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「う~ん、由々しき事態だ……」
僕は頭を抱えていた。
苺ぱるふぇ・オンラインの世界に入り、いつものように冒険に出た。
冒険に出れば、当然ながらモンスターとの戦闘も発生する。
ここで僕たちのクラスについて、おさらいしておこう。
まず、斬り込み隊長とも言うべきいちごはファイター。真っ先にモンスターに飛びかかっていく。
それを支える役割である僕はプリースト。後衛として、離れた位置からいちごを守る。
ミソシルはハンター。こちらも位置取りは後衛で、遠くから主に大きな斧を投げて攻撃する。
クララはソーサラー。得意な業火の魔法を使い、「お~っほっほっほ!」と魔女チックな笑い声を上げながらすべてを焼き尽くす。無論、後衛。
天使ちゃんはミスティック。精霊を操って戦いに参加する。5体の精霊を同時に操れる能力は、非常に高いと言える。やっぱり後衛。
残るフランさんはソードマスター。僕たちのパーティーで唯一の前衛だったいちごとともに、モンスターへと向かっていく。
前衛と後衛がどのように分かれているかは、以上のとおり。
すなわち……。
僕は離れた位置から見守る立場なのに、フランさんだけがいちごのすぐそばにいられるのだ!
人数の少ないパーティーでは、プリーストが前衛に出る場合だってあるらしい。
それなりに戦えるクラス、とも言える。
でも、僕はいちごを守ることだけに全神経を注いでこのゲームを遊んできた。
このゲームでは、レベルが上がった際にボーナスポイントがあって、パラメーターに自由に割り振ることができるシステムとなっている。
僕はそのすべてを、回復魔法や補助魔法の習得や効果アップのパラメーターにつぎ込んでいた。
前戦に立って戦えるような能力なんて、ほとんど持ち合わせていないのだ。
もっとも、パラメーターのせいだけじゃなく、僕本来の運動神経のなさも影響してはいるのだけど。
僕だって、いちごの近くにいたいのに!
しかも……。
「いちごちゃん、行ける?」
「ああ、こんな程度のモンスターなんて、全然問題ないぜ、フランケン!」
ふたりは言葉を交わし合い、戦いを進めている。
さらには、とっさの判断でも、息の合った部分を見せつける。
物陰から突然、モンスターが飛び出してきた。
「うわっ!」
慌てるいちご。すかさず、フランさんがサポートに回る。
「せいっ!」
「ナイスだ、フランケン!」
一瞬でモンスターをなぎ払い、いちごをピンチから救う。
相変わらず、いちごはフランさんをフランケンと呼び続けているけど。
とにかく、絶妙のコンビネーションを見せるふたり。
パーティーのメンバーとしては、喜ばしいことだと言える。
その一方で、僕の心の奥底では憎々しい思いが煮えたぎっていた。
「うおっ!?」
今度はいちごがバランスを崩す。
いつものドジ属性を発揮し、足をもつれさせてしまったのだ。
コケる!
そう思った瞬間、フランさんが手を差し伸べる。
「大丈夫?」
「お……おう! 助かったぜ!」
フランさんが、いちごを支えてくれた。
それを見ていた僕の心の中には、いちごを助けてくれてありがとう! という感謝と、気安くいちごに触るんじゃない! という怒りが同居していた。
いや、どちらかといえば、というよりも完全に、怒りのほうが強い。
僕のフランさんに関する敵対心は、時間が経てば経つほど、膨れ上がっていくばかりだった。
冒険が終わり、拠点の町まで戻ってきた。
「いや~、今日もフランケンのおかげで楽勝だったな!」
いちごが楽しそうに言う。
それは事実ではある。
ただ、僕としては認めたくない事実――。
「これからもずっと、一緒に冒険していこうぜ!」
「あははは。私なんかでよければ、是非お願いしたいところだよ」
くそっ。
なんだよ、この流れは。
このまま、いちごはフランさんに奪われてしまうのか……?
考えたくはなかった。
だけど僕の頭の中は、ほとんどそれだけでいっぱいになっていた。
僕はいちごにとって、血のつながった兄でしかない。
頼りないとか、ごちゃごちゃ言われることもあるけど、嫌われてはいないはずだし、むしろ好かれているのでは、とも思っている。
それでも、僕側の想いとの温度差はわざわざ測るまでもない。
戦闘中と同じように、僕は少し離れた位置から、いちごを見つめ続けるしかないのだろうか?
ゲームの中だけでもいいから、いちごと結婚したいという願いも、結局叶うことはないのだろうか?
