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苺パフェを食べて冒険に出かけよう  作者: 沙φ亜竜
第6章 迫りくる闇の気配
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-4-

 僕たちは、ファルシオンさんがいなくなる前にいたという、ラズベリー湖までやってきた。

 光の屈折なんかの影響なのか、湖の水がやけに赤っぽく見える。

 だからこそ、ラズベリー湖と名づけられたのだろう。

 別名が幻想の湖、というのも頷ける。


 幻想的なイメージは、湖面の色だけに留まらない。

 突然、湖からなにかが飛び跳ねた。

 それは、魚だった。


 いや、魚だけじゃないみたいだ。

 飛び跳ねる魚の他に、飛び跳ねるクラゲ、飛び跳ねるタコ、飛び跳ねるクジラの姿も見える。

 クジラの巨体が宙を舞う様は、幻想的以外のなにものでもなかった。

 タコやらクラゲやらイソギンチャクやらマンボウやらウツボやらタツノオトシゴやらが飛んでいるのだって、充分に驚きの光景だったけど。


「さて、どうやって調査しようか」


 フランさんがつぶやく。


 多くの生物が暮らしている広大な湖。

 外周を巡るだけでもかなりの時間を要する。

 それに、僕たち人間にとって、水の中は完全にアウェーとなる。

 苺ぱるふぇ・オンラインは、低難易度が売りのほのぼの系ゲームではあるけど、危険がまったくないわけじゃないのだ。


 水に入った場合、たとえ本人がカナヅチだったとしても、自動的に浮かぶ仕様になってはいる。

 溺れる心配については、ほとんどないと言っていい。

 それでも、海に巣くうモンスターなんかは確実に存在している。

 水上戦になったら、僕たちには逃げる以外の選択肢は残されていないだろう。


「ファルシオンさんは、ここでなにをしてたんでしょう?」

「さあ、どうだろうね? 釣りでもしてたのかな? ここはクジラが釣れたりもするみたいだし。でっかい土産を持ち帰るつもりだったとか……」


 僕の質問に、フランさんが意見を述べる。

 もしクジラが釣れたとしても、引き上げるのも難しいと思うし、ましてや持って帰ることなんて、どう考えてもできないのでは……。

 といったツッコミは置いといて、他にも意見は出た。


「湖とか海とかに来たら、泳ぐに決まってるだろ!」


 いちごが元気いっぱいに言いきる。


 まぁ、確かにそうかもしれない。

 危険があるにしても、湖岸から離れた場所まで行かなければ問題はない。

 とすると、ファルシオンさんが幻想的な雰囲気の中で泳ぎを楽しんでいた可能性は充分にある。

 湖岸から近い辺りも調査範囲に入れるべきだ。


「だったらさ、いちごが水着に着替えて入ってみるとか!」


 僕は意気揚々と提案する。


「はっはっは! レモン、水着姿が目的なのバレバレだぞ?」

「うっ……!」


 真の目的はあっさりと見破られてしまった。

 とはいえ、それでも構わない。

 さあ、いちご! 水着になって、湖に入るんだ!

 若干血走った目で妹に迫る僕には、当然ながらツッコミが入る。


「……このお兄さん、やっぱりおかしい……」

「うふふ、そうですわね~。欲望丸出しですわ~」


 ふっ、なんとでも言え!

 僕はいちごの水着姿さえ拝めれば、それでいいのだ!


「っていうかさ、兄者。そもそもあたし、水着なんて持ってないぜ?」


 …………。

 しまった~~~っ! 盲点だった!


 この世界では、裸になったり下着姿になったりはできないようになっているのだけど。

 一部、露出度の高めな服などは存在している。

 その中でもビキニタイプの水着は、露出度の高さに関して群を抜いていると言っていい。


 でも、そういった衣類はもちろん、高値で取引されている。

 いちごだったら、ワンピースタイプの水着のほうが似合いそうな気もするけど、それだってかなりの値となっている。

 そんな高額商品に手を出す余裕なんて、僕たちパーティーにあるわけがない。


 ここは諦めるしかないのか……?

