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僕たちは失踪事件に関して、いろいろ調べてみようと考えていた。
とはいえ、もともと固定メンバーで遊んでいて知り合いの少ない僕たちには、人に話を聞くという手段はほとんど使えなかった。
それ以前に、オンする人が減っている今の苺ぱるふぇ世界では、聞き込みによって情報を得るのも難しい。
では、どうするか。
そりゃあ、闇雲に調べるしかない。
ただ、手がかりすらつかめていない現状では、闇雲に調べるにしてもどこからどう手をつけていいかわからない。
そんなわけで、これまでどおり普通にゲームを遊んで、なんとなく気になるところでも発見したら調べることにしよう、といった形に落ち着いた。
今日、オープンカフェで苺パフェを食べ終えた僕たちが向かったのは、天空都市と呼ばれる場所だった。
天空都市――といっても、ペルーのマチュピチュのような高い山の上にある都市、というわけではない。
文字どおり、実際に空に浮いている都市となっている。
そんな場所まで、どうやって行くのか。
とても困難な険しい道のりが待ち構えているように思われるかもしれないけど。
低難易度が売りのこのゲームで、それはありえない。
まず、弱いモンスターくらいは出てくるものの、ほとんどピクニック気分で天空都市の近辺まで向かう。
空中に浮かぶ都市を頭上に見ながら、その真下まで進んでみると、アーチ状のゲートがポツンと存在している。
そのゲートをくぐる。
すると一瞬にしてワープし、僕たちは天空都市にいる。
なんというか、感動もなにもない、あっけない到達法だった。
「おお~~~っ! 絶景かな絶景かな!」
まぁ、いちごは楽しんでいるみたいだし、よかったと思っておこう。
「いちごちゃん、確かにいい景色ですけど、今回の目的はクエストですからね? まずはクリスタルを探しましょう」
「町のどこかに散らばっているクリスタルを7つ集めると、なんでも願いが叶うんだったな!」
「……なんか、某アニメみたい……」
正確に言えば、ギルドで受けてきたクエストの内容としては、天空都市でクリスタルを7つ集めたらどんな願いでも叶うという噂の真偽を確かめる、といった感じだった。
つまり、本当に願いが叶うのかどうかは、現状では断定できない。
だけど、クエストの目的は真偽を確かめることだけなのだから、僕たちが実際に願いを叶えてもらってもOK、と言える。
情報によれば、聞いてもらえる願い事はひとつだけ。
もしクリスタルを7つ集めることができたら、パーティーを代表して、僕がお願いしていいことになった。
なんでも願いが叶う。
ならば考えるまでもなく、僕が一番望んでいるのはこれしかない。
現実世界で苺香と結婚すること!
……う~む。
現実世界を持ち出した時点で、却下されそうな気がするな。
なんでも願いが叶うといっても、きっとこの世界の中でのことに限られるに違いない。
だとしたら、この世界でいちごと結婚すること、にすべきかな?
いや待て。ここはもっとよく考えよう。
それは確かに僕の切なる願いではあるけど、お金さえあれば実現可能なはずだ。
仲よくなっている必要がある、という条件が課せられるにしても、僕といちごの仲が悪いわけはないから問題なく認められる。
なんでも叶うのだから、もっと実現困難な……できれば、普通なら絶対に実現不可能な願いにしておくべきだ!
となると……答えはひとつ!
いちごが僕のことを、兄としてではなく、ひとりの男性として本気で好きになってくれること!
うん、これしかない!
「はっはっは! ニタニタと気味悪く笑ってないで、戦闘に集中しろよ、レモン!」
「はっ!」
しまった。なんでも願いが叶うなんて聞いて、思わず夢想世界にトリップしてしまっていた。
今回のクエストは、単純に町の中を捜索してクリスタルを探せばいいだけじゃない。
同じくクリスタルを集めているライバルがいるのだ。
それが魔族だった。
ツノが生えて、なんだか真っ黒い、魔界から来たモンスター。
このゲームのデザインだから、そんな魔族であっても、なにやら可愛らしく思える容姿ではあるのだけど。
それでも、敵として襲いかかってくるのだから、意識をどこか別の場所に飛ばしているような余裕はない。
このパーティーで回復魔法が使えるのは僕だけだし、プリーストとしての役割をしっかりこなさないと。
前戦で戦っているいちごとフランさんのほうを見てみたら、チビまで戦線に加わっていた。
ちまちまと炎のブレスで攻撃したりもしてはいるけど、基本的には忙しなく飛び回って敵の集中力を乱す、といった役割を担っているみたいだ。
ペットにまで遅れを取るなんて、僕は飼い主としてもダメダメだな。
だからチビは、僕よりもいちごのほうに懐いてしまうのかもしれない。
それだけじゃなく、なんといっても、いちごは可愛いから。
僕なんかよりもいちごに抱きつきたくなるチビの気持ちだってわかるってもんだ。
というか、僕も思いっきり抱きつきたい!