無意識のうちに、僕はいちごから距離を取っていた。
いちごの周りにはミソシル、クララ、天使ちゃんが集まり、笑顔をさらしている。
チビも、飼い主である僕を差し置いて、いちごにべったりくっついている。
このパーティーの中で、僕はべつに必要のない人間なのかもしれない。
バカなことを考えている僕の横に、そっと人影が並ぶ。
「どうしたの?」
それはフランさんだった。
パーティーのメンバーになってはいるけど、僕のライバルでもある相手。
「…………」
どう言えばいいかわからず、黙り込んでいる僕に、フランさんはとても優しげな瞳を向け、こう訊いてきた。
「いちごちゃんのこと、好きなんだよね?」
「…………はい」
戸惑いはあったけど、素直に答える。
「私は実際に会ったことがないけど、ふたりは本当の兄妹なんだよね?」
「はい。それでも、好きなんです」
「妹なのに?」
「妹としてじゃなくて、女性として、本気で好きなんです」
「そっか……」
しばし、会話が途切れる。
フランさんも、なにか考えている?
もしかして、自分もいちごのことが好きだから、どう言おうか悩んでるとか?
だったらここは、先手を打っておこう。
「パーティーのみんなも、応援してくれているんです」
戦況としては4対1になる。だから、引いたほうが身のためですよ。
そんな思いを込めて放った言葉……ではあったのだけど、ついつい本音がこぼれてしまう。
「応援というより、からかわれてるって部分も多いんですけどね……」
って、弱気になってどうするんだ、僕!
口に出してから、自分で自分を責める。
僕の内面で起こっている葛藤に気づいているのかいないのか。
対するフランさんの反応は、比較的落ち着いた感じのものだった。
「ふ~ん」
そして、こんな発言を続ける。
「それだけでもない気はするけどね」
「え……?」
それだけでもない?
はて、どういう意味だろう。
僕にはよくわからなかった。
「まぁ、それはいいや」
そう言って、フランさんはズレかけた話の軌道をもとに戻す。
「とにかく、いちごちゃんは可愛いとは思うけど、私は特別な感情なんて持っていないから。安心していいよ」
子供を諭す母親のような声で。
フランさんはハッキリと言いきった。
それで安心できるかといえば。
微妙にひねくれ者でもある僕だから、そんなの無理というもので。
僕の口からは、すぐさま反論が飛び出していた。
「口ではいくらでも言えますし。いちごのあまりの可愛さに、突然メロメロになることだって、ありえるかもしれません」
「心配性だね。でも、私がいちごちゃんを好きになることは絶対にないから」
「どうしてそこまで自信満々に言いきれるんですか?」
僕としては、余計に怪しいと思ってしまう。
そうやって油断させておいて、という作戦なのだと。
こんな穿った見方しかできないのは、ある意味、僕の本質と言えるのかもしれない。
「あっ、フランさんってすでに結婚してる身だったりするんですか?」
もしそうなら、安心できる。
いや……そうとも言えないのか。
世の中には、不倫する人だっているわけだし……。
「ん~、結婚はしてないけどね。そうだな、いちごちゃんの雰囲気だと、どうしても妹にしか思えない、って感じかな?」
これには即刻反発する。
「妹だからって好きにならない保障はないです!」
「あっ、そうだね。まさにすぐ目の前に、前例が存在してるわけだしね」
「そうですよ!」
思いっきり睨みつける。
それでもなお、フランさんは怯まない。
「ふふっ、レモンくんが本気なのは、よくわかったよ。本当に大丈夫だから。あまり心配しすぎると、いちごちゃんに鬱陶しがられるかもしれないよ?」
「うっ……」
兄者、鬱陶しい。
そう言われることに慣れてはいるけど、言われたら言われたで相当へこんでしまう。
「とにかく、私は神に誓って……いや、失踪してしまったファルシオンや、来なくなったレイピアとクリスに誓っても、いちごちゃんと恋人同士になったりはしないから」
フランさんは再度、きっぱりと言い放つ。
仲間思いのフランさんだからこそ、神に誓うなどという言葉よりもずっと信頼できる。
僕にはそう思えた。
表情が和らいだことに気づいたからだろうか。
フランさんがそっと、右手を伸ばしてくる。
「仲直りの握手だ。私はレモンくんの敵じゃない。いちごちゃんとの仲を応援する味方だよ」
「は……はい」
差し出された手を、僕は一瞬躊躇しながらも、しっかりと握った。
大きめのフランさんの手は、とても温かく、同時にとても力強く感じられた。




