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いつものように、いつものごとく。
僕たちはいつものオープンカフェで冒険前のひと時を過ごしていた。
以前の仲間が失踪したり来なくなったりしてひとりぼっちなフランさんも、今では僕たちグループの一員となって一緒にテーブルを囲っている。
ニュース番組を見る限り、このゲームで起きた失踪事件について警察が調べているとの話が出て以降、捜査状況はあまり変わっていないらしい。
それでも、何度となく報道に取り上げられ、失踪事件とは関係ないオンラインゲームの問題――RMTや未成年の高額課金などの問題までもが話題とされた結果、オンラインゲーム全体が危険なものだという認識が広まりつつあった。
直接言われたわけではないけど、うちのお母さんも毎日、心配そうな視線を向けてきている。
問題が大きく発展し、どうにもならなくなるまでは、これまでどおり苺ぱるふぇ・オンラインを楽しむ。
そう決めている僕たちであっても、気分は自然と重くなってしまう。
「ん~、美味い! やっぱ、苺パフェ最高~っ!」
……満面の笑みでパフェを頬張っているいちごを除いて。
いちごの能天気さは、見習うべき能力と言えるのかもしれない。
「あっ、こぼれた! ん~……。ま、もったいないし、食っちまおう!」
テーブルにこぼした苺パフェをスプーンですくって口に含む。
そんな部分は、絶対に見習うべきではないと思うけど。
カフェの周りには、ほとんど人影はない。
ちょっと前までは会話の声が聞こえないこともあるほど、活気に満ち溢れていた町だというのに。
失踪した人が増えたわけではない。危険を感じ、来なくなっただけだ。
とはいえ、周囲の人が来なくなれば、自分も……と考えるようになっていく。
そうやって人が減り続けたら、最終的にはこの世界はなくなってしまうだろう。
このゲームだけじゃなく、すべてのオンラインゲームは、遊んでくれる人がいるからこそ成り立つ。
会社が仕事として運営している以上、人がいなくなったら存続することはできなくなる。
僕たちにとって、現実世界と同等、もしくはそれ以上に慣れ親しんだこの世界が――、
なくなってしまう。
そんなの、耐えられない。
もちろん、いつかはやめる時が来る。それは間違いない。
だとしても、こんな形で終了せざるを得なくなったら、現実世界での生活にだって悪影響が出そうな気がする。
勉強で感じるストレスを発散させる場が、いきなりなくなってしまうことになるのだから。
別のゲームをするにしたって、オンラインゲーム全体が危険だという認識があるようでは、親に止められる可能性は否定できない。
そもそも、僕の目的は妹の苺香と結婚すること。
実現するためには、このゲームでなければダメなのだ。
結婚できるゲーム自体は他にもある。
だけど、苺香が食いついたのは、このゲームの苺パフェだ。苺パフェを思う存分食べられるからこそ、苺香はこのゲームを続けている。
苺パフェのない別のゲームに誘って、苺香が一緒に遊んでくれるだろうか?