 否! 目的のためなら、僕はあらゆる努力を惜しまない!


「水着なんてなくても、生まれたままの姿で……!」

「このセクハラ兄者!」


 殴られた。

 考えてみたら、当たり前か。


「だいたい、裸にはなれないですわよ~? 下着姿も無理ですし~」


 クララが指摘してくる。

 僕だってそれはわかっていたはずなのに……。

 目的にばかり目が行って、それ以外を完璧に見失っていたようだ。


 はぁ……。

 仕方がない、いちごを泳がせるのは諦めるか。

 と思ったところだったのだけど。


「ま、あたしは泳ぐけどな!」

「えっ!?」

「だってほら、服のまま入ればいいじゃん! 水に濡れてもすぐに乾く仕様になってるだろ?」


 言われてみれば、そのとおりだった。

 湖に入る目的だけで考えれば、べつに水着やら下着姿やら裸やらにならなくてもいい。

 現実世界では、服が水を吸って溺れる可能性が高まるかもしれないけど、この世界ではそんなこともない。

 露出度の面で残念とか、そういった気持ちさえ捨て去れば、なにも問題はなさそうだ。


「兄者も一緒に泳ごうぜ!」

「……うん、そうだね」


 いちごにキラキラの笑顔で言われれば、僕には頷く以外の選択肢なんてない。

 こうして僕は、いちごとともに幻想の湖で泳ぐという、楽しい時間を得ることに成功した。


「はっはっは、言っておくが、調査だからな?」

「わ……わかってるよ!」


 本音を見透かしたかのようなミソシルのツッコミ。

 神がかり的ではなかろうか。

 ……いや、僕の顔を見れば一目瞭然だったのかもしれないけど。


 なお、僕たちの他に、フランさんも湖に入る役目に回った。

 いちごとの兄妹水入らずの時間を邪魔するなんて、と不快に思ったりはしたものの、フランさんだってファルシオンさん失踪の手がかりを得たくて必死なのだろう。


 さらには天使ちゃんも、湖を調査する僕たちに加わった。


「……ボク、泳ぐの好きだから……」


 なんとも意外な反応だった。


「……そのままどこか遠くの世界にまで行けそうだし……」

「ちゃんと一緒に行動しようね!?」


 天使ちゃんからは目を離さないほうがよさそうだ。


 一方、ミソシルは湖岸の調査をすると主張。

 その理由は、ミソシルがカナヅチだからだ。


「いや、でも、カナヅチでも浮けるし……」

「はっはっは! 浮けるだけじゃ、まともに進めないだろ! 調査のお荷物になるだけだ! それに、オレは水が怖いしな!」

「ふふっ、精神的な部分もありますのね。でしらた、わたくしも湖岸の調査に行きますわ。ミソさんをひとりにはできませんもの」

「きゅう~~~ん!」

「おっ、チビも水が苦手のか? オレと一緒だな!」


 といったわけで、僕たちは二手に分かれての調査を開始した。

 もっとも、湖に入った僕たちにできることといえば、思う存分水と戯れるくらいしかないのだけど。


 中でも、いちごはかなりはしゃいでいるみたいだった。

 溺れる心配が少ないとはいえ、あまり岸から離れるのは得策じゃない。

 それなのに、気づけばどんどん遠くへ行こうとしてしまう。


「お~い、いちご! あまり遠くに行くなよ~?」

「わかってるよ~!」


 ほんとにわかってるのだろうか?

 まったく、いちごは相変わらずだ。


 ただ、はしゃぎたくなる気持ちもわかる。

 赤く見える湖の水の中に浮かび、周囲には飛び跳ねる魚たち。

 非日常的な雰囲気に、僕の心まで飛び跳ねそうなほどだったからだ。


 うわっ、クジラが跳ねた!

 でかっ!

 あんなのがぶつかってきたら、ひとたまりもないな。


 もしかしたら、ファルシオンさんはクジラとかに激突されて気を失い、湖の底へと落ちていってしまったんじゃ……。

 あっ、でもこのゲームだと、死んでも数分のインターバルを置いて、拠点の町で復活するシステムになってるんだっけ。


 溺死だと違う、といった話は聞いたことがないけど。

 仮死状態のままで、ずっと湖の底にいるとか……?

