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ドタドタドタドタ……バンッ!
大きな足音を響かせ、騒々しくドアを開け、僕の部屋へと飛び込んできた訪問者。
それは言うまでもなく、妹の苺香だった。
「兄者兄者! 今日も楽しかったな!」
「ああ、そうだな」
燦々と笑顔をきらめかせる苺香は、興奮冷めやらぬといった様子で僕に話しかけてくる。
毎日『苺ぱるふぇ・オンライン』につないで一緒に遊んでいる僕と苺香。
ゲームが終わったあとは必ずといっていいほど、こうやって苺香が僕の部屋へと押しかけ、冒険についての話を開始する。
オンライン上で話せばいいのに、と思わなくもないけど、わざわざ指摘する必要もないだろう。
せっかく愛しの妹が僕の部屋を訪れてきてくれるのだから、追い返すようなことなんてしたくない。
僕のほうとしても、苺香と顔を合わせてふたりきりでお喋りする時間が持てるのだから、当然ながら嬉しく思っているわけだし。
それにしても、苺香は『苺ぱるふぇ・オンライン』を、本当に心底楽しんでいるみたいだな。
僕の部屋に飛び込んできた苺香は今、今日の冒険に思いを馳せ、颯爽と剣を振る仕草を繰り返している。
「こんなふうに、華麗に剣を操るあたしの姿、カッコよかっただろ?」
「ああ、そうだな」
「惚れ惚れしちゃうくらいだろ?」
「あ……ああ、そうだな」
ついつい同じような受け答えをしてしまう。
断じて苺香の話を右から左に受け流しているわけじゃない。
あまりの可愛さに見惚れてしまっているだけなのだ。
ただ、苺香にはそれが、気のない受け答えのように思えてしまったのだろう。
「む~っ! 兄者また、あたしの話をまともに聞いてくれてないだろ!?」
「そんなことないっての!」
オンラインでしていたのと同じようなやり取りを、現実でもする羽目になろうとは。
「苺香、カッコよかったぞ!」
「うむ! そうだろうそうだろう!」
僕はとりあえず、褒めておくことにした。
そうすればこんなふうに、苺香はすぐ上機嫌になる。
「ま、コケたりもしてたけどな」
「少しだけな!」
……少しだっただろうか。
二時間くらいの冒険で、戦闘中にコケたのが十回以上って、これまでの記録を更新するほどだったと思うのだけど。
「しかも、剣で戦ってるのに、蹴ったりまでしてたし」
「うんうん、こんな感じでな! えいやっ!」
剣を振る仕草からの連続動作で、ハイキックを披露する苺香。
格闘ゲームと勘違いでもしているのだろうか。
と、それはともかく……。
「どうでもいいけどさ、苺香」
「ん? なんだ?」
「そんな短いスカートで足を上げたら……」
そこで言葉は止めておいたけど、言いたいことには気づいてくれるだろう。
すなわち、丸見えだった、ということに。
一気に真っ赤に染まっていく苺香の顔。
「ぎゃあ~~~~~~っ! この変態! バーカバーカ!」
そう叫ぶと、苺香は部屋から飛び出していってしまった。
きゃあ、じゃなくて、ぎゃあ、だったのが実に苺香らしい。
ドタドタドタと、凄まじい勢いで階段を下りていく音が聞こえてくる。
なにもない場所でもコケられる苺香だから、恐ろしいことこの上ない。
僕はハラハラしながら苺香の足音に注意を向けていた。もし階段を踏み外しでもしたら、すぐにでも駆けつけられるように。
すぐに大きな足音は聞こえなくなったから、無事に階段は下り終えたみたいだ。
一階に向かったということは、台所でヤケ食いかヤケ飲みでもするつもりなのだろう。
だったら、ちょうどよかったかもしれない。
ここで改めて僕と家族の話でもしておこうか。
僕の名前は、瑞樹麗紋。ごくごく普通な生活をしている、高校1年生の男子だ。
……妹のことが大好きだという状況がはたして普通なのか、といったツッコミはこの際、無視しておくとして。
その妹は、さっきまでこの部屋にいた苺香。他には父親と母親がいるという、4人構成のありふれた核家族となっている。
とはいえ、母親とは血がつながっているけど、父親とはつながっていない。
