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僕はみんなの意思を背負い、颯爽と部屋に入っていった。
それを出迎えてくれたのは言うまでもなく、この部屋の主である世知だった。
和服の寝間着に身を包んでいて、布団で寝ていたところなのか、上半身だけ起こした格好。
僕はその世知に、鋭い視線を向ける。
だけどそれも一瞬だけ。
すぐに目を逸らす結果となる。
世知の胸もとが大きくはだけ、谷間がバッチリと見える状態だったからだ。
「お……おいっ! なんだよ、この期に及んで色仕掛けかよ!?」
真面目に話すつもりなのかと思ったら、こいつは!
「幼馴染みの僕に対して、そんな色仕掛けなんて通用しないっての!」
などと言いつつ、体のほうはしっかりと反応していたりして。
男の悲しいサガと言えるだろう。
対する世知のほうは、
「えっ……? きゃっ! 見るな、バカ! そんなんじゃないから!」
慌てて胸もとを隠し、寝間着をしっかりと羽織り直す。
顔も真っ赤にしているところを見ると、どうやら本当に気づいていなかったようだ。
お互いが落ち着くのを待ってから、僕は改めて畳に腰を下ろし、世知と向き合う形で正座する。
まだ少し、鼓動が速まったままではあったけど。
ここは、みんなの代表という大役に対する緊張、とでも表現しておくことにしよう。
軽く部屋を見回してみる。
畳敷きの和室で、広さは8畳ほど。
古そうなタンスや木目調のテーブルが置いてある中に、薄型テレビとかオーディオ機器なんかも存在している。
カーテンは淡いピンク色で、随分と女の子らしい印象を受けた。
世知の部屋に入るのって、小学校低学年以来とか、それくらいになるだろうか。
女の子の部屋、と改めて考えると、相手が幼馴染みとはいえ、途端に恥ずかしくなってくる。
古くから続く旧家の一室だから、基本的に畳の匂いしかしないはずだけど、ほのかな甘い香りも漂っているような気がする。
僕とふたりきりになって、世知はいったい、なにを話すつもりなのか。
身構える僕だったのだけど。
世知は過去の懐かしい思い出を、いつもとなんら変わりない口調で語るだけだった。
「レモンは昔っから、周囲の人を助けてたよね」
「えっ? そうだっけ?」
「そうだよ。レモンが率先して、っていうよりも、みんなで一緒になって、って感じだったかもしれないけど」
「あ~。そういえば小学生のときは、お助け団フルーツ組、とか言って、事件を解決するんだ~なんて躍起になってたっけね」
あれは確か、小学校6年生の頃だったかな。
僕と世知の他に、クラスメイトを中心に、総勢10名近くで構成されていた記憶がある。
ちょっとしたことでも、事件だ! と言って大騒ぎ。
空回りしすぎて担任の先生からお小言を頂戴したのも、一度や二度ではなかった。
よくよく考えてみれば、自分勝手なおせっかいだったかもしれない。
それでも当時は、本気も本気、超本気モードで、勉強なんてそっちのけで奔走していたっけ。
「うんうん。柿沢くんとか、林檎ちゃんとか、なんだか果物の名前のついた人が多かったんだよね!」
「苺香も巻き込んで、いろいろやってたよな!」
苺香は2歳下だから、授業中に集合したりまではできなかったものの、放課後の活動の際には必ず加わった。
僕が苺香のクラスまで呼びに行っていたと思うけど、苺香自身も嫌々ではなく、陰りのない笑顔をこぼして楽しんでいた。
「私なんて、フルーツの名前がついてないのに、スイカとか名づけられたんだよね? べつにスイカ好きってわけでもないのに」
「そりゃ、お前の胸がスイカみたいだったから……」
まだ小学生ってのもあって周囲の発育がさほどでもなかった中、成長の早かった世知の胸は余計に際立っていたのだ。
「うわっ、そんな理由だったんだ! 今さらになって、衝撃の事実!」
「いやいや、そこまで衝撃を受けることでもないだろ?」
「だいたい私の胸、そんなに硬くないし!」
「なんか論点がズレてるぞ!?」
懐かしい思い出……ではあるけど。
世知はこんなことを話すために、僕を部屋に招き入れたのか?
