表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
苺パフェを食べて冒険に出かけよう  作者: 沙φ亜竜
第5章 世知(せしる)を救え!
26/68

-8-

 僕はみんなの意思を背負い、颯爽と部屋に入っていった。

 それを出迎えてくれたのは言うまでもなく、この部屋の主である世知だった。

 和服の寝間着に身を包んでいて、布団で寝ていたところなのか、上半身だけ起こした格好。

 僕はその世知に、鋭い視線を向ける。


 だけどそれも一瞬だけ。

 すぐに目を逸らす結果となる。

 世知の胸もとが大きくはだけ、谷間がバッチリと見える状態だったからだ。


「お……おいっ! なんだよ、この期に及んで色仕掛けかよ!?」


 真面目に話すつもりなのかと思ったら、こいつは!


「幼馴染みの僕に対して、そんな色仕掛けなんて通用しないっての!」


 などと言いつつ、体のほうはしっかりと反応していたりして。

 男の悲しいサガと言えるだろう。


 対する世知のほうは、


「えっ……? きゃっ! 見るな、バカ! そんなんじゃないから!」


 慌てて胸もとを隠し、寝間着をしっかりと羽織り直す。

 顔も真っ赤にしているところを見ると、どうやら本当に気づいていなかったようだ。


 お互いが落ち着くのを待ってから、僕は改めて畳に腰を下ろし、世知と向き合う形で正座する。

 まだ少し、鼓動が速まったままではあったけど。

 ここは、みんなの代表という大役に対する緊張、とでも表現しておくことにしよう。


 軽く部屋を見回してみる。

 畳敷きの和室で、広さは8畳ほど。

 古そうなタンスや木目調のテーブルが置いてある中に、薄型テレビとかオーディオ機器なんかも存在している。

 カーテンは淡いピンク色で、随分と女の子らしい印象を受けた。


 世知の部屋に入るのって、小学校低学年以来とか、それくらいになるだろうか。

 女の子の部屋、と改めて考えると、相手が幼馴染みとはいえ、途端に恥ずかしくなってくる。

 古くから続く旧家の一室だから、基本的に畳の匂いしかしないはずだけど、ほのかな甘い香りも漂っているような気がする。


 僕とふたりきりになって、世知はいったい、なにを話すつもりなのか。

 身構える僕だったのだけど。

 世知は過去の懐かしい思い出を、いつもとなんら変わりない口調で語るだけだった。


「レモンは昔っから、周囲の人を助けてたよね」

「えっ? そうだっけ?」

「そうだよ。レモンが率先して、っていうよりも、みんなで一緒になって、って感じだったかもしれないけど」

「あ~。そういえば小学生のときは、お助け団フルーツ組、とか言って、事件を解決するんだ~なんて躍起になってたっけね」


 あれは確か、小学校6年生の頃だったかな。

 僕と世知の他に、クラスメイトを中心に、総勢10名近くで構成されていた記憶がある。


 ちょっとしたことでも、事件だ! と言って大騒ぎ。

 空回りしすぎて担任の先生からお小言を頂戴したのも、一度や二度ではなかった。

 よくよく考えてみれば、自分勝手なおせっかいだったかもしれない。

 それでも当時は、本気も本気、超本気モードで、勉強なんてそっちのけで奔走していたっけ。


「うんうん。柿沢くんとか、林檎ちゃんとか、なんだか果物の名前のついた人が多かったんだよね!」

「苺香も巻き込んで、いろいろやってたよな!」


 苺香は2歳下だから、授業中に集合したりまではできなかったものの、放課後の活動の際には必ず加わった。

 僕が苺香のクラスまで呼びに行っていたと思うけど、苺香自身も嫌々ではなく、陰りのない笑顔をこぼして楽しんでいた。


「私なんて、フルーツの名前がついてないのに、スイカとか名づけられたんだよね? べつにスイカ好きってわけでもないのに」

「そりゃ、お前の胸がスイカみたいだったから……」


 まだ小学生ってのもあって周囲の発育がさほどでもなかった中、成長の早かった世知の胸は余計に際立っていたのだ。


「うわっ、そんな理由だったんだ! 今さらになって、衝撃の事実!」

「いやいや、そこまで衝撃を受けることでもないだろ?」

「だいたい私の胸、そんなに硬くないし!」

「なんか論点がズレてるぞ!?」


 懐かしい思い出……ではあるけど。


 世知はこんなことを話すために、僕を部屋に招き入れたのか?

