと、好きなんだよね?」

「…………はい」


 戸惑いはあったけど、素直に答える。


「私は実際に会ったことがないけど、ふたりは本当の兄妹なんだよね?」

「はい。それでも、好きなんです」

「妹なのに?」

「妹としてじゃなくて、女性として、本気で好きなんです」

「そっか……」


 しばし、会話が途切れる。

 フランさんも、なにか考えている?

 もしかして、自分もいちごのことが好きだから、どう言おうか悩んでるとか?

 だったらここは、先手を打っておこう。


「パーティーのみんなも、応援してくれているんです」


 戦況としては4対1になる。だから、引いたほうが身のためですよ。

 そんな思いを込めて放った言葉……ではあったのだけど、ついつい本音がこぼれてしまう。


「応援というより、からかわれてるって部分も多いんですけどね……」


 って、弱気になってどうするんだ、僕!

 口に出してから、自分で自分を責める。


 僕の内面で起こっている葛藤に気づいているのかいないのか。

 対するフランさんの反応は、比較的落ち着いた感じのものだった。


「ふ~ん」


 そして、こんな発言を続ける。


「それだけでもない気はするけどね」

「え……?」


 それだけでもない?

 はて、どういう意味だろう。

 僕にはよくわからなかった。


「まぁ、それはいいや」


 そう言って、フランさんはズレかけた話の軌道をもとに戻す。


「とにかく、いちごちゃんは可愛いとは思うけど、私は特別な感情なんて持っていないから。安心していいよ」


 子供を諭す母親のような声で。

 フランさんはハッキリと言いきった。


 それで安心できるかといえば。

 微妙にひねくれ者でもある僕だから、そんなの無理というもので。

 僕の口からは、すぐさま反論が飛び出していた。


「口ではいくらでも言えますし。いちごのあまりの可愛さに、突然メロメロになることだって、ありえるかもしれません」

「心配性だね。でも、私がいちごちゃんを好きになることは絶対にないから」

「どうしてそこまで自信満々に言いきれるんですか?」


 僕としては、余計に怪しいと思ってしまう。

 そうやって油断させておいて、という作戦なのだと。

 こんな穿った見方しかできないのは、ある意味、僕の本質と言えるのかもしれない。


「あっ、フランさんってすでに結婚してる身だったりするんですか?」


 もしそうなら、安心できる。

 いや……そうとも言えないのか。

 世の中には、不倫する人だっているわけだし……。


「ん~、結婚はしてないけどね。そうだな、いちごちゃんの雰囲気だと、どうしても妹にしか思えない、って感じかな?」


 これには即刻反発する。


「妹だからって好きにならない保障はないです!」

「あっ、そうだね。まさにすぐ目の前に、前例が存在してるわけだしね」

「そうですよ!」


 思いっきり睨みつける。

 それでもなお、フランさんは怯まない。


「ふふっ、レモンくんが本気なのは、よくわかったよ。本当に大丈夫だから。あまり心配しすぎると、いちごちゃんに鬱陶しがられるかもしれないよ?」

「うっ……」


 兄者、鬱陶しい。

 そう言われることに慣れてはいるけど、言われたら言われたで相当へこんでしまう。


「とにかく、私は神に誓って……いや、失踪してしまったファルシオンや、来なくなったレイピアとクリスに誓っても、いちごちゃんと恋人同士になったりはしないから」


 フランさんは再度、きっぱりと言い放つ。

 仲間思いのフランさんだからこそ、神に誓うなどという言葉よりもずっと信頼できる。

 僕にはそう思えた。


 表情が和らいだことに気づいたからだろうか。

 フランさんがそっと、右手を伸ばしてくる。


「仲直りの握手だ。私はレモンくんの敵じゃない。いちごちゃんとの仲を応援する味方だよ」

「は……はい」


 差し出された手を、僕は一瞬躊躇しながらも、しっかりと握った。

 大きめのフランさんの手は、とても温かく、同時にとても力強く感じられた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