「うふふ、考えているのがいちごちゃん絡みだというのは、ヨダレが垂れていたことから見ても明らかみたいですわね~」
「なななな、なんのことやら!」
ミソシルに続いて、クララからもツッコミを入れられてしまった僕。
なお、普段ツッコミ役に回るもうひとり、天使ちゃんは今、精神を集中していてそれどころではなさそうだった。
フンドシ戦隊マッチョマン。
5色の筋肉精霊たちは、今日も健在。
元気に敵を蹴散らしている。
実際に口にはしていないけど、みんなの心の中で不安が渦巻いているのは間違いない。
そのせいか、いつもほどの勢いはなく、ミスもかなり目立つ。
いちごはあまり気にしていないだろうけど、やっぱりいつもどおりドジ属性を発揮して、豪快なコケっぷりを見せていた。
そんな中、天使ちゃんはなにも変わらず、冷静に対処している。
不穏な噂があるから心細い。最初はそんな理由で僕たちに接触してきたのに。
今現在、一番平静を保っているのは天使ちゃんのようだ。
「精霊たち、頑張ってるね」
精神集中を乱してしまうかな? とも思いつつも、僕は隣に並ぶ天使ちゃんに声をかけてみた。
「……ええ。みんな、筋肉を見せつけたい衝動が強いから……」
「頑張ってるのって、そんな理由からなんだ……」
5色の精霊たち。
以前にも考えたことだけど、ちょっと確認してみる。
「赤いのは火の精霊だよね? 青いのは水の精霊で、緑のは風の精霊、あと、黄色は土の精霊かな?」
「……ええ、そうよ……」
「そこまではわかるんだけど、ピンクがよくわからないんだよね。花の精霊とか?」
「……いいえ。ピンクは、愛の精霊……」
「愛なのか……」
筋肉マッチョな精霊が愛を司るっていうのは、なんだか微妙な気がする。
歪んだ愛というか、偏った愛になりそうな……。
途中でいろいろとあったものの、僕たちはクエストを着実にこなしていった。
そしてついに、7つのクリスタルが集まった。
空中都市の中央広場にある床に、集めたクリスタルを並べる。
7つのくぼみがある、プレート状の床。
ここに置いてくださいと言わんばかりの場所に、素直にクリスタルをセットすると、突如、まばゆい光が周囲に放たれた。
まぶしさに目を細める。
そんな僕たちの前に現れたのは、巨大な龍だった。
「よくぞ我が封印を解いてくれた、礼を言うぞ! 代わりにひとつだけ、なんでも願いを叶えてやろう!」
感想。
「……やっぱり、某アニメみたい……」
つぶやいたのは天使ちゃんだけだったけど、全員の心の中に同じ思いがあったことだろう。
それはともかく。
願い事は、パーティーを代表して僕が言う、ということになっていた。
一歩前に出る。
「はっはっは! レモンの願い事じゃ、予想はつくってものだがな!」
「うふふふ、そうですわね~。100%、いいえ、120%、いちごちゃん関連になりますわよね~」
「おっ!? あたしの願いを叶えてくれるってことか!?」
「……そういうことではないけど……」
「あははは、わかっていながら、キミたちはレモンくんに任せたんだね」
なにやらごちゃごちゃと言われている気がするけど。
半分夢想世界に入り込み、願い事についてあれやこれやと思案している僕の耳には届かない。
「なんだ!? なにがわかってるって言うんだ!?」
「ふふふ、いちごちゃんはわからなくていいですわよ~」
「はっはっは! わかっちまったら面白くないしな!」
さっきも考えていたとおり、いちごが僕を異性として本気で好きになってくれるように、お願いしてみよう!
……でも、本当にそれでいいのか?
もっといいお願いがあるんじゃないか?
「ぶぅ~~~~! あたしだけ仲間外れにするなよ!」
「あははは、仲間外れとか、そういうことじゃないから。いちごちゃんは、お兄さんが決断するのを、ただ待っていればいいんだよ」
「むむむ? そうなのか? よくわからんな~。兄者が決断したら、どうなるってんだか」
たとえば、世界平和を願うとか?
いやいやいや。そんなの僕らしくない!
きっとみんな、僕にはそういうのを期待していない!
「……意外と、長々考えてる……」
「はっはっは! 人生を左右する決断とも言えるからな!」
「なんか、飽きてきたぜ」
よし! 迷うのはやめだ!
男らしく、ビシッと決めるぞ!
鋭い視線を龍に向ける。
大きくひとつ深呼吸。
意を決し、僕が口を開いた、その瞬間。
背後からいちごの声が響く。
「あ~あ、疲れた。早く帰って、苺パフェが食べたいぜ!」
「その願い、聞き届けた!」
………………。
龍の言葉が頭の中に異様なほど反響する中……。
真っ白い光に包まれた僕たちは、気づけば拠点の町にいた。
いつものオープンカフェのいつもの席に座り、目の前には苺パフェも用意されている。
「え~っと……これは……」
「はっはっは! やってくれたな、いちごちゃん!」
メンバーの視線を一身に受けたいちごは、
「ク……クエストクリアを祝って、みんなで苺パフェを食おうぜ!」
若干引きつった笑みを浮かべながらも、そう言い放った。
自分でも、やっちまった、と思ってはいるのだろう。
願いが叶うかどうか、真偽を確かめてくる。
クエスト自体は間違いなく成功したと言えるけど。
なんとも納得の行かない終わり方となってしまった。
でも、ま、べつにいいか。
これはこれで、僕たちらしい気もするし。