 いや、そうではないはずだ。


 だったらさっさと本題に入ってくれ。

 ……なんて言えるはずもない。

 ここは、焦らずに話し続けるべきだろう。


 世知は様々な記憶を掘り起こし、延々と昔話を語った。

 無論、一方的に話すだけではなく、僕もまじえて。


 僕と世知は幼馴染みだから、共有している記憶も多い。

 あの頃は楽しかったな。素直に、そう思う。

 今だって楽しいけど、思い出というものは時間が経てば経つほど、熟成するように大きく膨らんでいくものだ。


 笑い声をこぼしながら、どれくらいの時間、昔話に花を咲かせていただろうか。

 そんな昔話は、突然終わりを告げる。


「レモンはさ、苺香ちゃんひと筋?」


 いきなり、今現在のことに話題が飛び、わずかに戸惑う。

 でも、僕の答えは決まっている。


「うん、そうだよ。最高の妹だろ?」

「可愛いもんね」

「ああ」


 苺香は可愛い。

 それは僕の中で、永遠に変わることのない真理だ。


「なんたって、一緒にいて楽しいし」

「見てるとちょっとハラハラするけどね」

「ま、コケまくったりするしな」

「それをしっかり支えるのが、お兄さんとしてのレモンの役割なのね」

「そういうことだ」


 大切な妹の存在が、生きていくための糧になっている。

 それは疑いようもない。

 苺香がいなくなってしまったら、僕はきっと腑抜けたダメ人間になってしまうだろう。


 とはいえ、それだけではない。

 世知がなにを考えてこんな話を振ってきたのかは知らないけど、僕は素直な思いを口にする。


「でも、べつに苺香だけが特別なわけじゃないよ」


 じっと世知の目を見つめる。

 世知も、黙って僕を見つめ返す。


「世知だって剣之助だってえんじゅ先輩だって、大切な仲間なんだからさ!」

「苺ぱるふぇ・オンラインのパーティーでは、レモンは回復役のプリーストだもんね。分け隔てなく、回復するのが当然、と」

「そのとおり!」


 胸を張って答える。


「じゃあ、もうひとつ質問。もしもあと1回分しか回復魔法が使えなくて、いちごちゃんもクララも天使ちゃんも私も、全員瀕死状態だったら、レモンはどうする?」

「もちろん、いちごを回復する!」

「即答なのね」

「当然だ!」


 やはり一片の迷いもなく答えると、世知は呆れたように肩をすくめる。


「ブレないわね~」

「苺香ひと筋だって、さっきも言っただろ?」

「そうだったね」


 そして、


「ふふっ」


 と笑みをこぼす。


「おっ、世知が笑った!」


 茶化すように言ってみる。

 今の世知なら、怒りはしないだろう。


「やっぱり、楽しいな」

「だろ?」


 世知の気持ちはこちらに傾いている。

 あともうひと押しだ。


 だからさ、戻ってきなよ!

 といったセリフを口にするより早く、世知が宣言する。


「自分の中でいろいろ悩んじゃってたけど、吹っ切れた」

「ふむ」


 世知がなにを悩んでいたか、僕にはよくわらない。

 とりあえず、相づちを打つ役に徹する。


「吹っ切れたというか、バカらしくなったというか……」

「ふむふむ」

「ま、どうでもいいか、って感じ?」

「ふむふむふむ」


 世知の言わんとしていることは、やっぱりよくわからなかったけど。

 こうして晴れやかな笑顔を見せてくれているのだから、これはこれでよかったのだろう。


「とにかくさ、世知の居場所は、僕たちの中にあるんだ」

「うん」


 まとめにかかる僕の言葉を、世知は素直に認めてくれた。


「それに、僕たちも世知に一緒にいてほしいって思ってる」

「うん」


 微かに潤んだ瞳で僕を見据える世知。

 最後に、簡潔ながらも熱い気持ちのこもった、心からの願いを伝える。


「戻ってこいよ」

「……うん!」


 こうして僕たちは、かけがえのない仲間が失われる危機を乗り越えることに成功した。


 ……のだけど。




「はっはっは! レモン、苺ぱるふぇの世界って、やっぱりいいよな! 最高の気分だ!」


 筋肉隆々のごつい男に抱きつかれるのは、あんまりよくない気分だけど。


「うふふふ、男同士の絡み合い! なんて素晴らしい光景なのでしょう!」


 クララはクララで、BL病を悪化させてるし。


 僕の居場所は、本当にここでいいのだろうか?

 今度は僕が疑問を浮かべる番だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