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僕たちと一緒のテーブルに着いたフランさん。
うつむき、まったくと言っていいほど元気がない。
それも当然だろう。
これまでずっとともに遊んできた仲間が、失踪してしまったというのだから。
「あっ、それで、他の人……えっと、レイピアさんとクリスさんでしたっけ? あの人たちは……」
「ふたりは、また来てない。けど、もうすぐ来るんじゃないかな? ファルシオンの失踪について、話そうってことになってるから……」
詳しく話を聞いてみると。
フランさんたちは昨日の夜、ファルシオンさんが失踪したという事実を知ったらしい。
4人で集まれない場合、それぞれが適当に過ごしている。
ソロで冒険に出かけたり、アイテムの合成作業なんかをしたり、バザーでアイテムを売ったり、のんびり景色などを見て時間を潰したり。
昨日はどうだったのかというと、フランさんは現実世界で用事があり、オンしてすらいなかったという。
一方、いつもフランさんと行動をともにしている残りの3人は、しっかりとこの世界にオンしていた。
ただ、4人揃わないからと、個別に行動していた。
フレンド登録している人がオンしているかどうか、オンしているならどの辺りにいるか、といったことは、システム的にわかる仕様になっている。
細かな座標までわかるわけじゃないけど、どの地域に行っているかだけはすぐにわかる。
顔を見つめると名前やクラスやレベルが文字で確認できるのと同様、あの人はいまどこにいるだろう? と考えれば、その地名が文字として頭の中に浮かんでくるのだ。
レイピアさんとクリスさんは、それぞれ町でバザーを見て回っていた。
自分の家のように使えて、他人を呼んだりもできる、ホームという場所があるのだけど、そこには様々なグッズを置いて飾り立てることができる。
ふたりはそのホームに置けるグッズをいろいろと探していたのだとか。
ファルシオンさんは、どうやらソロで冒険に出かけたようだった。
本人がそう言ったわけではないものの、モンスターなんかも出るフィールドエリアにいるのは確認できた。
それからしばらくして、ファルシオンさんがいないことに気づく。
ゲームをやめてログアウトしたのなら、現在オフラインだと脳内でイメージされるはずなのだけど。
ファルシオンさんは、オンしている状態だった。
にもかかわらず、どこにいるのか、その地名が頭に浮かんでこなかった。
浮かんでくるのはどういうわけか、もやもやとした黒い雲のような、そんな漠然としたイメージだけ。
もし知らない場所に行っていたとしても、文字としてイメージはできる仕様となっているはずなのに……。
昨日、フランさんがオンできたのは、かなり遅い時間になってからだった。
挨拶だけでも、というつもりでオンしてきて、レイピアさんとクリスさんからその話を聞いた。
確認してみると、そのときにはすでに、ファルシオンさんはオフラインとなっていた。
レイピアさんとクリスさんは、すごく怖がっていた。
震えながら抱き合い、「これがニュースになっていた失踪事件なの……?」と不安を隠しきれない様子だった。
フランさんは、どうにかふたりに声をかけて落ち着かせたいとは考えたものの、結局、気の利いた言葉はなにも出てこなかった。
「まぁ、明日になったら、ひょっこり現れるかもしれない」
根拠のない意見だけを述べる。
時間が遅かったこともあり、フランさんはそのあとすぐ、この世界からログアウトした。
レイピアさんとクリスさんも同時にゲームを終えたはずだという。
「不安な思いを抱えたままで、もしかしたら眠れなかったかもしれないけどね……。私と同じように……」
以前にも聞いていた話ではあるけど。
フランさんたち4人は、苺ぱるふぇ・オンラインで長いこと行動をともにしている仲間だとはいっても、現実世界ではまったく面識がないらしい。
つまり、完全にオンライン上だけの知り合いでしかないのだ。
「本名も知らないし、住所だってわからない。直接無事を確認する手段は、なにもないんだ。一応、メールアドレスは知ってるんだけど、メールを送っても返信がなくて……」
フランさんが悔しそうな声を漏らす。
「ネット上だけの知り合いで、そんな関係が心地よいと思っていたけど、こうなるんだったらもっとお互いに深く話し合っておくべきだった……」
重苦しい沈黙が、周囲の空気を支配する。
僕たちには、なにも言うことができなかった。
安易な言葉は、不安を助長させる結果にしかならない。
そんな中、静かに近寄ってくるふたつの人影があった。
「フラン……」
遠慮がちにかけられた女性の声。
それはレイピアさんとクリスさんだった。
ふたりとも、不安をありありと顔に浮かべている。
ひとつのテーブルでは椅子が足りないため、フランさんは新たに現れたふたりとともに別のテーブルに着く。
そして、会話は再開された。
「やっぱり、ファルシオンは今日も来ていない」
言うまでもなく、レイピアさんとクリスさんもわかっていたはずだ。
だけど、事実として改めて認識するため、フランさんはあえて口にした。
「メールしても返事がない。失踪したとみて、まず間違いないだろう」
誰も口を挟まない。
フランさんはなおも、自らの考えを語り続ける。