それは、お母さんにとって、今のお父さんが再婚相手だからだ。
正確には三度目の結婚だと言っていたと思うけど……。
そんなこと、僕たちにはとくに関係ない。
今のお父さんは僕や苺香を心から可愛がってくれていて、僕たちも本当の父親だと思っているのだから。
僕はこれまでにも散々言及しているとおり、妹である苺香のことが大好きだ。愛している。結婚したい。無理だけど。
そんな相手がひとつ屋根の下で暮らし、隣の部屋で生活しているなんて、最高に嬉しいものの、複雑な気分でもある。
だいたい、当の苺香のほうは、僕のことを普通の兄としか思っていないわけだし。
いやまぁ、それが当たり前なのはさすがのボクでもわかっている。ただ、少々寂しく思えてしまうのもまた事実だった。
妹が兄として慕ってくれていて、頻繁に僕の部屋を赴き、会話を楽しむことも多いこの関係は、もちろん嫌なわけではない。
だとしても、もっと特別な関係になれたら、という想いはどうしても消し去ることができない。
そんなわけで、せめてゲームの中だけでもと考え、『苺ぱるふぇ・オンライン』に誘ったのだけど。
今のところ、一緒にゲームを楽しむだけで、それ以上の進展はない。
ゲームの話題によって、現実世界でもオンライン上でも会話時間は確実に増えている。
でも、それだけでしかないのが、なんとももどかしい。
ま、べつにいいか。そのうち、どうにかできれば。
ところで、妹の苺香はなぜか、僕のことを『兄者』と呼んでいる。
よくは覚えていないけど、小さい頃に見た、忍者の兄弟が活躍するようなマンガかなにかの影響だったと思う。
僕としては独特で結構気に入っているのだけど、あまり一般的な呼び名じゃないのは確かだろう。
それだけじゃなく、苺香は言動もちょっと残念な感じと言える。
兄のひいき目を差し引いたとしても、外見はとっても可愛いというのに、どうしてあんな喋り方をするのやら。
もっとおしとやかな喋り方と立ち居振る舞いを心がければ、すぐにでもモテモテになるだろうに。
……って、モテモテになんてなられたら困る。
是非、今のままでいてくれ、苺香!
と、再び騒がしい足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
苺香が階段を駆け上がってきたのだ。
どうやらアレに気づいて戻ってきたみたいだな。
ドタドタドタドタ……バンッ!
「兄者! 冷蔵庫にプリンが! 生クリームの乗ってるやつ!」
「うん。コンビニで買ってきたんだよ」
「でさでさ、ふたつあるってことは、つまり……!」
「ああ。片方は苺香の分だぞ」
僕の言葉を聞いた苺香は、まさに飛び上がらんばかりの勢いで、体全体を使って喜びを表現する。
……というか、実際に飛び上がっていた。
その拍子にまたしてもスカートの中が見えていた、なんてことは指摘しないほうがいいだろうな。
「うひゃっほい! 兄者、大好きだぜ! ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ!」
「ははは……!」
投げキッスでも、結構嬉しかったりして。
それにしても、プリンひとつで、なんと安い妹だろうか。
ついさっきの不機嫌さなんて、もう完全に吹き飛んでいる。
単純すぎる気はするものの、見ていて飽きないし、これはこれで可愛いくていい。
苺香は苺パフェが大好物だけど、他のスイーツも大好きで、とても幸せそうに食べる。
そして、そんな苺香のことが大好きな僕は、こうして頻繁に買ってきてあげたりしている。
見返りは当然、苺香の笑顔。それだけもらえれば、充分におつりが来るくらいだ。
「僕も大好きだよ」
「うん、わかってるぜ!」
いや、苺香はわかっていない。
僕が妹としてじゃなく、異性として本気で好きなのだということを。
ともあれ、もし本当に伝わってしまったらどうなるのか。それを考えると、怖くてたまらない。
だったら、今のままのほうがいいのかもしれないな。
こうやって今日も今日とて、逃げの道へと邁進する僕だった。