 それでどうにもできなくなって、そのままログアウトした?


 う~ん、さすがに無理があるな。

 ログアウトするには、自らの意思でログアウトしようと考える必要があるわけだし。


 だいたい、レイピアさんやクリスさんが最後に確認した際、ファルシオンさんの居場所がイメージできなかったと言っていた。

 ここにいるなら、ラズベリー湖にいるとわかるはずだ。


 湖底に沈んでいるとわからない、という可能性はあるのか……。

 だとしても、自動的に浮くシステムがあるせいで、水の中へはあまり深く潜れない。

 実際に試してみることはできそうもなかった。


 と、そこで突然、慌ただしく水をかく音が聞こえてくる。

 続けて、


「いちごちゃん!」


 と呼びかける、フランさんの焦った声。

 視線を向けると、いちごが手をバタバタと大きく動かし、激しい水しぶきを上げていた。

 湖面から出たり入ったりを繰り返しているいちごの顔は、苦しそうに歪んでいる。

 こ……これは……!


「いちご!」


 いちごが、溺れかけている!

 そう気づいた僕は、すぐにそばまで行こうとする。

 しかし、遠く離れすぎていた。


 フランさんがいちごのもとへ到着、どうにか岸まで引っ張っていく。

 僕と天使ちゃんも合流、ともに岸まで泳ぐ。

 湖岸に到着したところで、騒ぎを聞きつけたのだろう、ミソシルとクララも駆けつけてきた。


「いちご! 大丈夫か!?」

「ごほっ、ごほっ、ごほっ!」


 水を大量に飲んでしまったのか、咳き込み、まともな反応は返ってこない。


「ここは……人工呼吸だ!」


 急いで唇を近づける。


「げほっ! アホか! 意識があるのに、なにしようとしてやがる! このバカ兄者! げほげほげほっ!」


 水とツバも吐き出しつつ、文句と一緒に手も足も出る。

 うん、どうやら大丈夫そうだ。


「はっはっは、このバカ兄貴は、確認の仕方までバカだな!」

「うふふ、そうですわね~。相変わらずですわ~」

「……ついでに、いちごちゃんのツバが顔にかかって、気分がいいって表情をしてる……」


 仲間たちのツッコミも相変わらずだった。

 いちごのツバがかかって気分がいい、とまでは思っていなかったけど。


「げほっ、げほっ。とりあえず、助かった。ありがとな、フランケン!」

「いやいや、たまたま私が近くにいたってだけだよ」


 いちごの状態も落ち着いてきたようだ。

 フランさんがいちごの命の恩人になってしまったのは、僕としてはちょっと悔しい。

 だけど、おかげで助かったのは間違いない。心の中で感謝しておく。


「それにしても、いちご、いったいどうしたんだ?」


 強烈なドジ属性の持ち主だし、目を離してしまったのは僕の落ち度だと言える。

 いちごは水泳が得意だから、まさか溺れるとは思っていなかった。

 それ以前に、なにもしなくても水に浮く仕様になっているはずなのに……。


「なにかが足を引っ張ったとか? だとしたら、フランさんも同じように……」


 僕が推論を述べると、いちご本人が即座に否定する。


「そんなことはない。単純に足がもつれただけだ!」

「もつれた? つった、とかじゃなくて?」

「うむ! そんで焦りまくって、バタ足も上手くできなくなって沈みかけた!」


 …………。

 なにもしなくても浮くというのに、余計なことをしてしまったせいで、あんな状況に陥っていたのか。

 それって、ドジ属性の範疇に入るのだろうか?

 いちごの運動神経は謎に満ちている。


 まぁ、とにかく、いちごが無事でよかった。


 その後、いちごは危険なので湖岸グループに加わってもらい、引き続き分担して調査してみたのだけど。

 湖の中でも外周付近でも、手がかりらしきものは一切発見できなかった。


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