「ニュースになっている失踪事件と同じなのかは、現時点では断定できないけど。あの失踪事件、もしかしたら背後で大きな組織が関係しているのかもしれない」
「そ……組織って……」
突拍子もない話に、僕は思わず苦笑いする。
「可能性の問題だよ。もしそうだったら、このゲーム自体がその犯罪組織の手のうちにある、ということになる。このゲームを運営する目的は、最初からたくさんを人を集めて連れ去ることにあった、とか……」
「いくらなんでも、飛躍しすぎではないでしょうか?」
「……運営側は、失踪事件への関与を否定している……」
クララと天使ちゃんもツッコミを入れ始める。
「うん、わかってる。でも、どうしても悪いほうへ悪いほうへと考えてしまうんだ」
フランさんとしても、単に最悪の場合の可能性を述べているに過ぎないのだろう。
ひと言も喋らないレイピアさんやクリスさんと同様、フランさんだって不安なのだ。
レイピアさんたちが来る前、フランさん自身眠れなかったと言っていたことから考えても、それは明らかだった。
「あっ、そういえば以前、天使ちゃんが闇の空間がどうとかって話してたよな? それともなにか関係があったりしないか?」
ミソシルが言及すると、
「本当かい? なにか知っているなら、教えてほしい!」
フランさんは天使ちゃんにつかみかかる勢いで……いや、実際に両肩をつかんで、必死に問いかけ始めた。
「……ご、ごめんなさい……。よくは知らないの……」
「そ、そうか……。えっと……こっちこそ、ごめん」
困惑しながらも答える天使ちゃんに、フランさんは慌てて謝罪の言葉を返す。
なんというか、普段のフランさんらしくない。
仲間の失踪による寝不足のせいか、まったく余裕がない状態のようだ。
となると、ここは僕たちが安心させてあげないと。
こういうとき、真っ先に明るい声を上げるのは、いちごの役目と言える。
でも今日は、いちごですら、重苦しい雰囲気に呑まれてしまっている。
ならば、僕しかいない!
「大丈夫ですよ、フランさん! レイピアさんとクリスさんと3人で、ファルシオンさんが戻ってくるのを信じて待っていればいいんです!」
ミソシルがオンしてこなくなったとき、僕たちは直接、世知の家まで乗り込んだ。
とはいえ、それは現実世界の知り合いで、ある程度近所に住んでいるからこそできる解決策だった。
オンライン上の知り合いでしかないフランさんたちには、当てはまらない。
信じて待つ。
受身でしかないけど、それ以外の方法は思いつかなかった。
根拠のない慰めの言葉。
最初に考えていたとおり、不安を募らせる結果にしかならないかもしれない。
それでも、僕の気持ちは伝わってくれるはずだ。
「そうだね。私たちが沈んでいたって、なにも改善しない。まずは気をしっかり持たないといけないよね!」
フランさんはしっかりと受け取ってくれて、ちょっと弱々しいながらも、ガッツポーズを見せていた。
「組織かどうかは別として、もし失踪事件が人為的に行われているようなら、どうにかして証拠をつかむ必要があると思う。レイピア、クリス! ファルシオンを見つけ出すために、私たちで頑張ってみよう!」
どうやら黙って待つ気はないらしく、いろいろと動いてみる決意を固めたみたいだった。
なんにしても、気力を取り戻すことができたのだから、僕の言葉は無意味ではなかったと言えるだろう。
そんなフランさんからの提案に対して、レイピアさんとクリスさんはというと……。
「ごめんなさい」
声を合わせると同時に揃って頭を下げ、完全拒否の意思を示した。
「私たち、怖いからもうこのゲームをやめるつもりなの」
「今日はそれを言いに来たのよ」
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
何度も繰り返し謝ったのち、レイピアさんとクリスさんは、苺ぱるふぇ・オンラインの世界からログアウトしていった。
いつも一緒だった仲間たち。
ひとりは失踪し、他のふたりは恐怖心からこの世界を去っていった。
たったひとり取り残されたフランさんに、かけるべき言葉なんて見つけられるわけもなかった。
そんな僕たちの前で、ぐっとこぶしを握り、フランさんが立ち上がる。
「私ひとりでも、失踪事件の真相を究明する! そしてファルシオンを……それにレイピアやクリスも、絶対に取り戻してみせる!」
夕陽に照らされたフランさんの顔は、強い決意に満ち溢れ、光り輝いているように見えた。
「あたしたちも協力するぜ!」
いちごが力強く言い放つ。
無論、僕たちも頷く。
フランさんを含めた僕たちの新たな戦いが、ここから幕を開けるのだ!
……といっても、それじゃあすぐに調査へと向おう! という展開にはならなかった。
なぜなら、もう終了せざるを得ない時間となっていたからだ。
僕といちごにはお母さんとの約束があるし、世知のお母さんだって心配させるわけにはいかない。
僕たちが遊べるのは夕飯の時間まで。それは変えられない。
「こちらの都合で申し訳ないですけど……」
「いやいや、いいって。キミたちの事情もわかってるから。私はこのあとも、もう少し知り合いを当たって、情報を集めてみるよ」
こうして、翌日からの調査への合流を誓い、僕たち5人は揃って現実世界へと戻っていった。