僕たちと一緒に遊ぶこと自体を楽しんでくれていれば、YESと答えてくれるかもしれないけど……。
ちらり。
いちごに視線を向ける。
「冷たくて、ほんとデリーシャスだぜ! 何度食べても飽きたりしないし! ここの苺パフェがなくなったら、あたしは死ぬかもしれないな!」
こんなことを言っているのだから、不安は募るばかりだ。
「ん? 兄者どうした? そんな辛気臭い顔して」
「いや、べつに……」
答えながらも、僕の声に覇気はない。
「それに、せっかくのパフェが溶けちまうだろ? 早く食えよ、兄者!」
「ああ、そうだね……」
のそのそと腕を伸ばし、スプーンを持とうとしたのだけど。
僕のスプーンは見当たらなかった。
「あれ?」
「あたしが食べさせてやる! ほれ! あ~ん!」
いちごに目を向けてみると、苺パフェをすくったスプーンを僕の口のほうへと差し出していた。
僕のパフェに用意されていたスプーンを手早く取り上げ、僕のパフェをすくって食べさせてくれようとしているのだ。
できれば、いちごの使ったスプーンで、いちごが食べていたほうのパフェをいただきたい、なんて思ったりもしつつ。
「あ~ん」
素直に口を開ける。
刹那、スプーンが口の中へと乱暴に突っ込まれた。
勢いをつけすぎだ! とか、歯にぶつかっただろ!? とか、文句を言いたい場面でもあったけど。
いちごに食べさせてもらっている現状を考えれば、そんな文句なんて冷たいパフェと一緒に喉の奥へと引っ込んでしまう。
「美味いか?」
「うん、美味しいよ。いちごが食べさせてくれたんだから」
「うむっ! そうだろうそうだろう! ほれ、どんどん食え! 吐くほど食え!」
「いや、そこまでは……むぐぐ、もごもご」
問答無用で口の中に突っ込まれる苺パフェ。
かなりのハイペース。
いちごは相変わらず、加減を知らないな。
こうして、たまにむせたりしながらも、僕は苺パフェをたいらげた。
ちなみに、冷たいものを一気に食べたからといって、この世界では頭がキーンとなったりはしない。
「はっはっは! いちごちゃんに食べさせてもらって、すごく幸せそうだな、レモンは!」
「うふふ、そうですわね~。ちょっと苦しそうではありましたが」
「……バカップルっぽい……」
「仲よし兄妹だね、ほんと」
「きゅう~~~ん!」
僕といちごのやり取りを見て、みんなも笑顔をこぼしてくれた。
チビまで一緒になって、楽しげな鳴き声を上げている。
場の雰囲気を和らげるために、あえて能天気娘を演じる。
いちごにそんな意図があるはずもなく、自然とそうなっただけではあるけど。
僕たちグループにとって、いちごはなくてはならない存在だ。
そこにいてくれるだけで、明るい気持ちにさせてくれる。
実の妹でありながら、僕が本気で好意を寄せている相手。
でも、それだけじゃない。
みんなにとって、いちごは女神であり、太陽でもあるのだ。
……これはさすがに言いすぎか。
「おっ! レモンがまた、なにかおかしなことを考えてるみたいだぞ?」
「うふふっ、そうですね~。いちごちゃんは、女神で太陽だ、とでも言いたそうな顔ですわ~」
「ど……どういう顔だよ!?」
「……今度は、図星って顔……」
「うぐぐぐ……っ!」
「兄者、あたしのことをそんなふうに考えてるのか! ま、女神のように美しくて、太陽のように明るいのは確かだけどさ!」
「あははは、自分でそう言えるってのも、なかなかすごいね」
「うむっ! あたしはすごいのだ!」
「いちご! すごいってのはわかったから、テーブルの上に立とうとするんじゃない……って、わぁっ!」
「うおっ!? あたしの大事なパフェが倒れた! もったいない!」
「あらあら~。すぐにフキンを用意してもらいましょう~」
「大丈夫だ! あたしが全部舐め取るから! れろれろ」
「こ……こら、いちご! 汚いし、はしたないだろ!?」
「はっはっは! しかも、そんな格好で舐めてたら、パンツ丸見えだぞ?」
「れろれろ、見ようとするから、れろ、見えるんだ、れろ」
「うふふ、見ようとしなくても、視界に入ってしまいますわよ~?」
「というか、クララは見るな! あと、フランさんも! 視線を逸らしてください!」
「ああ、そうだね、ゴメン」
「はっはっは! そう言いながら、レモンはしっかり見てるじゃないか!」
「なななな、なんのことやら!」
「れろれろ、んなもん、れろ、見て、れろ、なんか楽しいのか? あたしには、よくわからん。れろ」
「楽しいに決まってるだろ! って、それはいいとして! いちご、はしたないってば! 舐めるのはやめろっての!」
「言われなくても、れろ、これでもうやめるぜ、れろれろ、全部、舐め終わるからな、れろっ」
少なくとも。
いちごは女神にはなれそうもない。