いや、そうではないはずだ。
だったらさっさと本題に入ってくれ。
……なんて言えるはずもない。
ここは、焦らずに話し続けるべきだろう。
世知は様々な記憶を掘り起こし、延々と昔話を語った。
無論、一方的に話すだけではなく、僕もまじえて。
僕と世知は幼馴染みだから、共有している記憶も多い。
あの頃は楽しかったな。素直に、そう思う。
今だって楽しいけど、思い出というものは時間が経てば経つほど、熟成するように大きく膨らんでいくものだ。
笑い声をこぼしながら、どれくらいの時間、昔話に花を咲かせていただろうか。
そんな昔話は、突然終わりを告げる。
「レモンはさ、苺香ちゃんひと筋?」
いきなり、今現在のことに話題が飛び、わずかに戸惑う。
でも、僕の答えは決まっている。
「うん、そうだよ。最高の妹だろ?」
「可愛いもんね」
「ああ」
苺香は可愛い。
それは僕の中で、永遠に変わることのない真理だ。
「なんたって、一緒にいて楽しいし」
「見てるとちょっとハラハラするけどね」
「ま、コケまくったりするしな」
「それをしっかり支えるのが、お兄さんとしてのレモンの役割なのね」
「そういうことだ」
大切な妹の存在が、生きていくための糧になっている。
それは疑いようもない。
苺香がいなくなってしまったら、僕はきっと腑抜けたダメ人間になってしまうだろう。
とはいえ、それだけではない。
世知がなにを考えてこんな話を振ってきたのかは知らないけど、僕は素直な思いを口にする。
「でも、べつに苺香だけが特別なわけじゃないよ」
じっと世知の目を見つめる。
世知も、黙って僕を見つめ返す。
「世知だって剣之助だってえんじゅ先輩だって、大切な仲間なんだからさ!」
「苺ぱるふぇ・オンラインのパーティーでは、レモンは回復役のプリーストだもんね。分け隔てなく、回復するのが当然、と」
「そのとおり!」
胸を張って答える。
「じゃあ、もうひとつ質問。もしもあと1回分しか回復魔法が使えなくて、いちごちゃんもクララも天使ちゃんも私も、全員瀕死状態だったら、レモンはどうする?」
「もちろん、いちごを回復する!」
「即答なのね」
「当然だ!」
やはり一片の迷いもなく答えると、世知は呆れたように肩をすくめる。
「ブレないわね~」
「苺香ひと筋だって、さっきも言っただろ?」
「そうだったね」
そして、
「ふふっ」
と笑みをこぼす。
「おっ、世知が笑った!」
茶化すように言ってみる。
今の世知なら、怒りはしないだろう。
「やっぱり、楽しいな」
「だろ?」
世知の気持ちはこちらに傾いている。
あともうひと押しだ。
だからさ、戻ってきなよ!
といったセリフを口にするより早く、世知が宣言する。
「自分の中でいろいろ悩んじゃってたけど、吹っ切れた」
「ふむ」
世知がなにを悩んでいたか、僕にはよくわらない。
とりあえず、相づちを打つ役に徹する。
「吹っ切れたというか、バカらしくなったというか……」
「ふむふむ」
「ま、どうでもいいか、って感じ?」
「ふむふむふむ」
世知の言わんとしていることは、やっぱりよくわからなかったけど。
こうして晴れやかな笑顔を見せてくれているのだから、これはこれでよかったのだろう。
「とにかくさ、世知の居場所は、僕たちの中にあるんだ」
「うん」
まとめにかかる僕の言葉を、世知は素直に認めてくれた。
「それに、僕たちも世知に一緒にいてほしいって思ってる」
「うん」
微かに潤んだ瞳で僕を見据える世知。
最後に、簡潔ながらも熱い気持ちのこもった、心からの願いを伝える。
「戻ってこいよ」
「……うん!」
こうして僕たちは、かけがえのない仲間が失われる危機を乗り越えることに成功した。
……のだけど。
「はっはっは! レモン、苺ぱるふぇの世界って、やっぱりいいよな! 最高の気分だ!」
筋肉隆々のごつい男に抱きつかれるのは、あんまりよくない気分だけど。
「うふふふ、男同士の絡み合い! なんて素晴らしい光景なのでしょう!」
クララはクララで、BL病を悪化させてるし。
僕の居場所は、本当にここでいいのだろうか?
今度は僕が疑問を浮かべる番だった。




